「あの……ここって都市部ですけど、失礼ですがホーロー看板ってご存じですか?」
そんな都市部で若い人が見たことのないものを美穗さんは聞いてきた。とはいえ私も実家は田舎だ、どことは言わないけれどいくつかの会社が古びた家の家庭に貼り、そのまま錆び付いたりボロボロになっているものがあるのは知っている。
「知っていますよ、アレも見なくなりましたがね」
具体名を出すと何か面倒なことになるかもしれないが、赤い看板のアレが一番有名だろうか?
「それなら話が早いです。ここって政令指定都市じゃないですか? 私は当分田舎に行ったりはしていないんです。でも……奇妙なことがありまして」
ホーロー看板と都市部は相性が悪いなと思う。建て替えも多いところなので、ああいった古くなったものはそうそうに取り払われる。
「そうなんですか、電車でここの駅に降りた時にこんなところで話題になるとは思ってませんでしたね」
私も怪談は聞くが、有名なものだけあって今さら掘り返そうとする人も少ない。だからそれに関する怪談は滅多にない。
「経緯を話しますと、私はその日、普通に出社していたんです。いつも通りのコンクリートのビルが並んでいる光景です。そこまでは何もなかったんです」
そこで一区切りして彼女の見たものを話し出した。
「具体的な名前は避けますけど、いつもの道を路地に入ったんですが、そこにピカピカのホーロー看板が貼ってあったんです。大半の会社は消えていましたし、まだある会社でも製造はしていないだろうと普通に考えれば分かるものがずらりと貼ってあったんです。個人化と思うものから企業のものまで、まるでホーロー看板の博物館のような光景が広がっていました。おかしいんですよ、古びていないのもそうだし、何よりいくら綺麗に保存しているとは言えあんなに状態がいいものがそろうはずが無いんです」
「確認ですが、今までそこを通った時には無かったんですよね?」
私も一応聞いておく、まさかコレクターの仕業だとしたらもったいないだろう。
「もちろんです。いつももの道だし、隣の家もそのままです、ただ看板がどの家の塀にも大量に貼ってあったんです」
不気味に思いつつも、遅刻するわけにも行かないのでぼうっと突っ立ってはいられず、駆け足でそれを無視して出社したそうだ。
「まだ問題なのが、帰り道なんです。行きと同じい道のはずなのに帰りにはその看板が全く無かったんです。誰かが取るにしてはおかしいですし、そもそも今は無い企業の看板をどれだけの人が欲しがるんでしょう? 話はこれだけのことなんですが……どうにも不気味でした」
一応新品のコレクターがドッキリをしたと言えるかもしれないが、それはかなり無理のある理論だと分かるので彼女の家圏には頷くしか無い。説明のつかないことも世の中にはあるものだとどうしても思ってしまう。