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SS:曲がったブレーキ

 Yさんはバイクに乗るのが趣味だった。今ではツーリングを楽しんでいるが、昔は褒められたことではないにせよ公道でレースをしていたらしい。大型バイクで猛スピードでコーナーを曲がるのにはスリルが伴い、彼が言うには『生きていると実感出来た』らしい。

「大型バイクの説明が必要ですかね? 一つ知ってほしいのですが、バイクのブレーキはハンドルの下についたレバーがフロントブレーキになっているんです。リアブレーキは踏むようになっていますが、こちらだけで減速するのはほぼ無理なのでフロントブレーキを使わないとまともに走れないんです」

 そんな説明に何の意味があるのかと思ったが、彼はそれが命を分ける体験に繋がったらしい。

「小型バイクなんかだとまず起きないことなんですけど、大型バイクは重いですから、立ちゴケでもすると簡単にブレーキレバーが曲がっちゃうんですよ。そうなったらもう交換するしかないんですよね。だから結構デリケートなんですよ」

 私はバイク談義が続きそうだったので話を促した。

「それは分かりましたが怪談と関係があるんですか?」

「ええ、問題はある日の話なんです」

 彼が大型バイクにも慣れて峠を攻めるようなことをしていた頃、ある日バイクのスタンドを上げると途端に横向きに押されたような気がしたそうだ。そしてその勢いに押されてバイクは立ちゴケをしてしまった。

 立ちゴケをすると傷がつくのでもちろん売る時に査定が減額されるのだが、そんなことより彼には峠を攻めようとした日に運悪くブレーキレバーが曲がってしまった。立ちゴケでも曲がる時と曲がらない時がるのだが、その時は運悪くかなり変形してしまった。一応無理をすれば走れるのだが、峠を走れるような状態ではなくなったので、渋々その日はレバーを通販で注文して後日交換することにした。

 運が悪いなとは思ったものの、自分がやらかしてしまったことなので仕方ない。走り屋の仲間に今日は参加出来ないことを伝えると、皆が立ちゴケなんてダサいと笑われた。腹は立ったが、まさか謎の力に押されて倒れたなんて言おうものなら言い訳だとか嘘つきだとか、今よりさらに馬鹿にされるのは目に見えていたので罵倒は仕方なく受け入れた。

 PCで新しいブレーキレバーを注文していると、部屋でBGM代わりに流していたテレビからニュースが入ってきた。そのニュースは峠で落石があり、そこを走っていたバイク数台が死傷事故を起こしたとのことだ。

 なんだか不吉なものを感じたYさんはそのニュースに目をやると、ちょうどその日走ろうとしていた峠だった。偶然にしては出来すぎているなと思ったそうだ。もしもこれが自分のミスで立ちゴケが起きたなら運が良かったで済むのだが、その日の立ちゴケには何か奇妙なものを感じていたのでそこに運命を感じずにはいられなかった。

 彼の家には仏壇があるのだが、自室からトイレに向かう時に仏壇の前を通ると、遺影の一つが倒れていた。なんとなく気になったので建て直して置いた時に気がついた。それは祖父の遺影だった。厳格なソフトは折り合いがつかず、あまり良い関係ではなかったのだが葬儀には参列したし、見送ったはずなのに、何故かその時は偶然としか思えないことに運命的なものを感じた。

 最後にYさんは『多分爺さんに助けられたんでしょうね……いくら関係が悪いとは言え、これでも一応孫ですから。俺は助けられるような立派な人間じゃないと思っていたんですけどね』と言う。

 その事があってから彼はバイクで峠を攻めるのは止めた。のんびりとしたツーリングは今でも行っているそうだが、公道でレースをするような危険行為からはすっかり足を洗ったらしい。その理由は助けられたからではなく、そんなことを続けていてはいつまでも爺さんが成仏出来ないからだということらしい。

 説明はつかないが、きっとおじいさんに助けられたと思っている方が彼にとってはうれしい話なのだろう。あれ以来立ちゴケはしていないそうなので、未だにバイクには乗り続けているという。

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