U本さんの家は周辺の家の相場に比べてかなり安かった。契約を交わす時に、その家で一家心中が起きていたと聞いた。しかし綺麗に清掃されており、幽霊など信じないU本さんはそんなものは一々気にせず契約をした。不動産屋は非常にうれしそうなえびす顔で契約を進めてくれたらしい。
「それで、怪談と言うことですが、出たんですよね?」
この人なら幽霊も逃げ出すんじゃないかと思えるくらいガタイがいい。実は何も起きなかったのではないかというオチがついては困るのだ。
「しっかり幽霊は出ましたよ。ただ、私はどうにも霊感が無いようで、見えることは無かったんですが」
ここから先は彼の言葉によるものだ。
その家に住んで数日が経った頃です、ベッドに寝転ぶと子供の笑い声が聞こえてきたんです。大人の声はしなかったので、幽霊といっても子供だけなんだなと思いました。とはいえ、私も結構眠かったわけで、声がするからって眠るのを我慢も出来ず寝たんです。
それから先も家の中に子供の気配が時折現れてきた。子供の足音や、冷蔵庫に入れていたジュースがいつの間にか空っぽになっていたりしたんです。子供の事情も考えると、無理矢理除霊するのも気が引けまして、子供のイタズラくらい我慢してやろうと思ったんです。
普通は逃げ出すなりなんなりするのかもしれないんですが、私は子供の幽霊に同情を覚えたんです。なのである日、朝食を二人分用意したんです。コーヒーとバターをたっぷり塗ったトースト、目玉焼きという簡素なものですがね、なんとなく食卓に二つ並べたんです。それで自分の分を食べて出社したんです。あれだけ私でさえ聞こえる幽霊なのだから食べておいてくれるだろうと思ったんです。その時は幽霊が食事をするのを何故か確信していたんです。
そうして夜にも近い時間に帰宅したので、どうなってるかと思い、キッチンに向かったんです。食卓の上にはトーストと目玉焼きの消えた食器が残っていました。そしてそこに一枚の小学校で使うノートをちぎったような紙切れが一枚残っていました。
「ごめんなさい、もうなにもしませんからにがいのみものをのませないで」
そう書かれていたんです。私がいつもコーヒーはブラックで飲んでいたので気にしていなかったんですが、幽霊と言っても子供なんですね、砂糖とミルクを入れるのを忘れていたので飲めなかったようです。それ以来心霊現象は起きていません。少し悪いことをしましたね。
話はそれで終わりだが、その話をするU本さんは少しだけ悲しげな思い出として言っている。