Hさんは最近別れた恋人がいるそうだ。しかしその元恋人がストーカー化して困っているという。警察案件ではないのかと思ったのだが、どうやらオカルトの類いらしい。
「生きている本物の人間なら警察一択なんですけどね……あの男、所謂本体ではないと思うんですよ」
「本物ではない?」
「ええ、生き霊か死霊かは知らないですが、多分この世のものではないでしょうから」
彼女は悩ましげにため息をついて話を始めた。
初めは彼氏にひと目ぼれなんて言って交際の要求をされたんですよ。その時点でもう怪しいですが、あの時の私は受けちゃったんですよね。
そうして交際が始まったのだが、その時の彼氏は拘束がキツかった。彼女が遊びに行けば一時間ごとの電話を要求し、外泊は許さない。スマホの連絡先を詳らかに見せるのを要求し、時にはメッセンジャーのログも求めてきた。
あまりの鬱陶しさに口答えしようかと思ったのだが、そんなことを言えば暴力を振るわれるかもしれない。彼女はまだ交際をしているだけなので、置き手紙を一枚残して彼氏がいない時を見計らって逃げ出した。
それから友人の家を渡り歩いてしばらくという条件で実家に身を寄せた。
それからしばらくして、彼氏が大学を辞めたという話を聞いて安心して外出出来るようになった。その男の出身地はそれなりに離れているので、実家に帰ったのならもう関わり合いにならないはずだ。
しかし、その考えは再び一人暮らしを始めてすっかり崩れ去った。
毎晩深夜、嗚咽とドアを叩く音で目が覚めるのだ。そんなことがあったのに警察にいわない理由は、ドアが叩かれている真っ只中にドアスコープから覗いてみても一切なにも見えない。チェーンを付けたままドアを開けると、外には誰も居なかった。恐ろしいのは誰も居ないはずなのにドアがガンガンと音を立てていることだった。
その日は布団を被って震えながら寝た。
翌日、大急ぎで近くの神社に赴いてお札を貰いドアの内側に貼り付けた。
効果はあったらしく、ドアはならなくなったのだが。元々住んでいた場所とは違うはずなのにどうして彼が住居を見つけたのかはさっぱり分からない。多分引っ越しても無駄だろうと思いお札を貼りっぱなしにして夜はしっかり寝ているそうだ。
最後に彼女は『ああいうのって呪った方にも何かあるって聞きますけど、私がこうしてガードしているとあの男には何かあるんですかね?
私は『分かりません』と言うほか無かった。