左藤さんはバイクに乗るのが趣味らしい。ただ、一度だけバイクを降りようかと思った事があるそうだ。
「あれはかなわなかったなあ……若気の至りってやつじゃ済まないことだったよ」
そうして体験談を話してくれた。
「あの頃は好き放題してたんだ、危ない走り方もしてたし、よく死ななかったと思うよ」
彼がまだ大学生だった頃、二輪の免許を取って安いバイクを購入した。それで峠を攻めるのが日常になっていた。その日も彼は近くの峠でバイクの限界を試していた。
当然だがスピード違反だ、そういうので警察とピリピリしていた時期の話だ。
バイクに乗り、一速にしてクラッチを繋ぐ。そして急加速をして曲がった道を走っていく。なんだか今日は調子がいい、これなら最高記録が出そうだな。そう思っていたところで後ろからバイクのヘッドライトが近づいてきた。
競争でもしたいのか? そう思った左藤さんはさらにスロットルを開けた。加速しているはずなのに何故か後ろのヘッドライトは離れない。引き離そうとしていたのだが、なんだか嫌な予感がして路肩にバイクを止め、後ろから来た走り屋を先に行かせることにした。
すごい勢いでライトが目の前を通り過ぎていった。その時に見てしまったのは、今自分が来ているのと同じ服、同じヘルメット、同じブーツを履いた同じ車種のバイクだった。
なんだか毒気を抜かれてしまい、左藤さんはそこで憑き物が落ちたように峠を攻めるのをやめたそうだ。
「あくまで私の予想なんですけどね、あれは自分に対する警告なんじゃないかと思っているんですよ。そんな走り方をしていると危ないぞと自分の生き霊か何かが警告をして行ったのだと思っています」
彼がそう考えた根拠は、未だにその峠で事故が絶えないからだそうだ。今では警察もよく来るようになったので一時ほど無茶をする輩もいないそうだが、時折事故の話を聞く度にゾクリとするのだと言っていた。