「おじいちゃんはお餅が好物だったんです」
Zさんはそう話を切り出した。そんなに怖い話ではないそうだが、説明のつかないことなので聞いて欲しいと言うことだ。
「おじいちゃんは年末に天国に行っちゃったんです」
しかし幽霊などが出てくる話ではないらしい。ただ、この話にはおじいちゃんが絶対に関わっているというのが彼女の談だ。
昔でしたからね、まだお餅と言えば餅米を蒸して家でついていたんです。餅つきなんてやらなくなって久しいですが、当時はやってたんですよね。
それで、おじいちゃんがお医者さんに年を越えられるかは分からないって言われたんです。両親もおじいちゃんの歳を知っていたので仕方ないと考えていたみたいです。ただ、私はおじいちゃんに会うと年末なので『もうすぐ餅が食べられるな』と元気に言っていたのが記憶に残っています。痛みだってすごかったはずなのにお餅は譲れなかったんでしょうね。
しかし、餅つきが終わったときはまだおじいさんは生きていたそうだが、年を越すことは出来なかったそうだ。
おじいちゃんは『正月に雑煮が食べられるな』と大きく笑いながら言っていました。でも、病気には勝てなかったんでしょう、大晦日の少し前に救急車を呼んでそれきりでした。
すこしZさんは目を伏せてから言う。
「それ自体は受け入れていたんです。おじいちゃんの歳も歳でしたから、餅つきだっておじいちゃんがやってくれと言うからしたんですよ。本当ならそんなことをしていられるほど余裕も無いはずなんですがね」
そうして一人欠けたお正月はしんみりとした雰囲気になったものの、大往生ということでそれなりに親族は割り切っていたらしい。
「ここまでだったらあり得る話なんですがね……問題はそれから少ししてなんですよ。『鏡開き』って知ってますよね? 鏡餅を割るアレです。縁起物ということで一応やっておこうと言うことになったんです。今じゃパック入りの餅を鏡餅型のケースに入れたものもありますが、たっての希望で鏡餅は餅つきの時に作った自家製だったんです」
故人の遺志というのも大いに考慮し、鏡開きをすることになった。祖父が亡くなってすぐにやると言うことで意義もあったそうだが、故人の遺志ということで集まれる人は集まったそうだ。
「それで、鏡餅を割ることになったんですが……鎚で叩いたときにおかしな音をして割れたんです。こう……『パリン』って薄いガラスが割れるような音でした」
参加していた全員が目を見張った。鏡餅は空洞になっており、薄い表面が割れただけだった。もちろん作ったときにそんな器用な作り方はしていない。大きな一つの塊だったはずだ。
「気のせいかもしれないんですけどね……『ごちそうさん』っておじいちゃんの声が聞こえたような気がしたんです。やっぱりお餅を食べたかったんでしょうね」
そう言って彼女は寂しそうに微笑んだ。