Mさんが通っていた高校には旧校舎があった。そこはしっかりと施錠されて、立ち入り禁止になっていたし、もう使われなくなってから随分経つ木造建築なので入らないように厳しく言われていた。
しかし高校生ともなると屁理屈をこねるもので、『旧校舎には』入っていないと言う理論でその周囲まで入って窓から中を覗く生徒は普通にいた。あくまでも入ってはいけないのは校舎だけであると言う理論だ。無理があるのは百も承知だったが、教員の方も建物は劣化し、中に入るのは危険だが外から見るだけならいいだろうと黙認されていた。
そんな時、彼女のクラスである噂が流れた。『旧校舎に幽霊が出る』というありきたりなものだった。
現在Mさんはそれなりの年になったが、そうなると当然高校時代にスマートフォンなどまだ無い。となると娯楽は少ないし、田舎の娯楽と言えばパチンコが代表だったが、流石に高校生が入るとマズいということくらいは皆分かっていた。
だから旧校舎を見るのは結構な娯楽だった。今では使われていない、いかにも『出そう』な雰囲気をした建物は見物をするのにピッタリだった。
「ということで、私の友達が『旧校舎を覗いてみよう』と言ったんです。もちろん見つかれば怒られるのは確定なんですが、当時はマンガもアニメもそんなに多くなかったのでその話には私含めて数人が乗ったんです」
今まで怪我人が出たとかそんな重大な事態にはなっていないので警備も甘い、というよりもっと危険なことに走られるくらいなら肝試しくらい好きにさせろという空気が漂っていたそうだ。
善は急げとその日の放課後に旧校舎の裏側にみんなで集合した。五六人はいたというので暇な人が多かったのだろう。人が集まったらみんなで校舎の見物に周囲を回った。
まだ窓ガラスが割れたりはしていないので、怪我をするような心配も、たまたま入ってしまうような事故も無い。だからもしかすると気づかれていたがお目こぼしをされていたのかもしれない。
「一階の窓があるのは教室ばかりでした。ただの埃っぽい教室でも木造というだけで雰囲気が漂うんですよ。キャーキャー言いながら一つ一つ部屋を覗いていったんです。
そうして見て回ったものの、幽霊などいやしない。ただ雰囲気を楽しむためだけに集まっているのだから当然だ。
楽しい時間は急に終わった。下校チャイムが鳴ったのだ。部活動で放課後まで残っている者も全員下校する時間だ。いつの間にそんなに時間が経ったのかと思いつつも、帰り際に寄っただけなので三々五々帰っていった。
「実は幽霊が出たわけではないんですが……翌日になって昨日遊んでいた一人が話したんです。『チャイムの音、違わなかった?』、休み時間にはチャイムが鳴り区切られているので、学校で鳴るチャイムといえばお馴染みの音だ。しかしよく考えてみると昨日聞いた音とは明らかに違うんです。昨日のは音割れしたようながびがびの音で、どちらかというと……そうですね、ブザーをリズムに合わせてならしたような音だったんです」
それ以来あの時参加したメンバーは旧校舎に近寄ろうともしなくなった。真相は確かめられることも無く、調べる前に旧校舎は取り壊されてしまい、全てはもう分からないという。