U田さんは祖父の遺品の腕時計を愛用している。別に外国製の高級品というわけではない、割とどこにでも売っているごく普通のデジタル時計だ。
祖父が亡くなったのはクリスマス近くだったために、その時計はU田のために買ったものだろうという結論になり、相続権は無かったが、安い時計の一つを遺品として受け取った。
それはまだ彼が小学生だった頃で、腕時計を持っている人はほとんどいなかった。そんなこともあり、いつも身につけていた。
時計はほぼ時間がずれることは無く、時計に含蓄のある人なら笑うようなものかもしれないが、彼にとっては間違いなく宝物だった。
そうして中学に進学し、それからも時計を使い続けていた。部活に打ち込んでいたのだが、体育会系の部活に入っていた彼にとって値段が安くても頑丈さが確かなその時計は非常にありがたいものだった。
親が同じメーカーの出している新型を進学祝いに買おうかと提案したときも『じいちゃんにもらったものだから』と使い続けた。
そうしてその時計を身につけて生活していたのだが、ある朝、目が覚め、手首を見ると登校時間ギリギリの時間が表示されていた。
寝坊した事に慌てて朝食もとらず牛乳を一杯だけ飲んで大急ぎで家を出た。
部活で付いた体力に任せて登校を急いだわけだが、学校に着くと妙に居る人が少ない。校舎の上に付けられている時計を見ると、まだせいぜいスポーツ推薦を狙っているグループが朝練をしているくらいの時間で、普通の運動部では朝練さえ始まっていない時間だった。
突然時計がおかしくなったのかと思い手首に視線を向けると、時刻はきちんと校舎上の時計と同じ時間を表示していた。
よく考えてみれば朝キッチンで牛乳を飲んだときに誰もいなかったし、登校中ロクに人とすれ違うことも無かったので気が付きそうなものだったが、焦っていたのでそんなことを気にしている余裕は無かった。
一応家に帰って休んでまた来るだけの時間の余裕はあったのだが、それも面倒で適当に時間を潰していた。
そうしていつもの登校時間になると遠くの方で轟音が響いた。それと同時に腕時計のガラスにひびが入った。
後からいつも自分の使っている通学路でトラックが横転する事故があったと聞いた。
今ではU田さんも社会人だが、その時に壊れた腕時計はカバンの中に入れているそうだ。
彼によると『多分そこらのお守りより効くんじゃないかな』と言い笑った。