「私の家には開かずの間があるんです」A子さんはそう切り出した。
「家にあるんですか、なかなかお困りでしょう?」
「いえ、私は一人っ子の家族でしたからなんとか自分の部屋を割り当ててもらってもまだ部屋はあるんです」
A子さんの家庭は持ち家で、それなりの大きさらしい。しかし問題が無いわけではないそうだ。
「その部屋はなんのためにあるのか両親に聞いたことがあるんです、そうしたら父親は血相を変えて『絶対に開けるなよ!』と言われたんです。結構な剣幕でしたし、そもそもその部屋のドアはノブをひねって押そうが引こうが開かないんです」
何があるのかは教わらないまま時は経ち、A子さんも中学生になり、多少は力も付いたが、あのドアを力尽くで開ける気にはならなかったらしい。
「まだ小さい頃はその部屋から雑音が聞こえてるなくらいに思っていたんです。ただ、中学生になっていくらかものが分かるようになると、その部屋から漏れ聞こえているのがお経だと分かったんです。そう理解した途端怖くなって出来るだけその部屋に近寄ることは避けるようにしたんですよ」
彼女曰く、両親も自分からその部屋に近寄らなくなったことを安心しているのを、隠そうともしていなかったそうだ。
それからは平穏な生活をしていたんです。家はそれなりに太くってお金にはそんなに困らなかったんです。ただ、ある日のこと、開かずの間の前を通ることがあったが、その部屋の前を通ってもお経が聞こえなかったそうだ。おかげでそのドアの前を楽々通り過ぎたのだが、その事を両親に話したら血相が変わったそうだ。
「父も母も慌ててその部屋に向かったんです。鍵も何も無いのに空かなかったその部屋のドアが父がドアノブをひねると簡単に開いたんです。その中には何もありませんでした。父も母も何も無い部屋を見ながら悲しそうな顔をしていました。どうしてだかは分からなかったんですが、何か良くないことなのだろうとは思いました」
そこからは急に家庭の経済事情が悪くなったらしい。
「あの部屋が開いてから父はリストラで転職して、母はパートに出るようになりました。家こそ残っていますが、私も大学を卒業したら実家で暮らすにせよ一人暮らしするにせよ、実家にはお金を入れろと今から言われています」
「その部屋は結局なんだったんでしょうか? 両親が話してくれたりはしませんでしたか?」
彼女は首を振ってから答える。
「親は何も言いませんでしたが、たぶんあの部屋にいたのは座敷童か守護霊か、そう言った福を呼ぶものだったのではないかと思っています。だから中が空っぽになって居なくなったのに気が付いたからさっさとあの部屋を空けたんじゃないでしょうか」
A子さんはそろそろ大学の卒業を控えている。実家にお金を入れるのは構わないが、何を閉じ込めていたにせよ、お経を四六時中読み続ける部屋のあった実家に戻るつもりは無いらしい。