「学校にマッチョ先生って陰で呼ばれていた先生がいたんです」
明石さんはこっそりと私に話す。彼女曰く、「呪い」の話になるそうだ。
しかしいかんせん、怖い話というのに『マッチョ先生』と言うのは締まりがないなと思ったのだが、怖ければ良いのだと開き直って何も言わなかった。
「その先生なんですけど、とにかく生徒に体罰が過激だったんですよ。すぐにグラウンドを走らせたり、頭を叩いたり、今じゃ絶対問題になってますよ。時代ですかね?」
「そういう方も昔は当たり前だったようですね」
「ええ、そうなんです。それで、その先生には反抗出来ないだけの力があったんですよ、体罰を言い渡す側がいかにも舐められていると反抗するでしょ? その先生はとにかく筋骨隆々で有無を言わせぬ迫力みたいなものを持っていました」
ここから怖い話になるのだろうか? 少し私は不安になった。
「それで、その先生なんですけど、当然ですがものすごく生徒から嫌われてたんです。でも力があるから反抗も出来ず、大人しく言うことを聞いて卒業してから荒れる生徒もいました」
枷が外れた子供なんてそんなものだろう、なにしろその話の舞台が小学校なのだから中学生にもなれば力がつく。圧倒的な力の差で指導するなら小学校が限界だ。
「マッチョ先生は結構お酒もタバコもやってたんですよ。そこそこ昔の職員室って普通にタバコを吸っている先生もいましたし」
まあそういう先生方もおられるだろう。今でもいるのかどうかはさっぱり分からないが……
「そんな生活ですからね、私が高学年に上がる頃にはもう体を壊していまして、荒れる生徒をまともに抑えられなくなっていたんです。先輩たちが『あの教師はヤバい』なんて噂を付けたのに実際は不抜けていましたから、そりゃ舐められますよ」
その先生には気の毒だが、力で支配していたなら力を無くせばそうなってしまうのは必然だ。
「で、そのマッチョ先生もいよいよ体を壊したそうなんですよ。それで入院となって、私は先生が担任だったクラスに居たんですが、千羽鶴を折ろうという話になりました。その辺は……一応自主的にとなっていますが……そこはもう、ね?」
要するに任意ではあるが拒否は出来ないというやつだろう。学校の移行に逆らえばどんな不利益があるか分かったものではない。
「なんとかクラスで鶴を折って先生の入院している病院に代表として私ともう一人で届けたんです。その頃にはもう意識がハッキリしていませんでしたが喜んでくれましたよ」
それだけならまだ美談で終わってしまうのではないか? そんな不安を察したのか明石さんはその時に見たものを語ってくれた。
「先生の病室なんですけど、何枚も寄せ書きが届いていまして、昔の教え子からだって愛おしそうにそれを眺めていたんです。で、私たちにもそれを見せつけてきたのですが……」
そこで明石さんは一呼吸置く。
「その寄せ書きに書かれた言葉は全部罵詈雑言だったんです。それまで散々体罰を受けた生徒の復讐心の塊みたいなものでした。でも先生はそれをとても大事そうに持っていたんです。もう終末期に入っていたのでせん妄のせいだと言うこともできますがね……私には何か別の、もっと不気味なものに感じられました」
私はなんと言っていいのか分からなかった。先生も一応は正しいと思ってやって来たのだろう。その結果がそうなってしまったということだ。
「程なくマッチョ先生は亡くなったので結局真相は分かりませんでした。あれが先生の願望が見せたものなのか、あるいは意識の低下によるものなのかは分かりません。ただ、それを経験して私は人付き合いというものを考えさせられました」
そして最後に一言言って話を締めくくった。
「だからまあ……きっとその先生が教えてくれたことで一番よく理解出来たのはそれですね」