後藤さんは音楽のストリーミングサービスに加入している。彼が大学生だったときに学割で加入してそれきり同じサービスを使用していた。
彼はポップミュージックを好んで聴いている。だからスマートフォンにダウンロードされているのは大半が最近の音楽だ。
毎月のように新しい音楽が出てくるので古いモノは定期的にライブラリから削除して容量を節約している。
そんな時、彼は音楽の整理をしようと音楽アプリを起動したところ、全ての音楽がよく分からない文字で表示されていた。
ライブラリの情報はサーバと同期しているので、サーバ側の不具合かなと思い、すぐに復旧するだろうと音楽アプリを閉じようとしたところで好奇心が湧いた。
この音楽はどんなものなのだろう? 見たこともない文字で表示されている、梵字やアラビア語くらいなら読めなくてもそういう言語だと分かるのだが、画面に表示されているのは見たことのない線がのたくったような文字になっている。
そもそもバグで表示されたのだから意味のある文字なのかどうかさえ分かっていないので、再生出来るかどうかさえ怪しいものだ。
しかし彼はそれを再生してみようという好奇心に負けてしまった。
曲の文字をタップしたところ再生が始まった。それは理解出来ない曲ではなかった、むしろ理解出来なかった方が良かったのかもしれない。
再生が始まると男女のうめく声が聞こえてくる。おぞましい苦痛に溢れた声だったので停止をしようとしたところで理解出来る声が入ってきた。
それはお経だった。どこかの坊さんが読んでいるのだろうか? 読経が延々と流れてきた。するとそのうめき声は少しずつおさまってくる。
彼は音楽を停止したかったが、それをしてはいけないような気がした。今お経を止めればこのうめき声がそのまま残りそうな気がしたからだ。
シークバーを見るとあと十分になっているので、何時間にも感じる十分間の読経を頑張って聞いた。自分もその声の主に成仏を祈り手をスマホに向けてあわせた。
そうして無事読経が終わったところでスマホの電源が落ちた。おずおずと電源を入れると音楽のプレイリストにはいつものポップミュージックが並んでいた。
結局あの声がなんだったのかは分からないが、彼はスマートフォンの壁紙を仏像にしているそうだ。そのおかげかどうかは不明だが、それ以降怪現象は起きていないらしい。