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SS:鏡に映るモノ

Aさんの部屋には鏡がない。洗面所の鏡には段ボールが貼られ、化粧品についてくる鏡には残らずマスキングテープが貼ってある。
「不便ではないですか?」
思わず私はそう訊ねたのだが、彼女は笑って答える。
「スマホのインカメラがありますからね、そっちなら使っても大丈夫なんです」
彼女は化粧の度にスマホのインカメラを覗きながら行っているらしい、本人曰く、『慣れると楽』だそうだ。そこまでして鏡を排除している理由を聞いた。
「どうして鏡だけがそんなに気になるんですか? インカメラなら平気というのもよく分かりませんが……」
私の言葉に彼女は頷いた。
「多分幽霊だか悪霊だか妖怪だか知りませんが、そういったものはテクノロジーについてこられないようなんです。おかげで助かってますよ」
「一体何が映るんですか?」
鏡に一体何が見えるというのか? さぞや怖いものが映るのだろう。
「別に害があるわけじゃないんですよ。ただ昔の彼氏が無言で私の後ろに立っているんです、振り向くとなにも居ませんよ。あの人、随分と未練がましいですね」
「つまり元彼が映るので鏡を塞いでいるということですか?」
「そうですね、害はないんですよ。ただ……見た目がちょっとね……」
見た目? 付き合える程度には仲が良かったのだろう、それなのに見た目が悪いというのだろうか?
「見た目ですか? 元彼なんですよね?」
私がそう確認すると、彼女は気怠げに言う。
「そうですよ、もっとも、私と別れてすぐに死んじゃいましたがね。私は一々気にもとめなかったんですが、だんだんとその鏡に映る彼氏がグロテスクになっていくんですよ」
「グロテスクですか……」
「ええ、死んだという事しか知らないのでどんな死に方をしたか知りませんが、あまり感動的ではないような死に方をしたんでしょうね。最近試しに鏡を覗いてみたら、もうただの肉塊になってましたよ。早いところ消えてくれないかと思ってるんですがね」
彼女は吐き捨てるように言った。結局、その後どうなったのかは知らないが、少なくともその幽霊は害をなすものではないようで彼女に何かあったという情報は来ていない。

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