井上さんは金魚が怖いという。彼によると夜店の金魚すくいも嫌いで、そのおかげでお祭りがあっても行けないことがよくあるそうだ。
本人が言うには『不便ですけどね、仕方ないです』とのことだ。何故そんなことになったのか訊ねた。
「いや、昔は金魚すくいとか平気だったんですよ。子供の頃は夜店で百円もらって金魚を捕ったりしていました」
そんな彼が金魚嫌いになったのは理由があると言う。
それは小学生最後の夏、近くの商店街であったお祭りに足を運ぶと金魚すくいをやっていた。その時は小遣いをもらっていたので少年だった彼は迷うことなくおっちゃんに百円玉を渡してポイをもらった。
そして水槽の中を見てみると、一匹だけ大きなデメキンがいるのを見つけた。この脆い紙ですくい取れるだろうかとは思ったが、普通の金魚じゃつまらない。そして少年はその金魚に狙いを定めて小学生の間ずっと鍛えていた金魚すくいの腕を発揮した。
あっさり金魚はすくえてしまい、拍子抜けをした。重いのだろうと思っていたのだが、ピチピチ跳ねている割には紙が破れる様子は全く無い。急いで自分のものに入れて、二匹目を狙ったのだが、何故かアレだけ頑丈だったポイは二匹目をすくうどこか、水に入れた時点で破れてしまった。
無事デメキンをすくえたことで満足していた彼は、それをビニール袋に入れてもらい、そのまま夜店を色々と楽しんだ。
そして帰宅し、デメキンを金魚鉢に入れた。今にして思えば、空気の循環器でも入れておかないと長生きするはずはないのだが、小学生だった彼は魚は水があれば勝手に呼吸出来るのだろうと思っていた。
その晩、ざわめきで目が覚めた。しかし体が動かないという金縛り状態で動くことが出来ない。耳は麻痺していないので、周囲の音は聞こえてくる。
「苦しい……苦しい……許さない……」
それは金魚鉢の方から聞こえてくる声だった。彼は最後まで聞く前に意識を失い、目が覚めると朝になっている。
昨日声が聞こえてきた方を見ると、金魚鉢にデメキンが腹を上にして浮いていた。ああ、コイツだったのか。なんとなくそう思う。
「それ以来金魚が苦手になりまして……困ったことに、その後一度夜店に行ったことがあるのですが、金魚すくいの前を通ると金魚の呪詛の声が聞こえるようになってしまいました。だから未だに金魚は苦手ですよ」
現在、井上さんには彼女がいるが、お祭りがあってもそこに行こうといわれるのでそれを断るのに苦心している。