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ホラーSS「笑顔」

工業団地に住んでいるSさんは帰りの遅い夫を待ちながら子供の面倒を見ていた。彼女はアルコールの飲み過ぎで肝臓の悪くなっている夫を心配していたのだが、その日は何故か娘がなかなか寝付くことがなかった。

『旦那は帰ってきたとき私が起きていないと癇癪を起こしていたんです』

Sさんはそう吐き捨てたあと『まあ、もう終わった話なんですけどね』と付け加えた。

Sさんの夫は去年亡くなったと聞いている、しかしその頃のことを話す彼女は生き生きとしていた。

「実はその時娘がぐずっていたのにイライラしていたのですけど……私もいい加減泣きたかったですよ」

その言葉は重かったが、それについて話す口調は水素よりも軽そうだった。

いつもならもう寝付いているのに……そうイライラしていたんですが、突然娘が『パパがかえってきた!』と大声で言うもので、厄介の種が一つ増えたとイライラしていたのですが、娘がそう言ってからいくら待っても足音の一つもしませんでした。チェーンでもかけていたかと思って玄関に向かったのですがドアは鍵のみで閉まっていて、私が間違えて締め出したわけでもなかったんですよ。

そう言いながらケラケラと笑う。死人が出たにしては妙に明るい人だなと思った。

そして娘の気のせいだったのだろうと部屋に戻ると娘はすっかり寝付いていました。安心しきったような顔をしていましたね、私は気怠かったのですが、キッチンの灯りだけでも消しておこうと行ったのですが、キッチンはすっかり暗くなっていました。『あれ? 消してたっけ?』と思ったんです、夫が帰ってきたときにキッチンの灯りが消えていると『亭主の帰りも待てないのか、寝ようとしていたんだろう』と凄まれますからね、灯りを無意味に消しているはずがないんですが、その時は娘が寝てくれないのでそちらに気を取られていたのだろうと思ったんです。

『ですがね』とSさんは言葉を繋いだ。

キッチンの電灯をつけると缶ビールの空き缶が一本テーブルの上に置いてあったんですよ、椅子も少し引かれていて、まるでその場に誰かが座ってビールを一本飲んだようでした。旦那が帰ってきてこっそり飲んだのかなと思ったのですが、あの人は私に酌をさせるような人でしたし、肴も用意しろとうるさい人でしたからそれは無いと思ったんです。

そこで娘の寝ている布団を見に行ったのですが、親子三人分の布団が並んでいますが、娘以外の布団はからでした。じゃあ一体何が? そう思ったところで電話が鳴ったんです。

「ありがちでくだらない話だとは思うんですが……」

そう言って彼女はその電話が夫の事故死を伝えるものだったと言った。

「保険に入っていて本当に良かったと思いますよ」

金銭的な心配も、娘に悪影響の出そうな旦那もいなくなったので、団地を引っ越して町のアパートを借りてそれなりの暮らしをしているそうだ。

「私の勘より娘の缶の方がアテになるんですかね? それにしても死んでまで酒を飲まなくてもいいと思いますよ」

よく聞くタイプの怪談なのだが、その話をしている間、ずっとSさんが笑顔を崩さなかったのが一番恐ろしく、『あなたが何か関係は……』と訊こうとしたが、その笑みが恐ろしく、私は彼女の話を始終頷いて聞くだけのことしか出来なかった。

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