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魔法陣を描く絵描き人 第6話

 試験会場である訓練場についた時、そこにいたのは1人の女性と生徒らしき同じローブを纏った少年少女が数名だけだった。

「こんにちはー。テスト受けに来たんですが、もしかして今日受けに来たの私だけだったりします?」

 俺がそう問いかけると、1人教師らしく異なるローブを纏う女性が答えてくれる。

「今のところはそうだね。今日の試験官を努めているここの中等科の教師のリリアナ・アルシェルトンだ。よろしく頼むよ」
「マルス・ハリルソンといいます。よろしくお願いします」

 先ほどから俺が敬語を使っている姿には違和感があるかもしれないが、これでも俺は貴族の家に養子に迎えられている。
 今はわけあって違う名前を名乗ってはいるが。

 そのため、礼儀作法なんかも一応最低限は一通り叩き込まれているわけだ。
 そこで一応この魔法学院という場で立場的に上位者にあたる人には敬語を使って丁寧に話すように心がけているのである。

 そりゃあ俺だって、守衛をしていた男を相手するように誰にでも接したいが、上に行けば行くほどそうは言っていられない世界になってくる。
 実際俺が今でも目指している護国魔法師だって、他の宮廷魔法使いらや大臣貴族などには大きな顔をすることが出来ても、国王には忠誠を尽くして仕えなければならない。

 そう考えると途端に気が滅入ってくるが、しかし一度は目指そうとしていた夢だ。
 本題は魔法学院の図書館にあるであろう魔法陣関連の魔法で、護国魔法師を目指すのはついでであるとしても少しぐらいは真面目に目指してみようと思うものだ。

 まあおそらく、一度護国魔法師まで登りつめて箔が付いたら領地にいる兄上様から呼び出されて帰ってこいと言われると思うけど。
 今の兄上様はそういう肩書とかガンガン利用していくタイプの人だからな。

 やがて時間になったが結局俺以外の受験者は誰も来なかった。
 どうやら今年の受験者は俺だけらしい。
 
「さあ、じゃあ始めようか。試験内容だが、単純に言えば私との手合わせだ。私と手合わせをして、その結果を見て私が判断する。単純でわかりやすいだろう?」

 時間になったのを確認したリリアナがそう告げる。

「流石に判断基準が曖昧では……?」
「何、去年の中等科の卒業生を一番見てきたのは私だ。だから高等科に進めるやつがどれぐらいのレベルかも知っている」
「なるほど。その基準と重ねて判断をすると」
「そういうことだ」

 取り敢えずやるべきことはわかった。
 殺さない程度にリリアナをボコって勝てば良い。
 まあ負ける可能性も一応はあるわけだが。
 
 周りに居た生徒達は何をするのかと思えば、皆で訓練場内の見学席の方へと上がっていく。

「あの子達は見学ですか?」
「そうだね。折角私が本気を出すんだ。特にやる気のある子たちには見せることにしていてね。何か不都合があったかい?」
「いやー、まあ別に無いですけどね」

 嘘である。
 流石に大勢に俺の魔法の使い方を見られるのは、あまり好ましいことではない。
 まず第一に、変に名前が広がってしまうと今後の学生生活が面倒だ。
 高等科は自由に講義を受けながら、自由に卒業する権利が与えらるらしいので、俺はもう在学中は図書館にずっと詰めていて、本を読み終われば退学か宮廷魔法使いの方へと進もうと考えていたのである。

 そして2つ目は、俺が純粋な魔法使いではないと大勢に知られてしまうと余計なちょっかいを受けかねないこと。
 俺がまともな魔法使いではないのは俺が一番知っている。
 そして下手をすれば、それはこの魔法学院においては迫害の対象になり得る。
 それぐらいどうということは無いが、厄介事の種は無い方が良い。

 とはいえ、試験の内容は試験官が自由に決めるものなのだろう。
 であれば、人に見られながら魔法を使えるか確認するとでも言われてしまえば俺にそれを拒否する手段はない。
 あるいは、そこまで考えられるかを見るためにあえて生徒を連れてきたか、だが。

 まあ結局は合格した後の話である。
 まずは試験に合格しなければならない。

「それでは、試験を始めるぞ。この投げたコインが地面についた瞬間に試験開始だ」

 そう宣言して、リリアナがコインを投げ上げる。
 そしてそれが地面に落ちると同時に、俺の目の前にリリアナの放った魔法が迫っていた。

 魔法の速度が速い。
 おそらくは無詠唱に加えて弾速と発射までの速度を何らかの方法で速くしている。
 そう考えながら、俺は手の甲に刻んでいた魔法陣で障壁を展開して魔法を受ける。

 そしてそれと同時に、足元から複数の魔法陣を展開する。

「っ、へぇ? ただなんとなくきた無謀な子ってわけじゃないんだ。良いね、好きだよそういう面白そうなの」

 リリアナが何か言っているが無視する。
 俺の脳内は今、想像力によって複数の魔法陣を同時に展開することに総動員されている。

 魔力で空中に魔法陣を描くことによって魔法を発動する俺の戦い方だが、そこに描くという動作が入る分、どうしても初動には遅れが出てくる。
 そこで俺が考えたのが、魔法陣の多重展開。
 つまり飽和攻撃による敵の対応の無力化だ。

 1発1発の魔法を放つのに時間がかかる。
 なら複数同時に準備をして、完成した端から使っていけば良い。
 そして魔法を使って思考能力に余裕が出来たら、再び別の魔法の描写を始める。

 そうやって、複数の魔法を同時に行使する攻撃の手数こそが、俺のこの魔法の使い方の強みである。

 その攻撃の手数を、リリアナは的確に動きながら捌いていく。
 どうやら動けないタイプの魔法使いでは無いらしい。
 地面を滑るように移動しながら俺の放つ魔法のことごとくを躱し、時折直撃コースに行くものだけ障壁の魔法を使って防ぐ。

 逃げに入られると少々面倒な相手だ。

「飽和させるか」

 思考の速度を上げて回せば更なる火力で押し切ることも出来るが、ここは別の手で行こう。

 そう考えた直後だった。
 俺の足元直下から吹き出した何かが、常時展開してある俺の障壁ごと俺を吹き飛ばす。
 視線を向ければ俺の立っていた場所の地面が砕け、そこから魔法の光が吹き出した残滓が見て取れた。
 
「地中を経由して撃ってきたのか。味な真似をする」
 
 風魔法の魔法陣を展開して着地の補助をする。
 俺自身に身体を自由に操る才はもはやない。
 普通にあの身長より高い高度から素で着地しようとしていれば、どこかを負傷していた可能性が高い。

「今の完全に不意打ちだったよね? どうやって防いだ?」

 一方不意打ちを狙って不発だったリリアナは訝しげな表情をしている。
 俺の魔法による弾幕の合間からだが、その表情が見て取れた。

 まあ今のは完全に運だ。
 というか、俺自身実は対人で魔法戦をするために必要な能力というのが極端に低い。
 それは、魔法を、魔力を感知する才能が極端に低いからだ。

 つまり俺は、基本的に相手の魔力の高まりや魔法の存在に対して気づくことが出来ない。
 何せ自分が使っている魔法も、そう記述すれば魔法が発動するという法則に則って書きまくっているだけに過ぎない。
 魔法を使っているという感覚が俺には存在していない。

 ひたすらに仕組みに則って魔法陣を生み出すための道具。
 それが戦闘中の俺本隊の役割だ。

 故に、その本隊を守るためのには手を尽くしている。
 その1つが、常設的に手の甲に存在し、常に更新され続けている障壁の魔法陣だ。
 魔法の杖はカモフラージュというか本来俺には必要ないもので、むしろ逆の手の甲にあるそれこそが俺の生命線だったりする。

「さあ、終局を描こう」

 俺の魔法に圧倒されているように見えていたリリアナから反撃の魔法が時折飛んでくるように鳴った。
 おそらくは彼女が俺の魔法に慣れたのと、もう1つは俺が新しい魔法陣の構築のために思考を割いたことで弾幕が僅かに弱まったからだ。

 だが、次の魔法が決まってしまえば結局の所俺の勝ちは揺るぎない。
 リリアナを攻撃するための魔法の魔法陣を空中へと移動し、全面に見えるように展開して撃ちまくる。
 そしてその間に足元に二重魔法陣を展開する。

 これは魔法使いであるよりも先に芸術家、画家であった俺が考案した魔法陣魔法の新しい使い方だ。
 足元に展開され始めた魔法陣は二重に分割されており、その内側が右回りに、左側が反対周りに回転を始める。

 そして時折魔法陣どうしがガッチリと噛み合い魔法を発動し、そしてまた円が回って別のところで噛み合い、魔法を発動する。
 1つの陣の組み合わせ方次第で無数に魔法を発動する、俺が考えた魔法陣魔法、否、【絵画魔法】の究極の形。

 魔法陣を多数展開するときのように思考をせずとも、足元の円を回しているだけで魔法が感性へと向かっていく。

「なんかやばいのが来るね……!」

 そしてリリアナもそれがわかっているのだろう。
 二重魔法にかかりきりになって俺の魔法が途切れがちになったのを良いことに、最初は離れていた距離から牽制程度に放っていた魔法をより近づいた距離からガンガン打ち込んでくるようになった。

 先程の守衛の男とは比べ物にならない威力の魔法がガンガン飛んできて、俺も流石に常設の障壁の外側に多重の障壁を張らざるを得ない。
 いくら俺が効率の良い魔法陣を編み出したとはいえ、それでも足りないときというのはあるものだ。
 
「防戦一方だね! 他に無いなら終わりにしようか!?」

 弾幕の向こう側からそんな声が届く。
 今では最初とは真逆で、俺がリリアナの放つ数多の魔法を必死で捌いている状態になっている。
 傍から見れば俺が追い込まれているように見えるだろう。

 だが。

「馬鹿を言え」

 俺の二重魔法陣が1周し、俺の魔法が完成する。
 その瞬間に、訓練場の戦闘範囲内の全域に、氷の槍が出現した。
 その矛先は、全てリリアナを向いている。

「……ちっ、やられた」
「撃っても大丈夫か?」

 足を止めたリリアナにそう尋ねると、首を横に振られた。

「無理だな、これは受けきれない。私の負けだ」
 
 リリアナのその言葉を聞いて、俺は展開していた魔法陣を全て消す。
 それによって、リリアナを取り囲んでいた氷の槍もその全てが消滅した。

「君、凄い戦い方するね。というか魔法演算野の能力どうなってるの? あの数の全く違う魔法を複数同時に使ってくるなんて」
「合格、ってことで良いんですかね? そのあたりは一応秘密ってことにしておきたいんですが」

 俺がそう尋ねると、俺の方には答えずにリリアナは観客席から見ていた生徒達の方に向けて声をかける。

「全員、今日は解散! もう帰っていいよ!」

 その指示を受けて生徒達が帰ると、リリアナは声を抑えて改めて俺に問いかけてきた。

「君、魔力とか魔法の探知出来てないだろ?」
「……と、言いますと?」
「いやいや言い訳とか良いから。それと話しづらいなら敬語も無くていいよ」

 そう言ってじっと見つめてくるリリアナに、誤魔化すのは困難だと判断した俺は正直に答えることにした。

「はぁ。確かに、俺は魔力も魔法も探知出来てない。これで良いか?」
「うん。まあ、良いよ。合格ってことで。でもそれで前線に出るのは危ないの、わかってる?」
「知ってる」

 だから色々と対策を立てている。
 常設型の障壁に、それが破られたときの生命線となる魔法陣も用意してある。
 それでもまあ魔物によっては全然普通に抜かれることが有り得るのだが。

「なら良いけど。まあなんかわけありそうだけど、聞かないでおくよ。私に勝って入学出来ないとかそれこそ変な話だし」

 そう告げると、秘密の話をするように俺に近づいていたリリアナは少しばかり距離をとって改まって話し始める。

「それじゃあ君は合格だ。おめでとう、マルス・ハリルソン。学院には合否の報告はしておくから、来週から講義に参加出来るよ」
「図書館が利用したいんだが」
「それなら明日からでも大丈夫だよ。一応明日には学生証が発行されることになってるけど……はいこれ、仮の入場許可証」

 そう言って渡されたのは、1枚の札だった。

「明日の夕方ぐらいには学生証が出来ると思うから、教員部屋の方に来てくれればいつでも渡せる。後はそれを提示すれば学校に入れるから、自由に使って」
「わかった。ありがとう」
「どういたしまして。それじゃあ、頑張ってね」

 そう言うとリリアナは背を向ける。
 そしてそのまま訓練場から立ち去っていった。

 俺も特に用事は無いのだが、一応生徒会役員さんから試験後待っておくようにと言われている。
 どこで待機すれば聞いておけばよかった。
 そう思いながら、俺は頭の中でいくつもの魔法陣を描いては消していきより洗練された魔法となるように特訓をしながら彼女が呼びに来るのを待つのだった。

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