魔法学院高等科の外部入学試験の当日。
数日前入りで王都に来ていた俺は、特に問題もなく試験が開催される日の昼頃に魔法学院を訪れていた。
「高等科の入学試験を受けに来たんだが」
門の隣にある守衛室でそう声をかけると、面倒くさそうに室内の男性が俺の方へと視線を向けてくる。
着ている服がローブであることからして、おそらく衛兵などではなくこの学院の関係者だろう。
「高等科の試験? 受けんの? あんたが? やめとけやめとけ。たまに勘違いしてる人がいるけど、高等科なんて中等科の中でも優秀なやつしか受からないものだから。外部から来たって受かるはずが無いっての」
「お前の勝手な意見は聞いてねえよ。壁に向かって話してろ」
いつも通り古ぼけたローブ姿の俺を見て鼻で笑いながら言ってきたので、俺も多少荒い態度で返す。
そしてそのまま守衛室を無視して学院の正門から中へと入る。
幸い今日の入学試験のためか、学院の門は全開になっていたので入りたい放題だ。
「は!? あ、おいちょっと待て!」
後ろで守衛室にいた木偶の坊が何か言っているが知ったことか。
たかが見た目だけで役割も全うできない半端ものに用はない。
この魔法学院高等科の外部入学試験は、文字通り外部からの入学希望者を試験するためのものだ。
内部受験、つまり中等科から高等科に進みたい者たちについては、内部の試験などの成績によって既に合否は決まっているらしい。
じゃあなぜわざわざ外部入学試験を開くかというと、外部にいるかもしれない人材を取り込むためだ。
極稀なことだが在野にとんでもない化け物がいたりするので、そういった存在を取り込むためにこうやって外部に門戸を広げているらしい。
例えば数年前には、冒険者として活動していた女性がこの試験に合格し、そのまま宮廷魔法使い、そして護国魔法師へと出世を遂げていたりする
その女性は家庭の事情もあって小さい頃から冒険者として活動していたが、その魔法能力の高さを見たギルドが外部入学試験へと推薦。
そして見事に合格し、更には護国魔法師までわずか数年で登りつめている。
大体の年は外部入学試験に合格する者すらいないが、たまにこうして拾い上げられる人間がいるので、学校側としても特に手間のかからない試験の1つくらいならばと年に一度は開催されているのである。
と、俺の後ろから急に魔法が飛来し、俺が念の為に今朝型手の甲に刻んでおいた魔法陣による障壁にぶつかって霧散する。
「何のつもりだ?」
振り返って視線を向ければ、先ほど守衛室にいた男が俺を追いかけてきて、こちらに杖を向けていた。
「不法侵入者を攻撃しただけだぜ? 学園に侵入したからには何をやられても文句は言えねえぞお前。丁度良いから俺の魔法の練習台になってけよ」
阿呆が。
呆れ過ぎて言葉も出ないとはこのことか。
俺はちゃんと外部入学試験を受けに来た旨を説明した。
それに対してどんな|個人的感想《・・・・・》を抱こうがこいつの勝手だが、それで俺が受験を取りやめなければならないわけでもない。
「まずは自分の仕事をしてから言えよカスが」
「なんだと!? お前こそどうせ中等科にすら入れなかったゴミだろうが!」
「それがどうした? お前にそれを判断する権限は無いだろうが」
軽く言い返してやると、面白いように男の表情が歪む。
確かに俺は中等科には入れなかったし、その年齢の頃にはまだアルザイムで四苦八苦しながら魔法を使えるようになる道を探していた頃だ。
だがそれがどうした。
どんな経歴の相手でも受け入れるのが高等科の外部入学試験だ。
それを拒否する権限は、こいつには無い。
むしろこんな下っ端くさいやつにあったら驚くが。
魔法だって不意を打っておきながら俺の障壁を破れなかったわけだし。
「熱く燃える火の玉よ、敵の全てを焼き尽くせ──『ファイア・ボール』!」
とか考えていたら、簡単にぷつんと来たのか男が俺に向かって魔法を放ってきた。
阿呆がよ。
それをやれば俺は正当防衛で手を出すことが出来るようになる。
まあちょっと痛い目にあえば目も覚めるだろう。
そんな事を思いながら魔法陣を展開しようとしたところで、俺の方へと飛来していた男の魔法の進路上に色付き透明な障壁が展開し、男の魔法を阻む。
「何をしているんですか?」
そう声をかけながら、男と対峙する俺から見て右手側、複数の建物がある方から歩いてきたのは1人の女性。
しかしこの声はどこか聞き覚えがある。
「なぜ学内で魔法の打ち合いを? 規則で戦闘魔法の訓練は申請をした上で訓練場でのみと決められています。今のは明確な拘束違反ですよ」
「こ、高等科の──!」
近づいてきたところでその女性の顔を見た俺は驚愕した。
と同時に、納得の思いもある。
【魔法師】という【魔法使い】の上位互換の天職を持っている彼女ならば、ここにいておかしくはない。
声に聞き覚えがあるはずだ。
成長はしているものの、あの頃の彼女の面影をかなり残している。
俺が驚愕している間に男の方とは話が済んだのか、女性は俺の方へと歩いてやってくる。
その後ろでニヤニヤと意地悪げに笑う男を見れば、大方まともに真実を報告していないということは見て取れる。
「あなたは不法侵入者だと彼に聞きましたが、本当ですか? もしそうであれば、大人しくしていれば痛い目に合わなくて済みますよ」
そう俺に尋ねる女性に、俺はさり気なくフードを目深に被って顔を隠しながら答える。
「それは、おかしな話ですね。私は確かに外部入学の試験を受けに来たと伝えたのですが……。紹介状もこちらにありますし……」
「見せて頂いても? ああ、失礼しました。私はレシーナ・ウルフェンベルクと言います。高等科所属の生徒会役員として、学内での規則違反や不法侵入者を取り締まる権限を持っていますので、紹介状があるというなら見せてください」
「なるほど、確かに彼と違って判断できる立場にある方なのですね。わかりました。紹介状はこちらです」
俺の言葉に、彼女の後ろでニヤニヤと笑っていた男が愕然とした表情を見せる。
そりゃ相手次第では対応を変えるわ。
つまらなそうに守衛室にいる下っ端もどきと、明らかに上に立つものの佇まいをしている相手なら、後者により丁寧な態度を取るに決まっている。
「……マルス・ハリルソンさんですね。はい、確かに確認しました。しかし、そうなると彼の話と食い違いが出てきますね」
「彼の勘違いか聞き間違えだったのでは? 声をかけたときにあまり集中して聞いている様子は有りませんでしたし。それより私は早く試験の会場に行きたいのですが……」
さり気なく話を打ち切るために予定をちらつかせる。
実際時間としては多少余裕はあるが、試験が始まる時間が迫っているのは間違いない。
そして外部入学を試みる者にとって、その試験がどれほど思いものなのか、きっと彼女ならば理解してくれることだろう。
「……わかりました。ではあなたは試験会場に向かって下さい。場所はわかりますか?」
「ええ、はい。それは大丈夫です。ああいう風に道順も示されているわけですし」
そう言って俺が、前方にある『試験会場はこちら』と書かれた看板を示すと、彼女は納得した様子で頷いた。
「一応彼から聞き取った内容によっては後程また聞き取りを行いますので、試験が終わってもすぐには帰らないようにして下さい」
「承知しました。では、私はこれで」
「はい。あなたの健闘を祈っています」
「ありがとうございます」
女性に見送られて俺はその場を後にする。
試験会場に向かう道中だが、しかし、久しぶりの再会を心のどこかで嬉しく思っているらしく、妙に気分が高まってしまっている。
駄目だな、この8年間の間で振り切ったと思っていた過去が目の前に姿を現すと、途端にまた引きずられてしまう。
今ではもうかつての夢よりも高みへと俺は来ていると思うのだが。
「試験でぶっ放して気持ちよくなるとするか」
この気持ちの行先を勝手に試験内容に任せながら、俺は試験会場への道を辿った。