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魔法陣を描く絵描き人 第4話

 自宅に帰宅した後は、雌の鶏が生んだ卵を回収してから朝食にする。
 卵と野菜を纏めて炒めて、塩少々で簡単に味付けをしてからそれを食べる。
 ちなみにたくさん食べることにも才能がいるらしく、今の俺はかなり少食だ。

 まあしかし、食べる速度が遅くならなかったことだけは本当に良かったと思っている。
 昔からせっかちなたちなので、食べるのが遅くなっていたら日々の食事からストレスを感じているところだった。

 食事を終えた後はいつもならば日課の絵描きの訓練といくところだが、今日は少し順番を変える。
 
 つい先程散歩をしている間に気づいたように、数日後に魔法学院高等科の入学試験の日が迫っている。
 ここから王都までの移動は大した時間はかからないが、それでも持って行く荷物の用意は早めに済ましておきたい。
 そうしないと後になって日程ギリギリで切羽づまるのが目に見えている。

 とはいえ向こうで泊まる場所は確保できているので、本当に最低限の荷物だけで済むのだが。

「魔法学院高等科、ねえ。まさか俺がそんなものを受けることになるは、あのときは思わんかったわ」

 魔法学院高等科。
 王都に存在する魔法関係の学院の中で最も高位に属するものだ。
 一般的に王都の魔法学院には2種類存在する。

 それが中等科と高等科。
 このうち貴族の子弟の大半が通い、魔法の扱い方とともに様々な知識を学ぶ場所が中等科にあたる。
 いわゆる貴族にとっての一般的な学校と言えば、この中等科の事を言う。
 そして大半の貴族の子弟や、運良く通うことが出来た平民の生徒などは大抵ここで魔法学院をやめる。

 やめると言っても、中等科卒業の時点で既に一般的な基準の魔法使いとしては十分に一人前だ。
 ここを卒業した後に冒険者として魔物退治等で活躍する者もいるし、軍に入る者もいれば領地で貴族のお抱えとして働いたりする者もいる。
 貴族であれば、学んだ事を活かして領地経営に他の貴族とのお付き合いにと精を出すことになるだろう。

 であれば、魔法学院高等科とは何のために設置されているのか。
 それは偏に魔法の研鑽と研究を行う者たちのために開かれるものであり、またそれと同時に、宮廷魔法使いになるための正当な道であるとされている。

 通常の貴族に仕える魔法使いであれば、中等科卒業レベルでも十分に能力は足りている。
 宮廷魔法使いの中にも、実力が高ければ中等科からそのまま宮廷魔法使いとして認められる者はいる。

 それに対して高等科とは、より魔法の道を極めるためのもの。
 魔法を使うのでもなく活かすのでもなく、文字通り魔法の高みを極めるために、魔法の道を邁進するものだけが進む場所。
 それが魔法学院高等科である。

 そんな場所の試験を、何故か俺は受けることになってしまっていた。

「全く、我が兄上も無茶振りが酷いことで」

 それを指示してきたのは、俺の兄。
 正確に言うならば、養子に入った先の家の義理の兄だ。
 彼と俺の関係を話すならば、8年前に俺がグスタフ爺さんに連れられてアルザイムを訪れたことから語らなければならないが……まあそのことはまたいずれ語ろう。
 
 一通り旅立ちの準備を終えたところで、日課の絵描きだ。
 描くものはなんでも良い。
 目の前の家の光景でも良いし、記憶の中にあるつい先ほど討伐したばかりのモンスター達でも良い。
 あるいは夢に見た遠き日の思い出でも良い。
 
 それらを描いていく。
 ただひたすらに手を止める事なく、頭の回る限り、想像出来る限りの全てを高速で
 目の前のイーゼルの上に載った大きな1枚の紙に出力していく。
 ただひたすらに頭の中で絵を描き、それを現実へと反映していく。
 
 やがて数分も経たないうちに、目の前の紙には所狭しと、あらゆる情景が重なるように、混ざるように描き出されている。
 それはそうだ、複数の場面を同時に思い浮かべながらその全てを描き出したのだから、絵と絵が重なるのは当然だ。
 だからそのこと自体は問題ではない。

 だが。
 
「……30点。やっぱり心を乱されるとまだまだ精度が下がるな、俺は」

 最後に、紙の上に展開した複数の魔法陣によって紙を浮かせて、屋根裏の風通しの良い場所に運ぶ。
 それで日課の絵の訓練は終わりだ。

 昔はもっと時間がかかったものだが、【天職】というものは凄まじい。
 今では普通の優秀な画家が描くのに数時間数日かかるようなものをわずか数分で描き出してしまう。
 まあとはいえ俺の【画家】としての能力は、ただひたすらに正確性と速さにだけ特化したものだ。
 一般的に貴族のところでお抱えになる画家に求められるような、印象的な絵を書いたりする能力や独創性を俺は持ち合わせていない。

「ん、ん~。今日は少し浅めのところにしておくか」

 日課の絵描きが終われば後は日課の魔物の森での戦闘訓練。
 いつもならば強力な魔物と戦うために森の深みへと踏み込んでいくのだが、今日は少しばかり自分の調子が良くない。
 まあ大方今朝方に見てしまった懐かしい夢に心が引っ張られているだけだろうが。

「『魔法使いは心を乱してはならない』。このあたりは俺はまだ未熟だなあ」

 爺さんから教えられた魔法使いの基礎を口に出すことで自分を戒めた俺は、今度は家を出て魔物のの森へと踏み込んでいく。
 家がある場所は魔物の森でも比較的浅い部類に入る場所だ。

 そして俺が求めているのは少数飛び出してくる雑魚ではなく、多数が飛び出してくる強敵だ。
 そのため森のより浅い方向ではなく、より深い方向へと向けて足を踏み込んでいく。

 先ほど森の外へと繋がる道を散歩したときとはまた違う、ヒリヒリとした感覚が肌を刺す。
 魔物の森に漂うピリついた空気。
 初めてここを訪れたときは恐ろしかったそれも、今となっては心地よいものに感じられるというのだから、人の慣れとは本当に恐ろしいものだ。

 少し森を歩いていけば、俺の周囲の茂みからガサガサと音がし始める。
 冒険者としての才能を持たない俺ではその姿を見つけることは出来ないが、一般の冒険者なんかならこの段階でモンスターの姿を捉えて攻撃する事もできるのだろうか。

 そんな事を考えながらも、俺の思考は足元に魔法陣を描き出していく。
 そしてそのまま歩を進めていると。

『ガイッ!』

 ガサガサと音を立てていた周囲の茂みではなく、俺の頭上、木の上からモンスターが襲撃を仕掛けてきた。
 しかしそれは、俺の展開した魔法陣から発する障壁によって弾かれる。

 跳ね返された魔物は地面に落ちようとしているが、その隙を見逃す程俺は甘くはない。

「青の3番」

 手元に描き出された魔法陣が魔物の着地よりも先に完成し、その中央から岩をも穿つような鋭い水流が吐き出される。
 それは過たずに左右の茂みから飛び出してきた魔物を両断した。
 当然のことながら、左右の茂みから聞こえていた音だって忘れていない。

 そして続けざまに、無言のままに展開された別の魔法陣から放たれた光の矢が、着地してこちらへと突っ込んで来ていた魔物を貫きその生命を刈り取る。

 取り敢えずガサガサという茂みの音は途切れ、後には魔物の死体が残るのみとなったので、俺は障壁の魔法を随時更新しながら息を吐く。
 
「ふう……無言だとやはり展開が遅れるな。想像力は問題無いと思うんだが……」

 なぜ俺が魔法を使えているのか。
 当然のことだが、俺には普通の魔法は使えない。
 魔力を練ることも出来ないし、魔法の呪文を唱えたり想像力で魔法を発動しようとしても、ろうそくに火を灯すことすら出来ない。

 だが俺に出来ることが1つだけある。
 それは描くこと。
 様々な絵を、図形を、図面を、ありとあらゆる文字以外の平面での表現方法を、俺は【画家】という天職によって与えられた才能によってこなすことが出来る。

 そして同時に、こういうことも出来る。
 ローブのポケットから取り出した雑記帳のページに、討伐したモンスターとその数を記録していく。
 ペンを使っているわけではない。
 ただ紙のページに、魔物の姿絵と文字がずらずらと俺の想像通りに書き込まれていく。

 それが俺が魔法を使っている方法。
 簡単な話だ。
 俺は、|魔力を絵の具に《・・・・・・・》してなにもない地面や空中に|魔法陣を描いている《・・・・・・・・・》、
 それが俺が操る魔法の正体。

 魔法陣とは、それだけで魔法を発動するための仕組みがすべて組み込まれたある種の機構、仕組み、世界の決まり事だ。
 この魔法陣に魔力を流せば。
 言い換えるならば、魔法陣の形が魔力によって形成されれば、自ずと魔法は発動する。
 魔法陣とはそういうものだ。

 故に俺は、それを魔力という絵の具によって描くことで魔法を発動している。
 
 あの日爺さんについていくと決めた時、当初からそんなことが出来る、と気付いていたわけではない。
 だが、爺さんの元で魔法陣について学び、画家として多くを想像する中で、俺はこの方法を編み出すことが出来た。

 そして更に、過去に使用されていたという魔法陣に、|俺なりのアレンジ《・・・・・・・・》を加えている。
 そのため、俺の魔法はかつての魔法陣魔法よりも遥かに用意に、高い威力の魔法を放つことが出来るのである。

 これが、【画家】という天職によって普通に魔法を使う道を絶たれた俺の魔法の使い方。
 |魔力《絵の具》によって|絵《魔法陣》を描くという、俺にしか出来ない魔法の使い方だ。

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