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魔法陣を描く絵描き人 第3話

ここから主人公最強ものです。

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 その後風邪から復活した俺は、まあ有り体に言って生きた屍みたいなものだった。
 健康のために毎日家から出て歩いては、少し離れた丘の上でぼうっとする。
 
 生きていくための仕事も何も、才能が全て画家に持っていかれたせいで何をやっても人並み以下にしか物事が出来ない。
 親父は一時期剣の柄尻や柄の意匠を考えるのを俺に任せてはどうかと考えたらしいが、そもそもその細工を出来る人間がいないしこの田舎町ではそんな洒落た剣を打ったところで誰も買いはしない。

 こう言ってはなんだが、親父も俺と同じで天職を持ちながらも拾い上げられたり称賛される場に立つことが出来ず野に埋もれてしまったタイプの人間だ。
 才能があるといってもそれは天職を与えられた瞬間からその職業については全てが出来る、なんてことを意味しているわけではない。

 例えば親父の鍛冶の技術は長年の経験によって培われたものだし、俺だって『神の囁き』直後に絵を描けと言われても、子供にしてはうまい、整って見える程度の絵しか書くことは出来なかった。

 そしてそのために、俺や親父のようにその技術を磨く場に恵まれなかった天職持ちというのは、容易く在野に埋もれ得る。
 そう教えてくれたのは、屍のようになってしまった俺を心配して色々と声をかけてくれたグスタフ爺さんだった。

 親父の場合は、出身が農民だったことで親父の親父やお袋、つまり俺の爺さんや婆さん達に街にある鍛冶ギルドと繋がりをつけられるものがおらずに、技術を磨ける場所に行き着くことが出来なかった。

 もし親父が鍛冶ギルドに入り都会の職人の弟子に行っていれば、親父は天職の恩恵もあって国でも有数の名剣の鍛冶師になり得ていただろう。
 だが結局田舎のしょぼい鍛冶師に弟子入することしか出来なかった親父は、今こうして田舎の村で金槌や蹄鉄、釘なんかを打って日々を過ごしている。

 そして俺も同様に、当時の俺の未熟な画力に期待する人間なんておらず、更に言えば親父の【鍛冶師】よりも更に実用性の低い【画家】を拾い上げてくれるような物好きな人間は貴族にすらいなかった。
 そのため、俺は田舎の村で出来ない農作業をして一生を終えるか、いずれ働けなくなって飢え死にするかといったところまで追い込まれていた。
 今現在【天職:画家】が生活へ与えている影響を考えると、おそらく後者が8割、つまり村に不要な人材として排斥されるのがその道を選んだ俺の結末だっただろうと思う。

 そんなときだった。

 村を訪れていた行商人が開いていた出店の中をなんとなく眺めたときに、目につくものがあった。
 それは、1枚の布の上に複雑な紋様が描かれた何か。

 少し話は逸れるが、俺は【天職:画家】を与えられて以降世界の見え方が大きく変わった。
 画家としての視野を手に入れたと言えば良いのだろうか。
 様々なものとものの大きさや差など細部によく気がついたり、美しいと思えるものや構図が自然と目に留まるようになったり。
 あるいは、複雑で均衡の取れた模様や規則性のあるものが自然と目に着くようになったりした。

 無気力に商品を眺めていた俺の目にそれが留まったのは、きっと【画家】という天職によって与えられたこの目のおかげだったのだろう。

「これ……」

 そう言って指差す俺に気づいたのか、商人は客との会話が終わるとこちらに話しかけてくれた。

「ん、そいつか? 坊主、そいつは魔法陣って言ってな。確か100年以上前に流行ってた魔法を使った道具だ。まあ最近じゃ魔法具のおかげでめっきり廃れちまったんだがな。1つ前の村で爺さんの寝床の下から見つけたって言って押し付けられてな」

 魔法陣。
 その言葉に、確か当時の俺はまだ半年も経っていないトラウマを抉られつつも、魔法と陣という2つの言葉の組み合わせと、その如何にも|画家が書いていそうな《・・・・・・・・・・》見た目に気を惹かれて、商人に尋ね返したのだ。

「これってどうやって使うの?」
「お? いや、そりゃあ何十年も前のもんだからなあ。俺も知らん。そういうのは魔法使えるやつに聞いてくれ。買うなら5ゴールドで良い、売ってやるぞ」
「ん、大丈夫。もう覚えた」
「は? っておい、待て坊主!」

 商人からそれ以上の言葉が引き出せないと判断した俺は、すぐにその場を立ち去り、グスタフ爺さんの家へと駆け込んだ。
 駆け込むと言ってもしばらくの寝たきり生活と天職への特化のせいで碌な速度は出ていなかったが。

「おお、マリウスか。どうしたんじゃ急に」
 
 爺さんの家を訪れるのは本当に久しぶりだった。
 魔法という単語に対して過敏になっていた俺は、かつての夢や幼馴染の事等、嫌な思い出が染み付いている爺さんの家を避けていたのだ。
 そして爺さんも、無理に俺に関わるのではなく他の村人や俺の両親を介して間接的にだけ支援をしてくれていた。
 
 そんな心優しい爺さんは、俺の姿を見ると半年前までの日常と同じように俺の事を迎え入れてくれた。
 そんなことに当時の俺は気づかずに、爺さんに要求したのを覚えている。
 
「爺さん、俺に魔法陣について教えてくれ」
「……ほう。魔法陣か……儂が現役の頃には、もう消えつつあった技術じゃな」

 一瞬俺の言葉に驚いた爺さんは、しかし冷静に俺達に魔法を教えてくれていた頃の表情に戻って  考える表情を見せる。

「……魔法陣を見かけて、自分でもこれなら魔法が使える、と思ったか? だが──」
「わかってる」

 きっと、『ただ書くだけでは魔法陣は機能しない』だとか、『天職以外の道を行くのわ茨の道だぞ』とか。
 爺さんはそういう言葉を言おうとしたのだろう。
 そんな爺さんの言葉を遮って 俺は自分の覚悟を宣言する。

「少しでも、魔法に縋れるなら縋りたい。じゃないと俺は生きていけないような気がするんだ」

 これは甘い考えだとか比喩だとかではなく、文字通りの言葉だった。
 【画家】という天職を受けた俺の人生は、もう既にそれに依存するしか無いところに来てしまっている。
 天職というのは、人間にとっては世に名を馳せるだけの才能を与えてくれる神からの祝福であると同時に、それ以外の生き方をする事を許さないという|呪い《・・》でもある。

 魔法に手を出すにしろ出さないにしろ、もはや俺には何かを描く以外で生きていく道はない。
 その覚悟というにはあまりに生温い、けれど物事のわかってない子供なりに懸命な俺の言葉に、爺さんは深く熟考した後頷いてくれた。
 
「……わかった」
「じゃあ──」
「じゃがここでは教えられん。儂も、魔法陣についての知識はほとんど無いからの」

 俺の知っている限りでは、村長や神父等より遥かに賢いように見えた爺さんでもわからないという言葉に、俺は拳を握りしめて俯いた。
 やはり、俺がもう一度魔法の道を歩もうとするのは不可能なのか。
 そう考える俺に、爺さんは告げた。
 
「じゃから、お前さんと儂で儂の故郷へ行くぞ」
「爺さんの故郷?」
「うむ。ハインルリッツ侯爵領、本と学徒の街アルザイムじゃ」

 本と学徒の街アルザイム。
 王都にある魔法学院やその他の学院、研究施設を除けば、国内でも突出して書籍や研究者、学徒が多い街だ。
 |数百年前に《・・・・・》、当時の領主が貴族家としての貯蓄をはたいて国中の書を集めようとしたことに始まるその街ならば──。

「そこならば、お主の道も見つかるやもしれん」
「……良いの?」

 当時の俺は、何をやっても駄目だったことで非常に卑屈な子供になっていた。
 それはもう、『神の囁き』を受ける前は村のガキ大将とも真っ向からやり合い、レシーナに対してもその前に立って引っ張るように行動する俺だったが。当時の俺は閉じこもり気味の虚弱体質だ。

 だからすぐに爺さんの言葉にも飛びつけなかった。

 そんな俺に、爺さんは背中を押すように言ってくれた。

「何、これでも宮廷魔法使いとしての蓄えがあるからの。いざとなればお主1人ぐらい養えるし、画家としての道に進むなら何処かにねじ込めるぐらいの伝手はあるわい」

 その言葉が、俺の魔法への道をもう一度切り開いた。
 だから今俺はこうして生きている。
 
 と、そんな回想をしながら散歩をしていると、近くの森から魔物が飛び出してくる。
 家の近くならば設置した魔法陣によって魔物は近づいてこないが、ちょっと遠出した途端にこれだ。

 この場所が魔物の森として恐れられているのもよくわかるというものだ。
 出現したのは凶暴な狼の姿をした魔物の群れ。
 3匹ほどと少数の群れで行動し、狩りを行う魔の森の狩人。
 並の冒険者では、数で勝るならばともかく同数以下で相手をするのは自殺行為に等しい凶暴な魔物達。
 
 しかしもはや、今の俺の敵ではない。
 
「対象3、白の2番、赤の6番、黄の3番」

 そう呟く俺の手元と足元に、複数の魔法陣が連続して展開されては消えていく。
 それぞれが効果を為して、最初の魔法陣に呼応して魔物の足元を中心に魔法陣が展開され、そこから氷が展開して魔物を拘束しようとする。
 移動して回避しようとした魔物だが、この魔法の設定した相対座標は対象である魔物を中心としているので逃れることは出来ない。
 避けようとしても一步地面に足をつくごとに魔法が進行し、氷が魔物を拘束した。
 
 そこに続けて炎の魔法が地面から吹き出し、魔物達をその紅蓮の業火に巻き込む。
 拘束は解けるが、一度凍った場所を業火で焼かれればもはや魔物に動くすべはない。

 そして最後に手元に展開した3つの魔法陣から発した光の矢が魔物達を貫通して、確実に息の根を止める。

 魔物相手でも、魔法を使うだけで対等以上に戦える。
 【画家】という遠回りの道を行くことで、俺は本来俺が手にしていたであろう力以上の魔法を身につけることが出来たのだ。

「あ、そういやそろそろ魔法学院高等科の試験だったか。あぶねえ忘れるところだった」
 
 そう思い出した事を口にしつつ、俺は地面に倒れ伏す魔物の死体に背を向けて、歩いてきた道を歩いて家まで帰るのだった。

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