『コケコッコー!!』
元気よく耳をつんざく鶏の鳴き声に、俺は目を覚ます。
久しぶりに、懐かしい思い出を夢に見た。
クソ鶏のせいで途中で思い出は断ち切られてしまったが。
いや、思い出なんてあのまま断ち切られていた方が良いか。
何せあの後の俺は、なかなかに酷い状態だった。
「んん、あー……眠。てかまだ暗いじゃねえかクソ鶏め」
ベッドの上で大きく伸びを1つして、ベッド脇の机の上に放りだしていたローブを掴む。
薄いシャツの上からそれを羽織れば、取り敢えず外に出る用意は終わりだ。
そのまま扉を開けて家の外に出る。
一旦家の脇の納屋に入って籠に入った鶏どもの餌を掴み、それを持って家の裏に回る。
そこに柵で囲われた鶏どもがいるのだ。
「おら、飯だぞ」
柵の内側に入り、鶏どもに餌をくれてやりながら産み落とされている卵が無いか確認する。
一応卵を食うために雄と雌は別々の柵の中にいれるようにしている。
これは昔レシーナが教えてくれた知恵だ。
だが今朝は日が完全に登る前に叩き起こされたせいで、まだ雌の鶏が卵を生んでいない。
いつもは朝に餌をやっている段階では大抵卵を生んでいるのだが。
後で再度確認しないといけないことを面倒臭く思いながら、俺は毎日朝やっている事を順にこなしていく。
まず朝食は昨晩作ったシチューの残りと村で買ってきた焼き加減を失敗した硬いパンが残っているのでそれで済ませる。
が、まずはその前に朝の運動だ。
周囲を軽く散歩してくれば、嫌でも眠っている身体も頭も起きるだろう。
そんな事を考えながら歩いていると、思い出されるのは昨晩久しぶりに見たあのときの夢。
一時期はあのときのことが完全にトラウマになっていたので、あの夢を見る度に夜中に嫌な汗をかきながら飛び起きていたものだが、今ではもう思い出として慣れたものだ。
あの『神の囁き』で【天職:画家】を宣告された後の俺は、本当に酷い状態だったと思う。
といっても村に帰るまでの数日は、それほど大した反応をしていなかった。
というより俺は気づいていなかったのだ。
自分の魔法使いとしての可能性が閉ざされたことに。
そのため、純粋にレシーナが【天職:魔法使い】を与えられた事を羨ましがったり、でもそんなレシーナに俺は自分の努力で追いついてみせる、と宣言してみたりと、どちらかと言えばレシーナが魔法の道に進める事を喜び、そして自分も頑張ろうと更に将来に思いを馳せていた。
そんな俺が真実に気付かされたのは、今はもうどこへ去ったかわからないグスタフ爺さんのところに2人とも天職を貰ったことを報告しにいった際に、俺の天職を聞いたグスタフ爺さんの顔色が曇ってからだった。
『爺さん爺さん! 俺もレシーナも天職を神様から貰ったぞ!』
『ほ! 2人共とはなんと珍しい。して、喜んでるということは2人とも魔法使いだったのか?』
『いや、俺が【画家】でレシーナが【魔法師】だ!』
そう報告をしたところ、直前までにこやかに俺達の方を見ていた爺さんが一瞬驚愕に目を見開き、そして俺の方に顔を向けて表情を曇らせたことで、俺は爺さんの反応がおかしいことに気づいた。
『爺さん? どうしたんだそんな困った顔して』
その時俺の目には、爺さんの表情の僅かな変化も読み取れていた。
それまでのただの田舎の少年である俺ならば、全く気づかないような変化だった。
『マリウス、良いか。よく聞きなさい』
一瞬レシーナの方に視線を向けた後、レシーナが申し訳無さそうに視線を床に向けているのに気づいた爺さんは俺の両肩を軽く押さえながら言った。
『神が与える【天職】というのは、その者の生き方を決めてしまう。この意味がわかるか、マリウス』
『お、おう。でもそれがどうかしっ──』
そこでようやく、俺は以前爺さんが話していた天職を与えられることの欠点について思い出した。
それは、そのものの持つ才能の全てが天職に吸われてしまい、他の事をするための才能が極端に低くなる、ということ。
天職自体は素晴らしいものであり、天職抜きでその職を選んだものでは出来ないような奇跡のような芸当が出来るものだが、同時に望まない天職を得てしまった場合、その|祈り《呪い》と一生付き合っていかなければいけなくなる。
そして俺は、魔法使いを目指していたにも関わらず、天職で【画家】を与えられた。
その意味を、俺はそのときになってようやく理解した。
ちなみにレシーナは気づいていたが、俺の全く気にしていない様子と、そして自分が天職として【魔法師】という、おそらく【魔法使い】の上位互換であろうものを与えられたことから気まずさが強く、楽しそうにしている俺の表情を歪めたくないのもあって言い出すことは出来なかったらしい。
『曇らせはちょっと……』
と言っていたので、おそらく俺の表情が曇るのが見たくなかったのだろう。
今考えると12歳の子供の思考してないな|レシーナ《あいつ》。
さておき、天職【画家】を与えられたことで、俺には魔法使いになるために努力する資格もないのだと気づいた俺は、わかりやすく言えばとてつもない衝撃を受けた。
それはそうだ、まだ子供の頃の俺に、夢がいきなり無惨に破壊されことを受け入れられるだけの度量は無かった。
今思い出せば軽く引くぐらいには当時は荒れた。
まずは何かの間違いじゃないかともう一度『神の囁き』を受けに行かせろとごねたり、グスタフ爺さんには天職を与えられても他の事で大成することは不可能では無いんじゃないかと問い詰めてみたりした。
まあ実際のところ、【鍛冶師】という天職を持った結果兵士になれなくなった親父を見れば分かる通り、俺の天職【画家】は無惨にも俺から全てを奪い去っていった。
まず足が遅くなった。
息がそれまでよりも圧倒的に続かなくなった。
普通に歩く分には大丈夫だが、ちょっと森の中を走れば息が切れるし足は木の根に引っかかるしで碌なことが無かった。
それまではレシーナや他の子供たちと一緒に森の中を駆け回っていたのに。
レシーナについていくことすら出来なくなってしまった。
そして次に、親父の跡を継ぐためということでいやいやながらも学んでいた鍛冶が全く出来なくなった。
それまではなんとなくわかるようになっていた炉の中の鉄の具合も、金属の何処を打てばどう変形するかも全くわからなくなった。
そして魔法が使えなくなった。
爺さんから魔法の基礎を学んでいる最中で、当時の俺が何か凄い魔法が使えたわけじゃない。
それでも時間をかければ、ろうそくに火を灯すぐらいのことは出来ていた。
初めてそれが出来たときは、大喜びでレシーナと笑いあった。
でも、それが出来なくなった。
俺は、あの人に追いつけるような偉大な魔法師になるための道を失った。
変わりに残されているのは、俺がこれまでほとんどしたことが無いような、絵を描くための才覚だけ。
当時の俺は、そりゃあもう酷い状態だったと思う。
碌に飯も食わずに家の隅で布を被って泣き続けていた。
親父もお袋も、【画家】というこの田舎の村では屁の役にも立たない天職を持ってしまった息子に何をしてやれば良いのかわからなかったらしい。
しばらく放置されていた俺は、そのまま栄養不足なんかが祟って酷い風邪をひいた。
数週間生死の境を彷徨ったらしい。
そして、そうやって俺が現実に打ちひしがれるて家に引きこもっている間にも、現実はどんどん進んでいった。
レシーナが家族と一緒に別の街へと引っ越していったのだ。
なんでも、【魔法師】という有用な天職を持つ少女に貴族が注目したとかで、将来的にレシーナを自分の家に仕えさせる代わりに魔法の教育を受けられるようにしてくれたらしい。
レシーナは当時高熱を出して寝込んでいた俺のこともあって随分と迷っていたらしいが、結局その誘いにのって他所の貴族の領地に行ったらしい。
一応病床の俺に声をかけていたらしいが、『待ってるからね』なんて言葉が曖昧な記憶の中にあるのは何かの勘違いだろう。
そんなわけで、俺は天職として【画家】の才能を与えられた代わりに、持っていた能力も生活の術も、そして子供ながらに持った夢も幼馴染にして親友も。
全てのものを失った。