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魔法陣を描く絵描き人 第1話

 爺さんに魔法の初歩を習うようになってから半年。
 俺とレシーナは、村の他の子供と一緒に村の大人数名と街から来た衛兵の人達に引率されて、歩いて数日のところにある大きめの街にやってきた。
 俺達の村や1日ぐらいでつく最寄りの街にも一応教会はあるのだが、流石に小さすぎる田舎の教会には神器である神託を与えてくれる水晶が無いらしく、わざわざ数日かけて大きな街まで行くことになっている。
 
 俺は気づいていなかったけど、レシーナが言うには毎年こうやって前年に12歳を迎えた子供たちが、春が終わる頃の畑仕事が一段落した時期に村から旅立っていたらしい。
 そしてそれが帰ってきたところで、無事『神の囁き』が終わったことを祝って祝福祭をやっていたそうだ。
 俺は村の様子とか全然見てなかったので全く気づかなかった。
  
 街に到着した日は引率されつつ街でちょっとだけ買い物をしたり、市場を見に行ったりした。
 
「お、見ろシレーネ、武器屋だぞ」
「でも剣1本500ゴールドって書いてるよ」
「うわっ、高くて買えねえや。でも親父の打ってる剣よりはしょぼそうだな」
「マリウスがなりたいの魔法使いじゃなかったの?」
「魔法使いが剣を使ってもおかしくないだろ? 俺は剣も使える最強の魔法使いになるんだ」
「ふーん」
 
 といっても田舎の村の子供の持つ金などたかがしれている。
 中には家族から何か買ってきてほしいと頼まれてお金を預けられていた子もいたようだが、俺にはそういうことは無かったので店や出店はちょっと覗くだけにしておいた。

 それにしても、俺の村は人が少ないというのにこの街のなんと人の多いことか。
 ただ道を行くだけで人とぶつかりそうになるとは。

「……マリウスが凄い魔法使いになったら、ここよりもっと大きな街に行くことになるんだからね。これぐらいの街でビビらないでよ?」
「お、おう!」

 ちょっとだけ圧倒されてはいたけど、レシーナに心配されているようでは偉大な魔法使いにはなれないと気合を入れ直す。
  
 その後一晩の宿に到着する。
 レシーナ曰く、『多分あちこちの村から人が来るから、普通の宿よりもグレードが低い泊まれる場所を用意してるんだね。ユースホステルみたいなものか……結構ちゃんとしてるね』と言われた。
 前半はわかったが、ユースホステルって一体何だ?
 そんな疑問を抱いてレシーナに尋ねてみたが、結局教えてくれなかった。

 その夜は大勢が雑魚寝をする部屋で大人や他の子供たちと眠った。
 翌朝レシーナが眠たそうにしていたのは、多分緊張のせいでうまく眠れなかったんだろう。
 
「よーし、それじゃあアハルト村の子供たちは集まれー!」

 そして翌朝。
 俺達と同じように起き上がった大勢の人でごった返している宿の中で、村の大人たちが俺達を一箇所に集める。
 
 いよいよ『神の囁き』を受けるために俺達は街の教会へと向かうのだ。

「……緊張してる?」
「……わかんねえ。なんか嬉しいみたいな楽しいみたいな気がするのに、怖くて行きたくない気もする」

 歩きながら問いかけてきたレシーナの言葉に、俺はそう心の中を素直に返した。
 そんな俺をおかしそうにレシーナは笑う。
 
「ふふふ、それって緊張してるってことじゃない?」
「……そうかもな」

 確かにそうかもしれない。
 街の大きさに驚いたときのドキドキと少し似ているような気がする。
 だがレシーナの言葉を素直に認めるのは癪なので、誤魔化すように返しておいた。

 教会に到着した後は、いつも行く村に一番近い街の教会のような、前に段があって、それと向かい合うように椅子が並んでいるような部屋ではなくて、そこから奥にある《神託の間》という場所に通された。
 神託は俺も意味がわかる。
 つまり、ここで俺達は『神の囁き』を受けるということだ。

 部屋の中にいるのは衛兵や大人達まで、俺の村から来た人がほとんどで、後は教会の神父様とその手伝いをしているらしい女性の人が何人かいた。
 レシーナが言うには教会で教えのために働く人を聖職者と呼ぶらしい。

「もっと大勢で一気にやると思ってたけど、違うんだな」
「結構スケジュールが、じゃなくて日程がちゃんと組まれてるんじゃないかな。今日の朝はどの村で、昼は、夜はって感じで」
「なるほどな」

 レシーナの言う通りかもしれない。
 数日前の段階から、朝に『神の囁き』を受けると大人達が言ってたし、日程が最初から決まっていたのだろう。
 そして日程が細かく決まっているから、一気に大勢やらなくても、村ごとの少人数ずつ進めても1日にしっかり大勢の『神の囁き』を済ませることが出来るのだ。

 ん? ということは『神の囁き』は、何も最初から決められた日に神からの言葉があるわけじゃないのか。

 そんな事を考えていると、神父様が部屋の中央にある胸くらいの高さの台の前から俺達を呼ぶ。
 その台の上には、見事な大きさの透明な丸い玉があった。
 あれが水晶と爺さんやレシーナが言っていたやつだろう。
 
「では、順番にこの水晶に手を触れなさい」

 そう言われて、俺達よりも先に村の中でいつも悪さばかりしているガキ大将みたいな奴等が水晶の方に突進するように近づいていく。

「こらこら。そんな急がなくても神のお言葉は逃げないよ。1人ずつ、順番に来なさい」

 そう軽く叱られて反感を持ったガキ大将共だったが、流石に知らない神父に対していつも村の大人にしているように好き勝手な文句は言えなかったのか、黙って1人ずつ水晶に近づいて手を触れていく。
 遠くから見ていると、その度に水晶の内部から文字が浮かび上がるのが見える。
 そしてそれを、神父様が読み上げていく。

「『君は、素晴らしい友と伴侶を得て幸せな人生を送る』それが、君への神様からの言葉だ」
「おっ、君は凄いな『君は、勇敢な男として称賛され、多くの者に称えられるだろう』。きっと君は、すごく勇敢なんだろうな」

 その浮かび上がる文字が俺には読めないが、神父様には読めるらしい。

「俺達本が読めるのに、なんであの字は読めないんだ?」
「文字にも色々種類があるんだよ。私達がやってるのは共通語だけど、あれは神聖文字っていう別の文字なの。だから読めないんだよ」
「神聖文字……」

 そんなのがあるのか。
 相変わらずレシーナの方が俺より色々と詳しいのはちょっと悔しいが、まあ教えてくれたから良しとしよう。
 
 なんて思っている間に村の他の子供は全員神様からのお言葉を貰ったみたいで、俺とレシーナの番がやってきた。
 視線を合わせた後、先に俺から水晶に触れる。
 すると、他の子供たちのように水晶に文字が浮かび上がるだけでなく、一瞬水晶が光を放った。

 それを見た神父さんが、驚いた様子で目を見開きながら口を開く。

「アハルト村の少年、マリウス! その天職として【画家】を与えられた!」

 天職。
 その言葉に、一瞬歓喜の声が漏れそうになるが、続く神父様の言葉に俺は耳を疑った。
 
 【画家】?
 誰が? 俺が?

 そんな事を考えている間に、レシーナも神父様に促されて水晶に触れる。
 すると俺のときと同じように、文字が浮かび上がると同時に強烈な光が室内を覆う。
 眩しくて思わず目を閉じてしまった俺の耳に、神父様の声が響く。

「同じくアハルト村の少女、レシーナ! その天職として【魔法師】を与えられた」

 俺はその日、夢とともに、長い時間を一緒に過ごしてきた幼馴染を失った。


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