翌日から二日程かけての日程で、真央達は【ハドソン大迷宮】に一番近い宿場町である【トロット】に到着した。
道中は美玖と大輝以外は全員馬には乗れないので大きな馬車複数での移動となった。
襲いかかってくる魔物は実戦訓練の一環として倒したものの、それ以外の場面ではほとんどの生徒が役立たずだった。
それこそテントの設営とか焚き火の組み方とか、現代人は知らない人が相当に多い。
それだけ現代が技術的に発展しているということだから、けして悪いことではないのだが。
今後、騎士団の保護下を離れて勇者達だけで活動するときがきっと来る。
その時に出来るように今練習しておけ、とロイド団長に言われて、真央等の一部を除いて多くの生徒がいやいやながらテントを立てたり焚き火をしていた。
モンスターを倒すための訓練は危機としてやる者たちも、テント設営ではサボりがちだ。
それでも、テントの設営や焚き火の着火が終わる頃には、表情に達成感を浮かべる者が多数見られたが。
なお気になった真央が聞いたところ、このテントなどは王族や偉い武官文官、それに貴族などが使用する特別なものらしい。
今回は勇者達のおこぼれに預かっているが、一般の騎士団員ぐらいでは野宿か布一枚での簡易的なテントぐらいが関の山とのことだった。
そしてそれはつまり、勇者一行を王族とはいかないまでも貴族などと同じレベルとして扱ってくれているということだ。
まあ王宮での豪華な部屋を見ればそれだけでわかりはするが。
「本当に期待されてるんですねえ」
「その通りだ。人類の未来はお前たちにかかっているのだからな。頼むぞ、お前も」
「一番平凡な【兵士】ですけどね。頑張ってみますよ」
真央とロイドのそんな会話があったとか無かったとか。
そういうわけで、二日間かけての移動でようやくトロットについたのである。
泊まるのは、新兵訓練に利用するために王国が立てた直営の宿屋があり、流石に王宮に与えられた部屋程ではないものの、普通にしっかりとした部屋だった。
「ふぃー。やっぱ落ち着くなあ」
いつもの豪華な部屋やベッドにも慣れつつはあるが、やはり元は小市民。
明らかに豪華な部屋よりも普通ぐらいの部屋の方が「そうそうこれこれ」となるものである。
ちなみに部屋割りについては二人で一部屋。
じゃんけんの結果真央は山口と同じ部屋になり、田辺が男子からも余って一人で一部屋を使うことになった。
そして今、夜就寝準備。
そこで真央は、寝ようとする山口を止める。
「ちょっとだけ話がある」
「俺に?」
真剣な表情の真央に、山口も寝転がっていた体勢から起き上がってベッドに座る。
「出来れば田辺もだな。ちょっと呼んでくるわ」
「おん」
その後田辺の部屋におもむき、同じように大事な話があるとだけ告げて真央と山口の部屋に連れてきた。
田辺も怪訝な表情をしたが、真央の表情を見て大人しくついてきてくれた。
そこでナイフが一本袖の中に隠されているあたり、本当に【暗殺者】だなと真央は思いつつ、彼を案内した。
「まあ、座ってくれ」
「別に良いけどよ。一体何なんだ?」
田辺も部屋に入れて、一方のベッドに田辺と山口。
もう一方のベッドに真央が座る。
いつもよりシリアスめの真央の様子に、二人共困惑気味だ。
そんな二人に、真央は指示を出す。
「まず、今から見るものを見ても声には出さないでくれ。良いか?」
「わかった」
「……俺もわかった。大事なことなんだな」
二人共頷いてくれたのを見て、真央は懐からあるものを取り出す。
銀色のスマホぐらいの大きさの板。
そう、ステータスプレートだ。
それを操作して全ての偽装を解除した真央は、それを二人の方へと放ってよこす。
「俺のステータスプレートだ見てくれ」
「見ろって言うなら、見るけどよ」
「俺達も見せた方が良いか?」
そんな軽口を叩いていた二人だが、よく見るほどに顔がこわばっていく。
そんな真央の現在のステータスが、これだ。
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飯野真央 17歳 男 レベル5
天職:魔王・幼体(偽装表示:兵士)
筋力:40 +0
体力:40 +0
耐性:35 +0
敏捷:35 +0
魔力:25 +0
魔耐:30 +0
技能:気配感知・気配隠蔽・武術の道・言語理解・速足・可能性の獣・ステータス偽装・ステータスプレート偽装・捕食吸収・魔物の王・技能封印
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それを見て、驚いて真央の方を見て声をあげそうになった田辺は、真央が口の前に指を立てているのを見た。
叫ばなくとも声に出すだろうと思っていた真央が先読みしていたのである。
それを見た二人は、真央の狙い通りに叫ばないまま口を閉じることに成功する。
そしてそれに満足気に頷いた真央は話し始めた。
「今の処、俺は俺のままだ。でもいつ乗っ取られるかわからない」
それはつまり真央という器が、魔王という中身に乗っ取られる可能性。
そしてそのまま暴れまわり、クラスメイト達を死傷させる。
真央が考える中で最悪のパターンの一つだ。
「おい、滅多こというもんじゃないぞ」
不吉な話をする真央を山口が咎めるが、真央はそれを手で制して話を続ける。
不吉なことでも、目の前に迫っているならば真面目に話さなければならない。
「それに、そんな状態なせいか、悪寒を感じるんだ」
「悪寒?」
「そう。最初は教皇のスールシャルを見た時と、近くにいるときに。いや違うか。一番最初は、召喚直後に倒れそうになった藤澤さんが俺に倒れかかってきて触れたときか」
そこで、はっと何かに気づいた表情の田辺が口を開く。
それは真央も話の流れを作るために期待していた気づきだ。
魔王、勇者、教会とくればどんな関係かわかるはずだ。
「お前、まさか?」
「どういうことだ?」
山口が尋ねると、わずかな逡巡の後に田辺が説明する。
それを口にすることで真央の正体が確定してしまうような。
しかし、言わずにはいられない。
そんな葛藤だった。
「多分、これのせいで、勇者とか教会に拒否反応が出てるんだ」
「反応と言っても悪寒だけどな。でも、藤澤さんが強くなるごとに悪寒は増してる」
真央の言葉聞いて、少し考え込んだ後、二人は顔を見合わせた後、真央の方を向き山口が口を開いた。
「結局、俺達にどうして欲しいんだ?」
その言葉に、真央は何も答えず首を横に振った。
それに山口たちが困惑した表情をするが、真央は口を開いて話を続ける。
「その場の判断に任せる。団長に言うのも胸に秘めるのも。俺を逃がすのも仕留めるのも」
「おい」
少し声を荒げて山口が静止するが真央は止まらない。
「大迷宮が近づく事に、どんどん大きな圧を感じるようになってきてる。悪寒とはまた別のものだ。それで、俺がどうなるかわからん。わからんから、知っておいて欲しかった。重たい話をしてすまん。これで危険に巻き込むかもしれん。それでも、知っておいた方が対応が出来ると思った」
真央がそういうと、ゆらりと山口が立ちあがり、対面のベッドの真央の胸元を掴んで引きずり上げる。
「おまっ、この──」
「やめろ」
「助けてくれぐらい言えんのか。この|ほんずなす《ばかたれ》」
田辺が本気で罵倒しているときにでる、祖父から引き継いだという方言。
それを聞いて、冷水をかけられたように二人は冷静になった。
といっても冷静ではなかったのは山口だけだったが。
山口が真央の胸元から手を離し、そのまま後退してベッドにドサリと座り込む。
「助けてと言うつもりはない」
「なんじゃと?」
それでも言う真央の言葉に、田辺の額に怒気で血管が浮き上がる。
それでも臆することなく、真央は言った。
「けど、手伝ってくれ、とならいいたいと思ってる」
真央のその言葉に、一瞬固まった田辺は怒気を引っ込めると、山口の隣に座り込んだ。
そして真央が話し始める。
「まず一つ。俺が暴走したときだ。俺はプレートを普段から偽装しているから、いきなりバレることはないだろう。けど、勇者や教皇が動いた場合は別だと思ってる」
「未知の能力による暴走か」
「……最悪国に消されかねんな」
真央が陰謀系の小説なんかを読んでは布教しているので、皆こういうときに物騒な方向に発想が向かう傾向にある。
これも普通の高校生なら、「捕まって調べられるか」「いや、勇者の仲間にそんなことはしない」「多分皆といっしょにいられる」、などと楽観的な発想をするところだ。
だがおそらく、今この瞬間、初めてその物騒な方向性への思考が役に立っている。
ここで警戒すべきは、教会も国も、自分たちに見せているほど清らかな存在ではないということだ。
確実に後ろ暗い部分はある。
「だから判断は任せたいのだ。俺の暴走具合、状況。その辺りから判断して、俺を捕まえるか、見逃すか、殺すか、選んでくれ」
「……わかった」
「選べっていうなら選ぶけどな。そんな重たいもの背負わせんなよ」
「すまん。一番いいのは逃がす、つまり離脱させることだ」
だが、実際に殺すという選択肢も無いとまずいことになるのはわかっている。
それこそ暴れまわってクラスメイト達を殺してしまったら、いくら正気に戻ってももう皆の中には戻れない。
それならばいっそ殺すか、あるいはうまいこと追い払って逃がしてくれた方がましだ。
そして離脱する手段も限られている以上、そんな限られた機会を無駄にすることは出来ない。
離脱した後で力尽きてから意識を取り戻すかもしれないし、可能性があるなら逃がす方向で使って欲しい。
そんなことを真央は説明する。
「それで、手伝ってほしいことっていうのは?」
田辺のその言葉に、真央はまってましたとばかりに反応する。
そして未だに山口と田辺の間にあったステータスプレートを指さしながら言う。
「もし俺が暴走するなり旅に出るなり、みんなと仲間として戦わないような機会が来るなら、という前提で」
えらく長い前提条件を提示した真央に、二人は息を呑んで続きを促す。
「俺が、それに、成り代わる」
たった三節の短い言葉。
それを聞いた頭が処理するのにかかる時間はわずかで、しかし頭がよく回る二人の頭脳は、真央の言わんとしているところを読み取った。
これこそ、友情のなせる技である。
真央なら、それぐらいぶっ飛んだ判断もするかもしれない。
そう思うからこそ、その結論にたどり着ける。
「なるほどな。そうすれば戦争を止められるか」
「あるいは、止められない理由を知ることができるか」
「そういうこと」
真央は二人の言葉に頷く。
いずれにしても、真央が真央という人格を持ったまま魔王に成り代わることが出来れば、この戦争においてこれほど大きなことはない。
戦争を止めるも、あるいは魔族が戦わなければならない理由を知るも思いのままだ。
「その時は俺達も付き合うわ」
「いや、それは流石に──」
「うっせーぞ真央。もう俺等は知ったんだ。なら、知らんふりは出来んだろ」
二人は他のクラスメイトと残ってくれ、そう言おうとした真央を山口が咎める。
確かに職業は真央の問題だが、真央は二人のうちどっちかがそうなっていてもついていこうとしただろう。
彼らの関係というのはそういう関係性だ。
命をかけるというわけではないが、大体仲良し、という現代地球での関係性だったのが、他に頼れる家族もおらず、更に命の危険にある戦場に出なければいけないという状況になって、その関係はより強固に頑丈に固まった。
他のクラスメイトたちがそうなってないのは、おそらくまだ危機感が無いからだろう。
命の危険に晒されれば、頼れる仲間の必要性と、仲間に頼らせることで自分も頼れるようにするという関係性の重要さがわかってくる。
今の三人の関係はそれこそ刎頸の交わりとは流石に言えないものの、それぐらい互いに互いを重く信頼するものへと変わっていた。
でなければ真央はこんなカミングアウトはしていない。
「じゃあ、とりあえず今日はそんなところで」
とはいえ、いきなり魔王に成るために何をするか、という話は出来ない。
なぜなら情報が足りないからだ。
真央が集めている情報だけでは全く。
やはり一番良いのは、旅にでも出て魔王関連の技能をすべて使ってみることだと思うが。
それは今すぐに出来る話ではない。
今はまず、目の前のハドソン大迷宮での戦闘訓練をクリアすること。
それが第1歩である。
「よし、じゃあおやすみ」
「あ、ちょい待て早いぞお前! 俺も寝る、おやすみー」
「お前は自分の部屋に帰れ!」
こうして、今日もまた夜が一つ騒がしくふけるのだった。