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職業魔王 第7話

 翌朝。
 いつも通りに早くに起床した真央は、体が深く沈むためストレッチには不適切なベッドから降りて、床に敷いた布の上でストレッチを行う。
 なおこの世界は基本的に日本のように靴を脱いで部屋に入るのではなく土足で入るタイプの部屋だったが、大半のクラスメイトが靴を脱いで入るようにしてほしいとつけられているメイドや使用人に頼み、入口部分を玄関に改装し、使用人にも靴を脱ぐようにお願いしている。

 真央は当初は郷に入っては郷に従えのつもりで靴で生活しようとしていたが、メイドの方から、『他の勇者様とご一緒にしなくてよろしいのでしょうか』と聞かれたので、それならば、ということで他のクラスメイトと同じく土足ではなく靴を脱いで入るタイプの部屋に改装してもらっている。

 ストレッチはゆっくりと体を温めるように、無理に引き伸ばすようなことはせずに丁寧に丁寧に体中の筋を伸ばしていくように取り組む。
 このストレッチのおかげか、真央はバスケットをしていて故障をしたことが一度もないのがちょっとした自慢である。

 ストレッチが終われば、そのまま体幹のトレーニングに以降。
 以前どこかのサイトで見つけたヨガを取り入れた、体幹を存分に刺激するトレーニングを三十分程。

 あまり長ければいいというものでもないが、今日は訓練がなく、灯とともに図書館へ行くので自主練もできないと考えられるため、いつもより多めに取り組んだ。
 それが終われば部屋に備え付けのシャワー(なんど驚きなことに魔石という魔物を討伐した際にドロップする魔力の籠もった石を使って、この世界の文明レベルでもシャワーまで完備しているのだ)で汗を流し、着替えたら食堂へ食事をしに向かう。

「おーっす真央」
「おはよ山口。田辺は?」
「昨日どうも井上と意気投合しちゃって、夜ふかし気味にトレーニングしてた。多分まだ寝てるだろうな」
「へえ……。確かに天職考えると体術も必要になるのか」

 ちなみに田辺の天職は【暗殺師】。
 つまりはアサシンとかNINJAとかその類のやつである。
 技能構成も暗殺、不意打ち、目くらましなど、暗殺者の技能が一通り詰まっているのが田辺だ。

 そんな田辺が真央達と一緒に剣を振る鍛錬をするのは、本人曰く──

「近接戦闘することもあるだろうし、武器振ってて損はねえ」

 と言って短めの片手剣を獲物にしている。
 そこに昨日は、体術を戦闘に使う嵐と話があって、体術の訓練をしようと夕食後にも訓練場で色々とやっていたのだ。
 その結果の寝不足、後その結果の二度寝である。

 もっとも今日は自由日なのでどう過ごそうが構わないだが。

「お前は今日どうすんの?」

 食事を持ってきて机の上に置き、席を引いた真央に山口が問いかける。
 山口としては、特に何かが知りたかったというわけでもなく、ただ会話のネタにするために出したのだろう。

 だが、そこに思わぬ返事が帰ってきた。

「今日は藤澤さんに王宮内の図書館を案内する約束があってな。自主練はできそうにない」

 その返答に山口は、思わず固まった。
 そして直後に対面に座った真央に詰め寄り、抑えた声で問い詰める。

「お前、それはデートか? デートなのか?」
「デート? いや、普通に読書仲間として図書館の案内をするだけだ」

 どう考えてもデートである。
 昨日大輝達と訓練の話で盛り上がってしまったのが惜しい。
 どうやらその間に、美玖が手を回して一緒に行くよう仕向けた、ということらしい。

 どう考えてもデートである。

 いや、別段男女の関係をとやかく言うつもりはないし、男女間の友情も存在するだろう。
 ただあの二人に関しては、纏っている雰囲気が違うのだ。
 おそらくそれを美玖も察していて、二人きりになるよう仕向けたのだろうと山口は判断する。

 なんというか、この二人が本について話しているときの空気の温かさが違うのだ。
 二人共普段とさして変わる様子ではないし、恋愛感情のようなものを互いに向けている感じもない。

 ただ、おそらく意識していないだけで、一度意識してしまったら一気に行くだろう。
 それぐらいには、二人の間の距離感や空気は男女のそれだった。

「まあそれでいいや。俺は田辺叩き起こして適当に城下町でもぶらついてるわ。明日から大迷宮だし、今日は無理に追い込まなくていいや」
「気をつけろよ。日本ほど治安は良くないからな」
「おうとも」

 この国は、中世チックな建築物をしている割には、治安もよく公衆衛生も非常に良い。
 とはいえ、真央たちが元々いたのはその双方が世界でもずば抜けてトップクラスの日本だ。
 それと比較してしまえば、城下町を歩いているときに『泥棒だー!』なんて声をそれなりに聞くような場所は、治安が良いとはとても言えない。

 なおそもそも金があるのか、という話だが、真央達召喚者には、教師である千穂の王への直訴の結果、生活の保証とは別に、少なめの給料程度の金額が給料として払われることになった。
 これは、勇者としての活動を住み込みの業務と捉え、もし放り出されたときに子どもたちが生きていけるようにしないと、と願った千穂先生の大勝利である。

 とはいえ王や教会からすれば、その程度の端金、たった三十人にくばる程度で信頼を買えるというならば安いものなのだろう。
 気前よく勇者たちは月二十万円程度の金を、受け取ることが出来るようになったのである。

 また当の千穂も、それで肩の荷が降りてしまったのか、あるいはそれほど離れていない歳のせいか、最近では教師という自覚が薄れ、クラスメイトのお姉さんぐらいの距離感で生徒たちと接し、鍛錬をしている姿が見受けられる。
 生徒の側も、特に女子生徒は元から距離感が近かったのもあって普通に受け入れているようだ。

閑話休題。

「じゃ、お先」
「はいよ、じゃあな」

 先に食べ終わった山口が席を立ち、しばらくして真央も食べ終えて席を立とうとしたところで、正面から朝食を載せたプレートを持った灯が歩いてきた。

「あら? 真央くんもう食べ終わったの?」
「うん、今丁度」
「うにゅ……」
「プハッ、何その声」

 灯が奇妙な声を漏らすので、思わず真央は笑ってしまいそうになった。
 というか若干吹き出しかけたがその後は耐えたのでノーカンにしてほしい。
 真央がそんなことを考えていると、当の灯が近くの机にプレートを置きながら説明してくれた。

「せっかく案内してくれるのに待たせるのは悪いなと思って早めに来たんだけど……」
「俺は朝相当早いほうだから。それにちょっと待つぐらい借りてきた本読んでればすぐだし」

 真央がそう言うと、申し訳なさそうな顔をしていた灯が真央に視線を向ける。

「じゃ、じゃあ私が呼びに行くから、自分の部屋で待っててくれれない?」
「確かにそっちの方が食堂に再集合より都合が良いか。じゃあ、待ってます」
「うん、待たれてます」

 互いに奇妙な言い回しをして、おかしくなって笑いだしてしまう。
 こんなのは二人の中では日常茶飯事だ。
 だからこそ、周囲からは付き合っているのかと聞かれるようなこともあるのだが。



******


 
  朝食食べ終えてから歯磨きや身だしなみなどを済ませて再度合流した二人は、揃って真央の案内で王宮内の図書館へと向かった。

「うわあ……!」
「すごいよなこれ」

 図書館について早速灯が抑えた声で感嘆の声を上げる。
 そこは遥か上の天井近く前本が収められた棚がいくつも並ぶ、読書好きにとっては夢のような空間。
 棚ごとにジャンル分けされていたり、あるいは言語そのものが違ったり。
 
 そんな数万冊は優にありそうな本の装いがこれまた見事なもので。
 現代の本にも一部見られるアンティークな革で作られた装丁。
 リンディアにはソフトカバーという概念が無かったのかあるいはまだ文化が未成熟なのかわからないが、並んでいる全ての本が、その革で作られた表しを持ついかつい本ばかりだ。

「それじゃあ俺はここで読書してるから」

 感動する灯にそう告げて、真央は近くの本棚から一冊取り出す、とそれを閲覧用の机の上に広げた。

本のタイトルは『五大迷宮と迷宮の謎』というシンプルなタイトル名だ。
真央は早速本を開いて読み始める。

 内容としては、リンディアに存在するとされる五大迷宮のうち所在が明らかなハドソン大迷宮に関する説明から始まり、その他の古い文献に散見される五大迷宮に関する言及等が行われている。
 更にその後、そもそも神代にどうしてこのようなものが出来たのか、神が作り給うたのかあるいは眷属が作ったのか。
 それともリンディアという世界に他に無数に存在する小型迷宮と同様に自然発生する産物なのか。

 そう言った内容が書かれている。

 ちなみに、このハドソン大迷宮が、明日以降真央達が挑戦することになる大迷宮である。
 位置としてはハインリヒ王国の北西に位置する大きな半島、アムズロク半島の中央辺りに位置している。

 まずハドソン大迷宮については、その特徴から触れられている。
 発見されていない他の大迷宮がどのようになっているかはわからないが、その形状は、地上部分に第一階層が存在し、そこから地下に向かって階層が延びている。
 
 階層の数は全てで百階層ほどだと言われているが、これはあくまで文献の情報であり、現在は百階層に自力で到達できる者は存在していない。

 また迷宮と言うからには、ゲームなどを考えても当然のことながら魔物が出現する。
 その強さは王都郊外などで出現する魔物とは比べ物にならず、更に階層が深くなるに連れて出現する魔物が強力になっていく。
 また時折罠などがあり、それを踏んだ場合にはモンスターを大量に発生させたりと、かなりギミックじみたものも存在しているようだ。

 そしてこの迷宮は、特にハインリヒ王国と、ハドソン大迷宮より更に北西に位置する帝国にとっては、新兵訓練の場として非常に人気である。
 更に、冒険者や傭兵も大勢集まっているらしい。

 その理由となるのが、迷宮産の魔物が体内に蓄えている魔石である。
 魔石とは読んで文字の如く『魔(法の)石』、あるいは『魔(力の)石』である。
 魔物はこれを利用して、それぞれの魔物の固有に魔法を使ったり身体能力を強化したりして戦っている。 

 言わば、ただの動物と一線を画した能力を発揮するための力の核だ。
 特に良質な魔石を持つ個体ほど、その脅威度が高く強力な魔法を扱う。
 そのため、冒険者や傭兵たちは、命がけで強力な魔物を倒しては、その魔石を戦利品として持ち帰り、地上で売るのである。
 そしてその魔石の質に合わせて大金を得る、というわけだ。

 ちなみに魔石の使用方法は様々にある。
 まずは砕いて染料にして魔法陣を書けば、その魔法の性能が大きく向上する。 
 他にも魔法陣を刻むための土台にしたり、あるいは欠片で魔法陣を形成して何かにはめ込んだりと、魔石は魔法陣関連には欠かせない素材になる。
 少なくとも四倍近く効果の差があるとのことだ。

 お陰で魔法陣なしから自力で構築する独特な魔法の使い方をする真央の魔法の威力は、基本的に他の人が魔法陣を使って放った魔法より弱い。
 それだけ魔石が魔力の通りが良く効率的だということだ。
 良質な魔法石ならば、わざわざ魔法陣にせずとも持っているだけで魔法力が上がる、なんて言われていたりする。

 他にも一般市民などの日常生活用の魔道具などの原動力としても使われる。
 現代で言うところの電気だ。
 これがあるおかげで、王宮内は夜でも明るいし、火を明かりにするよりも遠くまで見やすい。
 他にも風呂を沸かしたり料理に使ったり。
 魔石は日常生活でも需要が非常に高い品なのである。

  
 では他にも無数にある小さな迷宮では駄目なのかと言われると、けしてそんなことはない。
 冒険者の中には、小さな迷宮を根城にして魔石を集めてはまとめて売って稼いでいるものだっている。

 ただハドソン大迷宮の方が、その規模故に広く人が入りやすく、また魔物も出現しやすいのだ。
 加えて、訓練に利用したりするような場所であるため、王国も帝国もその近くに宿場を作り、そこに商人たちが集まって、ハドソン大迷宮を中心とした都市になっているらしい。
 そのため、普通の生活をしながら迷宮に入って魔石で稼ぐならば、各地にある小さな迷宮よりもハドソン大迷宮の方が生活水準が良くなりやすい。

 更に、ハドソン大迷宮は階層ごとに空間がしっかりしており魔物と戦いやすくなっているが、小迷宮にはそうではない場所も多くある。

 また特に小さな迷宮は階層が浅く、弱い魔物しか出なかったりすることもある。
 弱い魔物しか出現しない、すなわち、良質な魔石が手に入らない。
 結果、売っても大した額にならない小さな魔石しか集めることが出来ないのが地方の小迷宮だ。

 そうした理由から、他の大迷宮が一切見つかっていない今、多くの者達が集まっているのである。
 小迷宮は小迷宮で|魔獣暴走《スタンピード》などが起こることもあるが、それは別の文献の内容なので置いておく。

 とはいえ、他の大迷宮についても目星がついていないわけではない。
 そもそもハドソン大迷宮が階層式のわかりやすく異物、建造物感を出しているから迷宮とはそういうものだという認識が広くあるが──

 そこまで真央が読んでいると、横からちょんちょんと肩を突かれた。

「ん?」
「あの、上の方の本って、どうやって取れば良いの?」

 どうやら高いところにある本がきになるものの、踏み台などが見つからずに困っていたらしい。
 早く聞いてくれれば教えたものを、と思いながら、真央は支所机の脇に置かれているリモコンのような魔道具を取る。

「それ何?」
「これをこうやって……」

 魔道具の電源を入れた真央は、その先端を高い位置にある本に向ける。
 すると、魔道具の先端から赤い光線のようなものが放たれて、その到着点が見えるようになった。

「こうやって読みたい本を照準して、後はこっちのボタンを押すと──」

 魔道具作動用のボタンを押すと、差された本がふわりと棚から抜け落ち、そのままスーッと柔らかい勢いで真央の手元まで飛んできた。

「これでこうやって受け取ればオッケー」
「す、凄い。科学じゃないのにハイテクだね」
「魔法も技術って点は変わらいのかもね。で、戻したいときは戻したい本に照準を合わせてもう一度押せば、自然と戻ってくれる」

 そう言いながら手元の本に魔道具を使うと、魔道具の効果を受けた本が真央の手から浮かび上がり、自動で元の場所へ帰っていく。

「こんな感じかな。わかった?」
「うん、ありがとう。そう言えば、飯野君は何の本読んでるの?」

 そこで、真央が読んでいた本に灯が興味を示す。
 特に隠すことでもない(というか隠さなければいけなそうな読書は今日はするつもりはなかった)ので、自分の読んでいた机まで案内して本を紹介する。

「これは『五大迷宮と迷宮の謎』っていう本で、今度俺達が行くハドソン大迷宮とかの解説をしたり、他の不明な四つの大迷宮についても言及してる。今のところ結構面白いよ。いつか旅に出て五大迷宮探したりするのもいいかなって思うよ」
「旅かあ……私も旅はしたいけど……」

 勇者である自分が、この世界の人々が困っているのにそんなことをしていい訳が無い。
 そんな気持ちが灯にはあるのだろう。
 普段は控えめな少女だが、責任感がある子でもある。

「戦争に勝てたら、考えようか」
「っ! うん、そうしよ」

 真央の提案に笑顔を浮かべる灯。
 その笑顔を受けて背中に吹き出した汗を感じながら、真央は、後どれほど自分がここにいることが出来るのか、ここにいるべきなのか、考える時が来たと思うのだった。

1件のコメント

  • なるほどです。
    詳しい知識ありがとうございます。

    そこは僕の知識不足で知らなかったのですが、本作では魔石有りきの魔物、心臓同様に不可欠な器官、というイメージをしています。
    ので、どんだけ小さくても持ってる、って感じです。

    ありがとうございます。
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