突然メンバーが増えた食事の場面。
気まずくなるかと思えば存外そんなことはなく、和気あいあいとした食事の場面が展開される。
「三人とも、今日の戦いは見事だったわ」
「ああ、俺達も力押しじゃない戦い方を見習わないといけないと感じたよ」
そうやって三人の模擬戦での活躍を褒めてくれるのは、美玖と大輝。
二人は元々剣道や剣術、古武術などを学んでいたこともあって、このクラスで武器を用いて戦うことにおいては最も秀でているといえるだろう。
「けど模擬戦ならよ、無理に勝ちを狙いにいかなくても、今の剣の実力を見るように使ったほうがよかったんじゃねえか?」
そして彼彼女に次ぐ三番手が、柔道部に所属していた嵐だ。
体格も良く元々柔道で相当な戦績を残してはいたが、この世界では【闘拳士】という天職を授かり、これまでの投げ技や組み技に加えて、殴打等の若干のアウトファイトも出来る総合格闘技の選手のような状態になりつつある。
そんな彼からしてみれば、特に初っ端から目眩ましを二発使って氷川を倒した真央のやり方が少し気に入らないらしい。
「それならそれこそ騎士の人に頼むわ。前段見てないからわから無いと思うけど、あいつらもともとまともに模擬戦するってよりは俺達を痛めつけたいってだけっぽかったから。だから俺は多少絡め手でも先に潰したってわけ」
「何があったの?」
そう問いかけてくるのは灯である。
なお席配置的に、三人組の真央達と四人組の美玖達が向かい合って座っているので、灯は一人外側にはみ出すような形になっており、その斜め前の席が真央の席になっている。
「いや、そんな言うほどのことじゃないよ。ちょっと揉めただけ」
「嘘つけ嘘を。最初に木剣投げられてな──」
「山口、もう終わった話だ」
クラスメイトに斬られかけたなどと。
実際に斬られたわけではなく、あるいは真央が躱せることをわかっていて振り下ろしたのかもしれない。
それを明確な害意として扱うのは、クラスという集団の輪の中では危険ではないかと真央は考えたのだ。
真央達召喚された者たちが頼りに出来るのは、自分たち三十人とプラス千穂先生の三十一人。
当然ロイド団長や座学を教えてくれる文官の人もいい人ではあるが、この世界の人間という点で信用しきれない。
例えば真央達の命を捧げれば世界が助かる、となったとき、この国の人間や強化の人間たちは躊躇わずに差し出すのではないだろうか。
なにせ彼ら真央達を丁重に扱い鍛えているのは、国を守る戦力にするためだ。
ならばそれ以外の方法で役立つならばそちらをとってもおかしくはない。
だからこそ、クラスメイト同士、そして教師の千穂も含めた三十一人の仲はしっかりと保っておき、集団で抵抗できるようにしておかなければならない。
こういう話は、人より本を読み多くの考え方を知る身として山口達にも相談している。
故に、ここでバラすデメリットがわからない彼では無いはずなのだ。
「終わってねえよ。俺の中では」
しかしそれでも、山口には口にしなければならない理由があった。
「真央、お前が斬られかけて黙ってる俺達じゃないぞ?」
「それな。実際あのときの氷川はやばかったって」
山口だけでなく田辺までもが、そう言って口を開く。
真央はあまり考えたことは無かったが、この二人は友人として真央のことを心配してくれたらしい。
実際真央も、この二人が危険な目にあったときには心配するだろう。
友情とはそういうものだ。
「三人で話してるところ悪いけど、詳細を教えてもらえないかしら」
そしてそこに、黙って食事をしながら話を聞いていた美玖が割って入る。
ここまでの三人のやり取りを見て、美玖はこれは聞いておいた方がいい内容だと判断したのだ。
その辺り、真面目優等生が服を来ているような性格をなのに、性善説じみた人間の信じ方をする大輝には察することはできなかったようだ。
「話すことあるならちゃっちゃと話せや」
「何か心配事でもあるなら、俺達にも聞かせてくれ」
そう言われていよいよ観念した真央は、何があったかを話すことにした。
「わかった、話す。ただし小さい声で話すのと、他にはなるべく聞かれないようにしてくれ」
怪訝そうにしながらも四人が同意してくれたのを確認して、真央は状況の説明を始めた。
「まず氷川達の三人組がいる方向から、素振りしてる俺の方に木剣が飛んできたんだ」
「どう考えたってあいつらが投げてるだろ」
そう突っ込んでくる田辺だが、真央は首を横に振る。
これでクラス内に不和が生まれる可能性はあるが、だからこそ推測でしかないことをさも事実かのように述べるわけにはいかない。
加えて言うならば、仮にクラス内で衝突が起こって、やらかした者たちが追放されるような事態に陥ったときに、余計な推測を混ぜたせいで事態が混乱するのを避けたいという思いもあった。。
「俺達誰もあいつらが投げたところ見てないだろ。だから飛んできたって言ってるんだ」
「細かい奴め」
「こういうときは推測無しの事実が大事なの」
突っ込んできた田辺に切り返して黙らせた後、真央は説明を続ける。
「その飛んできた木剣が、氷川達のものだろうと思って返しに行った。正直このときは、あいつらが次のちょっかいかけるターゲットに選ばれたかな、と思って、投げ返したり無視するんじゃなくて手渡しで返すことで、相手に文句をつけさせる余地がないようにしようと思ったんだ」
そう、あのときの真央の行動は、色々考えた末の行動である。
例えば無視をした場合。
『何無視してんだ、調子乗ってんのか? 俺達が読んでるんだからすぐ来いよゴミが』
と言った感じで、相手の方から仕掛ける口実になってしまう。
では逆に、その木剣をそのまま投げ返した場合。
想像するでもなく、投げ返されて、場合によっては当たって激怒する氷川達の姿が想像できる。
『お前誰に向かって剣投げてんだ!?』
と激昂してそのまま実剣で斬り掛かってきそうである。
結果、それらを招かないために、真央は手渡しで木剣を返却することを選んだ。
「お前そんなことまで考えてたのか」
「ああいう手合は相手するだけ損だからな」
田辺にわずかに自慢げに言っていると、横から山口がその先の話を告げる。
「そんで木剣を渡そうとした真央が斬られそうになった、と。これは文句ないだろ?」
「まあ、な。ただ当たっていない以上、寸止めのつもりだった、とかギリギリ届かない間合いに何故か俺が入ってきた、とか言い訳はされるだろ」
山口と軽く睨み合っていると、慌てたように大輝が割って入ってきた。
他の三人も、それぞれに驚愕の表情を見せている。
「ちょっと待ってくれ、飯野は、つまり、氷川に斬られそうになったと言っているのか?」
「正直避けてなければ、手は飛んでいた可能性が高いと思う」
真央の言葉に、大輝は少し考え込んだ後流石に信じられないと言った様子で顔を横に振る。
「……飯野が嘘をつくようなやつじゃないのは知ってる。でもいくら氷川達でも流石にそんなことはしないはずだ」
そう言う大輝の隣で美玖や嵐が頭を抱えている。
大輝という人間は、根は非常に明るく、僻む同世代の男子でもなければ皆が好感の持てるカリスマがある人物なのだが、この性善説を全面に押し出していると言わんばかりの人の信じ方が玉に瑕なのだ。
大輝にとっては誰もが良いところを持っている人間で、だからこそ良い人ということになってしまうのだ。
そのため、氷川達が大輝の目の前で何かをやらかさない限りは、彼らが悪人とは言わないまでも他者を害する類の人間に分類される、ということすら理解しようとしない。
そして氷川たちもクラスどころか学校の中心格の生徒の前でいじめをするほどにはバカではない。
流石にいじめの現場を見てどちらが悪いか、ぐらいの判断は出来るので、完璧に正義の人で人皆聖人と思っているような阿呆ではないのだが。
それでもこの場面で、クラス全体から敬遠されている氷川達をかばおうというのはなかなかに勇気があるな、と真央は思った。
もしかしたら灯と大輝は職業が逆だったかもしれねえ……
いやそうすると灯が聖騎士になるのでそれはそれで無しか。
普通に性格的にもこれまでの行動から見ても、物理職よりは魔法で後方からサポートする役割の方が性格的にも地球での体力的にも向いていそうなのだが。
ちなみに灯を前にしたときの真央の悪寒はまだ消えていない。
今も距離がそれなりに近いことで、耐えられないほどではないが背筋に冷たいものを感じている状態だ。
「大輝、無条件で人を信じるのはやめなさい。もっともそれは、飯野君の言葉も無条件では信じられない、てことになってしまうのだけど。ごめんなさいね。こちらから聞いておいて」
「だから俺は有耶無耶のままにしておいたんだ。実際罰則も模擬戦ですでに終わっているしな。変に揉めて、クラスに不和を生みたくない」
「……うん、そうだね。変な噂が流れるのは彼らだけじゃなくクラス全体にとって良くないことだからね」
あの模擬戦には、ここで互いへの思いを発散すると同時に、そこで手打ちにしておきたい、というロイドの考えがあった。
もともと殺人未遂は罪ではあるが、だからといって勇者を裁くわけにもいかない。
そこで双方に厳重注意をした上で、模擬戦によってわだかまりが溶けたことを示す。
ただ勇者達の戦闘能力を磨くだけでなく、思春期の子供を育て上げ立派な戦士にすることがロイド団長の役目だ。
だからこそ今回も、揉め事の間を取り持って注意を行ったのだろう。
そのやり方が適性だったかは置いておいて。
「それもそうだ。この話はしまいにして早く食っちまおうぜ」
「嵐、もう少し上品に食べなさい」
真央の言葉で話が終わったと判断した嵐が空腹を主張し、皆それぞれ再び食事へと取り掛かっていく。
実際話している間はバイキング形式で取ってきていた食事には手をつけていなかったので、もうぬるくなってしまっている部分もあった。
それでも美味しいのが、勇者に提供される食事なんだな、と真央は思いながら、疲労を回復し筋肉を増やすために、明日のためにと食事を楽しむ。
隣では大輝や嵐と、田辺と山口が戦闘のことや訓練について話している。
そこに自分から入っていく、という行為は苦手なので、真央は黙々と食事をするに留める。
そんな中、他のメンバーよりも少ない食事を取ってきていた灯が、早々に食べ終わって真央に話しかけてきた。
「あの、真央君、大丈夫だったの?」
「特に怪我はしなかったよ」
そう返事を聞くと、ほっとした表情をする。
まあ回避が間に合ってなかったら頭からパックリ行くか、少なくとも腕は斬り飛ばされていたが、それをわざわざ心配する灯に言う必要はない。
「それで言うなら、藤澤さんの方が大変じゃない?」
「私?」
首を傾げる姿も可愛いな、なんてくだらないことを言いながら、真央は話を続ける。
「ほら、別にチーム分けしてるわけじゃないけど、自然と集団ができてるでしょ? 俺達三人とかそっちは四人組とか」
「あ、うん、そうだね。確かにチーム……パーティーってこういうののことを言うのかな?」
「あそうそう、そんな感じで、パーティー組んでるでしょ?」
なお、席が隣の真央がずっと読書をしているのに興味を持った灯は、今では読書が趣味の一つとして大好きである。
しかも場所が学校の図書館にほぼ限定されている真央とは違って、地元の図書館にも行ったりしている。
その過程で、ライトノベル、とくにファンタジージャンルのものも読んだことがあったのだ。
「そうだね。なんか、ライトノベルみたい」
「確かにそうだな。それで、藤澤さんのパーティーのメンバーって、みんな元から叩ける人たちばっかりでしょ?」
「そう言えばそうだね。神川くんも美玖ちゃんも井上君も、全員元から強かったよ」
「その中で、藤澤さんがついていくの苦労してないのかなと思って」
聞き方にによっては灯のことをバカにするような発言にも聞こえる真央の言葉。
つまり、質問の体でありながら、『藤澤さんだけ力不足だよね』と言っているようにも聞こえてしまう言葉だ。
しかし、それが形をなす前に隣で話を聞いていた美玖が会話に割って入った。
「飯野君、言いたいことはわかるけど言い方。灯、飯野君は、経験者の中に混じった灯が苦労していないか心配してるのよ」
その言葉に、納得の表情を見せる灯。
真央もそれを聞きたかったのだが、どう聞いても灯をけなすような形になってしまうような気がしてうまく聞けなかったのだ。
そして質問の内容がわかれば灯は容易く答えることが出来る。
「私も最初は苦労したけど、だんだん追いつけてきてると思うよ」
「そうね。灯は頑張っているし飲み込みも早いわ。飯野君、今日の戦いは見事だったけど、あなたには灯を心配している暇はないわよ」
「それもそうだな。俺ももっと鍛錬しないと」
そう答えた真央に、美玖は何かを思い出したような表情をする。
「そう言えば前からあなた、普段の訓練は真剣にしているのに、休憩時間になるとすぐどこかに行っているわね」
「城の中に図書館があってな。高い不可のトレーニングで追い込んだ後は、回復を待つ間そこで本を読んだりしてる」
本、という単語に、灯が席から立ち上がって身を乗り出さんばかりに飛びついた。
「飯野君、図書館あったの!? あったなら教えてくださいお願いします!!」
「藤澤さん声、声抑えて」
真央がジェスチャーで静かにするように示すと、灯は自分の両手で自分の口を慌てて塞いだ。
そして周囲を見回して、大きな声に何事かと驚いているクラスメイトたちにペコペコ頭を下げて着席した。
「ごめんなさい……。でも、図書館があったんなら教えてほしかったな。私だって飯野君に負けないぐらい本が隙なんだから」
「訓練で大分忙しそうにしてたから。ほら、他の人に追いつこうって、ロイド団長に直接お願いしたりしてただろ?」
「それも、そうだけど……」
随分と灯をしょげさせてしまった。
だがそれは真央が望むところではない。
とはいえどう声をかければ良いのか。
自分と一緒に行こうか、などと誘うのは、ただの読書仲間の二人の関係としてはあまり良くない気がしたし、かと言って一人で使用人に場所聞いて行ってみたら、というのは対応が冷たすぎる。
そんなふうに真央が口ごもっていると、ため息を吐いた美玖が口を挟む
「飯野君、ロイド団長が言っていたけど、明日は一日訓練は休みなの?」
「ほ、そりゃまたなんで?」
「そっちの二人から聞いてないのかしら?」
そう言われた真央は、隣にいた山口の脇腹を肘でつく。
「うぐっ、……なんだ真央、急に」
「明日訓練休みと聞いたが、本当か?」
一瞬恨みがましげな視線で真央を見た山口だが、直後の真央の言葉で、『あ、やべやっちまった』という感情がよく分かる表情をする。
「わり、言い忘れてた。明日は休みで、明後日から【ハロルドの大迷宮】に行くらしい。遠征って言ってたから数日がかりだろうな」
「なるほど、そういうことか、悪いな」
「おう」
山口との会話を終えて再び二人の方を向くと、何やら温かい目で見られていた。
「どうした二人共」
「なんでもないわ。それより、あなた自主練ぐらいはするかもしれないけど明日休みでしょう?」
話題を元に戻すように美玖が真央に尋ねる。
「そうだけど」
「なら空いた時間で、灯を図書室に案内してあげなさい」
実のところを言えば、真央は今あまり灯の側にいたくない。
どうにも、というか多分理由は明らかだが、天職【勇者】である灯の側にいると悪寒が凄いのだ。
とはいえそんなことを言ってはどうなるかわかったものではないので、そんなことはお首にも出さずに話に乗る。
「ああ、それが良いか。藤澤さんもそれで良い?」
「ふえっ!?」
真央の言葉に、灯は急に奇妙な声を上げる。
その様子に、また頭が痛そうに額を抑える美玖の姿があった。
「藤澤さん?」
「あ、はい、是非行きたいです。お願いします」
「お、おう。そんなかしこまらんでも。じゃあ朝食の後食堂の入口に集合ってことで」
「うん、わかった。楽しみにしてるね」
こうして、真央と灯は、互いに気づいてはいないもののデートの約束を取り付けたのであった。