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職業魔王 第5話

 場所を移して先ほどまで真の意味での勇者一行の強さの確認が行われていた演習場に、向かい合う六人の姿があった。

「両方準備は良いか。魔法有り、怪我有り、殺しは無しの模擬戦だ。怪我させるのは良いが、木剣でも危ない首や顔は狙うな」

 試合の審判を務めるのは当然この人、騎士団長ロイドだ。
 双方の間に立ったロイドが試合のルール確認を行う。
 なお、先程のいざこざについては、双方ともに危険なことはしないようにとまとめて説教を受けることでかいケスした形になっている。

 だが、二ヤニヤしている顔を見れば分かる通り、氷川達三人にそれを守る気など毛頭ない。
 真剣ではなく木剣を持っているのが辛うじて救いだろうか。
 それでも、まだ付き合いが浅く彼らのことを良く知らないロイドは、普通の模擬戦に成ると考えて許可を出してしまった。

 ならば後は如何に真央達が砂漠かだ。

「(山口、お前どっちだ?)」
「(野村だな。斧の方がリーチが短い分瞬殺できる)」
「(じゃあ俺が野村で真央が氷川だな)」
「(ステータス的に逆では?)」
「(俺天職【暗殺者】だから。山口はおわったらすぐに真央の応援でいいよ)」
「(ラジャ)」

 小さな声で作戦を交わす。
 作戦の内容としてはシンプルなもので、一対一を三つに別れてやって、全員が勝てば良いし、勝った人が応援に行けば良い、という内容だ。

 そしてその際に、それぞれの武器的に相性がいい相手を選ぶことで、有利に戦闘を運ぼうというわけである。
 一方の氷川たちはすでに暴力を振るう快感に酔いしれているのか、作戦の打ち合わせなどする様子はなく、ニタニタと気持ち悪い顔で笑っている。
 
 真央が相手をするのは、先程実剣で真央を両断しようとしてきた氷川。 
 とはいえ、相手が浮かべている憎悪の表情と違って真央の側に特に思うことはない。
 『ああ、こいつは敵か』、と、それぐらいの感覚である。

 いちいちモンスター相手に憎悪の感情を向けないのと一緒だ。
 戦争に参加することになってからマインドセットを作り変えるようにした真央は、敵味方をそう判断するようになりつつあった。
 そうでなければ戦場では死ぬしか無い、読書家ゆえの妄想や、兵士や戦争に関する書籍を読んだことのある真央なりの覚悟の決め方であった。

「それでは──始め!」

 ロイドが腕を振り下ろすと同時に、真央は氷川の正面から移動し、ロイドを一瞬だけ盾にするような配置を取った。
 そしてその間に魔法を詠唱して攻撃を開始する。

「この場に火球の息吹を望む──【火球】」

 真央の魔法の他社と比べて強力なところは、適性が異常に高いので、事前準備無しでも即座に魔法の性能を組み替えられるところだ。
 今回放った魔法は、通常の【火球】に比べて拡散し、相手の視界を防ぐものになる。

「ち、邪魔くせえ! そんなのが俺に聞くかよ!」

 一方天職が【大剣士】である氷川は、その分だけ耐久性が高い。
 大剣を盾無しで振り回すことが前提とされているためだ。
 故に、拡散した火球程度ではちょっとした火傷程度のダメージしか無い。

 しかし真央もそれは理解していて視界を塞いでいる。

「ウォラア!!」

 叫び声をあげて大剣を横薙ぎにし、火球を薙ぎ払う氷川。
 しかし真央はすでにそこにはいなかった。

「何っ──」

 何事か口にしようとした氷川は、直後に左から別の魔法が飛んできているのに気づく。
 それは舞い散った火球の炎を取り込み、より激しく燃焼させる【風球】。
 それが真央の奥の手。

 そう考えた氷川は、ニヤァと嫌な笑みを浮かべてその風球に向かって接近し、破壊する。
 初戦は風とわずかばかりの炎の球。
 自分の闘気を込めた大剣で破壊できないものはない。

 そう考えて風球を叩き切った氷川は、直後に後頭部に強烈な一撃を受けて、その意識を散らすのだった。



******



 
 真央の作戦は三段構えだった。
 最初の県政の火球。
 これは完全に見せるためのもので、そもそもダメージを与えるつもりは一切なかった。
  
 そして続いての風球。
 これは、相手に奥の手だと誤認させるための『置き』魔法。
 拡散する火球で相手の視界を奪った真央は、詠唱によって弾速を遅くした風球を設置し、すぐに逆サイドに回って氷川が隙を晒すのを身を伏せて待ったのである。

 結果、氷川は一撃で昏倒した。
 なお首や顔はだめと言われたが、後頭部は言われていないのでセーフ、のはずだと真央は思っている。

「真央、おわっ、ってそっちも終わってんのか。早いなおい」 

 真央が相手を気絶させた直後、山口がこちらにやってきた。

「山口こそ早くないか?」
「みぞおちにズドンで終わりよ。槍が見えてない相手は楽でいいわ」

 どうやら山口の方も圧勝で終わったらしい。
 そうこう言っているうちに田辺も圧勝で戦いが終わった。

 怪我している者たちに千穂先生が治癒魔法をかけた後、模擬戦だったということでロイドからの講評が行われた。

「うむ、互いに鍛錬の経過が良く出ている模擬戦であった! 負けた者も、何故負けたのか考え、次に活かせ。勝った者も、奢らず精進してくれ」

 明らかな圧勝劇であったが、そう丸く収めようとするロイド。
 これ以上揉めたくない真央達も口を挟まず、そのまま終了するかに見えた。 
 しかしそれを氷川が、まるで我が儘を聞いてもらえない子どものようにぶち壊しにかかる。

「そいつが卑怯な魔法使うからだろうが!! せこい手で勝って喜んでじゃねえぞ!」
「模擬戦の最初にルールは示したはずだ。魔法を使うのも戦い方の一つだろう」

 流石にその意味不明な発言に、訂正するようにロイドが口を出す。
 しかし氷川はそれでも納得しない。
 いな、この場合は真央達が謝罪してそれをぼこぼこにするまでは、納得するつもりがない、という感じか。

 人の見えないところでいじめを繰り返すような悪質な性格をしていた三人が、更にこのリンディアに来て余計な力を持ってしまった。
 他のクラスメイトもそうだが、思春期の子供が強大な力を与えられて、それを振るうことを自制できるかと言えば、多くの場合は否だ。
 理性で己を制御しきれない、力に溺れている、ということも出来るだろう。

「普通に正面から当ててくるなら俺だってこいつをぶちのめしてた! なのに卑怯な戦い方をしやがったんだ!」

 ことここに至っては、強い力を得てそれを振るうことだけに囚われてしまった氷川の発言は、もはや聞くにたえないものとなりつつあった。
 それはすなわち、自分が誘導に引っかかったということに対する自覚すら、無いのかもしれない。
 
 氷川にとって戦いとは、強者である自分が弱者である敵を一方的に切り刻んで殺すことなのだ。

 そんな氷川を流石に見かねたのか、普段は勇者達相手にあまり強い発言はしないようにしているロイドが口を開こうとしたが、それよりも先に真央が冷ややかな表情で話し始めた。

「お前、それ戦場で言う気か?」
「は?」
「それを自分を殺しに来る相手に言うのかって聞いてんだよこのボケカス。一辺死なすぞゴラ」

 スパン、と高速で引き抜かれた剣が、氷川のの喉元に突きつけられる。

「この状況で、てめえは卑怯だの何だの抜かすのか? ああ゛!? なら今言ってみろや゛!!」

 真央の口から出たとは思えぬ言葉に、見学していたクラスメイト含めて空気が固まる。
 流石にロイドも、別に気圧されたわけではないが、突然の真央の豹変に驚いて口を挟む暇が無いようだ。

「言うのか! 言わねえのか! どっちだ!?」 

 この当たりで真央は冷静になり始めた。
 一瞬頭に血が昇ってプツンといってしまったが、温厚な読書家で通る真央としてはふさわしくない行動かもしれない。
 故にさっさと答えさせて場を収めようと考えたわけである。

「い、言わねえ」
「なら相手が卑怯な手使ってきても対応出来るぐらいに訓練しろや!!」

 そこまで言ってやっと剣を腰の鞘に戻した真央は、氷川から目を切って静まり返った周囲をちらっと見る。
 そこには、凍りついた様に止まるクラスメイトの姿がいっぱい見えた。

 そこではっとやらかしたことに気づいた真央は、両隣にいる二人が笑いをこらえているのを見ると、形勢悪しと見て逃亡を選択する。

「では、俺はこれで!」

 全速力で走り去る真央の背中に、山口と田辺の爆笑する声が響いたのであった。



******



 夕食時。
 いまだに真央は凹んだままだった。
 あのガラの悪い口調は、家庭の問題と中学時代にヤンキーのような不良のような連中とつるんでいた際に身についたものである。

 故に、高校から大人しくしておこうと少し遠方の高校を選んで真央は通ってきていたのだ。
 そして高校生活では一年以上の間、あの状態の真央を出すことなく穏やかに過ごすことができていた。
 まあ山口や田辺には知られてはいるのだが、彼らはそれを知られても離れないと思うぐらいには仲が良いのでノーカンである。

 それよりも真央は、さっきの出来事で他のクラスメイト、特に女性陣から引かれていないか、ということの方が心配だった。
 現にこのバイキング形式の夕食の場でも、真央の近くには女子生徒の集団が近づいてこないようにしている節を感じる。

「そりゃまあ、いきなりあんなの出されたら引くわな」
「俺達は慣れてたから良いけどな」

 なんて、慰めなのかなんなのかわからない言葉をかけてくるのは、いつも通り、真央の隣に座っている山口と田辺だ。 
 彼らについては、なぜか妙に気が合い一緒に過ごしている間に話したことがあったので、特に今回の件で引くことはない。

「でも、俺は間違えたことは言ってない」
「私もそう思うわ」

 そこで、三人での会話に横から一人の女子生徒が入ってくる。
 そちらに三人が目を向けると、勇者一行が三人の食事するテーブルまで来ていた。
 突然の事態に少しあっけに取られる三人。

「ご一緒してもよろしいかしら」
[俺達も一緒に食べたいんだが、良いかな」

 彼らの中でもリーダー格の二人は、更にそんな言葉を言い放つのだった。



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