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職業魔王 第4話

 訓練の途中で、ロイド団長を初めとした騎士数名と、勇者や聖騎士のいる灯や大輝、美玖、嵐の四人組が訓練場から場所を隣の演習場へと移した。
 どうやら相当な速度で強くなりレベルもステータスも上がっている彼らが、どの程度この国最強とも言えるロイドを相手にやれるのか、ロイドが確認したいと言ったらしい。
 
 そのため、勇者の灯に聖騎士の大輝、魔剣士の美玖と闘拳士の嵐という、このクラスの中でも上位職を持つ者たちが連れられて訓練場から出ていったのである。
 加えて治癒師としての能力を期待されてか、一人だけ年上で他に混ざりにくそうにしていた千穂も連れていかれた。

 他の者達はと見ると、まだまだ未熟な木剣で叩き合ってみたり、自主練だからと気を抜いてだべったり、一人で無茶苦茶な型を披露してみたり。
 あまり効率的ではない鍛錬の方法を選んでいるようだった。
 
 真央たちは、そんな周囲の動きを見ながらも、今日も片隅でひたすらにおもりのついた剣で素振りを行っていた。
 なお山口は天職が『槍師』だったので槍を突き出したり振るったりしている。
 
 自分たちは、武器を扱うという状況においてはまだまだ未熟。
 身体能力がステータスによって上がっているので武器を振り回すことは出来るが、それは子供が木の棒を振り回すのと同じ。
 真央たちは、王都郊外での魔物との戦闘訓練を経験した後の三人での反省会において、そう結論付けた。
 
 武器としての剣を扱いきれていない。
 そう強く感じるからこそ、真央達は他のクラスメイトたちが先に進む中でも素振りと基礎的な型の鍛錬を欠かさない。

 それは、パット見では好ましい心持ちである。
 すでに多くのクラスメイトたちは、自分の持っている力の大きさに気づき、それでモンスターを倒す快感を覚え始め、基礎をおろそかにし始めている。
 
 基礎を忘れず、自分の力に溺れず鍛錬する姿は、これぞ勇者、と騎士の一部から言われているほどである。
 なお美玖や大輝は元々剣道や古武術をやっていたことも合って基礎はすでに出来上がっているために実践的な訓練を重として行っているので、素振りをしていないからと言ってちゃんとしていないわけではない。

 ただ、目に見えてちゃんとしている、弱いながらも努力しているように見えるのが真央達なだけだ。

 しかし、そう評価されればされるほど、それを忌避している者たちからすれば、それは疎ましく、叩き潰したいものに思えてきてしまうのだ。

 ブンッ

 素振りのさなかに飛来した木剣を、真央は間一髪で避け、その向こう側にいた山口が槍の柄をくるりと回して弾く。
 弾かれた木剣は、二人の間の地面へと叩き落された。

 真央と山口それが飛んできた方向へと視線を向ければ、先ほど真央達三人が問題児三人組と表した者たちの姿があった。
 それぞれに武器を手にぶら下げながらニヤニヤとしている様子は、何か企んでいると言わんばかりである。

「(どうする?)」
「(……いなしてみる)危ないな、急に飛んできたぞ」

 一言田辺と言葉を交わした真央は、飛んできた木剣を持って彼らの方へと歩いていく。
 投げ返さないのは、それが当たったときや近くに落ちたときにいちゃもんをつけられないようにするためだ。
 なおすでにチート臭がプンプンし始めている勇者一行、基本的に訓練でも対人戦でなければ実際に使う武器を使って素振りや型の確認を行っている。

 その中で木剣を投げたということは、あらかじめ投げるために用意していたということにほかならない。
 実際、ニヤついている相手の三人組はそれぞれに抜き身の武器、剣を二人と斧を一人がぶら下げており、対人戦をやっていたような様子は見受けられない。
  
 真央はそんな三人組に、あえて心を無にして近づいた。
 結果真央の表情も無表情になり、それを見ている相手の三人組も、怒るでも困惑するでもない真央の行動に少しばかり苛ついた様子を見せる。

 これまで彼らがいじめてきた同級生や下級生たちは、こうやって攻撃すれば怒って反撃してくるか、あるいはすでに諦めていて困惑の表情で泣くかのどちらかだった。

 どちらであったとしても、三人組──氷川、佐藤、野村にとっては構わないことだった。
 怒りを持って反撃してきた相手ならば、正面から叩き潰して従わせれば良いし、諦めた奴がないていたり困惑している様子を見るのは楽しい。

 だがこいつは違う。
 自分たちに脅威を覚えていない。
 《《なんとも思っていない》》表情をしている。

 そう思った三人組は、真央が近づき剣を渡せる距離に来た時点ですでにキレていた。

「ほら、もう投げるな──ッ!」

 『もう投げるなよ』。
 そう言って木剣を渡そうとした真央が、勢いよく飛び退る。
 その眼前では、三人組のうちの一人で、大剣士という天職を持つ氷川が振り下ろした剣が、先程まで真央のいた地面にめり込んでいた。
 渡そうとした木剣も、斬撃の線上にあったのか、真っ二つに切断されている。

「危ねえな……。お前、それが実剣だってわかってんのか?」

 こちらは剣を構えながらわずかに距離を取る真央。
 その後方からは、すでに山口が駆けつけてきつつある。
  
 そんな真央の言葉に氷川はくだらない事を聞いたと言いたげな笑みを浮かべて答える。

「なんのことだ? 俺は飛んできた木剣がぶつかりそうで危なかったから斬っただけだぜ。それよりお前こそ、木剣なんて投げてきてどういうつもりだよ」

 流石に公然と「殺そうとした」と宣言することがまずいのはわかっているのか、そんなふうに責任を真央に押し付けるような形で煽ってきた。
 そこに、片手に槍を握った山口が駆けつけてくる。

「大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない」
「待てお前それ問題あるやつてかお前が言うとシャレに──」

 山口が何やらわめているが、その二人の会話すらも氷川達の気に触ったらしい。

「はあ? 何言ってんだ? 加害者はそっちだろ? なあ佐藤」
「ああ、いきなりこいつが剣投げようとしてきたよな」
「乱暴な奴らにはほんと困るわあ。訓練してるところに急に木剣投げてきたと思ったら、それを俺等のせいにすんの?」

 氷川に続いて、佐藤と野村までもが、責任が真央の側にあるかのような言い様で真央を責め立てようとする。
 ことここに至ってようやく周囲の生徒たちも気づいてきて、それがわかっているからか三人組の声の大きさも上がっていく。

「ほら、謝れよ飯野! 人が訓練してるところに剣投げてごめんなさいってなあ!」

 飯野が何も言い返さないどころか表情にすら出さないのを勘違いした野村が、そう言って真央に謝罪を要求する。

「(おい、真央どうすんだよ)」
「(どうにかする必要があるのか? こいつらのことなんて誰も信じてないぞ)」

 実際真央の言う通り、周りを味方につけるようなつもりで大声をあげていた三人だが、三人の素行がよろしくないことはすでに他のクラスメイトたちも良く知っている。
 そのため三人の言うことをそのまま信じる者はいなかった。

 むしろ真央は、女性から恋愛面での人気があるわけではないが、勉学などを教えるという面では便利で頼れる相手として認識されている。
 そのため、この場の空気もどちらかと言えば真央達の方に偏りつつあった。

 そこに、数名の人間が走り込んでくる。

「揉め事が起きていると聞いたぞ! 何をやっているんだお前たち!」

 ちょうど騎士たちが席を外していた自主訓練のタイミングでのことに、騎士たちを責めることができないロイド団長は、真央達や三人組を軽く怒鳴りつける。
 なお本気で怒鳴ったときの声は、軍の演習などで拡声器いらずで発揮される程のものなので、本気で怒鳴っていないからといって怒っていないわけではない。

「だんちょー、俺達が素振りしてたら、急にこいつら木剣を投げて来たんですよ」
「危なく当たるところで俺が斬っったんだよ」
「これはコイツラになんか罰則無いとおかしくない?」

 そう口々に主張する三人組は、責任を真央たちに被せる気だ。
 ただ言い方が嘘くさすぎて、ロイドも怪訝な表情をしている。

「飯野、山口。それは本当か?」

 そして一方の意見で処罰するのは愚か者のすることだとしっかり示すように、真央と山口にも意見を求めてきた。
 陶然真央たちは、自分たちの知る事実について説明する。

「いえ、最初は彼らのいた方から木剣が飛んできたんです。投げたところを確認したわけじゃないんですが、彼らしかそちらにいなかったので、渡すために木剣を持って近づきました。そしたら氷川がいきなり大剣を振り下ろしてきたので慌てて避けたんです」
「真央の言う通りです。俺も見てました。実際に真央が避けて俺が槍で木刀を弾きました」

 その二人の説明する言葉に、ロイドはウムムと黙り込んでしまう。
 これが両方とも自分の部下の騎士だったならば拳骨と場外一周走ってこい、とでも言うところだが、良くないことに相手は勇者という存在であり、そう簡単に事実が明らかにならない状態で罰則を課すわけにもいかない。

 そうロイドが悩んでいると、ニヤニヤしながら野村が進言する。

「団長、なら俺達とこいつらで模擬戦やらせてくださいよ」
「模擬戦? 何故だ?」
「このままじゃあ、どっちが悪かったかわからないでしょ? だったらこの当たりで手打ちにして、仲直りの証として一緒に訓練すれば良い。いいアイデアじゃないっすか?」

 模擬戦で二人に暴力を振るうことで、ストレスを発散するとともに、合法的に人を痛めつける快感が味わえる、とでも考えているのだろう。

 その発言にロイドが意外と乗り気な様子を見せたことで、『おいおい』と内心思った真央だが、確かにこのままでは解決はできない。
 他のクラスメイトも、ここに割って入るほど勇気ある者は見ていなかったようで、誰も証言をしようとしなかった。

 実際かつて彼らのいじめの対象になった二人目は、いじめの一人目の対象だった子を庇っていたことによって目をつけられて不登校に追い込まれている。

 結局、野村の言が通って真央達二人に田辺を加えて三人と氷川達三人による模擬戦が行われることになった。

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