真央達が訓練を開始してから二週間が経った。
現在真央は、訓練の合間や自由時間を活用して、よく王立図書館に言っては読書をしている。
今読んでいるのは、『北大陸魔物大図鑑』という、タイトル通りの巨大な図鑑である。
ちなみに他のエリアの図鑑は完成度が低いのか、幾分かこれよりは小さめだった。
なぜそんな本を読んでいるのか。
それは真央の読書好きとしての欲求が抑えられなかった、というのもあるが、座学で学ぶ以上に、この世界に関する知見を深めておきたかったからだ。
というのも、この二週間程。
結局真央の本来の天職である『魔王:幼体』が何かしらの影響を及ぼしてくることはなかった。
無かったとはいえ不気味である。
それに、こんな天職を、この神を崇拝する国で口に出来るはずもない。
親しみのあるロイドですらが、良くて切り捨て、悪ければ捕まえて拷問だろう。
更に言えば、バレた場合クラスメイトにも疑いの目が向く可能性がある。
そのため、この二週間ほどは兵士として過ごしてきたわけだが。
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飯野真央 17歳 男 レベル5
天職:兵士
筋力:40
体力:40
耐性:35
敏捷:35
魔力:25
魔耐:30
技能:気配感知・武術の道・言語理解・速足
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まあぼちぼちの延びではある。
表向きのステータスは。
だが繰り返し言う通り、真央の本来の天職は『魔王:幼体』である。
いつかきっと、これが何か悪さをし始めるか、あるいは勇者に魔王を倒す使命があるように、魔王に何らかの使命が与えられてもおかしくはない。
そのときのために、真央は今も知識を蓄えようと、周りが驚くようなスピードで読書を続けているのである。
「にしても文庫本ねーのきついな……持ち運ぶの怠いわ」
知識ついでに言うならば、真央にはどうやら魔法の適正があることがわかった。
魔法の適正についてこの世界における魔法の概念、使い方発動の仕方などを説明するとしよう。
リンディアにおける魔法は、体内の魔力を、詠唱によって魔法陣に注ぎ込み、魔法陣に組まれた式通りの魔法が発動するとい形になっている。
いわゆる魔力を直接操作して身体能力強化、のようなことは出来ず、どのような効果の魔法を放つかは、魔法陣に対する知識とその正確な構築によって決まる。
まあ真央は魔力操作については少しばかり疑っている部分があるが。
さておき。
詠唱の長さに比例して魔法陣に流し込める魔力は多くなる。
そして、その魔力量に比例して威力や効果も上がっていく。
また他にも魔法陣を大きくする要素があり、それが効果の複雑さや規模だ。
例えばただ火球を放つのと、その火球が着弾点で爆発するのでは必要とする魔法陣に書き込む要素が違い、後者の方が要素が大きい、というわけだ。
ここで一般的にどれぐらいの魔法陣が必要になるかの話をすると、例えばRPGやラノベで定番のファイアボール、いわゆる火球を直進で放つだけでも、一般的に直径十センチほどの魔法陣が必要になる。
魔法陣の内容としては、属性・威力・射程・範囲の式が必要で、後はそこに着弾後の爆発だとか誘導性だとかの付加要素がつく度に、要素が増えて魔法陣が大きくなっていく、というわけだ。
しかしこれには例外がある。
そう、適性だ。
先日のステータス開示で、灯が全属性適性を持っていた。
あれは特に特殊なものであるが故にああして技能欄に書かれていたが、みな多かれ少なかれ適性を持っているものらしい。
適性とは言ってみれば、体質によってどれぐらい式、魔法陣の要素を省略できるか、という特性である。
例えば火属性の適性があれば、式に属性を書き込む必要はなく、その分式を小さく出来、詠唱も短くなる、といった感じだ。
この属性は基本的にイメージで補完される。
例えば火属性の適性持ちが火球を放つときには、(火属性の)とイメージをしながら「球・直進・拳大」などと魔法陣を形成すれば、火球を放つことが出来るわけである。
大抵の人間は何らかの適性を持っていると言われている。
というのは、魔法を構成する要素は先程の「属性・威力・射程・大きさ」のみにとどまらず、速度や弾道、拡散率や収束率といった、ありとあらゆる要素が存在している。
しかし魔法を使う際にいちいちそれら全てを詠唱し魔法陣に書き出すかと言うとそんなことはなく、多くの細かい部分はイメージによって省略されうる。
まあ詠唱の省略という意味で言えば、魔法陣をあらかじめ何かに刻んでおくことで余計な時間がかかるのを防ぐことも出来る、というか魔法使いの中ではそれが常道なのだが。
さておき。
そんな中で、真央の魔法適性は相当に高いことがわかった。
それこそほとんどの簡単な魔法を、『魔法陣無しの状態から』二節で詠唱、魔法陣の構築をし、発動することが出来るほどには。
これはロイドも宮廷魔法師も驚いていた。
普通宮廷魔法師でも、杖などにあらかじめ使う魔法の魔法陣を刻んでおき、そこに魔力を流すことで詠唱を省略しつつ魔法を使うらしい。
真央の魔法に関する才は、それを軽く飛び越えている、ということだ。
天職が魔法関連であれば大成したかもしれぬのに、と言われたときには脛を蹴ってやろうかと思ったが。
そういうわけで、他の人より自由に魔法を操ることが出来る真央は、その分多くの魔法もまた知る必要があるのだ。
ちなみに。
この高い魔法適性を全員が持ち、人間より遥かに短い詠唱と小さな魔法陣で強力な魔法を繰り出すのが、今人間族がまさに敵対している魔人族である。
流石にその線から疑われることはなかったが、その話を聞いた瞬間は真央は青ざめないように必死だった。
(いい加減、離脱の手段も考えとかないとな)
そう考えつつ、真央は時間一杯まで読書を続けるのであった。
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休憩時間が終わり、訓練施設に到着するとすでに多くの生徒達がやってきて談笑したり自主練したりしていた。
真央もそれに混ざって自主練、をする前に、ストレッチなどをして体を温めておくことにする。
元々バスケ部でそれなりに頑張って部活をしていた真央だからこそ、体を動かす前のアップの大切さを知っていた。
最初はロイド等に怪訝な表情をされたものだが、説明したら一応はわかってくれたらしくそれ以降何かを言われることはなくなった。
と言ってもスポーツ系の部活をしていた者ばかりではないし、そういう者でも普通の高校生は結構ウォーミングアップや準備運動をサボりがちだ。
後々、何年も後に体のメンテナンス不足が響いてくるような事態等、一般的な高校生は想像出来ないのである。
その点、真央は少々変わっていた。
将来設計がしっかりしている、というわけではないが、体にしろ知識にしろ、今のうちに蓄えておくことが出来るものは出来るだけ蓄えておこうという考えをしているのだ。
家庭の環境がお世辞にもよろしく無い真央は、その分を学校と将来でやりたいことが出来た時自由に使えるようにと、己を磨くことを習慣化しているのである。
そんな真央がストレッチをしていると、誰かが両脇を挟み込むように座り込んできた。
視線を向けると、すでに汗をいい感じにかいている山口と田辺、特に良く会話をする二人がそこにはいた。
「お疲れ。もう大分やってるのか?」
「おーすお疲れ。まあ、休憩時間も大半は二人でやってたよ。お前は?」
「俺はいつも通り読書。せっかくならこの世界について知っておきたいしな」
ずっと特訓をしていたという二人にそう返すと、汗で濡れた腕をほとんど触らないように気遣いながら山口が肩を組んでくる。
「大丈夫かよ、真央。そんなんじゃ先が思いやられるぜ?(最近、なんかお前変だぞ)」
「俺は休憩時間はちゃんと休憩した方が良いと思ってる派閥なんだ。(そうか?)」
小声と普通の会話を交互にするという器用なことをする二人。
その様子を見守っていた田辺も、真央が何も言うつもりがないと知ると、首を振りながらため息を吐いた。
「ま、良いけどさ。なんか困ったら相談しろよ?」
「ん、まあ、困ったことって言うか、普通に旅に出てみたいとは思ってるぞ」
あえて話題を切り替えるように、旅、と言い出した真央。
山口と田辺もそれに気づいていながら話に乗ってくる。
「旅かあ。どんなところがあるのかねこの世界は」
「まず一つは、大陸西部に広がる樹林からジャングル地帯まで取り揃えたマイセン森林地帯。昔は獣人の帝国があった場所だ」
本で読んだ情報を思い出しながら、真央は真面目にこの世界について語る。
「今でも獣人が住んでるんだろ? こういうので良くある人間と仲が悪いとかは……」
「いや、そうでもないみたいだよ(ぶっちゃけ悪い。人間の側が向こうを差別してるから)」
「なるほどなあ。ならいつか行ってみたいな」
「俺は森よりは海とか湖の方がいいな」
そこでスルッと話題に入ってくるのが田辺である。
このあたり、過剰に派手でもない普通のコミュニケーションが出来る相手というのは、真央にとってはありがたかった。
真央はコミュ障というわけではないが、あまり勢いの強い相手などは苦手なのである。
「あー、それなら東の海のあたりの街じゃあ、海人族、多分人魚か魚人みたいな人たちと交流してるらしいぞ」
「へー、人魚かあ。魚人はちょっとあれだけど(ところで差別は?)」
「俺はどっちも会ってみたいな(魚がいっぱい取れるんだと。それこそ王国全土を賄うレベルで)」
「あほくさ」
「それな」
「でけえ声で言うなよ。バレたらどうするんだ」
ここ三人組は、自分たちでは比較的良識派だと自負している集まりだ。
そのため、初めからこの王国や教会を信用しきったりはせずに、情報収集や共有を行っている。
とはいえそんなことがバレたらことなので、秘密裏にこうやって雑談に混ぜて行っているのだ。
ちなみに良識派ではないクラスメイトでいうと、大輝に惚れていてモンスターとの戦闘中でも見惚れてキャーキャー言ってる阿呆が何人かいる。
「でよ、俺がこうやって剣を振り上げたら、あいつら必死で逃げようとしやがってよ! そこで俺は、あいつの首を跳ねてやったってわけ」
「やっぱりモンスターでも殺せるのは良いよなあ」
「誰にも文句言われず攻撃できるからな!」
後は男子生徒にも、あんなアホがいたりする。
彼らはすでにクラスの男子生徒を一人と女子生徒を一人不登校にまで追い込んだ問題児たちだ。
自殺未遂とかにならなかったのは、担任である千穂先生が早い段階で気づき、守りきれないと悟って親に直談判して不登校や保健室登校を勧めたからである。
教師としては失格かもしれないが、それが無ければ、あるいは……。
しかも奴らは自分たちより下だとわかっている相手にしか突っかからない。
例えば大輝や美玖にはちょっかいはかけないし、彼らがいる場所では大人しくしている。
そして裏で色々とやっているのである。
あんなでかい声で話しているのも、騎士の中でも上位の人達がまだいないからだ。
「……ああいうの見てると、真面目にやろうってなるよな」
「それな」
真央たちは、そんな驕り高ぶったクソな三人組を反面教師として、真面目に訓練に取り組んでいるのだ。
実際天職によって成長力に差はあるが、努力の量で言えば、勇者や聖騎士といった上位職の彼ら彼女らよりも真央達の方が上だと言える。
これは真央が厳しく自分を追い込むタイプで、二人がそれを知っていたからだ。
結果として三人は、他の者達と比べても早い段階で、戦うための技術を身に着けつつあった。