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職業魔王 第1話

 とっさに持っていた本で顔をかばい、眩しさに目を閉じていた真央は、その眩しさが去ったのをまぶたごしに感じてゆっくりと目を開いた。
 そして呆然と、とまでは行かずとも、『マジかい』という思いとともに周囲を見渡す。

 そして再び眩しさに目を閉じた。
 よく見るとそれはステンドグラスであった。
 教会にあるような巨大なそれには、天上から伸びた手が人々になにか輝くものを与えようとしている様を描いていた。

 その周り、背景には草原や湖、山々が描かれ、その中央部で人が何かを与えられている。
 がしかし、それを見た瞬間真央は、言いようの無い悪寒と吐き気によって膝を付きそうになった。

 膝を付かなかったのは、となりからトン、と真央にぶつかってくるものがあったからだ。
 それは先程まで会話をしていた灯だった。
 あまりの出来事に驚愕したのか、呆然とした様子で真央にもたれかかっていることにも気づかない様子だ。

「藤澤さん」
「あ、ご、ごめん、飯野君」
「大丈夫だから、ほら、自分の足で立って」

 その真央が彼女を早く立たせようとしたのには理由がある。
 場合によっては約得でもう少し支えていても良かった場面だったが、藤澤と接した直後、さっきまでと同じ悪寒をよりリアルに感じたのである。

 手のひらで氷に触った次の瞬間背中に氷を突っ込まれた感じ、と言えば良いだろうか。
 そのため慌てて彼女を立ち上がらせたのである。

 そのまま周囲を見渡してみると、どうやら自分たちがいる場所が石造りの建物の中にある巨大な広間である、ということがわかった。

 素材はおそらく大理石。
 色んな書に出てきた気になった真央は、以前ホームセンターで実物を見に行ったことがあった。
 白く美しい光沢を放つ滑らかな石だ。

 全部の場所にそんな大理石が惜しげもなく使われ、更に柱には美しい趙国が彫り込まれている。
 天上は柱に支えられていないドーム状になっており、大聖堂、という言葉が真央の頭の中にはうかんだ。
 それほど荘厳な雰囲気を放つ空間だった。

 真央たちは、その最奥にある台座のような場所の上にいるようだった。
 それに真央が気づいたのは、後ろから何やらざわざわとしたざわめきが聞こえて振り返ってからである。
 周りには真央達と同じ様に呆然とするクラスメイトがいて、そして後方、数段降りた位置に、真央達、クラスの者たちとは別の集団が存在していた。

「飯野君、これって……」
「異世界召喚、ってやつかも。俺も詳しくないけど」

 こんなことならもっとブックオフで立ち読みをしておけば良かった、と真央は公開した。
 学校の図書館は基本的に真面目な本が多いので、ライトノベルなどの系統の本はほとんど置いてなかったのである。

 むしろ、今真央の右手にあるこのシリーズが入荷されていたことの方が遥かに驚きであるぐらいだ。

「じゃ、じゃああの人達が……?」
「多分」

 真央と灯は、そのままこの状況を説明できるであろう、台座の下方にいる者たちをそっと観察する。
 数はおよそ三〇人程で、真央達が立っている台座の下方でまるで祈りを捧げるようにヒザマ浮き、両手を胸の前で組んだような格好で止まっている。

 姿は一様に白地に金や黒、あかんなどの刺繍がされた法衣のようなものを纏っており、幾人かはその側に錫杖のようなものを置いている。
 頭には一様に烏帽子のようなものを纏い、人によってその高さが異なっている。

 そのうちの一人、集団の中でも特に豪華な衣装を纏い、頭の上に他の者達の倍近く高い三十センチほどの烏帽子のようなものを被っている老齢の人物が立ちあがり、段差の上へと上がって来た。

 もっとも、老齢の見た目はしているもののその纏う覇気は半端ではなく、そのへんにいる老人よりは軍などにいる老将といったほうが通るかもしれない。

 そんな彼は、手に持った錫杖を自然と鳴らしながら、外見にあう深みと重みのある落ち着いた声音で真央達に話しかけた。

「よくぞ、リンディアへお越しくださいました。勇者様、そしてお仲間の皆様。我ら聖堂教会一同、皆様を歓迎致します。私は聖堂教会にて教皇の地位についております、スールシャル・アルファナルと申します。どうか我らを、皆様のお力でお救いください」

 そう言って、スールシャルと名乗った老人は、後ろの者たちと合わせて頭を深々と、烏帽子が落ちない程度に下げるのだった。




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 その後真央たちは場所を移り、大広間で説明を受けることとなった。
 この部屋も先程の聖堂や廊下などの例にもれず、きらびやかな作りをしている。
 真央は素人の横好き程度で名品を見たりしたことがあるが、調度品や飾られた絵、壁紙などが、それに劣らない雰囲気を持つものだとわかった。

 おそらくは晩餐会など大勢が食事をするための場所なのだろう、一つの大きな机に三十人近い生徒と教師一名が順々に座っている。
 前の方には自然と教師一名、名前を大原千穂という女性教師が一人と、その近くから順に大輝や美玖など活発な生徒たちが座り、後方に行くほど活発ではない生徒たちが座っている。

 真央はその中でも最後方に座っていた。
 というのもどうも先程からおかしいのだが、あのステンドグラスや灯、それにスールシャルと名乗った人物などが近づく度に、悪寒が走るのである。
 それでなにか困ったことになっては困るので、あえて一番離れた場所に座ったのだ。

 全員が着席すると、絶妙なタイミングでカートを押しながらメイド達が入ってきた。
 先頭の一台のみは執事らしき男性で、彼から順に席の先頭の方から飲み物を提供してくれる。

 こんなときでも可愛らしいメイド達に視線を奪われるクラスメイト達に「あほだなこいつら」という感想を抱きつつ、真央もありがたくメイドさんから飲み物を貰った。

 その際、自然と胸元を見せつけるような動きがあったのはわざとではないと思いたい。
 一応鼻の下は伸ばしておいたが、わざとだとバレないかガクブルものだ。

(ハニトラかー? そんなことあるか?)

 真央がそんなことを考えている間に全員に飲み物が行き渡り、ついにスールシャルが口を開いた。

「さて、皆様におかれましては、さぞ混乱されていることでしょう。一から説明させていただきますので、まずは最後まで一度お聞きください」

 そう言って始まった話は、まあなんというか本当によくあるファンタジーのテンプレで、その類の小説を数読んでいない真央でも容易く予想できるものだった。

 その内容はこうだ。

 まずこの世界はリンディアと呼ばれている。
 世界に名前がついている時点で嫌な予感しかしない。

 そしてリンディアには大きく分けて三つの人型の知的種族がいる。
 人間族、魔人族、亜人族である。

 このうち人間が北部一帯、魔人族が南一帯を支配しており、亜人族は東西にわかれてそれぞれ巨大な帝国を築いているらしい。
 いや、いた、らしい。

 このうち魔人族が残りの二つの種族と激しく争っており、亜人族の帝国はそれにやられて崩壊してしまい、亜人は今では東西の樹海に隠れ潜むようにして住んでいるようだ。

 数百年続いたこの争いだが、亜人族の帝国の崩壊を見ればわかる通り、近年魔人族が勢いを増してきている。
 それは、これまでに無かった異常事態によるものらしい。
 
 魔人が魔物を使役する。
 そんなことが頻発しているそうだ。

 魔物とは、通常の野生動物が魔力によって変貌、変質した異形のことだ。
 と、少なくともされているらしい。
 その正体はこの世界の人間族もはっきりとは把握していないが、野生動物に類似しながらも、体が大きかったり異常に発達していたり、それぞれに強力な種族固有の魔法がつかえるらしく、強力で凶悪な害獣として人間族は苦労しているようだ。

 もともと、それを使役出来ないかという試みはあったらしい。
 だが本能だけで活動する魔物を使役することは殆どできず、出来てもせいぜい一、二匹程度のものだった。

 それを今の魔人族は、数十、数百単位で使役する。

 これによって、人間族や亜人族が魔人族に勝っていた『数』というアドバンテージが崩れ、単体の性能に勝る敵に押されつつある。
 つまり、人間族と亜人族は滅びの危機を迎えているのだ。
  
 なお話の中で亜人の名前がほぼ出てこないのは、単純に人間と亜人の仲が悪いからだろう。

「そうして我らが神『タダイ』様に祈っておりますと、神が貴方様方をお遣わしになったのです。タダイ様は、我々人間族が崇める守護神にして、この世界を作られた神のお一人です。おそらく神は悟られたのでしょう。このままでは、人間族は滅んでしまう、と。それを回避するために貴方がたをお喚びになられた。貴方方が召喚される前、すなわちあの広間に皆様がいらっしゃる前に、タダイ様から神託があったのです。『救い』を送ると。そして貴方方が現れました。貴方方の世界はこの世界より上位に存在するため、貴方方は例外なく、強力な力を持つそうです。あなた方にはぜひその力を発揮し、魔人族を打倒し、我ら人間族を救っていただきたい」

 おそらく神託を聞いたときのことを思っているのだろう。
 スールシャル、そして後方に控える神官らはどこか高ぶったような、恍惚としたような表情をしている。

 説明に寄れば、人間族の九割異常は創世神ダタイを崇める聖堂教会の信徒らしい。
 ちなみに説明された限りでは、ダタイはあくまで創世神の一柱に過ぎず、その一柱を人間は守護神として崇め奉り、実際に真央達を召喚したように加護を与えているそうだ。

 状況を見れば信じたくもなるが、しかし『神託』を聞いただけで高位神官として迎えるほどに神の言葉に唯々諾々と従う世界の危うさに真央が恐怖を感じていると、全体を代表して、この場唯一教師である大原千穂が手をあげて発言を始めた。

「事情はわかりました。しかし、私達は戦争のない世界から来ているんです。いきなり戦争をしろなんて無理ですよ! それも強制みたいな言い方していますけど、あなた達やってることは誘拐ですからね。まずは一度私達を返してください。それから、役に立とうと望む人だけ召喚してください」

 理性的な怒り方をする千穂。
 しかしその拳がわずかに震えているのに真央は気付いた。
 おそらく美玖や灯も気づいたのだろう、心配そうに彼女を見上げている。
 それでも彼女は毅然とした表情を崩さない。
 まだ24歳と大学を出たばかりで、高校生に混ざれば高校生に見られてしまう彼女だが、それでもこういった場では力強く生徒のために前に出ることが出来る、教師に相応しい女性だ。

 しかし、そうやって勇気を出した彼女は次の言葉で凍りついた。
 それは他の生徒たちも同じ理由であった。

「お気持ちはお察しします。しかし、先程も申し上げた通り、貴方方を召喚されたのはダタイ様です。そのため、私達では貴方がたを帰還させることが出来ないのです」

 場に静寂が満ちる。
 先ほどまであったまだ緩んでいた空気がそこには一切無い。
 重く、冷たい空気が皆の首を閉めようと忍び寄っているようだった。

「で、出来ない、って、なんで、喚んだなら返せないんですか!? そのダタイ様にお願いしたりとか!?」

 千穂が叫ぶ。
 が、スールシャルの表情は変わらない。

「神のご意思を望むことは出来ますが、神は我らの願いを叶えられた。貴方がたが帰還を望むのも、ダタイ様のご意思次第ということになります」
「そ、そんな……。あの、その神様と話したりとか」
「私どもでも神託を待つばかりですから」

 千穂が脱力したようにストンと椅子に座る。
 途端に、千穂に注目し期待していた生徒たちが口々に騒ぎ始める。

「うそだろっ!?」
「帰れないってどういうこと?」
「私今日みたいテレビあるのに!」
「返さないから戦えってこと!?」
「そんなの無茶苦茶だ!」

 パニックになる生徒たち。
 中にはパニックになる余裕すら無い者たちもいる。

 一方真央は、存外平気であった。
 というのも、真央は学校が好きなのを見れば分かる通り家庭環境が良くない。
 勇者相当の、とは言わないが、ある程度の待遇があるならばまあ良いか、とすら思っていた。

 ただ一方で、このような状況で果たして真央達にちゃんとした情報を与え、ちゃんと大事にする気があの悪寒を感じさせる相手にあるのか、という疑問はある。
 つまり、適当に使うか都合のいいように転がして、要らなくなったらポイ、とならないか、ということだ。

 誰もが狼狽える中、それを眺めるスールシャルのことを真央は観察した。

 その目にわずかに軽蔑か、侮蔑か。
 いずれにしろ後ろの神官ともども、「神の意思に従おうとしないことが有り得ない」、「神に選ばれておきながら、それを拒むとは何事か」と言わんばかりの表情をわずかにしているのが気になった。

 いまだパニックが収まらない中、一番に机を叩いてみんなを黙らせたのは美玖だった。

「みんな、ちょっと注目! 大輝!」
「うん」

 どうやら皆がパニックになる中、人気者三人組はちゃんとした話し合いをしていたいらしい。

「皆、ここで文句を言っても意味がない、のはわかると思う。……じゃあどうするか、って話だけど、俺は戦うしか無い、と思う。この世界の人たちが滅亡の危機にあるのは事実だと思う。ならそれを救うために召喚された俺達は、彼らを救うまで返してもらえないんじゃないか……逆に言えば、人間を救えば帰してくれるかもしれない。スールシャルさん、どうですか?」

 大輝の言葉に、少し考え込むフリをしながらスールシャルは答える。
 少なくとも真央にはそう見えた。

「そうですな。ダタイ様もお役目を果たせばお喜びになるでしょう」
「それなら良かった。それに、俺達には大きな力があるんですよね? さっきからちょっと力が溢れそうというか」
「机叩くときに加減しないと壊れるかと思ったわ」

 大輝の発言を美玖も補足する。

「ええ、そうですな。この世界のものと比べると数倍から多ければ数十倍、あるいはそれ以上の力を持っているかと」
「よし、なら大丈夫。俺は、戦ってみる。人間を救って、皆で家に帰れるように、俺が世界も皆もすくって見せる」

 ぎゅっと皆に見せるように拳を作ってそう宣言する大輝。
 だが、その拳もまたわずかに揺れていた。

 彼は正義感の強い人物ではあるが、無謀なことはしない。
 今回のこれも、あえて皆の前で選ぶしか無い道を選ぶことで、皆が混乱し立ち止まってしまうのを避けるためにやっているのだ。
 そしてその大輝の行動とカリスマに背中を押されて、他の生徒達も動き始めた。
 まさに大輝が希望を示して見せた、ということだ。

「へっ……確かにそうだな。やるしかねえなんら全力だ。俺も一緒にやるよ」
「嵐……」
「確かに、今のところそれしか無いもの……私もやるわ」
「美玖……」
「あ、えと、みんなが頑張るなら私も、な、なんて」
「灯……」

 彼の近くにいるメンバーが大輝に賛同する。
 後は当然の流れで、他のクラスメイト達も賛同していく。
 というよりここで反対して省かれた方がやばい、という、いい意味での集団心理が働いたのだろう。
 それほどに、大輝が作った流れは大きかった。

 結局、全員で戦争に参加することになった。
 真央の考えだが、おそらくクラスメイト達は、戦争を知らない子どもたちだ。
 かくいう真央も、戦争を知った気になっている子供でしかない。
  
 本当の意味で戦争をする、ということを理解している者も理解できる者も今はいないのだろう。

 そんなことを考えながら、真央はスールシャルを観察した。
 満足そうな笑みで頷いているスールシャル。

 しかし先程、大輝の問いに答えるときに、どっちの方がよりよい結果になるか、と考えながら回答を決めてはいなかっただろうか。

 更にそれ以前、事情を説明している間も、集団のリーダー格である三人組に視線を度々やって、彼らの反応をよく見ていたように思う。
 特に魔人族の冷酷さ、残虐な行動などについて語るときは誇張するかのように大きな身振りで語っていた。

 わかりやすいアジテーションである。

 やはり宗教系のトップに立つような人物は信頼が出来ない。
 真央は頭の中で、スールシャル、そして聖堂教会の神官たち、聖堂教会そのものを。注意すべき存在として記憶するのだった。

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