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職業魔王 プロローグ

「良いぜ。俺がなってやるよ。最強の魔王って奴に」

 手足すら見えない暗闇の中に浮かび上がる青白い紋章。
 余人では理解の出来ないはずのそれが、飯野真央にはどうしてだか理解することが出来た。

 この世界で、魔王に与えられる使命とその強制力。
 受け入れてしまえば、異世界人である真央ですらその使命に従わざるを得なくなる。

 そんな魔王として与えられるはずの力を。
 
 真央は握り砕き、そして放り捨てた。

「ただし。俺が思う、最高の魔王ってやつにな。神様とやらの傀儡には、なるつもりはない」

 日本人である自分が、ファンタジーの世界に召喚された理由。
 わけも分からぬ状況からわけもわからぬ特徴を与えられて、勇者になるはずのクラスメイトからはじき出された。

 その全ては、今、このときのために。

 紋章から引きずり出した魔王の力を味わいながら、飯野真央は、自分がここに至るまでの記憶を思い返していた。




******



 月曜日。学校。めんどくさい。

 これはきっと、誰もが思うことだ。
 一週間という長い戦いの始まりにして、次の休息を祈り始める始まりの日。

 だが飯野真央という少年にとっては、それは少しばかり違った。
 
 真央は、いつものように朝早くから学校に行き、とある場所を訪れる。

 教室棟とは別の建物の階段を駆け上がって三階部分。
 そっと開けた扉の向こうには、無数に並ぶ本が真央を待ち構えている。

 それは図書室。
 多くの物語、あるいは物語で無くとも文字を愛する真央にとっては溜まらない場所だった。

 早速金曜日に借りて帰った本を返却し、代わりに新しい本を限界冊数まで借りる。
 このままここで読書に勤しんでもいいが、真央は一度読書を始めてしまうとそれに熱中してしまう質の人間だ。
 
 下手にここで読書を始めてしまえば、朝礼に遅れるような事態になりかねない。
 というかそういう経験がすでに幾度もあるので、あえてここで本を読むのではなく、借り出した本を持って教室へ。
 これからの一週間を過ごす場所へと向かう。

 流石に冊数によって重たい本を小脇に抱えた真央は、なんとか片手と足で扉をこじ開ける。
 一瞬、教室の入口の真央にクラスメイト等の視線が集中するが、皆すぐに興味を失ったかのように友人たちとの会話へと戻っていく。

 それでも、真央が自分の机まで移動する道中の相手とは最低限の挨拶は交わす。

「飯野おはよう。今日も本重そうだな」
「おはよ。月曜の朝だから借りすぎちゃって」
「はよ、飯野。落とすなよ本」
「おはよ、山口。わかってるって」

 こうやって言葉を交わせる程度には、真央は社交的である。
 なんとなくその場にいる相手と会話する能力が高い、と言えばいいだろうか。

 そのため、普段から読書に没頭しているとはいえ、クラスメイトたちからやたらと疎まれたりハブられたりすることなく、いつもクラスの片隅に存在する人物、というありがたいようなありがたくないような立ち位置を確保していた。

 早速席についた真央は、一旦本を机の上に置いて提出物類をまとめて提出場所に並べると、改めて席につき、本腰を入れて読書を始める。

 今回読むのは、宇宙とロボットを舞台にしながらも、その重厚なストーリーの中で希望と可能性を描いた名作だ。
 実を言えば真央がこの本を読むのはもう十度目以上だが、大好きすぎて何度でも借りてしまうのである。

 没頭した真央が勢いよく最初の三十ページほどを読破したところで、脇腹をつんつんと突かれた。
 そちらに視線をやると、隣の席の神田涼介がこちらに何やら話しかけようとしている。

「おはよ神田。何?」
「おはよう飯野。いや、ほれ、お前の好きな人が来たから教えてやろうと思ってな?」

 そういって涼介は、教室の前方の入口から入ってきて、そのあたりで一緒に来た男子生徒や女子生徒と話している一人の少女を指差す。
 
 彼女の名前は|藤澤灯《ふじさわあかり》。
 学校一の美女という程ではないが、密かにファンがいる程度には可愛い女子生徒だ。
 ポニーテールにまとめた少し癖のある茶髪に、少し誰気味な瞳とどこか異国風の顔立ちが相まって得も言われぬ魅力を醸し出している。

 以前なにかの会話で、誰が可愛いか、クラスの女子ならば誰が好きか、という話題が出たときに、真央が名前を上げた人物である。

「そんなんじゃないって言ってるだろ」

 と言っても、懸想をしているという程のものでもない。
 ただそんな話題が上がって誰かを上げざるを得なくなったので、上げた程度。
 可愛いと思っているが、では付き合いたいかと言われるとそういうわけではない、程度。

 そんな人物だ。 

 その赤城灯と一緒にいる他の人物達が、クラスの中心的人物達だ。
 そんな人物達が、まとめて真央の方へと歩いていく──

 というわけではなく、席の配置の都合上そうなっているだけだ。

「おはよう、藤澤さん」
「おはよう、飯野くん」

 ちなみに当の灯と真央は何の因果か今の席配置では隣同士となっている。
 おかげで会話がそれなりにあったり、授業でペアになったりするのが真央のひそかな楽しみだったりする。
 なお繰り返すが、真央に自覚しているレベルでの恋愛感情はない。

「おはよう飯野君、朝から熱心ね」
「おはよう飯野。今日も凄いな」
「おーす。そんな本読んでると頭いたくなってこね?」

 続けざまに挨拶をしてくるのが、普段灯といっしょにいることが多いクラスの中心人物達。
 彼らと一緒にいる灯がそのまま真央に挨拶をしてくるので、自然と挨拶程度の会話をするようになった相手達だ。

 一人めは、三人の中で唯一の女子生徒である八条寺美玖。
 灯の親友である。
 三人の人気者たちと比べると幾分おとなしめな灯を、人気者グループに引き込んでいる張本人と言い換える事もできる。
 肩のあたりまでつややかな黒髪を真っすぐ伸ばしており、少しばかり鋭い視線をしているもののその表情は優しげだ。
 彼女いわく目付きの悪さがコンプレックスらしいが、他の女子や男子からはかっこいいということで人気だ。

 百七十三センチ程と、バスケ部でもある真央よりもわずかに高い慎重に、実家で学んだ剣術、古武術などで引き締まった体は凛とした雰囲気を常に纏っており、優しげな表情でも中和しきれず少しばかり近寄り難くなってしまっている。

 部活や実家でもやっている剣道では小学生の頃から負け無しと言われており、その美貌も相まって雑誌からの取材も絶えないと噂である。
 実際ファンも多いらしく、後輩の女子から(男子ではなく)ファンレターを渡されたり、『お姉様』と呼ばれて慕われてはなんとかや得させようとしている姿がよく目撃されている。

 次に二人目が神川大輝。
 いかにも勇者っぽいキラキラネームをしている彼だが、その実は真面目そのものの努力の人だ、というのを知っている人は少なくない。

 容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能と完璧超人に思えるが、容姿はともかくとして他の二つは、他のクラスメイトたちが騒いでいる昼休みに授業の復習をしていたり、部活に練習に誰よりも全力で打ち込んだりと己の努力で獲得したものである。
 ただその分ときに真面目が過ぎて、クラスの不真面目な生徒に嫌な思いをさせたり衝突したりしている。
 なお大輝の側には真面目に向き合っているつもりなのでダメージはない。

 その容姿は世間のイメージする爽やかイケメンそのもので、短くまとめた茶髪と優しげな瞳、そして爽やかな笑顔はよく女子を引き付ける。
 体格についても百八十センチメートル近い高身長があり、それを部活や習い事で引き締めているので、非常に見栄えのするスタイルをしている。

 なお彼のしている習い事というのが、美玖の実家がやっている八条寺剣術道場で、美玖と同じくその実力は全国クラスである。
 美玖との出会いはその剣術道場であり、以降、小学、中学、高校と同じ学校に進学している。
 彼に惚れている女子生徒は多いものの、どうやら美玖と相思相愛らしく、流石にそこに割り込もうという猛者はいないらしい。

 と思えば、月に二回ほど呼び出しを受けて告白されているそうだから相当のモテ男である。

 最後に少し粗暴な言動の男子生徒は井上嵐といい、大輝の親友だ。
 短く刈り上げた髪に、爽やか系な大輝とは違った鋭さと陽気さが混じったような格好いい顔つきをしており、こちらもまた大輝とは違う層にだが女子に人気である。

 百八十センチメートル後半の慎重に、引き締まった大輝とは違って肥大した筋肉を持つ嵐は、その体格をいかして柔道をやっており、こちらもまた全国クラスの実力者である。
 ただその体格に反さずにいくらか脳筋な部分があり、勉強で困っては大輝に助けてもらっている姿がよく見受けられる。

 彼自身は見た目に反さず、努力、熱血、根性、と三拍子揃って大好きだが、何もそれはスポーツに限った話ではなく、読書にしろ勉強にしろ真面目に取り組んでいる人物を好むので、読書と部活動のバスケットボールに全力で取り組んでいる真央とは自然と仲が良い。

「おはようさん、八条寺さん、神川、井上。前から言ってるけど全員連続で来ると挨拶返すの大変なんだぞ」

 真央のその言葉に、それをもう幾度も言われている美玖が苦笑をこぼし、大輝が声を出して笑う。

「ははは、話すときは自然と三人でいるときになるから、そこは仕方ないさ。別に全員分名前を呼ばなくても良いんだぞ?」
「ん、じゃあこれからはそうするよ」
「じゃ、俺は席についてるぜ」

 二人が話していると、挨拶だけする予定であった井上が真っ先に席へと移動していく。

「じゃあ俺も行くよ。またなにか本紹介してくれよ」
「あいあい。じゃあの」
「それじゃ、灯も。また後でね」
「うん、あとでね美玖ちゃん」

 それに続く形で大輝と美玖も後方にある自分の席へと移動していく。
 後に遺された真央は、読書を開始しようとして、隣からの視線に気づく。
 
 そちらに視線を向けると、灯が真央の机に積まれた本をじーっと見つめていた。

「あー、藤澤さん?」
「あ、ひゃい!?」

 急に声をかけられてびっくりしたのか、灯の口から可愛らしい声が出る。
 それが恥ずかしかったのか、灯は口元を抑えて恨みがましげな目で真央を睨みつけた。
 といっても目つきが元々優しいのでせいぜい見つめた程度にしか真央は感じなかったが。

「ごめんごめん。けど、ずっと本見てたから」

 真央がそう言うと、何をしていたのか思い出した灯が口元から手を離して答える。

「あ、うん。今度はどんな本かなと思って……」

 その灯の言葉に真央は苦笑する。
 自慢ではないが、真央の読書量は非常に多い。
 そのため毎日違う本を持っており、それを見た灯は読書に興味を持ち、ときに真央から本を勧められたりしているのだが。

「今日のはおすすめし辛いというか……」
「そうなの?」

 首を傾げる灯に真央は自分が読んでいる本を勧めづらい理由を説明する。

「これはロボットとか戦争の話なんだよね。藤澤さん、もっと明るい話とか恋愛のが好きでしょ?」
「ロボットと戦争かあ。確かにそれは読んだことないかも。でも別に嫌いじゃないよ?」

 そう言ってもらえるのはありがたいのだが、灯にこの本を勧められない理由は他にも存在するのだ。

「この小説、元々アニメがいくつかあってその続編になってるのよ。だからいきなり読んでもわかりづらいかもしれん。もしSF、ああ、ロボットとか宇宙のジャンルに興味があるなら、今度選んできておすすめするけど、どうする?」
「む、難しそうだけど、お願いします」
「お願いされました」

 二人がそんな話をしているうちに、始業のチャイムが鳴り、教師が教室に入ってきた。

「はーい、みんな席ついてー」

 高校生である真央達とそう年齢が違いそうになり教師が連絡事項を伝え始める。

 直後。

 教室の床全体になにかの模様が広がる。
 教師の話を聞き流しながら机の下で読書を続けていた真央は、それにいち早く気づいた。

 とはいえ他の生徒達が気づくまでにラグはさほどなく、すぐにいくつも椅子が引かれ机がガタつく音が響く。

「何、これ……?」

 そう呻くように言ったのは誰だったか。

「皆気をつけて!」
「皆気をつけろ!」

 そう続けざまに言ったのは、有事への対応に最も慣れているといえる美玖と大輝だった。
 その言葉に、全員が足元の図形を中止する。

 足元に輝くそれは、個人の足元にシロがる小規模な円環と幾何学図形と、教室全体を埋める巨大な円環と幾何学文様で構成された複雑な図形に見える。
 皆がそれぞれに足元に広がる図形を金縛りにあったかのように見ていると、やがてその図形──俗に言う魔法陣と言われる類のそれが、光度を増していった。

「皆! 教室の外に出──!」

 教卓に立つ教師がそう叫ぼうとしたのと、魔法陣の輝きが目も開けられない程に激しくなったのは、同時だった。

 そして数秒後。
 光によって真っ白に塗りつぶされた空間が再び教室へと戻る頃には、そこには誰も、残っていなかった。

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