あまり自分の死について考えたことはないね。
デスゲーム小説とそのリレー小説で死自体はまあいっぱいいっぱい書いたけど。
だって流石に死ばっかりは死んでみないと分からないからな。
いまのところ、シュタインズ・ゲートみたいに世界が自己の行動によってどんどこ分岐するとして、自分は死なない世界の方へ知らないうちに常に流されている、というのが実感かな。
死ぬ結果や死の考えに陥る自分が常に平行分岐してるんだけど、死の結果にならない世界の方に主観が最終的に移っているみたいな。
だから実はもうおれのいない世界もいっぱいあるけど、ここにいる今の自分はあんまり死について考えたこともないし、最終的に全分岐で詰みになる(そんなことあんのか?)まで生き残り続けるみたいなね。
まあ何もせずにX(旧Twitter)見てるだけでもまあまあ楽しいし、目だけでなく手と頭を動かせば娯楽が無限にあって消化しきれない世の中ですし、全然まだ生けるね。
文明レベル的に怪しい気もするけど、このマインドで過ごしてればなんとかどうにか肉体的寿命が解決された世界まで辿り着けへんかなという打算もある。さすがにそれは無理かなあ。なんとかお願いしますよ。
ともあれ、おれと同じ世界に残ってる参加者のみんな、これからもよろしくね。