第1話
俺はアプリ開発者だ。
だが、プログラムのソースコードはここ何年も書いてない。
アイデアを出して終わり。
まあ、俗に言うプランナーだな。
だったのだが。
困った事が起こった。
執務室らしき部屋。
目の前に転がる死体。
俺の腹にも剣が刺さっている。
物凄く痛いんだが。
中世の兵士みたいな恰好の奴が、薬を持って来た。
舐めればいいらしい。
剣を抜かれた瞬間に舐める。
おおっ、傷一つない。
どうやらここは異世界のようだ。
俺の中に俺でない知識がある。
俺はラッカーと言う名前で王太子らしい。
しかも、暴君。
転生したらしい。
前世の記憶が、いま甦ったという事みたいだ。
今世の俺が殺した人間は数知れず。
良い奴もいれば、悪い奴もいる。
見境なしだ。
そのあげくが今の状況。
馬鹿なのか。
悪い奴は殺してもいいが、善人は活かして懐柔するなりなんなりしろよ。
兵士の中にも目つきの怪しい奴がいる。
俺の事を殺したいようだ。
「俺は休む。後片付けをしとけ」
そう言って部屋を出る。
ひやひやものだ。
兵士全員が襲い掛かってきたら、死ぬような気がする。
部屋に戻るとメイドがいた。
やっぱり、殺したいという目つきで、睨んでいるのが何人かいる。
記憶によればメイドの何人かを殺している。
メイドに対して18禁の行為も色々とやっている。
本当に見境ないな。
とりあえず風呂だ。
血の付いた服は勘弁してほしい。
「風呂に入る。準備しろ」
「はい、ただいま」
メイドの声に緊張が混ざる。
風呂に入る時、メイドを全裸にして色々やったからな。
俺はそんな事しないよ。
常々思っている事がある。
それはギブアンドテイクだって事だ。
アプリを与えて金をとる。
それが前世の仕事だ。
与えるギブに見合ったテイクの金。
ギブが少なければテイクも少ない。
いいアプリなら金が沢山とれる。
与える物が大きいからな。
風呂の準備をしたメイドに金貨を一枚投げる。
「取っておけ。報酬だ」
「はい」
返事に怯えの色がある。
前が前だからな。
仕方ない。
風呂で体を洗ってもらい、タオルで拭かれる。
バスローブを着せてもらい、お世話してくれたメイドには金貨を渡した。
「世の中、ギブアンドテイクだ。忘れるな」
「はい」
メイドの声に今度は怯えがない。
さてと、俺の今世の奴がやった事は仕方ない。
俺はそれについては反省はしない。
俺じゃないからな。
そう思わないとやっていけない。
俺は鏡を見た。
太った豚みたいな男が映っている。
これが俺かよ。
ダイエットしないと不味いな。
髪型もださい。
何で横ロールが左右に付いているんだ。
ああ、後ろにもロールは付いていた。
もっとスッキリしようぜ。
まあ、ダイエットと散髪は追々だな。
「誰をお呼びしますか?」
メイドに尋ねられた。
何を聞かれたかは分かる。
記憶を覗いたからな。
|伽《とぎ》のいわゆるエッチの相手を勤める人間の事だな。
「最上級の娼婦を呼んだとして、いくら払えば良いと思う?」
「高級娼婦でございますか。兵士の話では最低でも金貨100枚とか」
|伽《とぎ》にきた女にそれだけ払うのは勿体ないな。
ギブアンドテイクが釣り合っていない。
かといって少ない金額を払うのは違う。
|伽《とぎ》の相手は美女揃いだからな。
高級娼婦に劣らない。
「|伽《とぎ》は要らない」
そう言った途端、メイド達が怯えた。
メイドの中から選ぶと思っているのだろう。
そんな事はしない。
精神的苦痛を計算したら、金貨100枚でも足りないと思うからだ。
ギブアンドテイクは公平でないとな。
それに俺は精神的な安らぎが欲しい。
隙があれば殺そうなどと考える女はお断りだ。
伴侶にしたい女なら、いくら払っても惜しくないんだがな。
「寝る。一人にしておいてくれ」
「はい」
メイド達が出て行ったので一安心だ。
俺の転生の事がばれたら危険だ。
中身が違うともなれば、ろくな事にならないだろう。
打開策を考えないと。
第2話
記憶から魔法の使い方を取り出す。
イメージして魔力を込めて詠唱すれば良い。
簡単だな。
記憶によれば、俺は魔力が多い方なのだそうだ。
やってみるか。
「【光よ灯れ】。おい出来ないじゃないか」
記憶の方法そのままにやったのだぞ。
光を出す呪文はなんでも良い。
【光】だけでもいいし、【まばゆい光あれ】なんてのでも良い。
【灯り】でもいいし、【栄光の光よ来い】なんて寒い台詞でもいける。
とにかく光を表してる呪文ならば、オッケーだ。
法則はあるんだが、それは今は置いておく。
異世界人の記憶を持っていると駄目とか、そんなオチじゃないだろうな。
このままだと、王太子を廃嫡される。
それは別に良いんだが、問題は敵が一斉に攻撃してくるって事だ。
ラッカー王子は敵が多い。
自業自得とも言えるが、俺の責任じゃない。
俺の信念のギブアンドテイクに反している。
俺は王太子としての恩恵を殺されるほど受けてないからだ。
釣り合わないのは腹が立つ。
愚痴を言っても仕方ない。
残された時間は少ない。
廃嫡されないようにするか、無難にフェードアウトするしかない。
できればフェードアウトしたい。
王の激務に見合うギブアンドテイクは望めないからな。
ラッカー王子はクズなのに、なんで王太子になれたかと言うと、特殊な魔法が使えたからだ。
それは税金魔法。
他人の財産を無理やり魔法でむしり取ってしまうのだ。
つまり財力で周囲を黙らせたりしてたわけだ。
そりゃあ、競争相手も凄腕の暗殺者には敵わない。
やつらプロだから、お金さえ積まれれば、誰でも殺す。
結局のところ金の切れ目が縁の切れ目って事だ。
今のままでいくと私兵に払う給料もままならなくなる。
転落待った無しだ。
とりあえず王が廃嫡しないように、思考を誘導しないといけない。
無理でもやらないと命が危ない
王太子の記憶は引き出せている。
その中に打開策はない。
勉強なんかろくにしてない奴だったからだ。
こういう時はなんでもいいから知識だ。
俺は起き上がると本棚を見た。
全部読むわけにはいかない。
明日になるまでに、打開策が見つからないとジエンドになる。
王に絶対、呼ばれるからだ。
背表紙を見て、使えるか判断する。
『骨董品一覧』駄目だ。
財産を売り払ったなんて知られたら、落ち目だと思われる。
『帳簿の見方』駄目だな。
帳簿をチェックする時間もなければ、粗が見つかっても、俺の金になるとは限らない。
『魔王タイトの魔法手引書』何だこれは!?
日本語で書いてあるぞ。
中を見ると異世界語で『これは写本です。意味の分からない言葉で書いてありますが、原本がそうなっているのです。魔法で写したから、写し間違えはありません』と書いてあった。
最後のページをめくると、『解読出来た方は下記までご連絡下さい』とある。
俺みたいに転生した奴がいるんだな。
魔王タイトといえば、500年前の居たのか分からない人物だ。
居たんだろうな。
本があるぐらいだから。
中身を見ると魔法の呪文がC言語で書いてある。
呪文はその人が知る言葉なら何でも良いらしい。
これは王太子の記憶とも一致してる。
確かに俺はプログラムを知っている。
C言語は古臭いが、基本だから分かるし、プログラムも組める。
これなら俺にも魔法が使えるかも知れない。
『void main(void) { fireball(); }』なる呪文が載っていた。
唱えてみる。
駄目だ。
無詠唱もやってみたが、うんともすんとも言わない。
くそう駄目か。
読み進めると魔法は召喚魔法だと書いてある。
確かに税金魔法なんてその|最《さい》たるものだ。
片っ端から魔法を試してみるか。
俺はこの本に賭ける事にした。
魔力をチェックする魔法が載っていた。
無詠唱したところ、魔力量が分かった。
最大魔力は9273。
今の魔力は4246。
魔力量とかは別にいい
問題は何で魔法が使えたかという事だ。
片っ端から試す作業に戻る。
色々試して、通信魔法のページになった。
普通に繋がった。
なんとなく共通点が分かった。
召喚が出来ないんだ。
光とかもエネルギーを召喚している。
だが、魔力チェックは魔力を使って魂を調べているだけだ。
通信魔法は魔力を送って通信している。
俺の使えない魔法の種類が判ったが、問題の解決には程遠い。
税金魔法が使えないんじゃ、権力維持ができない。
他に使えるのは魔道具作りだな。
魔石に魔力でイメージと呪文を書き込む。
魔道具を作って金策するか。
プログラム魔法は物凄く効率が良いらしい。
その理由も書いてあった。
あやふやさが無いからだと。
呪文の法則は、説明が沢山してあると呪文の魔力効率が良くなる。
短くて説明が適切な物がいいわけだ。
これの究極とも言えるのがプログラム魔法ってわけだ。
なにしろ『{』の1記号で始まりを示しているわけだからな。
それも場所でメイン、サブ、ループなどを区別している。
意味がぎゅっと詰まってて、あやふやさがない。
魔法呪文とプログラム言語は相性がばっちりという訳だ。
数百万から数万倍の効率らしい。
俺がプログラム魔法で、魔道具を作れば日産で数万はいける。
これだな。
これしかない。
第3話
さて、方針は決まった。
だが、俺はアプリ開発者。
普通に作ったのでは面白くない。
魔道具はただで供給してやろう。
ただし、一回使用する毎にお金をもらう。
使用料だ。
extern int mclose(MAGIC *mp); /*externは外部参照 この行で関数を定義している*/
extern int tax_collection(int money);
extern MAGIC *water_make(float mana);
void main(void) /*主関数 前にあるvoidは出力 括弧の中は入力 voidは無しって意味*/
{ /*主関数始まり*/
MAGIC *mp; /*主関数始まり*/
if(tax_collection(1)==1){ /*税金徴収、銅貨1枚 金が無ければ、何も起こらない*/
mp=water_make(0.00005); /*水生成、約8リットル*/
mclose(mp); /*魔法終わり処理*/
} /*分岐終わり*/
} /*主関数終わり*/
この魔道具を作った。
呼び鈴を鳴らす。
真っ青な顔をしたメイドがやってきた。
「銅貨は持っているか」
「全部、差し上げますので、なにとぞご容赦を」
「良いんだ出さなくても。ほら仕事の前払いだ」
俺は金貨1枚を渡した。
「この魔道具を使ってみてくれ」
「はい」
まだ、メイドの顔は暗い。
魔道具を使ったら、爆発でもするんじゃないかと思っているらしい。
メイドがおっかなびっくり魔道具を使う。
メイドのそばに水が落ちて、俺のそばには銅貨1枚が落ちた。
ふっ、チョロいぜ。
チョロいよ異世界。
魔道具を使うメイドは召喚魔法の|枷《かせ》が存在しないようだ。
俺じゃないからな。
俺のイメージで魔道具は動くが、使っているのはメイドだ。
だからだな。
税金徴収は俺が作った魔道具でないと発動しない。
他の人間が魔道具を作ったのでは駄目だ。
その理由も魔法手引書に書かれている。
魔法のイメージは経験から来ているらしい。
この王太子は人の物を分捕る事が好きだったようだ。
だから、税金魔法が使えた。
魔法の原則として他人の魔力が染み込んだ物は干渉できない。
他人の持ち物や体には魔力で影響を及ぼせないのだ。
攻撃魔法は召喚された物体が放つエネルギーは魔力と関係ないとなっている。
その他にも例外はあるが、そうなっている。
このクズ王太子は他人の物を奪うのが日常だったので、限界突破してこの魔法法則を無視できるようになった。
ただし、|金《かね》に限る。
「すぐに水を拭くので、殺さないで。何なら床に這いつくばって舐めます」
成功した嬉しさのあまりメイドの存在を忘れてた。
「水はどうでも良い。これから聞く事を良く聞けよ」
「はい」
「手に持っている魔道具は、使うたびに銅貨1枚が徴収される。これから俺は魔道具を量産するから、配る時にそれを説明しろ。忘れるな」
「はい」
「よし、金貨1枚やるから、それで買えるだけの最下級魔石を買ってこい」
「はい」
金貨を渡すとメイドがいなくなったので、俺は床をタオルで拭き始めた。
ふう、しんど。
太ってるからこんな運動でも疲れる。
魔法について読むと、普通の平民の魔力は100で、工夫無しだと10魔力で20ミリリットルの水しか出せない。
工夫しまっくっても1魔力で20ミリリットルが限界だ。
ところがプログラム呪文では0.0000001魔力で同じだけの水が出せる。
どんだけ少なくていいのかよって事だ。
さっき作った魔道具はとっても使える。
一回の使用に銅貨1枚要るとしてもだ。
同じ量の水を出そうとすれば、普通の人は工夫しても400魔力必要だ。
この魔道具を使わないわけがない。
銅貨1枚分のギブアンドテイクはある。
俺は少し休んで待つ事にした。
やがてメイドが息を切らして戻って来た。
最下級の魔石の値段は銅貨5枚ほど。
銅貨100枚で銀貨1枚。
銀貨100枚で金貨1枚なので、金貨1枚で最下級の魔石は2000個買える計算だ。
メイドの持った袋を開けると確かにそれぐらいある。
「ふははっ、勝ったな。俺の勝ちだ。ほら、チップだ」
俺は金貨1枚をメイドに渡した。
そして魔道具の量産を始めた。
出来上がるそばからメイドに渡して無料で渡して来いと送り出した。
もちろん使用料の話はしてだ。
俺の周りに銅貨が絶え間なく落ちる様になる。
ふっ、うるさいが、そんなのは絨毯でも引きゃあ良い。
俺はメイドを呼んだ。
「御用でしょうか。税金魔法が形を変えた。金が年がら年中、落ちるようになった。交代で拾え。拾った金の5分は拾った奴の物だ。他のメイドにも徹底させろ」
「はい」
俺は寝る事にした。
線路の近くの会社で椅子に寝た事もある。
銅貨の落ちる音なんざ可愛い物だ。
俺は安心してぐっすり寝入った。
第4話
朝か、起きたらアパートというわけではなかった。
天蓋付きのベッドだな。
メイドが一人控えている。
チャリンと銅貨が落ちる。
すぐにメイドが拾って袋に入れた。
メイドの|脅《おび》えの色が少し緩和されたようだ。
俺が殺されなければ問題はない。
まあ、予防策も講じていたしな。
それは、これだ。
#include <stdio.h>
#include <stdlib.h>
void main(void)
{
while(1){ /*無限ループ*/
system("copy スチソノイス.bbak スチソノイス.body"); /*俺の体を治す*/
}
}
『スチソノイス』は俺の神秘魔法名だ。
この世界の人間は魂と体で構成されているらしい。
体のバックアップを取っておいてコピーする。
常時これをやると、即死でない限り復活する。
この魔道具があるから安心して眠れた。
ちなみにバックアップはこうだ。
#include <stdio.h>
#include <stdlib.h>
void main(void)
{
system("copy スチソノイス.body スチソノイス.bbak"); /*俺の体のバックアップを取る*/
system("copy スチソノイス.soul スチソノイス.sbak"); /*俺の魂のバックアップを取る*/
}
一回、実行すれば事足りる。
ダイエットの事もあるから、毎日バックアップは取ろうと思う。
この呪文は召喚能力が要らないから、俺にも魔法として行使できる。
朝食がベッドに運ばれる。
パンが10個と山盛りの肉。
それと果物が10個。
こんなに食えん。
量もだが、内容も酷い。
野菜と鶏肉を食えっていうんだ。
内容は徐々に変えていこう。
「食事は今の4分の1でいい。木刀を探して来い」
「はい」
メイドが交代する。
こんなに太ってたら腹筋も腕立ても駄目だな。
木刀で素振りぐらいが、ちょうどいい。
それにウォーキングだな。
ウォーキングには別の意味もある。
金が落ちる様を見せて印象づけるのだ。
「歩くのでついて来い」
着替えさせられたので、ウォーキングに出発だ。
10分も歩いたら息が上がったぞ。
どんだけだよ。
「殿下、陛下がお呼びです」
メイドが俺を探しに来た。
いよいよ来たか。
俺は身だしなみを整えさせてから、王様の謁見室に行った。
「父上、お呼びですか?」
「うむ、刺客に襲われたそうだな。妙な噂も出ている。税金魔法が使えなくなったと聞いた。そうだな大臣」
「はい」
「そうですね。使えないといえば使えないです」
銅貨が落ちる。
銅貨に部屋にいる皆の視線が集まった。
「とまあこんな具合に意識しないでも発動してしまうのです。原因は分からないですが」
「呪いではないですかな」
大臣の1人がそう言った。
「もしそうなら、王太子の資格に疑問ありですぞ」
他の大臣がそう言った。
「感覚では、今は銅貨1枚ですが。いずれは銀貨が。もしかしたら金貨が、絶え間なく落ちてくるようになるでしょう」
俺はそう意見を述べた。
「そうか凄いではないか」
そう王様が感心したように言った。
「騙されてはいけません。実の息子だからと私情で判断するべきではないですな」
と大臣。
「何なら、嘘判別の魔道具を使われても良いですよ」
「王子がそう言うなら、使ってみよう。皆も良いかな?」
「仕方ありませんな」
王様の言葉に、しぶしぶ承諾する大臣達。
嘘判別の魔道具が運ばれてきた。
これは国宝で、もう作れない。
俺は魔王の手引書を読んだから作れるけどね。
そのうちこれも作って使用料を取ってやろう。
「では使います。金貨が絶え間なく落ちてくるようになりますか? こんなの嘘だ!!」
「何が嘘なんだ? 陛下ご本人に魔道具を使わせるつもりか! しゃきっと答えないと首を刎ねるぞ!」
「質問の答えは本当です。金貨が絶え間なく落ちてくると王子は信じています」
「では、銅貨の音で陛下を煩わせるのも心苦しいので、失礼致したいと思うのですが」
「うむ、下がってよいぞ」
一礼してから、その場をお|暇《いとま》した。
とりあえずは延命出来たな。
さっきの雰囲気では無難にフェードアウトは難しそうだ。
大臣の奴らは腹が立つな。
いずれ不正を調べて、黒が出た奴は首を刎ねてやろう。
俺の命を脅かしたというギブを俺に与えたのだからな。
やつらには命を取ると言うテイクを与えよう。
それが釣り合いという物だ。
そして、俺の味方の大臣で固めるんだ。
そうすればフェードアウトも容易い。
※ここまで書きましたがボツにしました。