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『美しかった輝くあの頃に戻してくれ』

砕け散った鏡の中心で、レンは血の滴る拳を見つめていた。
人々が求めていたのは、物理的な顔ではない。失われた魂の輝きなのだ。
その真理に、一瞬だけ手が届いたはずだった。だが、あまりに抽象的なその答えは、プレッシャーに押し潰されそうな彼にとって、何の救いにもならなかった。

床に散らばった無数の破片が、無数の歪んだレンを映し出す。ある破片では鼻が低く見え、ある破片では目が垂れ下がって見える。その一つ一つが、世間の声のように彼を責め立てた。

「劣化した」
「オーラがない」
「あの頃の顔に戻してくれ」

そうだ、戻すんだ。顔を。
抽象的な「輝き」などではない。もっと具体的で、確実な方法で。あの頃の顔に物理的に戻しさえすれば、失われたものはすべて、人気も、賞賛も、自信も、すべて取り戻せるに違いない。
その歪んだ確信は、絶望の淵にいた彼にとって、唯一の光のように思えた。

レンは密かにある美容クリニックのドアを叩いた。個室に通され、穏やかな笑みを浮かべた医師に向き合うと、彼はカバンから一枚の写真を取り出した。
映画『蒼の囁き』で世界を魅了した、18歳の自分の顔。

「この顔にしてください」

医師は写真とレンの顔を交互に見比べ、困惑した。「レンさん、あなたの顔は今でも完璧です。どこを治すというのですか?」

「違います」レンは食い気味に否定した。「よく見てください。この頃に比べて、目元が僅かに窪んでいる。鼻筋も、もっと鋭かったはずだ。この顔に戻りたいんです。この顔に戻らなければ、俺は…」

その狂気じみた眼差しに、医師は何かを察した。プロとして止めるべきだと頭では分かっていながらも、彼のあまりの必死さに、最終的には頷いてしまった。

最初の施術は、些細なものだった。目元にハリを持たせるための注入治療。鼻筋をミリ単位で整えるための処置。ダウンタイムが明け、鏡に映る自分を見たレンは、高揚感に包まれた。

「そうだ…近づいている。あの頃の俺に」

彼は一時的な安堵を得た。だが、世界は変わらなかった。SNSの評価も、業界の風当たりも、何も変わらない。人気が戻る兆しはどこにもなかった。

「まだだ…まだ足りないんだ」

彼の渇望は、麻薬のように彼を蝕んでいった。
一箇所のクリニックでは飽き足らず、彼はより過激な施術を求めるようになった。頬骨を僅かに削り、顎のラインをシャープにする。唇に厚みを出し、完璧なアーチを描かせる。

自宅の壁は、いつしか『蒼の囁き』の頃のポスターや写真で埋め尽くされていた。毎朝、その完璧な「偶像」と鏡の中の自分を見比べ、次の修正箇所を探すのが日課になった。

「レン、もうやめろ! お前の顔は、もうお前の顔じゃない!」
マネージャーは涙ながらに訴えた。だが、レンの耳には届かない。
「分かってないな! これは投資なんだ! あの顔に戻れば、人気も戻る。すべてが元通りになるんだよ!」

彼の顔は、徐々に人間的な温かみを失っていった。完璧なパーツが、完璧な配置で並んでいる。だが、それはまるで精巧に作られたマネキンのようだった。感情が抜け落ち、表情筋は不自然に強張り、かつて人々を魅了した瞳の揺らめきは、どこにもなかった。

そして、運命の日がやってくる。
久しぶりに主演する映画の記者会見。多くのフラッシュが焚かれる中、レンがステージに姿を現した瞬間、会場の空気が凍りついた。

どよめきが、波のように広がる。
そこにいたのは、誰もが知る美少年レンではなかった。
陶器のように滑らかだが、表情のない肌。鋭すぎる鼻梁。不自然に整った目元。完璧なはずのパーツが組み合わさって生まれた、異様な「何か」。

ネットは、瞬く間に炎で包まれた。
『悲報・美少年レン、整形失敗』
『サイボーグ化』
『もはや別人』
『俺たちの愛したレンを返せ』

「なぜだ…?」

帰りの車の中で、レンは震える手でスマートフォンを握りしめていた。
なぜだ。完璧にしたはずなのに。あの頃の顔に、限りなく近づけたはずなのに。なぜ誰も賞賛しない? なぜ、化け物を見るような目で俺を見るんだ?

彼は勘違いしていたのだ。致命的なまでに。
人々が愛したのは、神が気まぐれに作り上げた奇跡の造形美であって、人がメスで作り上げた人工的な完璧さではなかった。そして何より、彼らが本当に焦がれていたのは、顔の奥にあった、未完成で、危うくて、しかし純粋な魂の輝きだったのだ。

自室に閉じこもり、レンは鏡の前に立った。
そこに映っているのは、見ず知らずの男だった。
壁一面に貼られた18歳の自分が、無垢な笑顔でこちらを見ている。その笑顔が、今の彼をあざ笑っているように見えた。

「戻してくれ…」

掠れた声が、虚しく響く。
整形前の、自分の顔に。
失われた人気に。輝きに。
もう、どこにも戻れない。

レンは鏡に映る「化け物」の頬に、そっと手を触れた。冷たく、硬い感触。それは、もう彼の顔ではなかった。

「戻してくれえええぇぇぇっ!」

絶望的な叫びが、完璧な偶像たちに囲まれた部屋に吸い込まれていった。
あの頃の顔に戻せば、人気も戻る。
そう信じて繰り返した果てに、彼は顔も、人気も、そして自分自身さえも、すべて失ってしまった。


整形モンスターに変わり果てた悲劇。
物語の一編に

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