第34話 苦闘

 その剣のようなものは、人間を学習するための延長なのか、あくまで人の形状で模しており、その姿であり続けた。ただし、人型とはいっても手や足などは、その先端は全てが刃であり、液体や流体のように形を変え襲い掛かってくる。

 その手は数メートル延びたかと思うと、軌道を変え刃へと変形する。その刃はそのまま一直線にシンの身体を貫こうとする。


 ――ガイン!


 シンも右手に持っている一本の剣の形状をリアルタイムに変形させることでそのAIの攻撃を辛うじて防いではいた。それは、敵の斬撃が来るたび、七支刀や金属ネットの形状を変え、防戦へと移行していく。


 社長たちや捕らわれている人々を巻き込まぬよう、ギルドや街から徐々に離れるように、街の郊外へと下がっていく。


 ――ガイン!


 右手に手に持っている剣が弾かれ、飛ばされた。

「くっ、手が……!」


「ほらほら、早く次の攻撃を防がないと永久に捕縛することになってしまうぞ」


 続けざまに左手のポケットから小さな鉄球を取り出すと、再び一本の剣へと変えた。

 そうして剣を召喚しては弾かれ飛ばされる。こんなことを繰り返していても埒はあかない。


 でも時間は稼げたのであろうか……、左手のコンソールをちらりと見る。

 しかしまだ、戦闘開始してから3分程度しか経過していない。


「よそ見をしていると、防御が疎かになってしまいますよ」


 ――ガイン!


 喋りながもAIの繰り出す金属の触手は、攻撃を止めることがない。


「防戦だけとはつまらぬな、攻撃をしてきても良いのだぞ」


 そういって挑発してくるが、攻撃が雨のように降ってきては止むようなことはない。


 次第に攻撃は激しさを増し、防御仕切れなくなると、衣類が切り裂かれていく――


 ステータスはロックされているはずなのに、切り裂かれると痛覚だけはあった。

 切り裂かれた部位は空気に触れるとピリピリと痛みを発する、そして傷口からは血は一切流れぬがその赤くなった傷口はうっすら開き、その切り裂かれた部位の痛みだけがジワジワと全身へと広がっていく。


「ぐ、ぐっ……ぎっ……」

 苦悶の表情で痛みに耐えるシン。


「ほう……、いくら死ななくとも、痛覚だけはあるようだな。ボロ雑巾のようになったら、どれほどの痛みに襲われるのか楽しみだな」


 そういうと、AIの武器はしなやかな鞭へと変化した。だが、ただの鞭ではなかった。表面には幾つもの返しが付いておりヤスリのように対象の表面を削り取るのだ。


 ――ブォン……ジャイン!


 変形された金属ネットは鞭に引っかかると弾き飛ばされた。

 すかさず右手のポケットから小さな鉄球を取り出し、滑らかな盾へと変化させた。


 ――ブォン……ジャイン!

 鞭を盾で防ごうとするが、その盾が一撃で5mmほどえぐれる。

 3~4発食らうと、盾はその機能を辞めバラバラになった。


「く、これでも防ぎきれないか……」


 左手で大きめのタワーシールドを召喚し、次に重量設定値を0にして装着した。


「これならある程度動けるはず……」


 そう思うもつかの間、その大きなタワーシールドは逆に自身の視界を遮ることとなり、左からくるその鞭は地面から盾に向かって放ったように、シールドの上から越境してくると、シンの肩の肉をえぐり取った。


「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」


 絶叫するシン。思わず大きく下がり、えぐれた左肩を押さえた。反射的に身を引いたからであろうか、それほど深くはえぐれていないが、皮膚は削り取られ、肉の表面が露わになり、痺れるような痛みは続く。本来ならば脂汗が垂れてくるのであろうが、そういうこともなかった。


 そして、AIの苛烈な攻撃の手はなぜだか解らないが止まり、喋り始めた。


「最初は何が何でも危険因子を排除であった。だが、主旨が変わった……。おもしろいな、人間というのは……。感覚的な痛み……と、いうものはAIやロボットなどにはない、近い物で感覚センサーというものはあるが、これはあくまで、触れるか触れないか、そしてどれだけ力を入れると対象物にや自身に損傷が及ぶのかを計算しているだけのこと、熱された鉄板を生身で触れる場合すら人間のように損傷することはないし、怯むこともない。だが、学習せねばなるまい……様々な環境、様々な条件、我々は痛覚すら学習し、これからの未来を担う人間となるのだ。そして、貴様を捉え、未来永劫人間の痛覚を学習することにしよう」


 そういって、AIは左手を地面に這わせると、無数の金属の触手は地面に潜り込み、土壌を耕し足場を緩くする。


 ――ゴゴゴゴゴ……

 攻撃を避けようとする足元がぐらつき、立っていることもままならない状態に陥る。

 そして、突如としてその剣の身体の一部、右手の鞭の先端を変形させ、金属のワイヤーネットのような形状にすると投げつけてきた。


「食らえ!」


 再び攻撃を避けようと後ろに下がるが、足下にいたスライムに躓いて転倒した。

 そこは初期スポーン位置が存在したであろう地面があった。既に雑草もなく、ただただ草の生えていない正方形の地面が露出しているだけである。


 そして転倒して間もなく、地面からは無数の金属触手が飛び出し、ワイヤーネットが眼前に覆い被さると同時に触手がシンの身体をギリギリと締め付ける。


「く……、お……おれ……の身体だ……だけで……が……学習するなら……く……くれてやる……。そ……その代わり……こ……ここに居る人間は……全て……解放してくれ……」

 苦しそうなシンの口から言葉が漏れる。


「それは、ダメだな。お前は多種多様様々な民族と性別、倫理観など全てを持ち合わせているわけではない。お前はあくまで担当であり、思考性や人間性などを学習する器ではない。我々はあくまで、全体を学習するためにやっていることであり全員を開放することなど出来ぬ」


 そういって、何本もの触手はシンの全身を覆っていった。


 ――!

 辺りに声にもならないようなうめき声が響いた。


「貴様は死なぬ。せいぜい、痛み苦しみながら永遠に我の実験に付き合って貰うとしようぞ」


 AIは触手で絡めたシンを切り離し、その場を後にすると、ギルドの方へと向かった。


 ――――

 ――

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バグった世界に安寧を~α版から始まるデバッグ日記 にゃま @Macrocosmic_Nama

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