エピローグ ただいま、そして

 時計の音に目を開ける。


 見慣れた部屋だ。召喚の儀式を実行した状態のまま、消えたロウソクの残り香もまだ部屋の中に漂っている。


「……?」


 あちらで少なくとも数か月の時を過ごしたはずだ。

 突然の失踪に大騒ぎになっているのではないかと、そう考えていたのだが。


 明かりをつけ、ベッドから身を起こす。ぼさぼさの頭、よれよれのスウェット。


「俺……夢……?」


 ベッドから降りようとして何かが足に当たる。

 床に転がったカバン。リリアナが最後に渡してくれたものだ。


 ベッドに腰掛け、カバンを開ける。

 向こうで着ていた服や使っていた私物。ナイフなどはこちらでは捕まりかねない代物だ。

 やはり継続して使用できる物はあまりないようだが――。


「これって……」

 最後に取り出したもの。カバンの底から出てきたのはハードカバーの洋書だった。


「――!!」

 今ならあちらの文字もいくらか読める。しかしそれを抜きにしても、その表紙に刻まれた文字は詠太えいたにとって特別なものだった。

 詠太えいたがこちらの世界に帰ることを告げてから、出発のぎりぎりまで姿を現さなかったリリアナ。

 相談も無しにこちらの世界への帰還を決断したことで怒らせてしまったかと思っていたのだが、実際にはこれを――を錬成していたのだろう。


「これ――放っといたら後で怒られるやつだ……」

 詠太えいたは苦笑いして立ち上がる。


 再び灯され、揺らめくロウソク。静かに時を刻む、秒針の音。


「さて、手順は、っと……」


 今度はもう間違えない。

 詠太えいたはその表紙をゆっくりと、開いた。

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ぐりもわーるど! 亘理ちょき @watari_choki

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