第十二話 暁ノ銀翼 2

「おいしいお酒とー!!」

「おいしいサカニャーーーー!!!!」

「ルートサマナーの誕生に……」

「かんぱいなのだーーーーーーーー!!!!!!」


 活気を取り戻したリドヘイム城内に賑やかな声が響く。

 詠太えいたたちが帰還を果たした後、王城では盛大な祝宴が開かれていた。

 城内だけではない。戦争終結の報せは瞬く間に国中を駆け抜け、王国は祝賀ムード一色に染まった。


 どこへ行ってもお祭り騒ぎ。捕らわれていた国民たちも皆それぞれの居るべき場所へと戻り、国内全土に喜びの声が溢れた。

 各地の砦や前線基地は即座にその役目を停止し、国境警備も撤廃。これにより両国間の移動が完全に自由となり、昨日まで敵同士として睨み合っていた両国民が互いに酒を酌み交わし陽気に歌い踊るという光景が至る所で見られた。



「むぐ……美味いな。いつもの店とはまた違った趣がある」

「メリッサ、美味しいものは何でも好きなのにゃー!」

 城内では厳しい戦いから解放された各メンバーも思い思いに宴を楽しんでいた。

 ずらりと並んだ料理を次から次へ平らげていくのはマリアとメリッサだ。

 その勢いたるや数十人分の料理が乗っているであろう卓の丸々一つを、この二人でほぼ独占する程である。


「そういえばメリッサ殿。先程あちらに巨大な魚が運ばれてきていたぞ」

「ニャッ!? ありがとうマリア! 行ってみるのにゃ!! ほら、シャパリュも一緒にー!」

「……いやボク別に猫じゃないからそういうのは――」

 たまたま近くにいただけのシャパリュが巻き添えを食い、迷惑そうに答える。


「きょだいなさかなーーーー!? 我も見てみたいぞ。行ってみるのだシャパリュ!」

「え、ニーナちゃんがそう言うなら……」

 ばたばたと走り出すニーナたちの姿をイレーネが目で追う。既に樽一本分ほどの酒をその胃に収めてはいるが、ニーナ警護の役目は忘れていない。


「ごめんなさいね。うちのシャパリュ、ニーナちゃんにご迷惑をお掛けしていませんか?」

 ステラが話しかける。

「いえ、とても良くして頂いて感謝しております。どうぞお気になさらないでください」

「うふふ。でも――イレーネさんにとっては詠太えいたさんに次ぐ新たなライバル出現、といったところではないですか?」

「いえ、そのようなことは……」

 ステラに一礼し、そそくさとその場を離れるイレーネ。図星を突かれての動揺と、多少の酔いもあったのだろう。足元がふらつき、よろけたところをメイファンに受け止められた。


「大丈夫か」

「あ、ありがとうございます」

「私の好敵手が――そんなことではいかんぞ」

 イレーネに笑みを投げかけるメイファン。その背後には、メロウとセルキーの人魚姉妹が再会を喜び合っている。この二人を引き合わせたのはメイファンなのだろう。

かつて任務でぶつかり合ったことがあるが、その時の様子からは考えられないほど柔和な笑顔だ、とイレーネは感じた。


「ほら、花火! 見よ見よー」

 セルキーがメロウとメイファンを連れて広間を出ていく。

 日暮れとともに城下のあちこちで打ち上がり始めた花火はルメルシュの夜空を華やかに彩った。鳴りやまぬ祝福の花火。城の庭園ではハインツと――そしてレイチェルがそれを見上げる。


 国の、いや世界の平和を脅かしてきたリドヘイムとセレニアの戦争。その危機が去り、真の平和を手に入れたリドヘイム国民の喜びは計り知れない。祝賀の宴は日を跨ぎ、いつまでも続いた。



「どうじゃ。楽しんでおるかの」

 喧騒を離れ、バルコニーに一人佇む詠太えいたの元に国王が現れた。

 少し前――世界樹への突入前夜にこの場所で王と話をしたのがもう遠い昔のようだ。何より今は、このバルコニーから見える景色があの時とは全く違っている。

 お互い重圧から解き放たれ、良い意味で気の抜けた雰囲気の中、二人の会話は進められた。


「――いやいや、若い者のエネルギーは凄いものじゃな。わしは一晩でへとへとじゃ」

「俺もだよ。こんな何日もお祭り騒ぎだなんて――」

 二人は笑い合い、王が詠太えいたの隣に並び立つ。


「しかしお主にはたまげたのう。伝承でしかその存在を認識されておらんかったルートサマナーとは――今やこのわしも……お主の『子』じゃ」

 詠太えいたはその言葉に改めてはっとした。強力なエンティティを付き従え、圧倒的なまでの叡智と魔力を持つ国王。自分からすれば雲の上の存在のようなこの王ですら『子』になるなど、詠太えいたは未だに信じられない。


「そういえば王様って……一体何の種族なんだ?」

「わしか? 今のお主なら聞かずとも解るはずじゃが――。わしはゼウス。ゼウスの種族じゃ」

「――は!? ゼウスって『種』なのか?」

「そうじゃが」

「じゃあ他にもゼウスの一族がいるのかよ!?」

「おるが」

「ぅええええ!?」

「……と言いたいところじゃが我が一族は先の大戦でみな滅んでおる。――もう何十万年も前の話じゃ」


 どうもこちらの世界の話は時間軸もスケールも現実離れしている。

 未だに慣れないのだが、逆に開き直って詠太えいたは全てを受け入れるようになっていた。


「神ってことは、名前は――」

「ないのう」

 シャパリュがそうであったように、やはり神に属する種族は固有名を持たないようだ。

「じゃあ王様のことはやっぱり『王様』って呼ぶしかないのか」

「……少し前に人間界を放浪していた時分は『サン・ジェルマン』とも呼ばれたが」

 王は少し懐かしそうに遠くを見つめ、それから詠太えいたの顔を見て照れ臭そうに言った。

「ま、じいさんでええわい。お主もその方が呼びやすいじゃろうて」

「いやーさすがに一国の王をじいさん呼ばわりは……」

「実はの――」


 詠太えいたの言葉を切り、王は詠太えいたの方に向き直った。


「わしは王の座を退き、ルートサマナーの……お主のサポートをしていきたいと考えとるんじゃ」

 王は噛み締めるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。

「わしも、そしてお主自身も……ルートサマナーとは何であるか、まだ分からない部分が多い。世界を破滅から救ったお主と共に――平和を守る手伝いをさせてくれ」


 最高神であるゼウスが、リドヘイム王国の国王が、ここまで言ってくれている。とてもありがたい提案で身に余る光栄であるのだが――それを受けての詠太えいたの表情は今ひとつ浮かないものだった。

「王様……」

「退位すれば――ただの『じいさん』じゃよ」

 そう言って微笑みかける王の目を真っ直ぐ見返し、詠太えいたは真剣な表情で口を開いた。

「王様。相談したいことがあるんだ――」



 それからしばらく。

 実に一週間にもわたって続いた祝宴はいよいよ終わりの時を迎える。王からの終宴の言葉を聞こうと、王城前庭には民衆がひしめき合った。


「皆大儀であった。もうこれ以降意味のない闘争に身を投じる必要はない。リドヘイム、そしてセレニア。この両国間にはいかなる遺恨もない。今後は隣国として共に手を携え、互いの発展に寄与し合える関係を築いていこうではないか」

 民衆から歓喜の声が上がる。

 王の語る内容は、国民全員が長らく待っていた言葉であっただろう。この様子は念話の技術を応用して全国民に配信されているというが、それでも直接聞きたいと詰めかけた群衆が城壁外にまで溢れている。その全員が、王の語る一言一言に真剣に耳を傾けていた。


「――さて、最後になるがここで皆に対し表明したいことがある。このリドヘイム王国、これまでこのわしが国王を務めてまいったが……これを機にわしは王の座を退きたいと考えておる。今後、国王としての役割は別の者に引き継ぎ、新たな王が新たなリドヘイム王国を築いていくこととなる。その者とは――」

 王はここで一度言葉を切り、くるりと後ろを振り返った。

「ハインツ・ベルクール。お主に任せられるか?」

「――――いッ!!??」

 わかりやすく狼狽するハインツ。

「わしはこの先ルートサマナーの事を調べ、詠太えいたを支えていきたいと思っておる。国王業というのもなかなか忙しくての。とても両立は出来んと思うのじゃよ。――お主であれば適任であると思うのじゃが」

「いや、俺なんかが王だなんてそんな……大体、王とは血縁も――」

「もとよりわしには嫡子もおらんでな。今日この日からお主がわしの息子じゃ」

「――――――――!!!!!!!!」

 思いがけない言葉に涙ぐむハインツ。

 レイチェルがそっと寄り添い、無言でハンカチを差し出す。

「ほっほ。リドヘイムとセレニアの将来は、安泰のようじゃのぅ」

 王は民衆の方へ振り返り、改めて高らかに宣言した。

「このリドヘイム王国、新たな王は……元ゴールドランク討伐隊、ノーザンライツ隊長の――ハインツ・ベルクールじゃ」

 大地を揺るがすほどの歓声が上がる。ルメルシュで、リドヘイム全土で上がった祝福の声は、いつまでも止むことはなかった。



 祝宴が終わり、祭りの後の王城内。その一室では詠太えいたをはじめ共に戦い抜いたメンバーが一堂に会していた。これからはまたそれぞれの日常が始まる――ただ一人を除いては。

「どうすんだどうすんだよ俺が王だなんて――」

「いいんじゃない? 責任感も強いし面倒見もいいし、結構合ってると思うわよ?」

「リリアナ・エルクハート! お前そんな無責任な――」

「くふふ。でもそれが夢だったんでしょ? アンタの力で、アンタの思うリドヘイムを作り上げて見せてよ」

 言葉を詰まらせるハインツ。適当に返答しているようでいて、これがリリアナ流のエールなのだ。


「さーて、アタシたちは明日からどうしましょうか」

「――ああ! それなんだが」

 メンバーの方へ向き直るリリアナに、ハインツが背後から声を掛ける。


「セレニア討伐隊という制度について、解体はしたくないんだ。名前を変えた上で今後も王国のために活動する集団として存続していきたいんだが……暁ノ銀翼、お前たちにそれをまとめ上げる役目を任せたいと考えてる」

 ハインツの発言を受け、リリアナは少し考えた後ゆっくりと口を開いた。

「――暁ノ銀翼はセレニア討伐隊としてアタシが作ったもの。両国の争いがなくなってアタシと詠太えいたの召喚契約が終了したように、『セレニア討伐隊 暁ノ銀翼』もここで終わり。今後は詠太えいたをリーダーに新たな部隊として――」


「…………あ」


 唐突に、リリアナを除く隊員たちが一斉に声を上げる。

「え……? ――あ!!!!」

 遅れて事の重大さに気付くリリアナ。討伐隊『暁ノ銀翼』が解散になったため、全員の召喚契約が切れたのだ。


「ごめんっっ!! そんなつもりじゃなくてアタシ――」

 慌てふためくリリアナに詠太えいたが優しく告げる。

「いや、いいんだ。俺もみんなとの契約を切ろうと思ってた」

「――――は?」


「王様には伝えていたんだけど俺……一度元の世界に帰ろうと思ってるんだ」

「――ええええっっっっ!!??」


 こちらの世界に来てはや数か月、実に様々な経験を積んだ詠太えいた。皆といい関係を築き、固い絆で結ばれ、ルートサマナーにもなった。

 しかしあちらの世界の秋月詠太あきづきえいたは、いまだ中途半端な存在のまま時を止めている。自堕落で、いい加減で、ただ漫然と日々を過ごしていた自分。それを投げだしたままで、こちらでの生活を続けていくことはできない。何より家族や友人も心配しているだろう。

 それらを全て解決した上で、次のアクションを考えたい。それが詠太えいたなりのけじめであった。


「いろいろ落ち着いたらまたこっちに戻ってくる。そしたらみんな、また――」

「承知した。私は先行してハインツ殿のお手伝いをさせていただこう。主殿がこちらへ戻った際はまた、共に」

「メリッサのご主人はご主人だけなのにゃ! ご主人の帰り、待ってるのにゃ!」


 マリアとメリッサが歩み寄り、詠太えいたに言葉を掛ける。

 メロウはセルキーと共に一度ネイルースへ戻り、その後改めてルメルシュに居を移すつもりだという。

 ニーナとイレーネは屋敷へ戻ることとなった。詠太えいたとしてはニーナが駄々をこねるのではないかと心配したが、意外にもニーナの態度はけろりとしたものであった。まだ事態が呑み込めていないのかもしれない。後で大泣きしないといいのだが。


 元の世界に帰る。この申し出を皆が快く受け入れてくれたことに内心ほっとする詠太えいたであったが――部屋の隅、ひとり無言で涙をこらえるリリアナの姿だけが、強烈に印象に残ったのだった。



「――さて、準備はいいか?」

 いざ旅立ちの時。

 詠太えいたは国王の力で帰還を果たすこととなり、術式の展開場所となる王城謁見の間には皆が見送りに集まっていた。


「あれ? リリアナは……?」

 見渡した顔ぶれの中に、リリアナだけが見当たらない。


「年頃の女の子は難しいからねぇ……」

 シャパリュがしたり顔で呟く。

 既に術式の準備は整い、後は実施を待つばかり。しかし、ついにリリアナは姿を現すことはなかった。

「この術式は星回りの時合が肝要じゃ。そろそろ……」

「ああ。頼むよ、王様」



 術式が展開され、魔力が風を引き起こす。空間がうねり、詠太えいたの周囲を光が満たしていく。


 ――リリアナ……すぐに戻ってくる。だからそれまで……


「――詠太えいた!!!!」


 突然。入り口の扉が開け放たれ、リリアナが飛び込んできた。

「リリアナ!!??」

詠太えいた――これっ!!」

 リリアナは詠太えいたにパンパンのカバンを投げ渡す。

「おっも! 中身なんだよこれ!?」

「アンタの服とか装備とか!」

「えええええ!!」


 何か要る物はあったかと考えるも、今さら中身をあらためる暇もない。

「ありがとう!」

 それだけ告げたが届いているだろうか。魔力は増大し、既に詠太えいたのいる空間と外界との隔絶が始まっている。


 風は一層強さを増し、光が溢れる――。

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