第46話 エピローグ

 半時もすれば昼になると言う頃合いで、市役所のロビーは雑多な人が行き来している。案内受付の人が手隙になったのを確認してから三上はそこに近づいた。

「市役所の職員で五木梓さんを呼び出していただけますか。えっと、税金関係の部署で働いているって聞いたんですけど、ちょっと覚えてなくて。あ、親戚の三上帯刀って言います」

 首都近郊とは言え人口四万程度のⅠ市の市役所は然程大きくはない。そのまま玄関ホール付近で待っていると、エレベーターの扉が開いた瞬間、声が挙がる。

「あ!三上っ!」

全く見覚えのない小柄な若い女性が足早に近づいてくる。姿も声も見ず知らずであるのに、その喋り方と体の動かし方だけで分かった。

(イツキさん)

実はここに来るまで、いや受付係が内線電話をかけてさえ半信半疑だった。

 山頂の頂で気が付く前と何も変わらないコンビニの前だった。暁の色は褪せて変わらぬ朝があって

(臭くないし)

何一つ変わらぬ自分が居た。ただあの半年を超える記憶だけが残った。その事を三上は誰にも言えなかった。

(話し相手とか居ねーし)

 大人しく予備校に通いながら一週間近くこれをどうしたものかと言う感情をこねくり回していたが、

(どうすっかな…)

これまでならば絶対にしないだろう選択をした。何故なら参皇子と「帰れたら」の口約束を交わしていたからだ。

「直接来る前に連絡位寄こしなさいよ!」

「それ無理だから。トツるしかなかったんですって」

 SNSも電話番号も交換していないどころか初対面である。参皇子から聞いたのは五木の勤めている市の名前と姓名だけ。直に訪問するしかなかったのだ。

「昼休憩を早番の人と代ってもらったから」

 と、そのまま市役所の食堂へ連れて行かれる。


 奢ってくれると言うから遠慮なく大盛カツカレーを注文しておく。異世界行って変わった事と言えばこれ。食える時に食っておくことである。スキルを持ち帰ったりしないのはいかにも自分らしいと思っている。五木はオムライスだ。

「で、あれからどうなったの?三上がこっちに戻ってるって事は、宮都だけじゃなく宇佐の村も何とかなったのね?」

(…この人全然変わらないのね)

異世界にいた時もこちらに戻って来てからも、考え込んで無駄な時間を過ごしていたようで可笑しい。

 どうにかはなった。策を破られた隣国は奇襲をできずに潰走。鏑木の疑いは噂に上塗りされ、宮都は復興の槌音で賑わっていた。『大国主神の物語』は幕を下ろした。鏑木は確保できたし、父神の役回りだった国の王の爺の呼び出しはそのままにこちらへ戻ったからには、逃げきったことになるのだろう。持ち出したという宝物も

「梓さんっていうんですね。梓と言えば梓弓ですもんね」

「三上は帯刀って珍しい」

何のことはない。お互いの名前に盛り込まれていた。

「逃げる時に響き渡った琴の音ってのが分からないんですよね。これも何か気がつかないうちにあったのかな?」

と聞けば。

「あー、弦楽器はみんな琴なのよ」

相変わらず五木は明快で、すっきりとする。琵琶で語られたあの噂話がそうなるか。宮都中に響き渡ったようで、二人は恥ずかしい思いをしたに違いない。

「大体上手く行ったけど、無王さんだけタダ働きですね」

「無王は復興の木材で儲けただろうから、支払は完了してるわよ」

大規模火災の鎮火活動をしながら、復興用の建築資材の相場操作を指示してたのか。三歩ぐらい先を行ってるところがエゲつない。

(あー、これこれ)

こうして話ができるから、あれが何もなかった訳ではないのを実感できる。



「あら五木さん、カレシ?」

 定食のトレイを持って通りかかった五木と同じ位の年齢の女性が声をかけてきた。五木の同僚の職員だろうか。年寄りにも安心感のある野暮ったい雰囲気の職員が多い中で、いかにも若い女性という華やかさと色味がある女だった。その値踏みするような視線が嫌な感じで、実際値踏みされたのだろうと思う。

「親戚の子よ。市役所見学ですって」

「小学生じゃないんですから!」

言い返せば、女は鼻に付く笑い方をした。

「あはは、そうだよね」

そうだよねって、それ、どっちに掛かってる?こんなのが彼氏の筈がない?でなければ五木に彼氏がいる訳がない?マイナス思考を逆なでされたのはイツキも同じだったらしい。

(五木姐さんには向こうで世話になったからね)

ここは一つ礼を返さねばならない。

「姐さんに紹介したい人がいて話しに来たんですよ~」

女二人が一瞬真顔になる。

「国立大卒で一部上場に勤めてるんですけど、性格は穏やか~な。眼鏡だけどハゲでもデブでもないですよ」

興味アリと見た。

「今時にしては背が低めなのが難て言えば難ですけどね。でも姐さんよりは背が高いから問題ないでしょ?」

五木よりも明らかに背が高い彼女が「いいわね。今度話し聞かせてね」と立ち去ってゆくのを背に五木が顔を寄せる。

「ちょっと、今のツクリ?本当にそんな人いるの?」

「紹介できますよ」

ニヤリ。

「ウチの親父だけど」

年齢と既婚かどうかは言ってないので嘘ではない。

「ああいうマウント取り、気分悪ぃじゃないですか」

視線を交わして二人で笑う。ああ、ここは向こうと地続きなのだと分かる。


(こいつさ…さっきのアレは私を助けてくれたのだろうけれど)

「親を紹介できる」には別の意味もあるという事には気づきはしないのだろうなと思う。何しろその手の意図もなく明子の手を握ったというから驚きだ。三上は大学に入学出来たら勉強したいことが出来たのだと語っていた。

「向こうで随分苦労したんで、生活する事って言うのか、生産系?を学問的にやってみたいと思ってるんですよ。五木さんが消防のこと調べてきたみたいに」

それは結構だが、

「んで、サバイバル技術が身に付くようなサークルに入る」

何か方向性を間違っている気がしなくもない。

(こいつのことだから)

大学に入学出来たら、可愛い娘が居た等々いちいち報告するのだろうなと思う。

「大学入学したら助教授とか院生とかで将来有望そうな奴紹介しなさいよね。私だって向こうで「出会い」無かったんだから」

 ところが三上は驚く事を言った。

「え?参皇子の兄さんも無王さんも五木さんの事気に入ってたじゃん」

どこでそんな事があったのかと五木は首を捻る。参皇子の兄様から花を貰った事か?いや「嫁に行け」とか言ってたよね。

(あれってまさかの自己完結?)

「無王さんも五木さん帰っちゃって気落ちしてたし」

「そういう事は明快に言ってもらわなきゃ分からないのよ!」

スプーンを振って力説する五木に

「…察する能力というか、女子力低くないですか?」

相変わらず三上は余計な事を言ってくれる。

「でも、五木さんのイイところソコじゃないし。あ、連絡先交換しましょう。また、の時も協力できるように」

さらっと言う。

(…そういうところだよ)

 これは「出会い」ではない。齢二五、タイムリミット近し。だが、もう少しこういう時間も悪くない。

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無双できない異世界譚 いちめ @ichime

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