第45話 物語は降臨りてくる(ミカミ)

 アキラコちゃんを連れて宮城へ戻る。

「本当に大丈夫?無理しなくていいんだよ?」

同道する間にこれまでの経緯を含めて説明した。イツキが元の世界、神世に帰ってしまったことを隠し通すことは難しい。だから、予めイツキからの指示があったという体でこれからを乗り切るつもりなのだ。が、それにはアキラコちゃんの協力が不可欠だった。

 これから向かうのは宮城の謂わば危機管理対策本部。宮都の火災、隣国使節の仲間割れと一部逃散に放火、さらには接近しつつあるだろう隣国の勢力について協議している場である。国政を担う者たちに加え、その動向如何によって明日が決まる者たちが耳目を欹てる場なのだ。アキラコちゃんは元々痘痕を苦に引きこもっていた娘である。衆目に曝されるどころの話ではない。しかし、

「この形では痘痕も何も」

アキラコちゃんは困ったように笑う。彼女の姿形は酷かった。顔も衣服も煤まみれ。高結いにした髪は土埃で白くなっている。燃え焦げて役に立たなくなった被衣はとり、襷掛けは外して袖を降ろしたが、全身から焦げが臭う火事場での奮闘そのままの姿なのだ。しかも連れは平民姿の僕、下水を潜ってそのままの神人だ(本当に神人だからな。存在感無とか言うな)。侍女は水干狩袴の姿の妙なウサに、護衛のキヨカはアキラコちゃんをさらに上回る焼け焦げ具合とかなり異様な一行だった。それをアキラコちゃんは

「痘痕神ばかりか竈神の加護もございましたわね」

と言った。あ、僕にはトイレの神様の加護がありました。


 入室と同時に皆息をのみ、一礼の後顔を上げると騒然となった。

「その姿は…」

宮城の門衛、馬を預けた雑役、この部屋の取次も数舜その職務を忘れた程である。が、汚れた姿のまま背筋を伸ばし

「只今帰参いたしました。神人、イツキ様ではございません。アキラコにございます」

顔を上げた彼女は凛と言った。こびり付いた煤は肌の隆起など目立たぬ程ひどく、逆に汚れの下の本来の容貌が露になっていた。キヨカとウサが身形を整えてから参内するよう勧めたのに、「その時間が惜しゅうございます」と言い切った姿勢が美しさになって表れたのだと僕は思う。

「火災を鎮めたと。苦労であった。ミカミ殿も迎賓館の件、大儀」

 こちらでも状況は把握されていた。高貴な場に市井の現場の惨状をそのまま持ち込んだ僕らにかなり引き気味ではあるが、お褒めの言葉をいただく。

「私ではなくミカミ様とイツキ様が手を尽くしてくださったことです」

しかも僕の貢献をアピールしてくれる。なんてイイ子なの!アキラコちゃん。

「して隣国の勢は?」

 この国へ侵攻しようとしていた隣国の勢は、本当に居た。『トロイアの木馬』の「型式」は真実展開されかけていたのだ。隣国から宮都までは、僕らも通った街道を使って三つの領を経由しなければならない。が、彼らは街道をとらなかった。陸路ではなく水路。数え切れぬほどの船がカミ川を下っているという報が夜半から入っているのだそうだ。カミ川は国内最大級の川で蛇行しながら四つの領を抜けて海へそそぐ。宮都をかすめる大川はカミ川の支流に当たるのだ。敵勢はこれを一気に下り、宮都を蹂躙する策だろう。昨夜は双の晩。月明りに浮かび上がる無数の船を目撃した沿岸の領からの早馬がそれを伝えた。隣国の兵は宮都に事が起こった時点ですでに最北領に集結していたのらしい。船の準備まで考えれば敵方は随分前からこの準備をしてきたのだろう。なるほど間諜をこちらの市中に沈めておく位はする。

「昼過ぎにはこちらに着こうかと言う勢い」

 これを迎え撃たんと壱皇子弐皇子の名で率いられた軍が大川の対岸、宮都の東に集められていると言う。カミ川が大川へと別れる点で矛を交える事となるだろう。こうしている間にも各領からも参陣の連絡が入る。火災の方に人手が回せなかった筈だ。これは…。

(間に合った?)

問う僕の顔に参皇子が頷いて見せる。

 戦は多分起こる。しかし宮都に攻め入られる事なく事が終結するならば、それは『トロイアの木馬』の「型式」を外れたとみて良い。本当に?ホントにホント?国の王である爺を平民の形のまま真っ直ぐに見る。爺も僕を見た。

「其の方、神人等の尽力によって「型」は閉じたのではないかと考えている」

神人に関わる事情を知らぬ者たちは王の言葉を解せずに怪訝な顔を見せた。

「辛くも、だが」

それは危うかったのだ。もしも火災が収まらず宮都の大半どころか宮城や国倉まで焼けてしまっていたら、もしも昨夜が双の晩ではなく川を下る敵勢が見えなかったら、もしも早馬が宮都に辿り着けなかったら、もしも軍備を整える前に戦になったのなら、もしも宮都に至る前に敵勢を押さえることが出来ぬのならば。宮都が戦場になる可能性は幾らでもあった。寧ろその可能性の方が高かったのに、その物語を捻じ曲げ乗っ取って引き寄せたのは、

 僕等だ。

 異世界転移したのに無能でヘタレで非力。魔力も加護も何のチートもなかった僕らが。そのまんまの僕が。爺の眼差しに感無量。『トロイアの木馬』の物語を外れた以上、戦の趨勢は物語の外にある。それは神の意志に関わらず人の力のみで決まる。


「ここまで全て神人イツキ様が先を見越して指示を下さった結果でございます。が、」

 再びアキラコちゃんが声をあげた。続く言葉に目が集まる。

「戦を終えた後の事にもご指示がございました。この災厄の贖いをさせねばなりませんが、隣国の内情などを国の内に残る敵勢から引き出し、交渉の一役を担わせろとの仰せでございます」

 国内に残る木馬の使者の残りである。隣国の勢を呼び込むために市中に散って放火を繰り返し宮都を混乱に陥れた輩は次々と捕らえられ、或いは高ぶった平民に嬲り殺しにされ、後は一人二人を残すばかりだと言う。アキラコの言に

「至極尤も」

と皆頷く。木馬の使者も一枚岩ではなかった。その国内も推して知るべし。今後敵勢力を追いかえして逆に攻め、国を切り取るとして交渉の窓口が必要になる。

「イツキ様が目をつけておられた使節正は何処におりますのかしら?その者は宮都に仇なした者にも加担しなかったと聞き及んでおります」

確かに使節正は襲われているのを目撃され、報告に上がっている。が、その行方はいまだ知れない。皆顔を見合わせる。

「イツキ様に言われるままに内密に護衛をつけていたのですけれど」

 参皇子が目を白黒させるが、妹の言に口を挟まないだけの分別はあった。万が一「そんな話は聞いていない」と言われたら「内密ですから」と押し通すつもりだった。そりゃ、聞いている訳はないのだ。そんな事実はない。さっき僕が作ったのだから。因みにその所在を尋ねているくせに僕らは使節正の居場所を知っている。

「護衛とは?」

「カブラギ様でございます」

アキラコはちゃんは微笑んだ。カブラギは謀反の首謀だという声が挙がる。隣国の工作員を国の内に引き入れ、宮都を災厄に導いた者だと。

「それはどなたが仰っておられますの?その者とイツキ様や私達どちらもが正しいという事は無いでしょう?」

アキラコちゃんはおっとりと首を傾げて見せる。宮都の火事災厄を鎮め、迎賓館の騒動を公にした僕らとそいつ。どちらが信用に足るかは歴然で、カブラギの謀反を口々に申し立てていた者たちは押し黙った。これ逆裏待遇の話ね。だけど人間が対象なのだから、どちらも間違ってると言うのはありうるの。つまり正解は命題として不適切ってところ。事実は僕らも知らんしね。が、先ほどから再三再四名前を出して功をアピールしているそのイツキの意向を阻害したとあっては敵勢に与したとされても不思議はないから黙るしかない。イツキじゃないけどこの位なら僕も仕込みます。アキラコちゃんに台詞を与えて演技指導もしておきました。

「…し、」

アキラコちゃんは少し口籠った。

「真実はいつも一つ?」

あー、そこで疑問形になっちゃうんだ。ちょっと惜しかったね。


 戦の事が落ち着き次第また呼出すとの事。

「まずは身体を労われ」

今頃無王が流している噂話の中では、アキラコちゃんはカブラギを案じているだけなのだが、ここまでやって漸く館に戻って休むことが出来る。実際のところアキラコちゃんも僕もカブラギとはまだ顔をあわせて居ない。事実は小説よりも奇々怪々なのよ。

 そのまま参皇子に従うと言うキヨカを残し僕らは宮城を下がった。有事に付き、馬が足りぬので牛車を出してもらう。アキラコちゃんを館まで送り届けなくてはならない。フジノエさんはアキラコちゃんの姿をみたら「皆様方がついておられながら、何と言う!」ブチ切れること間違いなし。ウサには甘んじて叱られてもらおう。

「僕は無王さんのところへ寄っていきます」

 馬返さなきゃならないし、戦時であるから宮城に置いておくと軍に接収されかねない。流石にそれは無王が可哀そうだ。一晩中タダ働きで、例の噂を流すために今も人を遣っている。いくら相撲賭博で設けたからと言っても足が出ていそうだ。好意を寄せていたイツキは挨拶なしで帰ってるし。

「大御神の機の杼を打ち折ることが出来るとは、神人とは多恵なる者でございますな」

ウサに御簾を降ろさせていた僕にアキラコちゃんが微笑みかける。異世界でも多くは恵まれなかった僕に。多く恵まれたがっていた僕に。

「神人だけじゃないよ」

微笑み返す。

「神人を召喚んだアキラコちゃんや、サジだって、僕らを助けてくれたウサや参皇子の兄さんも、無王もみんな」

その其々の願いや祈りが物語を選び紡いだのだと思う。

「イツキ様が私の願いを聞き届けてくれたように、ミカミ様にも助けを請うた者が居るのでしょうか?」

「そうだよ。サジ。ウサの村の子供で兄弟想いの働き者」

 これから少し休んだら、彼の願いが叶うよう、僕が安心して元の世界へ帰れるように『大国主神の物語』を最後まで通してゆこう。

「ミカミ、コレトウはニコの村まで来てるぞ。ゴジョウ坊殿も一緒だ。ニシナが使いを出しているから今日にも宮都に入るだろう」

「え?」

全てやり終えた感慨深い思いなど吹っ飛んでウサをガン見。

「え?」

サジの願いは兄コレトウが再び都で活躍できるようになる事。コレトウが持ち込むであろう村の主力商品の一つは山印脂薬。今、宮都には大小の火傷を負った者が溢れており、これから起こる戦では刀創を負う者が数多出る。

(良く効く脂薬がバズらない訳ない)

つまりサジの願いは間もなく叶う事になる。

「え?」

ちょっと待て、馬返さなきゃ。対岸で戦って事はそれを河原の人達にも伝えなければ。あ『大国主神の物語』はどうなるんだ?主役僕じゃなかったの?残りの要件どこまで準備できる?あれ、嫁は?あ、カンムロに写真撮ってあげる約束…それはいいか。ウサ、お前どうして何度も地雷踏むんだ?勇者がやらない仕事は山積みで、僕は軽くパニックに陥る。だけどどこかで何とかなると言う気もしてはいるのだ。物語は降臨てくるから。

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