第3部 2022年度 第八章 知らしめる 3

《第八章:知らしめる 3》

【アフターエピローグ 1】

あれから一年近い2022年5月26日、毎朝新聞の朝刊三面に

〔東京地検特捜部は、日帝工業株式会社元社長らを不正競争防止法違反の罪で在宅起訴した:ベトナムの税関や税務調査で要求された追徴金を免れるために税関職員や税務監査員に現金を渡したとして、東京地検特捜部は25日、プラスチック・アルミ製品製造会社である日帝工業(東京都北区神谷1丁目、東証一部上場会社)の山本金一・元社長(69)ら3人と法人としての同社を、不正競争防止法違反(外国公務員への贈賄)の罪で在宅起訴したと発表した……堀尾〕と記事が載っていた。東野は、黒戸弁護士から裁判の進捗について「地検特捜部に自主申告した、2017年6月26日税関調査官への金銭供与の時効が5年なので、今年の六月中に何らかの動きがあるだろう」と聞いていたので、その日が来たという思いでデジタル版を読んでいた。

東野の電話が鳴った。毎朝新聞の堀尾記者からだった。

「東野さん、ご無沙汰しております。お元気でお過ごしでしょうか」

「こちらこそご無沙汰しております。その節は、また、この節も大変お世話になりました」

「もうご覧になりましたか。昨年の日帝工業の株主総会の翌日の新聞も、大変反響がありました。ありがとうございました」総会翌日の新聞の三面記事や企業欄の記事やデジタル版の経済欄は

・毎朝新聞

【株主裁判の日帝工業株式会社株主総会】

・新日本経済新聞

【株主提案で『正義』が不在となった日帝工業株式会社】

・読買新聞

【上場会社としてのオーナー企業の在り方を問う株主総会】

・ビジネス法務通信1

【株主総会で明るみに出た、株主無視の会社経営者】

・ビジネス法務通信2

【株主への情報開示の在り方を問う株主総会

:日帝工業株式会社】

というような見出しで埋めつくされた。当時、東野は、日帝工業の総務部の対応の四苦八苦が目に浮かぶ思いで、新聞記事等を読んだ。勿論、東野のところへ取材申し込みが多数あったが、全て丁寧に断った。

「やっと刑事裁判になりますね。地検特捜部がここまで詰めて起訴したわけですから、今年中には判決がでると思いますよ」

「自主申告している訳ですから、そうあってほしいです」

「山本被告は、名誉会長や会長に指示を仰いだと責任をしつこく供述したらしいですよ。ところで東野さんは、なぜ昨年、総会後、インタビューに応じられなかったのでしょうか」

「あの時も申し上げましたが、既に、日帝工業の監査等委員でもありませんし。裁判結果がまだ、出ていなかったので……」

「時の人だったのですが……その後も隠居でもされたのかと思うほど、東野さんの動きが見当たりませんでした」

「静かに地検特捜部や民事裁判官の職責遂行に期待しながら、生きておりました」堀尾と一緒に笑った。

「本日、お電話差し上げたのは、在宅起訴の関係ではなく、知人から『東野さんと連絡をとりたい』と依頼されたのでご紹介の許可をいただきたくて……」

「どなたからでしょうか」

「社外取締役協会ってご存じでしょうか。そこの監査役会の理事の方で『磯田幹夫』氏という方です。監査役等部会で、随分、日帝工業の件も研究されていたようです」

「そうですか、研究されるのはご自由ですが、参考になりますでしょうか。どのようなご用件でしょうか」

「いやいや、あんなドラマティックで監査等委員の職責を貫く物語はそうありませんよ。大変参考になると思います。その当事者に社外取締役会の講演会での講演をお願いしたいそうですが」

「講演?この私にですか」

「できましたら、紹介を了承ください。そしたら私の顔も立ちますので……

一度、直接、お話をお聞きいただいて、受けるも断るも東野さんのお考えで構いません」

「堀尾さんの顔が立つなら、ご紹介いただいて構いません。堀尾さんには、大変お世話になりましたから」

「そういっていただくと助かります。電話番号もよろしいですね。彼から電話かけると思います」

「ハイ、結構です。お役に立つのなら」

「また、株主総会の時期になり、日帝工業も在宅起訴になり、今、取材関係で、バタバタしておりますので、落ち着きましたら、また、株主総会総括論でもお聞きしたいものです。その節は、よろしくお願いします」

堀尾に承諾の返事をした翌日、早速、磯田氏から連絡があった。

「初めまして。社外取締役協会の監査役等部会の理事を務めております、磯田と申します。

東野さんと何とか連絡を取りたくて、知人等に相談していましたところ。毎朝新聞社の堀尾様が東野さんの電話番号を知っているという情報を得て、確認させていただきました」

「初めまして、東野と申します。よろしくお願いします」

「私どもの社外取締役協会監査等部会についてご存じでしょうか」

「申し訳ありません。会社が会員となっていた、監査役協会しか存じ上げておりませんでした」

「簡単に紹介させていただきますと、会員が400名ほどで、監査役協会との大きな違いは二つあります。一つは、社外取締役経験者のみであること、二つ目は社外取締役を引退された後も個人で、会員になれるということです。現在、約3分の1の方々が引退して個人会員になっている方々です。それゆえに平均年齢が高く、60歳を超えておりますが、私は、経験豊かな人たちの集まりになっていると自負しております。ホームページもありますので、ぜひご覧ください」

「わかりました」

「社外取締役の需要の傾向でしょうか、当協会の中で6割の方々が監査役等経験者で、監査役等部会に所属されております。監査役等部会では、新規監査役等の勉強会や事例研究を行っており、事例研究では、日帝工業株式会社の外国公務員に対する贈賄事件に対する東野さんたちの活動が、大変話題になり、事例研究会も2度、開催した次第です」

「それは、ありがとうございます」東野は「礼を言う必要もないだろうに」と会話の流れで言ってしまったことを自省した。

「そこで東野さんにお願いがありまして。当事者であった東野さんに特別講演をお願いしたいとご連絡させていただいた次第です」

「私に何を期待されてのご依頼でしょうか」

「勝手に講演していただきたい表題案をお伝えしますと『上場会社で有事が発生したことに対する監査等委員会の対応』というような内容でお願いしたいと考えておりますが」

「ご依頼はわかりましたが、既に時間も経過しており、皆さんまだ、ご興味があるでしょうか。また、参考になることがありますでしょうか」

「何をおっしゃいます、東野さん達は、監査役等の歴史上の人物です」

「そんな大げさな……」

「会社法第342条の2第4項と会社法第344条の2の第2項施行後、初めて行使した監査等委員ですから。それにあのような東野さん達の闘いが何故できたのかを皆さんお聞きしたいようです」

「やるとした場合に聴衆の方々が集まれば良いですが……初めての申し出をいただきながら、わがままな申し出が。つまり条件が二つあります」

「何でしょうか。何でもおっしゃってください。検討しますので」

「そんな難しい条件ではありません。こちらの都合ですから。一つお願いしたいことは貴部会での日帝工業の有事に関する研究内容資料を見せていただけますか。二つ目は時期の問題です。ご存知のように先日の新聞にも載ったように司法も動きだしております。私がご依頼の講演を受けるとしても、今、刑事裁判と民事裁判が継続されておりますので、これが結審後となります。それでも、まだ、興味があればという未確定な時期になりますが、いかがでしょうか」

「最初の当部会の今までの研究内容資料は、この後、メールアドレスをいただければ、送付できます。裁判の関係は、やはり裁判に影響しますか」

「裁判の件について、貴部会で、講演したことが影響するわけではありませんが、講演内容に大きな影響があります。裁判の判決が、私共への最終評価と考えておりますので。これは自分へのけじめです。資料の件は、よろしくお願いします」

「わかりました。いつ頃になりそうですか」

「弁護士の方々の情報を集めますと年内には、何か結論がでそうな感じです」

「東野さんが我々の依頼を受けていただけるとして、12月までに特別講演会が実施できれば、ありがたいです」

「わかりました。検討しますし、裁判に関する情報が入手できましたら連絡いたします」

「では、よろしくご検討ください」東野は資料入手のため、送り先のメールアドレスを連絡して電話を終えた。その夜には、磯田氏から社外取締役協会監査役等部会の日帝工業の有事に関する研究会資料が2件、送られてきた。

1件目は、日帝工業の有事を対象とした監査役等部会の事例研究会が磯田の説明の通り、2回開催されていた。1回目は、2020年10月13日付で

「日帝工業株式会社における有事(外国公務員贈賄)発生時の監査等委員会の対応に何を学ぶか」という題で、担当会員が3名で纏めていた。東野らの時期から察するに、取締役責任追及委員会の調査報告書が提出され、監査等委員会で損害賠償請求の訴訟提訴する決議をしたころである。しかしながら、同報告告書は開示されておらず、研究委員も知らぬところであり、彼らの研究資料は、第三者調査委員会の報告書、東野の記者クラブへの投げ込み、および日帝工業第70期株主総会の招集通知等と当協会の関係弁護士意見であった。東野は研究レポートを読んで「第三者調査委員会の報告書等を良く読み込んでいる」と感じた。会社側から適時開示を妨害されている中、監査等委員会の喘ぎを理解しようとしている内容であった。また、東野らの会社法上の権限発動した①取締役責任追及委員会の設置➁監査等委員である取締役選任議案の総会提出請求権(会社法第344条の2の第2項)➂監査等委員ではない取締役の選任についての監査等委員会の意見陳述権(会社法第342条の2第4項)の3つについても議論されていた。今後の訴訟の可能性について弁護士意見を参考にして結んだ内容であった。東野が残念に思ったのは、創業家のお家騒動による社内分裂の影響等も絡めて論じていたことである。二回目は、その翌月の研究部会で担当会員のレポ―トへの質疑応答であった。1回目の発表が時間オーバーして質疑応答まで、できなかったためのようだ。質疑応答は

1・日帝工業(株)の内部監査部(または内部監査室)は、機能していなかったのでは

2・東南アジアや中国地域での賄賂の日常化は、誰も認識していなかったのか。

3・東南アジアや中国地域での賄賂を断ち切ることができるか……1社だけでは無理。全社断ち切らなければ、事業に影響する

4・監査等委員は、特定株主寄りで中立・公正性を保っていなかったのでは

5・法令違反に関与した取締役が株主総会で否認直後に執行役員として、要職にあるのは内部統制システム上、問題はないのか

等の質問に対して、担当委員が憶測で答えていた。

2件目は、当協会のシニア顧問という肩書の五味 等(ゴミ ヒトシ)の事例集「監査役等の事件」というシリーズにも2回掲載されており、この五味 等の「監査役等の責任」は、当協会のホームページの【社外取締役協会会員の公開研究論文集】というコラムに公開されており、誰でもみることができる資料であった。

〔監査役等の職務に関係の深い案件に関して、当会の所属会員が作成した研究論文です。掲載している研究論文は筆者個人の意見・見解であり、社外取締役協会監査役等部会の意見・見解ではありません〕と断りはあるものの、東野は、内容を確認して非常に憤慨した。

 五味の研究論文集は、前書きに「私の論文は、公開された情報、新聞記事等から有事発生時に『監査役等は、どうしたらよかったのか』という観点から書いています」とあり、日帝工業の事例については、会社の適時開示の内容や新聞報道等を「事実であること」と前提にして、「東野ら監査等委員はこうすべきだった」という事後に述べる、感想文程度な指摘事項集を研究論文としていた。日帝工業の件だけでなく50件、他社事例と事例の後の纏めとして「五味の私的(指摘)意見」が掲示されていた。日帝工業の1回目の掲載は

 NO.42:取締役への意見陳述はしたが……日帝工業株式会社有事への監査等委員の対応(2020年8月30日)の表題で、五味は、有事発生からの経緯を記載した上で、

1・有事の情報取得の遅さ:海外子会社の贈賄事件を取締役会での報告があるまで知らなかった……本当だろうか。知っていて何もしなかったのでは。また、本当であれば、監査等委員として、日頃の情報収集のため活動が不充分である。リスク情報の報告体制を確立させていないのは、監査等委員として失格である。もっと早く収集すべきであった。

2・有事の調査分析:第三者調査委員会を設置して、報告書が提出されるまで、何をしていたのか。有事の発生時にこそ、監査等委員会が主導権をとって原因究明等に取り組むべきである。他力本願の解決を狙った行動だ。

3・派閥抗争での対応も不充分である。派閥抗争があった場合は、中立・公正性を第一として、派閥抗争を収めるべきである。

4・有事に係わったとなれる取締役選任候補者に対して意見陳述した結果、株主総会で否認されたことは認めるが、その後、執行役員として同じ職に在職させているのは何故か。取締役会での決議の再には、俗に言う「身体を張った反対」をすべきであった。という指摘で結論とした。2回目の掲載は

 NO.45:監査等委員会は何故、否認されたのか……日帝工業株式会社株主総会(2021年7月20日)の表題で……NO.42以降の日帝工業の会社と監査等委員の行動の経緯を記載した上で、

1・指名・報酬委員会の答申調査報告書の監査等委員に対する指摘事項……監査等委員が指名報酬委員会から次期監査等委員選任対象として『不適切』と決議され、取締役会も承認した。

・法令違反の運営:事実としてこのような運営があるのであれば、即刻、是正すべきである。取締役を監視・監督する監査等委員がこのような、いい加減さを指摘されることは、恥ずべきことである。取締役選任議案に対する意見陳述していた監査等委員と同じ監査等委員とは思いたくない。人を指摘する前に自分たちの行いを律するべきである。

2・監査等委員の損害賠償訴訟

・監査等委員は、会社の代表となって前取締役6名の損害賠償請求訴訟を提訴が適時開示された。請求総額は3億2千万円で、内容は不明である。贈賄金も含まれているのだろうか

3・株主による監査等委員の選任議案が提議され取締役会も承認し、株主総会で可決承認された。

・監査等委員の行動に油断があった。

会社側が、社内外に情報を発信し、防御と攻撃を纏める中、監査等委員は、何をしていたのだろうか。社員や監査法人等の協力を求めて、監査等委員会の所謂「味方」「支持者」を少しでも増やそうとした形跡がみられない。直接、情報を発信できなくて「協力者」を通しての発信方法もあるし、情報収集も必要だった。というような内容であった。

 NO.42は2年ほど、NO.45は1年ほど、東野に断りもなく一般公開されていた。東野は、五味の自称“研究論文”『監査役等の事件』を日本第一法律事務所の黒戸弁護士に送付した。翌日、黒戸弁護士から電話があった。

「お久しぶりです。お元気でしょうか」

「こちらこそ、ご無沙汰しております。日帝工業を離れて、毎日目覚ましで、起きることが幸せです」

「えっ、どういう意味ですか」

「現職時は、明日やるべきことで、毎日5時間くらいしか睡眠がとれなく、目覚まし前に目が覚めていましたから」

「日帝工業は東野さんにとって、身心共に蝕んでいた会社だったんですね」

「結果、そうかもしれません」

「刑事裁判の件、ご存知の通り地検特捜部が起訴しましたので、山本は前科者予備軍となっています。社外取締役協会のレポート見ました。酷い内容ですね。五味って人こそ、情報収集して事実を確認しないで、一般公開している。名誉毀損にもあたりますよ。講演の件、受けた方がよろしいと考えます。名誉挽回の機会です。東野さんがお考えのように時期は、裁判結審後の方が良いと思います」黒戸からも確認を得ることができたので、磯田氏に講演の承諾を時期の希望と共に連絡した。

【アフターエピローグ 2】

 2022年7月8日、黒戸から電話があった。

「東野さん、ご無沙汰しております。社外取締役協会の講演の件、どうされましたか」

「裁判決着後に引き受ける連絡をしました。少しずつ、名誉挽回の資料を作成しています」

「本日、連絡しましたのは、東野さん達の提訴した損害賠償訴訟の裁判の件です。裁判所から和解勧告がありました」

「和解勧告ですか。どのような和解条件ですか」

「ハイ、被告山本に1億円、被告新井泰と椎名史和には、それぞれ3千万円、その他の新井泰造、明神努、甲斐俊には、それぞれ1千万円の損害賠償金を払えということです」

「それは、和解勧告と言っても『前取締役らの善管注意義務違反を裁判所が認めた』という解釈でよろしいでしょうか」

「その通りです。おめでとうございます。原告の主張を認め、損害金額の和解という解釈でよろしいかと思います。最高の結果ともいえるでしょう」

「被告らはどうするでしょうか」

「裁判所の勧告ですから、よほど善管注意義務違反を否認させる証拠がない限り、代理人は、和解受諾を勧めると考えます。回答期限は1か月ですから、来月にはわかると思います」

「嬉しい情報ありがとうございます」

「まだ、被告が和解を受け入れるかどうかはわかりませんが、裁判所も今まで審議していた上での和解勧告ですから、根本の善管注意義務違反は、判決を下したと同様でしょう。

もう一度言わせていただきます。監査等委員としての職責完遂おめでとうございます」

「ありがとうございます」


 2022年8月8日にデジタル版、各新聞の朝刊三面には9日、以下の記事が掲載された。

・毎朝新聞

【日帝工業株式会社、監査等委員会の前取締役6名に対する損害賠償請求訴訟の和解成立】

東京地方裁判所は、日帝工業株式会社の前取締役6名に対する原告の主張する善管注意義務違反を認め和解勧告しており、二九日、被告・原告共に和解案を了承したと告知した。和解金額は総額1億9千万円(損害賠償請求額は3億2千万円)

・新日本経済新聞デジタル版

【高くついたコンプライアンス違反】

・読買新聞

【監査等委員会の勝訴……日帝工業株式会社】

「東野さん、お久しぶりです。やっと評価されましたね」両角から掲載された全新聞の切り抜きのコピーがメールで送付されてきた後、電話があった。

「両角さんのおかげです。ありがとうございました」

「我々がいなくてもスミス・羽柴・小野寺法律事務所は頑張ってくれましたね」

「ハイ、約束を果たしてくれました。有難いことです」

「刑事裁判は、傍聴に行きましょうね」

「ご一緒させてください」

 2022年8月9日付で、日帝工業から以下の適時開示が公表された。


       〔損害賠償請求訴訟の和解のお知らせ〕

 当社は、2020年12月25日付で会社を代表して監査等委員会が前取締役6名に対する善管注意義務違反による損害賠償請求訴訟しておりましたが、東京地方裁判所から和解勧告を受け、昨日8月8日に以下の内容で和解が成立しましたので、お知らせします。

 主な和解内容

1・被告(前取締役6名:山本金一氏、新井泰造氏、明神努氏、甲斐俊氏、新井泰氏、椎名史和氏)は、原告(日帝工業株式会社)に対して総額1億9千万円を払う

2・原告は、その他の請求を棄却する

なお、業績に関する影響は今のところ未定であり、別途お知らせいたします。    

                               以上


【アフターエピローグ 3】

 2022年10月21日、各新聞の三面に以下の記事が掲載された。

〔東証上場会社アルミ&プラスチック製造の「日帝工業」によるベトナム公務員への贈賄事件で、不正競争防止法違反(外国公務員への贈賄)罪に問われた前社長、山本金一被告(70)ら3人と、法人としての日帝工業に対する公判が二〇日、東京地裁(高松和臣裁判長)であった。検察側は「国際商取引の公正な競争を害した」として、山本被告に懲役3年、法人としての日帝工業に罰金5000万円を求刑して結審した。判決は一一月八日に言い渡される〕東野は「いよいよ刑事罰が下される」と期待に胸を膨らませて、判決日に両角と傍聴に臨んだ。

 2022年11月8日、東野は東京地方裁判所前で待ち合せた。受付で本日の開廷法廷を確認した。5階の502号法廷であった。

午後3時からの開廷にはまだ、20分ほどあったので、控室に行くと既に日帝工業から法人として被告になったため斎藤社長、新井泰執行役員総務部長、総務課長の河野、それに監査等委員の大野が座って待っていた。

「こんにちは」東野は、一応挨拶はした。斎藤らは、東野と両角の顔を見て「なぜ、ここにいるのか」というような顔をしていた。

「両角さん、お久しぶりです。本日は、裁判所の見学ですか」斎藤が冗談でもなさそうな不快な言い方をした。

「ハイ、我々の職責遂行の確認にきました」

両角は、胸を張って答えた。斎藤はその解答に何ら返す言葉もできなかった。5分前になると法廷の入り口で複数人の声がしたので、斎藤は、そちらの方へ向かうと山本前社長が弁護士に付き添われて到着したところだった。

山本も東野、両角の顔を認識して、斎藤と同様の顔つきになった。付き添いの弁護士が被告らに中に入ることを促され、東野らも傍聴席に入っていった。

定刻になると高松裁判長と2名の裁判官が入廷してきた。廷吏が立ち上がり、

「起立……礼……着席」と号令をかけた

「被告は、被告席へ」裁判官の命令により、

裁判官に向かって右側から、山本前社長、元ベトナム会社社長の田村、元企画管理部長の竹腰、法人の代表としての斎藤の順に被告席に座った。

「私が名前を読み上げたら起立ください。それぞれに判決を言い渡します」被告全員が頷いた。

「被告山本金一」裁判長が指名すると山本は立ち上がった。裁判長は山本が直立したのを見届けて

「被告人を『国際商取引の公正な競争を害した罪』で懲役二年を科す。但し、この裁判確定の日から3年間その刑の執行を猶予する」

山本の判決の言い渡しが終わると同様に

「被告田村茂雄、被告人を『国際商取引の公正な競争を害した罪』で懲役一年を科す。但しこの裁判確定の日から2年間その刑の執行を猶予する」

「被告竹腰昇、被告人を『国際商取引の公正な競争を害した罪』で懲役一年を科す。但しこの裁判確定の日から2年間その刑の執行を猶予する」被告3名については、執行猶予付きの量刑である。法人に対する判決は

「被告日帝工業株式会社、代表取締役斎藤正明、被告に対して『国際商取引の公正な競争を害した罪』で罰金3000万円を科す」と

有罪の罰金刑が科せられた。この後、裁判長は3人の被告らに対する執行猶予について説明を行い、閉廷した。山本や、斎藤は退廷後、弁護士に誘導されて控室に判決の詳細説明のため戻った。山本は弁護士の説明の後、斎藤に

「何で、東野らが来ていたんだ」と問い詰めた。

「仕方ありません。判決日は公表されていましたから。両角が『職責遂行の確認に来た』と言っていました」

「東野……『最悪の敵』の意味がわかった」

山本は独り言ちした。斎藤には山本が何を言っているのか、意味がわからなかった。

東野と両角は、何も話さずエレベーターで下に降り出口に向かった。裁判所を後ろにして新橋に向かったとき

「東野さん、『勝訴』と書いた紙を準備していませんでしたね」両角が言葉を発した。

「そうですね。忘れましたね」

「有罪ですよ。勝ちました」

「やっと終わりました。両角さん、本当にありがとうございました」

「民事と共に法廷も我々の『正義』を認めました」

「そうですね。やっと日帝工業株式会社監査等委員の職責を完遂させることが、できました」東野と両角は、新橋駅の近くで四時からアルコールが飲める居酒屋で、祝杯を挙げて帰宅した。当日の経済関連デジタル版や翌日の各社朝刊には

〔日帝工業株式会社前社長らに有罪判決…… ベトナム贈賄事件―東京地裁

アルミ&プラスチック製造「日帝工業」のベトナム贈賄事件で、不正競争防止法違反(外国公務員への贈賄)罪に問われた前社長山本金一被告(70)ら3人と法人としての日帝工業の判決が8日、東京地裁であった。高松裁判長は「国際商取引の公正な競争を害した」と述べ、山本被告に懲役2年、執行猶予3年(求刑懲役3年)日帝工業に罰金3000万円(同罰金5000万円)を言い渡した〕というような記事が掲載された。

 2022年11月9日付で、日帝工業から次のような適時開示があった。


    〔当社刑事事件の自主申告に対する判決のお知らせ〕

 当社は、2020年2月28日付で当社グループ会社であるベトナム会社で発生した外国公務員に対する贈賄事件を司法当局に自主申告する決議を取締役会で決議して東京地方検察庁に自主申告しました。当社及び当社元役員、当社従業員の起訴が起訴された当該刑事裁判の判決が下されましたのでお知らせします。

1・判決のあった裁判所:東京地方裁判所

2・判決日:2022年11月8日

3・判決の内容

1)有罪(不正競争防止法違反:外国公務員贈賄罪)

2)当社等に科せられた刑:罰金3000万円。また、当社元代表取締役には、懲役2年、執行猶予3年、社員2名には懲役1年、執行猶予2年

4・当社業績への影響

 科せられた罰金3000万円については、今年度第2四半期の決算に特別損失として計上します。

5.今後について

 当社はこの判決を真摯に受け止め、本判決に対する控訴はしないことを取締役会で決議しました。今まで取り組んできた再発防止亜を更に押し進め、信頼回復に全社一丸となって取り組んでまいります。

 この度は、株主、投資家等ステークホルダーの方々に多大なご迷惑をおかけしましたことを深くお詫びいたします。


【アフターエピローグ 4】

 2022年12月13日(火曜日)午後3時、場所は、社外取締役協会の事務所の近くにある文京区のシビックセンターの大会議室であった。会場には六十名ほどの聴講者がいた。

「みなさん、お忙しいところ、たくさんの会員にご参集いただき誠にありがとうございます。私、本日の監査役等部会で司会を務めさせていただきます、理事の磯田です。よろしくお願いします。時間になりましたので、ただいまから2022年度特別講演、元日帝工業株式会社で社外取締役監査等委員を務められた東野要郎氏に『有事発生後の監査等委員の対応』という題名で講演いただきます。東野様の職歴については、講演案内に記載の通りです。では、東野様よろしくお願いします」

東野が紹介されたので、渡されたマイクで講演を始めた。

「みなさん初めまして。東野要郎と申します。既に、ご存知の通り、私は、みなさんの当部会等の事例研究会で2回ほど対象としていただいた、外国公務員に対する贈賄事件という有事が発生した日帝工業株式会社の当事者です。初めにこの講演を行うことになった経緯について説明させていただきます。今年の五月二四日だったでしょうか、知人の新聞記者のご紹介ということで、本日、司会をされている磯田さんから講演の依頼があり、当部会での事例研究会の資料を送付いただいて検討させていただくこととしました。事例研究会のレポートを読ませていただいた第一印象は『第三者調査委員会の報告書をよく読み込まれている』ということでした。ところが、今回の大きな問題である監査等委員会の対応状況の事実が、会社側の妨害等で株主等に監査等委員会の職責遂行が正しく通知できなかったため株主等に謝った認識があったと同様に当部会でも情報を得ることが困難だったようで、不充分な事実認識の下での質疑応答等がありました。同業の方々に『監査等委員として対応した全て事実伝えるべき』と考え、講演を引き受けた次第です。また、大変僭越ではございますが、磯野様にお願いして、本日の講演出席対象者の方々には、事前に先の事例研究会のレポート等を配布していただいておりますので講演内容では、みなさまは、既に日帝工業の有事の詳細はご周知されていることを前提に概要のみとしております。ご承知おき下さい。講演は2部構成にしております。申し訳ありませんが1部は、時系列的に対応した事実を番号を付けて発表しますので、最後まで、通して説明させてください。その後に2部として、研究会での疑問や本日の説明を聞いての疑問やご意見等に対応させていただきたいと思います。

〔講演内容〕

第1.日帝工業株式会社の有事概要

1.2017年6月24日:ベトナム会社における税関監査官贈賄事件

・追徴課税軽減のため税関監査官リーダーに1000万円相当の現金を交付した。

・法令違反関与取締役:代表取締役(山本)の賄賂事前承認

・会計処理:数か月かけて消耗品費と修繕費で処理 

2.2019年8月31日:ベトナム会社における税務監査官贈賄事件

・追徴課税軽減のため税務官リーダーに1500万円相当の現金を交付した

・賄賂支払いに関与した取締役無:事後承認

・会計処理:取締役の関与もあり、違法会計処理未遂……ベトナム会社の概算渡金勘定

第2.有事対応への監査等委員としての職責と方針

【監査等委員の職責(監査等委員として、どうすべきか)】

監査等委員会は、株主の負託を受けて、取締役の職務執行を会計、業務監査を通して、監視・監督する法定の機関

1)有事発生後の職責

(1)取締役、取締役会の法令に準じた対応の監視・監督

(2)取締役の忠実義務・善管注意義務違反の有無確認

2)取締役の善管注意義務違反等があった場合の対応

(1)取締役の任務懈怠責任の有無の判断

(2)会社の損害が発生した場合は、損害賠償を含めた訴訟等の検討

【監査等委員の有事対応への方針】

1.コンプライアンスを貫く

1)上場会社の監査等委員としての職責を果たす

2)法令違反に関与した取締役の責任の徹底追及

2.証憑主義等での対応

・法的措置や外部発表等を前提とする

第3.監査等委員会の対応

1.2019年11月20日:臨時取締役会

1)経理財務管掌取締役からベトナム会社で不正の発生の疑義 (あったらしい)の報告

2)第三者調査委員会の設置の決議

2.2019年11月22日:監査等委員3名の対応打ち合わせ

1)ベトナム不正に関する調査開始

2)ベトナム不正&通報制度(社長のパワハラ等)への対応

3.2019年一一11月25日:本社、企画管理部竹腰部長:事情聴取及び証憑確認

4.2019年11月27日:ベトナム会社、田村社長に情聴取及び証憑確認

5.2019年12月5日:監査等委員会 不正に関する中間報告内容打ち合わせ

6.2019年12月9日:取締役会

・不正に関する中間報告:賄賂支払いの事実と隠蔽工作に取締役関与を報告

・第三者調査委員会の委員選任議案可決承認

7.2019年12月9日:金沢弁護士(顧問弁護士)ヒアリング

8.2019年12月11日:さくら有限監査法人との打ち合わせ

9.2020年1月14日:取締役会 第三四半期決算遅延決議

10.2020年2月21日:監査等委員会の主催調査報告会

 ①ベトナム不正対応

 ➁内部通報対応

11.2020年2月18日:第三者調査委員会主催の調査報告会

12.2020年2月同日:取締役会 司法当局への自主申告決議

13.2020年3月19日:監査等委員会 山本社長、椎名取締役への辞任勧告決議

14.2020年3月27日:取締役会

 1)第三者調査委員会の公表版報告書決議

 2)取締役報酬返上案決議

15.2020年3月30日:取締役会 前述:14.の決議事項の適時開示

16.2020年4月21日:監査等委員会

・取締役責任追及委員会の設置および委員候補選任決議

17.2020年5月20日:監査等委員会 次期監査等委員選任決議(増員)

18.2020年5月25日:取締役会 次期取締役候補選任決議

19.2020年5月25日:監査等委員会

・次期取締役候補選任者の内、新井泰、椎名史和両氏に対する不適切意見陳述決議

20.2020年6月1日:監査等委員会 東証記者クラブへの投げ込み案決議

21.2020年6月29日:株主総会

・次期取締役候補選任者の内、新井泰、椎名史和両氏が否認決議

22.2020年7月1日:取締役会

・執行役員選任決議(株主総会で取締役候補として否認された新井泰、椎名史和両氏を斎藤社長が選任し、承認決議)

23.2020年8月4日:取締役会

・取締役責任追及委員会の見直し案および山本前社長との顧問契約内容決議承認決議

24.2020年9月18日:個人株主からの株主提訴受領

25.2020年10月2日:取締役責任追及委員会から調査報告書受領

26.2020年10月6日:監査等委員会

・取締役責任追及委員会から調査報告書に基づく前取締役6名に対する損害賠償請求決議

および新井泰、椎名史和の執行役員解職及び各々部長職の解任要請決議

27.2020年12月3日:取締役会 任意の指名報酬委員会設置決議

28.2020年12月16日:監査等委員会 佐藤監査等委員弾劾審議

29.2020年12月25日:監査等委員会

・損害賠償請求訴訟の訴状承認および提訴の決議

30.2020年12月28日:取締役会

・監査等委員会による前取締役6名に対する損害賠償請求訴訟提訴の適時開示

31.2021年3月10日 佐藤社外取締役監査等委員の辞任

32.2021年3月23日 新井泰による新井興業の株式買収

33.2021年4月12日 機関投資家エイシア・ジャパン社からの株主提案受理

 ➀社外取締役の選任候補提案(当該会社役員)

 ➁社外取締役監査等委員の選任候補者(当該会社役員)

34.2021年4月21日:取締役会

・任意の指名・報酬委員会の「監査等委員である取締役候補者に係わる答申調査報告書」の取締役会への提出および承認決議

35.2021年4月22日:

・任意の指名・報酬委員会の「監査等委員である取締役候補者に係わる答申調査報告書」の適時開示

36.2021年4月23日:総務部 株主総会の日程変更

 変更前:2021年6月25日(金)

 変更後:2021年6月29日(火)

37.2021年4月27日

・両角、東野の任意の指名報酬委員会による「監査等委員である取締役候補者に係わる答申調査報告書」への反論書を取締役会に提出

38.2021年4月28日

・機関投資家エイシア・ジャパン社からの株主提案の変更届受理

➀変更前:当該会社の役員による社外取締役の候補および社外取締役監査等委員の候補選任

➁変更後:任意の指名・報酬委員会の社外取締役監査等委員の候補選任案と同じ候補者選任の提案へ変更した

39.2021年5月21日:取締役会 次期監査等員でない取締役選任候補者決議

40.2021年5月同日:監査等委員会

・次期監査等員でない取締役選任候補者に対する意見陳述決議

41.2021年6月29日:株主総会

 ➀会社(監査等委員会)選任提案の社外取締役監査等委員3名は否認決議

 ➁株主選任提案の社外取締役監査等委員3名が承認決議

42.2022年8月8日:東京地方裁判所

・民事訴訟:前取締役6名に対する善管注意義務違反による損害賠償請求訴訟の和解成立

〔裁判所からの被告の原告に対する総額1億9千万円を支払う(損害賠償請求額は3億2千万円)和解案提示を被告原告が受諾〕

43.2022年11月8日:東京地方裁判所

・刑事訴訟(不正競争防止法違反(外国公務員への贈賄)罪への判決:有罪

判決内容

・「国際商取引の公正な競争を害した」と山本被告に懲役2年、執行猶予3年(求刑懲役3年)日帝工業に罰金3000万円(同罰金5000万円)を言い渡した〕

第4.監査等委員としての職責について

【当該有事に対する職責は完遂した】

1・裁判所の判決と会社の対応

1)民事訴訟:取締役の善管注意義務違反を認め和解ではあるが、被告に損害賠償金を支払わせる案を勧告し、和解が成立した。(会社側も和解金を受領:第2四半期有価証券報告書で確認)

2)刑事訴訟:有罪判決。会社側も罰金3000万円を第3四半期決算で特別損失として計上第3四半期有価証券報告書で確認)

2・株主の意思

 今(2022年12月13日)をもって、株主から監査等委員に対する株主訴訟等(クレーム等)はない。                                        

                               以上

 東野は、以上の事実の箇条書きのパワーポイント資料を駆使して、淡々と説明した。約一時間通して説明した。

「以上が、私が、監査等委員として有事に対応した内容です。みなさんもご存知のとおり、主な対応事実は、監査等委員会と取締役会での決議内容で構成しましたので、全て証憑、議事録や新聞・ネット情報があります。それでは、ちょっと、5分休憩させていただいた後、みなさんのご質問にお答えしたいと思います」会場は緊張がほぐれたのか、ため息やらで少し騒めいた。東野は、トイレ休憩の後、ペットボトルのお茶を自動販売機で購入してから席に戻った。

「それでは第2部を再開します」磯田が司会として休憩終了を告げた。

「最初に事例研究会で出ていた質問に対してお答えします。事例研究の場では、担当の方々が……本人ではないので、しょうが無い事ですが……憶測で答えられておりました。その補足と受け止めていただければ幸いです」

「質問1・日帝工業(株)の内部監査部(または内部監査室)は、機能していなかったのでは

……日帝工業の監査部の体制は、三名でした。この人数では、海外子会社や支店および工場等の経営監査や会計監査まで精査することは困難です。とは言え、上場会社ですので、監査部門としての最低限の監査、つまり、法令や監査法人から求められる機能である内部統制システム上の監査のみの職責でした。

質問2・東南アジアや中国地域での賄賂の日常化は、誰も認識していなかったのか

……有事の後に、海外の社長から相談されました。

「実は、東野さんの前任の監査等委員に賄賂の話を相談しました。その前任者は『聞かなかったことにする』と言った」そうです。何らかの認識はあったのでしょう。但し『聞かなかったことにする』が『賄賂はしょうがない』という返事に受け止めること自体、コンプライアンス違反です。

質問3・東南アジアや中国地域での賄賂を断ち切ることができるのか。自社だけでは無理。日本の全海外進出会社が断ち切らなければ、事業に影響して負けてしまう

……同様にベトナム後に『実は、インドネシアでも要求が……』『深圳でも要求が……』という相談がありました。その際、駐在責任者の説明では『他の日本会社もやっているので、当社だけ断ると大変なことになる』と決め台詞を付け加えます。私は『だから何でしょう。認めろということでしょうか。逆です。今、賄賂要求に応じている日本の会社があるのなら会社名を教えてください。その日本本社と司法当局に通知します』と回答しています。

質問4・監査等委員は、株主寄りで中立・公平性を保っていなかったのでは

……『株主寄り』と言うことは、何でしょう。『中立でなければならない』とは、何と何との間で中立を、公平性を保てと質問されているのでしょうか。私の判断はその行為が『法令違反か否か』です。法令違反したものには、中立や公平さを持った対応はしません。徹底した責任の追及しかありません。

質問5・法令違反に関与した取締役が執行役員として、要職にあるのは内部統制システム上、問題はないのか

……ご指摘の通りです。監査等委員会では、三度くらい執行役員総務部長、および経理財務部長の解任、解職を求め続けましたが、現在も現職のままにするのが日帝工業株式会社です。としか言いようがありませんね。この質問には。監査等委員に人事権はありません。という回答でしょうか。以上が、研究会の際の質問に対する私の回答です。これからは、新たな質問やご意見を賜りたいと思います。質問、ご意見のある方はどうぞ」5名ほどの会員が挙手した。磯田が指名した。

「五井石油販売で、監査役の上条です。貴重な体験の講演、誠にありがとうございました。質問は、監査役でなく監査等委員であるがためできた事象というのはありますでしょうか」

「みなさんも監査等委員設置会社の機能については良くご存知とは思います。やはり、社外取締役という立場で議事に関与できたことが大きな違いです」

「旭電機株式会社で監査役をやっている大村と申します。本日は、貴重な講演ありがとうございました。足掛け2年に渡り、執行側と対峙して闘い続けられたことは、大変なことだと察します。そこで質問ですが、闘い続けられた東野様の強い意思の支えとなった原動力は、何だったのでしょうか」

「大村様、ありがとうございます。『強い意思の支えとなった原動力』となったものは

 ➀家族が決して、後ろ指さされないように最後まで『正義』を貫くこと

 ➁定年まで勤めた、日輪産業グループで一緒に働いた同僚、先輩、後輩への

  意思表示、つまり、日輪産業グループ離れても東野の業務遂行姿勢は変わ

  らないというメッセージと感謝の意思表示

 ➂社会人のプライド です」

「広四証券の厚木です。監査等委員として会社の不正にどのように立ち向かったのかが明確にわかりました。事実に基づいた説明でしたので、リアル感はぬぐいきれず、汗をかきました。監査等員の方々の粘り強い奮闘に敬意を表します。もし『あの時は、ああすればよかった』等制度や法令上の壁でできなかったこと、別のやり方があったという所謂、やり残したことがありましたらご教示ください」

「暖かいご意見ありがとうございます。監査等委員としての反省ややり残したことについてですが(パワーポイントの資料を映して……)この資料……『第4.監査等委員としての職責について』……にありますように

【当該有事に対する監査等委員としての職責は完遂した】が私の総括です。株主総会の招集通知は2年に渡り、また、任意の指名・報酬委員会の答申調査報告書等で誹謗・中傷を受けました。監査等委員会の開示要請や被告となった現職の執行役員等の解職、解任要請等は否認されたりして妨害に合いましたが、裁判所は、我々の『正義』を認め、民事訴訟については、和解による損害賠償請求が認められ、自主申告した贈賄事件については、有罪判決を言い渡しました。会社側も被告からの損害賠償金を受領、刑事罰の罰金の支払い等公表しています。……無いのは、監査等委員に対する謝罪ですが……本日の時系列説明の前の第2・監査等委員の職責と方針……ちょっとお待ちください(東野はパワーポイント資料を映した)ここにある

【監査等委員の有事対応への方針】として

1.コンプライアンスを貫く

1)上場会社の監査等委員としての職責を果たす

2)法令違反に関与した取締役の責任の徹底追及

この方針を貫いて得た成果です。これ以上の成果はあるでしょうか。ご質問への回答は

➀やり残しはない。

➁もっと別の方法があったかもしれないとは思わない。

というのが回答です」東野が胸を張り直したように見えた。会場は一瞬静まり返った。

「ITトランス株式会社の新山と申します。

時系列的に『事実』を説明いただき、誠にありがとうございます。会社の適時開示等の情報のみで、研究会でも事実の認識に苦慮しておりましたが、ここまで監査等委員会が行動を起こしていたにもかかわらず、情報が隠蔽されていたことに驚きと共に恐怖さえ感じました。適時開示について、東証の対応についての問題はいかがでしょうか。私は東証の適時開示制度に事実確認の不充分さがあり、日帝工業の適時開示にはノーチェックのまま株主等への開示を承認していると考えます」

「東証にも適時開示基準と言うものがあり、それに基づいて会社は株主等への情報を開示せねばなりません。しかしながら東証はあくまでも『受動的』であります。発信がなければ何も調査もできないでしょう。今回の日帝工業の場合、東証の“窓口”を執行側に抑えられており、苦慮したわけですが、東証も確認の機会は2回ほどありました。1回目は、2020年6月1日……本日の資料NO.22……に東証の記者クラブに『会社が開示すべき情報を開示していない』と投げ込みを行いました。もう一回は、資料NO.35にあった2021年4月22日で説明した、任意の指名・報酬委員会の『監査等委員である取締役候補者に係わる答申調査報告書』の適時開示です。あの内容は、2次情報のみでの現職監査等委員への誹謗・中傷的内容でありながら、東証は開示を承認しています。……チェックしたかという疑問もありますね……ここで『日帝工業は何かおかしい』と気づいて監視機能が発揮すべきではないかとは考えますが、やらなかったのは、東証の担当の問題か、組織の問題かは私には解りかねます。取締役責任追及委員会の設置に関して、直接、開示すべき内容ではないかと東証にも相談したのですが『会社の東証の窓口を通すように』とのアドバイスだけでした。お役所的仕事のように日帝工業の場合、窓口が問題にも関わらず」一呼吸して

「もう一つ付け加えていただきます。東証のような不合理なことは、よくあることだということをこの『社外取締役協会監査等部会』で知らしめられました」

「どういうことでしょうか」磯田が慌てて質問してきた。

「それは当協会でシニア顧問されておられる五味等氏……本日も出席されていますが……の『監査役等の事件』……当協会のホームページへの公開……の内容についてです」

「私が五味です。何が問題でしょうか」前から三列目に座った70歳過ぎと思われる男性が立ち上がって質問した。

「改めまして、東野です。最初に総論として、五味さんに二つ質問させていただきます。五味さんは監査役または監査等委員として直接、ご自身が有事に直面されたことがありますか」

「私は、直接はないが、相談を受けたり、事例研究も100を超えて行っている」

「もう一つの質問はその100を超える事例について五味さん自身が直接、当事者に事情をヒアリングしたことがありますか」

「直接当事者にヒアリングしたことはない。ほとんどのケースが当事者の連絡先まではわからない。しかし、当該有事のあった会社からの開示情報を見落としたことはない。第三者委員会を設置した場合は、報告書を全て熟読して研究論文を纏めている」

「経験が無いのになぜ、アドバイスや指摘……いや私的意見を公開できるのでしょうか。当事者に事情や事実の確認をせず、なぜ自称研究論文を公開するのでしょうか」

「コラムの前書きに『私の論文は、公開された情報、新聞記事等から有事発生時に〔監査役等は、どうしたらよかったのか〕という観点から監査役等の責任について、書いています』と記載している」

「それでは、各論ですが、日帝工業のこのケースの場合、2回記載され公開しております。その五味さんの指摘(私的)意見は

 NO.42:取締役への意見陳述はしたが……については四つの監査等委員としてやるべきだったこととして記載公開しています。

1・有事の情報取得の遅さという指摘

……何が遅かったのでしょう。賄賂事件は、2019年8月31日、監査等員として認識したのが、11月20日の約2か月間のブランクを言っていると考えますが、当年度の決算には反映させましたし、監査報告書にも記載しています。会社経営上、遅延させたものはありません」

「その情報取得の遅さというのは、取締役会での報告しか認識できないのは、監査等委員として情報網を確立していないということを言っている」

「五味さん、あなたは『情報網を確立していない』を監査役等の責任を果たしていないとして指摘して公開しているのですよ。日帝工業の規程では、有事の場合、内部統制システム上の危機管理で、代表取締役または総務管掌役員が監査等委員会へ報告することになっています。責任を果たしていないのは代表取締役と総務管掌取締役で、監査等委員ではない。また、会社法等の監査役等の職責に『情報網の確立』と記載されていますか」五味は回答しなかった。

「2つ目は『2・有事の調査分析:監査等委員が主導権を持って調査を行うべきである』という指摘。ベトナムの不正に関して、監査等委員会は独自の調査を行って、第三者調査委員会より先に調査報告会を行いました。やるべきことをやっていますが」

「そんな情報は初めて知った」

「五味さん、あなたは人に『情報網の確立すべき』と人に要求しています。五味さん自身の情報網は確立されていますか。確立されていないから、ウェブや新聞の切り抜きのみで監査役等の対応評価を行っています」

「三番目『3・派閥抗争での対応も不充分である』というもの。確かに日帝工業で創業家の内部抗争がありました。がこれは、有事に関係することでしょうか。いえ、創業家の一報が自分たちの有事の責任を最小化するために利用した姑息な手段であり、派閥争いを理由に監査等委員会の調査や取締責任追及委員会の調査を葬り去ろうとしていました。理由は保身のためです。五味さんも見事にその罠にかかった指摘をしています。『派閥抗争への対応』など監査等委員の職責遂行に一切関係ありません」

「NO.42の最後の指摘は『4・身体を張った反対をすべきだった』これは、株主総会で取締役を否認された新井泰と椎名史和を斎藤が、執行役員に選任して取締役会で多数決で承認されたことを指摘しています。五味さん『身体を張った反対』とは、どうすれば良かったのでしょうか。もちろん我々監査等委員は決議に反対しています。身体を張って多数決を覆す方法をご教授ください」

「二つ目から五味さんは何も反論しませんねえ。反論しないのかできないのかわかりませんが。五味さんの指摘には、具体性が全くない指摘となっているからでしょう」

「誠に申し訳ありませんが、磯田様の質問に対する回答の裏付けとなりますので、自称五味研究論文NO.45:監査等委員会は何故、否認されたのか……にも触れさせていただきます」東野は継続した。

「ここでは任意の指名・報酬委員会の答申調査報告書の内容から『法令違反の運営:事実としてこのような運営があるのであれば、即刻、是正すべきである。取締役を監視・監督する監査等委員がこのような、いい加減さを指摘されることは、恥ずべきことである』と我々を誹謗・中傷しています。『恥ずべきこと』とまでいった誹謗・中傷が公開されています」

「五味さん、本日の発表は全て事実に基づいて行い、監査等委員会の議事決議については監査等委員全員の承認印のある議事録、取締役会については取締役会メンバー全員の承認印のある議事録が証憑として日帝工業にあります。どこに法令違反の行為がありましたでしょうか」

「指名・報酬委員会の答申調査報告書にはそういうことは何も記載がなかった」

「証憑がないものをどうして確認もせず、偏った事実のまま公開処刑するのでしょうか」

「公開処刑など行っていない」

「事実を確認しないまま一方的な適時開示の情報で監査等委員としてやるべきことをやっていなかった。恥ずべきこと』等、会社側の『不適切』を後押しする誹謗・中傷を本人に確認もせずWEB公開することが当事者にとって、監査等委員として公開処刑されていると感じます」

「新聞や他のコメント等も本人に確認せずにWEB等で公開されたり、出版されたりしていますよ」磯田が五味のサポート意見を述べた。

「本人確認をせずに情報を公開するのは、本人に確認しなくても確固たる証拠・証憑があるときですよ。そうしないと名誉侵害等で訴えられますから。五味さんの『監査役等の事件』には名誉侵害等で訴えられた場合に法廷等で戦える『確固たる証拠・証憑』をお持ちでしょうか」

「同レポートでは、前取締役6名の損害賠償訴訟に関しても『請求総額は3億2千万円で、内訳は不明である。贈賄金も含まれているのだろうか』と非難しています」

「会社の適時開示には、請求金額の総額しかなかった」

「請求金額の内訳が不明で裁判所が提訴を受理するわけがない。内容を知りたければ、裁判所に行けば、裁判資料が閲覧できますよ。五味さんの『監査役等の事件』の内容の一つ目の大きな問題は、裏付け情報が2次的情報だけで書いていることです。繰り返しになりますが、当事者の確認は何もしないで適時開示や事例集、ネット情報のみということです」

「二つ目の大きな問題は『監査等委員の職責』を理解していないということです」

「東野さん、それはあまりにも失礼な言い方でしょう。五味さんは二十年以上、監査役を数社で務められています」磯田が口を挟んだ。

「そのような立派な職歴にも拘らず、いまだ『監査等委員の職責』が理解されていないのは資質の問題でしょうか。NO.42でも指摘しましたが『派閥抗争へ対応も不充分』と記載し、NO.45でも『株主による監査等委員の選任議案が提議され取締役会も承認し、株主総会で可決承認されたことに対して〔監査等委員の行動に油断があった〕と誹謗・中傷しています。何の油断かというと『会社側が、社内外に情報を発信し、防御と攻撃を纏める中、監査等委員は、何をしていたのだろうか。社員や監査法人等の協力を求めて、監査等委員会の所謂〔味方〕や〔支持者〕を少しでも増やそうとした形跡がみられない』ことが『油断』だと。ここでは具体的なご指導が記載されていました。よしんば五味さんの具体策である〔味方〕や〔支持者〕を増やしたとして2021年3月の新井泰による新井興業の買収を防げたでしょうか。……そんなことは、ありえません。株主の動きや資本・投資に関する事項は『監査等委員の職責』外です。株主を監視・監督するという職責が法令上にありますか。ありません」

「しかし、失礼ですが、御社の株主総会で東野さんらの選任議案は否認され、負けました。事実は変わらない」

「五味さん、お解りになっていませんね。選任議案を否認されたことが『監査等委員の職責を果たしていない』ことでしょうか」

「今年は、継続して監査等委員の職責を務めることができなかったのは、結果的に『職責を果たすことができなかった』ことになるでしょう」

「少し各論に偏った考えです。本日の私の講演の総括として『監査等委員としての職責を完遂した』と発表しました。民事も刑事案件も私共が日帝工業の監査等委員を続けなくても結審したことは、種は捲いて刈り取る状態で職責を離れたからです」

「じゃあなぜ、自分たちを次期監査等委員として選任した議案を提出したのか説明してほしい。監査等委員として続けたかったのだろう」

「自分たちを次期監査等委員に選任したのは責任感からです」

「ほら見ろ、責任をまだ、果たしていないと言ったじゃないか」

「おっしゃる通り、2021年6月29日:日帝工業の株主総会まで、結論……民事も刑事も……結審されていませんでした。だから我々は責任感で、次期監査等委員に選任議案を提出しました。株主総会の承認決議は、皆さんご周知のとおり、否認されました。株主が『もう、いい』と判断された。そこで責任はリリースされたんです。『最後までやる意思はあります』と伝えたにも関わらず」

「実際、我々は、もううんざりだったんです。取締役会の無効、内部統制システムの無効を『個々の正義』としている日帝工業に。特に両角さんは、選任議案の時に『もう続けたくない』と本音を吐露していましたが、私が説得したわけです。『裁判が終わるまで付き合ってください』という理由で」

「裁判が終わったらどうするつもりだったんですか」五井石油販売の上条が聞いた。

「私は『両角さん、裁判が終わったら判決の如何にかかわらず、一緒に辞任しましょう』と条件を付けて了解いただきました。もし、継続していたら、ちょうど今頃、辞任しており『監査等員2名が辞任』とか話題になって、また、皆さんの研究事例の対象とされたかもしれませんね」

「会社の状況など、知る由もない」五味が独り言ちのごとく発言した。

「2次情報だけでは、解りかねる実情です。情報を自ら集めようとしない人、背景を調べない人に何も情報等は集まってきません」磯田も黙ってしまった。

「この二つの問題は、五味さんの私的問題ですが、これから述べるのは社外取締役協会の問題です。五味さんの自称研究論文の『監査役等の事件』の実状は、有事対応の経験もなく真の『監査等委員の職責』も理解せず『新聞記事切り抜きのスクラップブック等の2次情報等のみで書いた稚拙・偏見に満ちた感想文』をホームページで公開の場を与えているということです。強いて言えば『ご意見番のコラム』的扱いで」

「コラム冒頭に『掲載している研究論文は筆者個人の意見・見解であり、社外取締役協会監査役等部会の意見・見解ではありません』と断っています」磯田が理事の一人として答えた。

「社外取締役協会監査役等部会の理事の磯田さんの見解がそれですか。まさに『受動的』ですね。この『受動的』と言う体制は、東証の体制の時にも使いました。ITトランス株式会社の新山さん、ご質問いただいた件、当協会も同様の開示を行っているということです。会員として東証の前にまず、当協会の掲示基準等を確立されるべきではないでしょうか」

「当協会の公開掲示の大きな問題は『社外取締役協会監査役等部会の意見・見解ではありません』と御断りのコメントを掲示すれば会員のコメントや自称研究論文は、何でも公開できるのでしょうか。五味さんの事実の確認も行わないスクラップ的情報のみで『監査役等は、どうしたらよかったのか』と非難して、監査役を公開処刑する場を提供しています」

「五味さんの貴重なアドバイスの『監査役等は、どうしたらよかったのか』がどうして『処刑』ということばで非難されなければならないのでしょうか」磯田が食い下がった。

「一つ明確なのは、五味さんの……磯田さんの言う『アドバイス』……『どうしたらよかったか』は後出しジャンケン的指摘ですから。例を言いますと『相手がパー出したのに、どうしてグウをだすのか。グウを出すから、貴方は監査役等として、ダメなんだ。チョキをだすべきだった』ということを監査役等の職務に則って指摘非難しているだけですから」

「社外取締役協会監査役等部会のもう一つの誤りは『監査役等部会』にも関わらず五味さんの『監査役等の事件』を掲載していることです。」

「言っている意味がわからない」

「先ほど『後出しジャンケン』の事例で説明しましたが、事例研究の名の下に、傷を負った監査役等の方々の傷に五味さんの塩を塗り付けさせてそれを当協会の研究実績の目玉のように一般公開しています。会長、本日出席されておりますが、貴方は『ホームページの挨拶の欄』に『監査役等は、役職に“監査”という名が付くだけで、社内で煙たがられたり、避けられたりする傾向があるが、法令で求められている職責は、会社を諸事リスクから法的に防御する最後の砦である。その職責は孤独なものであり、意思を貫くことが大変難しい役職でもある。当協会は社外取締役という取締役経験者が参集して、リスクに一人で立ち向かっている監査役等の強いバックアップできる組織を目指している』と当協会の正義を宣わっています。五味さんのスクラップ的感想文のホームページ掲載は、その『正義』を貫いているでしょうか」

「東野さんは、何を要求しているのでしょうか」磯田が怒って質問した。

「即刻、五味さんのスクラップ的感想文集『監査役等の事件』を公開取り止めることです」

「全部ですか」

「私の公開取り止め請求ができる対象は、自分の関与した日帝工業に関するNO.42とNO.45ですが。網羅性を考えると全部公開取り止めするべきでしょう。研究会の事例研究には私は何もクレームしてません。何故ならクローズド資料となっているからです。

五味さんのように公開してしまえば同じようなクレームを突き付けます」

「私は……私は、監査役等の立場で書いたつもりだが……とても役に立ったというブログ意見も多数ある」

「もし、私が、2次情報だけでなく、当事者にも取材して、了解を得て書くとしたら『監査役等はなぜ、職責を果たせなかったか……その背景と実状を解き明かす……』でしょう」

会場から「おおっ」と同意するような声があがった。当協会の理事たちは沈黙したままであり、しばらく時間が経過した。

「質疑応答の場が、当協会の問題提起の場になってしまいました。申し訳ありません。しかしこの五味事件……敢えて事件と言わせていただきます……は、当協会の有事です。会員の皆さんは、この有事にどのように対応されますか」第三者の有事の経過の講演会が主催協会の有事指摘になるとは、誰も想像していなかった。

「日帝工業の有事対応について、もう質問がなければ……」会長、田中光が挙手した。

「東野さん、当協会に対する東野さんのご指摘の件については、理事会で検討します。折角の外部講演でしたので、当協会の問題でなく有事に対応した監査等委員の講演者のご意見で締めくくりたく、質問を二つさせていただきたいと思います。よろしいでしょうか」

「ハイ、よろしくお願いします」

「東野さんの今回の講演の内容に『正義』という単語がよく使われていました。非常にわかり易く意味も理解できましたが。東野さんに改めて問いたいと思います。『監査等委員の正義』とは何だと考えられますか」

「私にとって『監査等委員の正義』とは……」自分に言い聞かせるように一息ついた。

「有事に対して、コンプライアンスを第一に株主等ステーク・ホルダーのために監査等委員の職責を完遂させることです」

「東野さんは、今回の有事について『監査等委員の正義』を貫いたと」

「ハイ、最後まで監査等委員としての正義を貫いたつもりです」

「ただ、この『正義』というものは、中々難しいもので、会社側も自分たちの『正義』を主張していたと思います。適時開示等で。私は、それぞれの立場に『正義』があると考えますが、東野さんのご意見はいかがですか」

「仰る通り、誰にでもどの立場にも『正義』はあると考えます。日帝工業の例で言えば、違法行為を隠蔽した取締役らには

 ➀会社のため

 ➁東南アジアや中国圏では、公務員の贈賄は当たり前、みんなやっている。

  当社だけではない

 ➂袖の下を払わないと通関が遅れて損害が発生する。税務監査を毎年行う。

  税務申告の際に意地悪され、承認がおりなくなり、会社が困ることにな

  る。

 ➃家族のため。家族の生活を守るため流れにながされなければならない

 ➄社長のため

 ⑥今までお世話になった創業家の会長のため

などでしょうか。もし、自分たちの個別の正義の正当化を主張するのであれば、その正義は社内等関係者だけでなく、世間一般に公開できてみんなから『正義』と評価されるでしょうか。また、家族に胸を張って、奥さんやご主人から、子供から「お父さん(またはお母さん、または、貴方)は正しい」と認めてくれる正義でしょうか。会社であれば、上司、部下、先輩・後輩に説明して、皆さんが納得する『正義』かということです。日帝工業の場合、皆さんが指摘される派閥闘争や取締役会と監査等委員会の対立等がありました。相手の立場から考えると、斎藤社長をはじめとする取締役会メンバーは「正義を貫いた」と思いますか。私は思えません。逆に取締役会メンバーは、監査等委員会は「正義を貫いた」と思っていないでしょうか。私見ですが、思っていると思います。いや思いたいです。だから、あの手この手を使って監査等委員の要請を拒絶した。一番、明確なのは、監査等委員会の要請した適時開示ができなかったことです。何故なら

 ➀適時開示したら自分たちが不利になる

 ➁適時開示したら監査等委員会の正義が知れ渡る

 ➂株主に取締役としての非が認識される

と恐れたのでしょう。まあ、彼らがそもそも『正義』というものの理解をしていればの話ですが」

「東野さんの説明された『最後まで貫いた』というのは、そのどこまででしょうか」

「今回の日帝工業の場合は、法廷闘争まで貫きました。法廷闘争までいかなくても会社の有事に関する個別の正義の場合、上場会社であれば、ステークホルダーがどこまで承認するかでしょう。但し、ステークホルダーに情報が正しく開示されていることが前提となります。一方だけの情報ではなく」

「大変、勝手ないい方ですが『個別の正義』は、お金で買うことができると思います」

「その通りです。地位、権力やお金で買えることがあります。『個別の正義』を貫くために法廷闘争でも強い法律事務所に依頼するのは、その可能性をぬぐい切れないからでしょう。私は、例え地位、権力やお金で買えたとしてもその正義にはピロリ菌がついていると考えます」

「ピロリ菌?」

「地位、権力やお金で買った正義は、つまり“欲”が絡んだ正義にはピロリ菌がたくさん繁殖しており、一生治癒できない『心の潰瘍』で蝕まれてしまうと考えます。……この症状は、何の証拠はありませんし、実証できませんが……これが私の『正義論』です」

「何か、何となくわかる気がします。ありがとうございました。最後の質問です。今回の日帝工業の法令違反の有事の根本的な原因は東野さんの立場から、何が原因とお考えでしょうか」

「それは『取締役の品格』です」

「えっ。『取締役の品格』とはどのようなものでしょうか。また、どうすれば『取締役の品格』を保つことができるのでしょうか」

「簡単なことです。事例でいうと日帝工業の取締役のやっていることの逆をやれば、『取締役の品格』が保てます。『品格』の重要な点は『取締役としての、その判断は、法令遵守の下、株主のための判断か』ということです。言い換えれば『取締役の立場にいる自分の保身や利益のための判断を行っていないか』ということです」

「大変わかり易い説明ありがとうございます。しかし、それぞれの会社には歴史があり、社風、文化があります。東野さんもご経験があるように色々な柵や人間関係等あり、中々、『取締役としての、その判断は、法令遵守の下、株主のための判断か』を徹底させることは難しい場合が多くあると思います」会場から同意の頷きや囁きが聞こえた。

「難しいと思われる方には『取締役の品格』加えて『監査役等の品格』はないということでしょう。会社法等での取締役や監査役等の職責に今、おっしゃった『社内外での柵、人間関係等がある場合は、取締役・監査役等の職責は免責できる』とは一切、記載がありません。また、コンプライアンスについて敢えて申し上げますと、企業では、代表取締役、社長、取締役、部長、課長、監査役等も含めて。大学では、学長や理事長、官公庁では、知事、庁官、国で言えば、総理大臣、大臣等……少し大きな話になりましたが……取締役だけでなく、いわゆる『役職者』には、それぞれの階層に応じた裁量権たるものがあります。しかし、法令違反には、どの役職者にも……誰にも裁量権等はないということです。組織の上部の役職になればなるほどまた、長く同じ役職に留まれば留まるほど、そのポジションの『役職者の裁量権』が経験という触媒を通すことにより、徐々に拡大解釈という誘惑に侵され『役職者の品格』が蝕まれて行きます。役職者としてのクソみたいな驕りと油断が生まれるわけです。役職者になったらいつも『品格』と『裁量権』を天秤にかけ均衡を保っているかを見直す必要があると私は考えます」会場が突然のように静まり返った。


「本日は、東野さん、貴重な講演誠にありがとうございました。これにて監査役等部会の特別講演を終了させていただきます」磯田が、唐突に終わらせるべく講演終了の指揮を取った。

「社外取締役協会のみなさま、ご清聴、誠にありがとうございました」

「ご出席のみなさん、講演された東野さんにお礼の意味で、拍手をお願いします」五味を除いた講演会参加者から、万雷の拍手が起こった。

会議室を出る際、理事の一人である五井石油販売の上条が声をかけてきた。

「東野さんこの後、ご予定ありますか」

「いえ、特にありません」上条は講演の慰労も兼ねて酒席でも誘おうかと出口方面に歩きながら

「東野さん、また、どこかの監査役等のお仕事の予定はあるのでしょうか」

「いや、考えていません。まだ、やることがありますから」

「えっ、まだやることがありますか。もし差支えなければ、お聞かせください」

「これから本人訴訟の勉強をして、五味氏を『名誉侵害』等で訴えようと考えています。何せ当事者に断りもなく『監査役等の事件』で、私の関連のNO.42は、2年間、NO.45は1年間、事実を確認しないまま公開処刑されておりましたから」上条は、東野の言葉を聞いて、一緒にシビックセンターから退所するのを踏みとどまった。

                               おわり



《参考文献》T社適時開示情報

【注意】

1・この物語は、フィクションです。登場する人物、団体・名称等は全て架空のものであり、実在のものとは、関係ありません。

2・この小説の題名および原稿の著作権は

 【東京都文京区音羽在住、ペンネーム東野要郎】に帰属します。

著作権者に無断で、公表・開示・引用・転用等を禁ずる。




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コンプライアンスの番人……社外取締役監査等委員の正義…… 東野要郎 @jk0704

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