第2部 2020年度 第七章 エピローグ

 《第七章:終章》

【エピローグ 2】

「両角さんは、本日の展開は、どこまでご存知だったのでしょうか」

「本日の展開というと」

「社員持ち株会有志である流山工場長の山村氏、樹脂原料の重要仕入先である滋賀ポリマー株式会社の法務部長の出席と高梨氏の社内情報量の凄かったことについてです」

「解りましたか。やはり。でもそんなに絡んでいません」

「では『そんなに絡んでいない』程度でかまいません」

「実は、発端は、山村氏からの電話でした。エイシア・ジャパン社からの株主提案の変更通知があった後でした。彼から『会って、相談したいことがある』という内容で、5月2日だったと思いますが、私の事務所に来てもらい話を聞きました……山村さんはゴルフが趣味で、社内のゴルフ仲間でした。明神元名誉会長が社長時代に、社内ゴルフコンペで、同じ組でラウンドしたのがきっかけで。彼は、私と同じ筑波カントリー倶楽部の会員権を持っており、……住まいも流山ですから……月例とかでも顔を合わせていました。

〔両角さん、これからどうなるのでしょうか。私たちは、山本前社長の辞任を明神元名誉会長に相談した以降、結局、何もせず……実際は、斎藤から脅しがあり、何もできませんでした。監査等委員の方々が頑張っているのに本当に申し訳ありませんでした〕

〔斎藤からの脅し。やはり、そうですか。監査等委員会でも人事異動とか見るたびに、報復人事ではないか等心配はしていましたが、確固たる証拠がないと動けませんでした〕

〔昨年の株主総会で、斎藤が社長になった後、斎藤から、執行役員一人一人に連絡があり個人面接させられて、二つのことを要求されました〕

〔二つの要求……〕

〔ハイ、面接の話は『自分が社長になったのは、山本前社長と新井家から選ばれたからである。そのことは、トラスト・インベストメント社も承諾しており、湊取締役ともいつでも話をしている……』と自分のバッグの力の凄さと盤石であることの自慢がほとんどでした。……元々、斎藤は、ポジションを振りかざす性格で、部下を力と怒鳴り声で、押さえつける性格で、パワハラ的行為も彼の部門では、噂になったことも何度もあり、我々の執行役仲間では、彼だけは取締役には、なって欲しくないという代表でした……最後に二つの要求がありました。『一つめは、俺に忠誠を誓え。そうすれば今のポジションは確保してやる。二つ目は、監査等委員と接触しないこと。もし監査等委員から打ち合わせ等要求されたら、応じても良い。但し、打ち合わせで話をした内容を直接、俺に報告しろ』という命令でした〕

〔斎藤らしい……というか、みっともないですね。力でしか、マネジメントできない……マネジメントは、何もしていませんけど。パワハラですよ。人事権を盾にした〕

〔『忠誠を誓え』との要求時に誓約書を準備して『サインしろ』と迫られました〕

〔酷い。自ら人徳の無さを認識しているのでしょうか〕

〔面接時は、何とかサインはせずに、宣誓書は持ちかえりさせられ、期限が三日後までと言われて〕

〔それで、どうされたんですか〕

〔執行役員の仲間で相談して、結局、明神元名誉会長に相談しました。明神元名誉会長は『自分が関わっていることが知れると、君らが尚更、困る立場になるだろう』とは言いましたが、弁護士を紹介してもらい『宣誓書に関する意見書』を作成して……内容は、①株式会社の上司部下の関係で忠誠を誓うことのできない理由を延々と連ねたものです……仲間全員で署名して、斎藤に提出しました。その後、斎藤は『忠誠を誓え』については、何も言ってきません。弁護士の費用は無料でした。名誉会長のおかげです〕

〔大変でしたね〕

〔我々も自分たちの保身に精一杯で何もできず申し訳なく思っていました。そこにエイシア・ジャパン社の株主提案の修正案が提示されてきたので、執行役員の仲間と相談して、両角さんに状況を確認したく連絡させていただきました〕

〔多分、我々の監査等委員選任議案は、否認されるでしょう〕

〔否認されるということは、株主提案の監査等委員選任議案が承認されるということでしょうか〕

〔ご存知の通り、新井泰が新井興業を買収して、当社の持ち株比率が約25%へ増加し、新井泰のやり方に呼応している機関投資家のトラスト・インベストメント社……湊を取締役に迎えていますし……の持ち株比率は12%ですから合わせると37%くらいになります。当社の株主総会における株主の議決権行使の比率は、全体の64%前後です。お解りですよね37%の大きさが。また、議決権行使する一般株主は、株価安定を第一に考え、安定、つまり会社の方針をそのまま支持する方が10%以上はいます。そうです。残り全株主が、会社の間違った方針を質すという株主ばかりではありません。また、当社は斎藤が会社に有利な情報しか、適時開示していませんから。取締役会の決議や反対の意思通りの議案承認となるでしょう〕

〔それでは、両角さんや東野さんのやってきたことが無駄になります〕

〔いえいえ、既に社内側からの改善や職責の遂行は無理と判断して、訴訟していますから司法の判断に委ねて、職責完遂させます〕

〔でも社内には、会社として適時開示情報しか知らされておらず、東野さんが、メールで送付いただいた反論書でやっと、監査等委員の方々の苦労の一部が理解できたくらいです。もっと斎藤に株主や社員のためではなく、元上司の山本や創業家の一つの新井家のための経営しかやっていないことを本人に知らしめたいんです。監査等委員の体制が変わると、所詮、彼らが選任した監査等委員ですから、何にも期待できません。両角さんや東野さんがいらっしゃるうちに何か楔を打ち込みたいんです。取引先様からも『日帝工業はどうなっているんだ。今度は監査等委員会の違法行為か』とか問い合わせが、滋賀ポリマー様やスリータイガー様からあり、その際は『我々も会社側から何の説明もなく、恥ずかしいながら、我々もお取引様と同様ですが、監査等委員会は原因究明・責任追及を遂行しております』とお詫びして、東野監査等委員の送付いただいた〔反論書〕を取引様にお渡ししている状態です。取引様も品質管理や内部統制システム上の『取引先管理システム』というのがあって、取引先として毎年、口座継続のため会社情報を更新するための情報提供が昨年来、できておらず、2年目ともなれば、ブラックリストに載るくらいに信頼を損っているのが現状です。会社に総務経由、直接、斎藤社長にも連絡しましたが『ちょっと待て』の一点張りで埒が明かないので、株主総会に出席して、問い質してやろうかとも考えています〕

〔それは、最後のチャンスかもしれませんが、その後の報復もあり得ますよ〕

〔両角さん、私、来年、定年ですし、シニアとしても残るつもりはございません。実家が農家で弟が継いでくれているので、定年後くらいは、弟の手伝いをしようと考えていますから。私にとってもラストチャンスかもしれません〕

〔それであれば、山村さん、社友会の会長を務められている元社長の高梨さんをご存知でしょう〕

〔ハイ、高梨さんには、社長時代も良く流山工場に来ていただいて大変お世話になりましたし、よく存知上げております〕

〔彼に相談してみてください。きっと山村さんの立場として一矢報える、何か良い手段を考えていただけると思います〕

〔わかりました〕と山村さんに、高梨さんを紹介しただけですよ」

「滋賀ポリマーの法務部長が質問したのも両角さんの仕掛けでしょうか。品質管理や与信の面からの上場会社の取引先管理の必要性からの理にかなった質問で、『信頼』というキーワードに刺さる発言でした」

「山村氏の質問時に背景の説明もあったように取引先と直接対応せねばならない現場は、本当に困っていたようです。各工場の資材の滋賀ポリマーなどの仕入先様もそうですが、営業部門は顧客対応が大変だったらしいです。高梨さんの指摘した『被告のための経営』は社外では通用しませんし、株主提案の誘発のための任意の指名・報酬委員会の『答申調査報告書』の適時開示が信頼失墜の拍車をかけたようです」

「信頼失墜の拍車?」

「監査等委員会が前取締役らの善管注意義務違反による訴訟提起したにもかかわらず、監査等委員に対する根拠のない違法行為の誹謗・中傷する任意の指名・報酬委員会に対して不信感が更に募ったようです。山村氏が、我々の〔反論書〕を取引先の方々に渡してくれたのが功を奏したのでしょう。法務関連部署の方々が読み比べれば、『正義』がどちらにあるかは明白ですから」

「山村氏の取引先様との関係の深さもあったのでしょう」

「滋賀ポリマー株式会社の滋賀会長と明神元名誉会長とは、当社創業時のプラスチック製品の生産立ち上げ時代からのお付き合いですから、60年くらいになります。お互い上場する際に、切磋琢磨した間柄で、大変、親密にしていました。良き取引先でもあり、また流山工場は、当社の初代工場で明神元名誉会長は、流山工場長を10年務めましたから、流山工場と滋賀ポリマー社との特別な信頼関係を山村氏も工場長として引き継いでいるのでしょう。明神元名誉会長が代表取締役だった新井泰造と山本に名誉会長職解任された時に滋賀会長から『何があった?何かできることはないか』と明神元名誉会長へ直接、心配して電話されたそうです」

「両角さんは、何でも良くご存じですね。滋賀ポリマーの岡崎法務部長から、高梨さんは、スムーズに引継ぎ、今年も大活躍していただきました。我々の留飲を下げるような発言が多々ありました。高梨さんとは、事前に何も話されていなかったのでしょうか」

「何も……斎藤のような嘘はつけません……新井泰被告の新井興業の買収ニュース公開の翌日、高梨さんから電話がありました。

〔大変なことになったな〕

〔そうですね。資本家のところには、監査等委員は、立ち入ることができません〕

〔そりゃあ、そうだ。ただ、買収株価を考えると、一株@3000円位とすると100億近いお金が必要だな。よく貸す銀行があったもんだ。もちろん買収した日帝工業の株式を担保にしていると思うが〕

〔返済期限にどうするかですね〕

〔東野氏の懸念事項は何かわかるか〕

〔ハイ、多分、あちらさんは、誰か株主に頼んで、監査等委員の株主提案をしてくるでしょう。ご存知のように株主の監査等委員提案については、監査等委員会の承認はいらず議案とできますから。腹は括っているようです〕

〔議決権行使関係は、我々もどうしようもできない。当社の株主の議決権行使状況からいっても難しい。彼の懸念事項はやはり裁判か〕

〔刑事裁判は、別として損害賠償請求の民事裁判で、唯一、原告の取り下げを懸念しています。山本や新井の最良の形を狙う可能性も0%ではありません〕

〔当社は腐ってきても上場会社だから、まず、そこまで危険を冒せる社外取締役が、選任されればの話だが。株主訴訟のリスクを自分で背負うことになりかねない。そういう意味を含ませた質問も考えよう〕

〔高梨さん、含ませる言い方でなく、直接警告でお願いします。斎藤は本当に解ってないのかもしれませんから〕

〔そうだな。あいつは賢くない。賢ければ何らかの正義を見いだせた別のやり方ができたはずだ。まるで山本や新井家のマリオネット社長だから〕

〔それです。斎藤の欠点は『不完全マリオネット社長』です〕

〔両角さん『不完全マリオネット』とは、どういう意味でいっているのか〕

〔完全なマリオネットであれば、ただいいなりになってやれば良いのですが。斎藤の場合、知識や経験がないのにも関わらず『執行役員の中から選ばれてトップになった』と勘違いがあり、いらぬ知恵を出して決断しますから、よく滑るときがあり、山本や新井家も扱い難いところもあると思います〕

〔良く解らないが気に留めておく〕というような会話くらいでしょうか。山村氏は、高梨さんと連絡とったようですが、私は何も関わっておりません」と両角が笑顔で説明した。

「結局、私は、両角さんの掌の上で、奮闘していたのでしょうか。お釈迦様の手の上の孫悟空のように」

「何をおっしゃいます。東野さんの『正義感』という強い意思なくして、やり遂げられませんでした。日帝工業株式会社の株主や社員にとっての『コンプライアンスの番人』であり、『正義の味方』です。また、私にとっては『最強の味方』でした」

「ありがとうございます。最初は『正義の味方』という意識でしたが、いつの間にか『自分の正義』を貫き通さねばと言う使命感で業務を遂行しておりました。……両角さん、これからどうされますか」

「本業の税理士業務に専念します……いや、監査等委員も本業でしたよ」東野は両角の言い訳を聞いて笑った。

「やっと笑えましたね」

「東野さんは、どうされます?」

「裁判の結果がでるまで、大人しくしておきます」

「刑事裁判の有罪と民事裁判の善管注意義務違反が認められて損害賠償請求できれば最高ですね」

「そうですね」

「刑事裁判の判決のとき、一緒に傍聴しませんか」

「ぜひ、一緒に行きましょう。『コンプライアンスの番人』として、見届けてやりましょう」


  ……【第3部 2022年度】へ続きます。引き続きお楽しみください。

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