第2部 2020年度 第六章 知らしめる 2

《第六章:知らしめる 2》

【監査等委員会:2020年12月25日】

東野は、11時に開催を宣言した。佐藤は欠席となった。問題が発生した。訴状の最終版ドラフトが11時になっても届いていなかった。スミス・羽柴・小野寺法律事務所のアソシエイトである朝長からは、11時半頃までにという連絡は、入っていた。その間、監査等委員会では茅野から訴状ドラフトの内容解説を受けていた。待つこと40分、スミス・羽柴・小野寺法律事務所のアソシエイトの朝倉から訴状最終版を送付したと連絡あった。東野は丁寧に礼を述べ、会議室から自分の机のパソコンに移動してメールを確認した。朝倉からのメールは確かに届いており、2通あった。最初のメールに最終版ドラフトも添付されていたが、2通目のメールにあったパスワードをインプットしないと内容を見ることはできなかった。パスワードを使って訴状最終版を開き3部プリントアウトして、監査等委員会開催中の小会議室に戻って訴状最終版を両角と茅野に配布した。全部で40ページある訴状を再度、三人で一時間かけて読み合わせを行い、内容を審議した。東野、両角も元検察官の茅野氏も内容に同意して承認し、この内容で訴訟の提起を決議した。東野はその場で、決議結果をスミス・羽柴・小野寺法律事務所の長谷川弁護士に訴状内容の承認を通知して、東京地方裁判所への提出をお願いした。その後、訴訟監提起の事実を明確にして、取締役会に新井泰の執行役員総務部長、椎名執行役員経理財務部長の部長職解職の審議の再々要求と、その要求事実の適時開示を纏め、通知内容と共に決議して監査等委員会を閉会させた。

 スミス・羽柴・小野寺法律事務所の朝倉から連絡があったのは、午後4時頃であり、

「東野さん、訴状は、東京地方裁判所に提出して受理されました。受付印のある訴状の写しをこれからメールで送付します。ご確認ください」東野は丁寧にお礼を言い、メールを待った。メールもすぐ送られてきて、速やかに両角と茅野に「監査等委員でない取締役メンバーへの訴訟提出と受理された旨及び訴訟提起の開示依頼、新井泰・椎名の現職解職審議要請通知のメール内容文案」と共に転送した。茅野からメール内容の了承メールが届き、両角からも「監査等委員から法令違反した前取締役らへのクルシミマスプレゼントですね」とジョークを交えた承認を受領した。東野は、斎藤を始めとした監査等委員でない現取締役へ、両角と茅野に承認してもらったメール文で訴状を添付して、佐藤にはcc宛で送付した。また、東野は訴訟代理人のチームRISING・SUNのメンバー全員にハードワークへの労いと予定厳守の御礼も加えた感謝のメールをシーズングリーティングの言葉も添えて送付することを忘れなかった。これで前取締役への責任追及が取締役会等社内の妨害の及ばない司法の下で、法に則って審議されることに安堵と喜びを嚙みしめていた。

執行側も訴訟提起の事実については、適時開示の必要性を認識して、翌週の12月28日月曜日日帝工業本社の仕事納めの日の午後4時、東証へ開示、ホームページにも同様の内容を掲載した。


 各位                 会社名:日帝工業株式会社 

                    代表者:代表取締役 斎藤正明 

    当社前取締役6名に対する損害賠償訴訟提起の通知

 当社は、2020年3月27日に「第三者調査委員会の調査結果の報告」にて当社海外子会社において認識された外国公務員に対する贈賄に関して、第三者調査委員会の調査結果を報告いたしました。当該第三者調査委員会の調査結果で認識された事実に基づき、当社監査等委員会は、監査等委員でない前取締役6名に対して、職務遂行に善管注意義務違反があったと判断して、2020年12月25日付で東京地方裁判所へ損害賠償請求訴訟の提起を行い、東京地方裁判所にて受理されましたことをお知らせいたします。なお、当社規程に基づき、本訴訟に関する会社の代表は監査等委員が務めます。

               記

(訴訟対象前取締役)  (損害賠償請求額)

  山本金一氏    金3億2000万円

  新井泰司氏    金1億500万円

  明神 努氏    金1億500万円

  甲斐 俊氏    金1億500万円

  新井 泰氏    金1億4000万円

  椎名史和氏    金2億2000万円

*訴状の請求額が全部認められた場合に当社が前取締役6名から受けることができる支払額合計は金3億2000万円及びこれに関する遅延損害金となります。各前取締役に対する各損害賠償請求額の全部または、一部は連帯して支払いを請求するものであります。

 なお、この訴訟提起は、前取締役6人個人への損害賠償請求のため、当社業績には影響はございません。

                                以上                               


「東野さん、斎藤社長もやむを得ずって感じで開示しましたね」その日の夜、両角から電話があった。

「ご存知のとおり、今日は、年内最終日でした。斎藤社長は、午後に各フロアを訪問し年末の挨拶を行っており、もちろん六階にも来ましたが、何にも訴訟提起には触れることもなく、五階に行ってしまいした」

「自分たちに不都合なことには、触れませんからね。斎藤社長は」

「両角さん、お電話をお借りして済みませんが、今年は大変お世話になりました。両角さんのお陰で、大きな職責の一つを果たすことができました。ありがとうございました」

「東野さん、私も東野さんに年末の挨拶とお礼を伝えることが主たる目的で電話を掛けました。本当にこの一年、お疲れさまでした。東野さんが常勤監査等委員でいてくれたのでできた偉業です。本当にありがとうございました。大変お世話になりました」

「いえいえ、一人では、成し遂げられませんでした。両角さんがコンプライアンスを徹底して、協力いただいたからです」

「そういっていただけるとやりがいがありました。でも東野さん、取締役責任追及委員会の決定の賠償請求として訴訟提起した金額には、不満があるのではありませんか」

「損害賠償関係の総額は、9月末で4億6631万5千円でした。それからベトナム不正に関する損害に限定して3億7889万9000円、訴訟代理人の方での精査で最終的に3億2000万円となりました。前取締役の上場会社の取締役としてあるまじき行為で会社に与えた損害ですから1円でも多く回収したい気持ちは、山々です。しかしながら法定闘争となりますから、ここは訴訟代理人になっていただいたスミス・羽柴・小野寺法律事務所のチームRISING・SUNに全面的に委任したと割り切っています。これから裁判所の査定も入るでしょうから、ある意味BYOND THE CONTROLです」

「それにしても斎藤社長は、適時開示も忖度していますね」

「というと」

「各前取締役の名前と損害賠償請求額羅列していますが、自分が代表でなくても会社として訴訟提起しているにもかかわらず、それぞれの名前に敬称『氏』をつけています」

「確かにそうですね。元々斎藤社長は、損害賠償する気はない人ですから。他の株主から両角さんの指摘等から『1円でも多く回収する気はあるのか』という抗議でもほしいところです」

「東野さん、私は、今年一年、やるべきことはやったという感じです。来年も一緒にがんばりましょう」

「私も同じ気持ちです。来年もよろしくお願いします。良い年にしましょう」

 2021年の新年仕事初め以降、執行取締役らは、年末に訴訟提起の開示はしたものの、監査等委員会の新井泰・椎名の現職解職審議要請には、何の対応もしなかった。


【取締役会:2021年2月10日】

議題は、第2四半期決算発表の審議であった。

その際に、東野は、監査等委員会から訴訟提起に係わる新井泰・椎名の現職解職審議の要請への対応と監査等委員会が両名の解職要請したことの開示請求を要求したが、斎藤は

「お二人共、重要ポジションを担っていただいており『余人も持って替え難し』という諺もありますが、変わりのできる人が中々いません。この決算も二人がいるからできることです。大体、監査等委員会の意向で訴訟は、提起されましたが、彼らを含めた前取締役のみなさんの善管注意義務違反が認められるかどうかわかりません。認められなかったらたらどうするのかも考えると早急に解職できないのではという結論です」

「誰の結論でしょうか」両角が確認するように聞いた。

「監査等委員の方々を除く取締役のみなさんの決議です」

「今宮さん、公認会計士として法令違反に関与して会社に損害を与えた執行役員経理財務部長および総務部長が現職を続けて、上場会社の内部統制システムの整備が保たれていると言える判断ですか」

「両角さん、斎藤社長も説明しましたが、まだ、前取締役のみなさんの善管注意義務違反があったという結論ではありません」

「社外取締役監査等委員は、違反があったという結論で訴訟も提起しました。みなさんは、取締役責任追及委員会の報告を認めないということでしょうか」

「監査等委員会は、取締役責任追及委員会の報告書への質問状に明確に回答していないので我々は、最終判断していません」山名が回答した。

「山名さん、送付した訴状の内容は確認していただけましたか。取締役会の回答が訴状内容にあったはずです。また、訴状の内容で裁判が勧められます。まだ『判断できない』と時間稼ぎするのでしょうか。山名さんは、判断できないとして弁護士の真鍋さんは、どう判断されたのでしょうか」両角は、全員の判断を確認し始めた。

「日帝工業株式会社では、弁護士とではなく社外取締役として務めています」

「それでは、訂正します。弁護士資格をお持ちの社外取締役の真鍋さんは、どう判断されていますか」

「善管注意義務違反であるとは考えますが、損害賠償請求の内容との因果関係まで、訴状はチェックしていません」

「投資家という大株主の立場の取締役である湊さんは、どう判断されますか。もちろん会社へ与えた損害内容は確認していただいていますよね。経営に一番近くにいる投資家として。損害対象金額は、昨年の営業利益10億の3割をも占める金額ですから」両角は、立場を明確にした回答を求める肩書を付けて湊に同じ質問をした。

「損害賠償対象の3億2千万円は、大変大きな金額で危惧しております。しかし全額、前取締役の善管注意義務違反に起因するか否かは疑問です」

「善管注意義務違反は、認識されましたか」

「一部あったと考えています」

「斎藤社長、執行サイドの取締役の方々は一枚岩となって『善管注意義務違反に当たらない』と判断されていないようです。斎藤社長の訴訟に対するお考えをハッキリしてください。明確に質問します。『①前取締役6名に善管注意義務違反は認められる➁損害賠償対象の内容は認識している』この二つの質問です」

「……➀については、一部違反があった。➁については、一部損害賠償と認められる……と考えますが法務専門でありませんので、裁判の経過を見守り、裁判結果がでるまで前取締役の方にも中立・公平に対応したいと思います」斎藤は苦し紛れの回答をした。

「当社に損害を与えた前取締役に対して、裁判所の判決まで『中立・公平』に対応することを株主の前で宣言できますか」

「株主様から求められれば、同じ回答をします」

「斎藤社長は、今後、社内で不祥事等発生した場合、全て、裁判等の結果がでるまで、関与した社員等の懲戒等は行わないということですか」

「そうは言っていません。今回のベトナム不正に関しては判断が難しいし、訴訟提起したからです」

「斎藤社長は、訴訟提起に反対だったのでしょうか」茅野が口を開いた。

「訴訟提起するまでもないとは、考えていました」

「でも、ご自身では『判断が難しい』と発言していました。裁判所の判断に依拠したいわけではないのでしょうか」

「会社としては、関係者処分も行って、これから一枚岩になって信頼回復すべく再発防止策等に取り組むべきであったにも関わらず、監査等委員会が、法的対応を取られたことに異義はあります」

「日帝工業は、上場会社であり、監査等委員会設置会社の代表取締役として異議を申し立ているわけですね」東野が確かめた。

「異議を申し立てることは、自由でしょう」

「わかりました。これから裁判になります。例え、監査等委員を除く取締役が反対したとしても監査等委員会の決議は変わりません。選定監査等委員を会社の代表として訴訟提起しました。監査等委員以外の取締役のみなさんは、監査等委員が要請した、被告となる新井泰、椎名史和の現任解職にも反対されております。みなさん、ご周知のとおり、この裁判は、取締役の善管注意義務違反を原因として発生した会社への損害賠償を求めるものです。その損害賠償対象となる原因の一因を負う訴訟対象の新井泰、椎名に皆さんは、会社のお金を職務遂行の報酬として今後も支払い続けることに同意していることを理解しました。取締役会の事務局である総務課長、このことは、本日の議事録に明確に記述しておいてください」両角が纏めて言い放った。しばらく全員沈黙が続いたが、発言は何も無かった。斎藤が取締役会終了を告げて取締役会は閉会した。東野、両角、茅野はいつも通り、六階の小会議室に集まった。

「異常な代表取締役ですね」茅野が、がっかりして口を開いた。

「会社より、創業家である新井家と手を組んだ元上司の山本への忖度ファーストです。マリオネット社長です。上場会社の代表取締役としての職責はどうでもよいのでしょう」

「残念ながら口を塞がせることはできません。また、社外取締役である弁護士の真鍋氏や公認会計士の今宮氏も資格にコンプライアンスは無いのでしょうか」

「東野さん、弁護士はクライアントの利益を第一に考えます。コンプライアンス第一ではありません」茅野が解説した。

「私が問いたいのは、上場会社の社外取締役としての『正義』です」

「彼らとしては『いい経験をさせてもらっている』という感じでしょうか。『上場会社でもこのような経営ができる』という貴重な体験を今後の業歴に刻み込むつもりかもしれません」

「茅野さんの解説をお聞きすると、我々が異常のような気がしてきます」

「そうなんです。我々が“異常”なんです。日帝工業という上場会社であっても、コンプライアンスへの異常な対応をする取締役会の中では」

「取締役会で異常な決議をする中で、その異常さに抗って“異常な対応”をする監査等委員ということは、正義ということですね」

「そうです。()付のマイナスの掛け算です」

「取締役会の議事録を開示したくなりますね」

「株主は開示を要求できます」

「監査等委員がこのレベルの葛藤をしているとは、夢にも思っていないでしょうね。株主の皆様は。株価には興味があっても」

「株主に取締役の監視・監督を委託された監査等委員の職責を果たすだけです」

「東野さん、佐藤への説明要求通知の件、内容拝見しました。生々しい内容で、私は、異議ありません」両角が思い出したように回答した。

「私も異議ありません。しかし監査等委員会では、送付できませんね。監査等委員会を開催していませんから」茅野も回答した。

「別に監査等委員会でなくても、三名の連名で送付してもよろしいと考えます」

「それでは、確認していただいた内容で、佐藤宛に3名の連名で送付します。よろしいでしょうか」両角、茅野ともに同意した。

 

日帝工業株式会社 

社外取締役監査等委員 佐藤純雄殿

                      日帝工業株式会社 

                    社外取締役監査等委員 東野要郎

                               両角正義

                               茅野 洋

        貴殿の監査等委員としての職責について

 去る2019年11月20日臨時取締役会において、ベトナム公務員への賄賂支払いの不祥事を認知した後の貴殿の行動について、株主から委託されている監査等委員としての職責および内部統制システム上、問題と思われる取締役会・監査等委員会の決議行為、また、監視・監督すべき監査等委員でない取締役との関係に疑義があります。従って以下の行動の目的とその理由をご説明ください。

                  記

 2020年5月15日、貴殿は、同年4月21日開催した監査等委員会で決議した取締役責任追及委員会の選任委員長であるスミス・羽柴・小野寺法律事務所の長谷川弁護士に直接電話した行為と内容について

【電話内容】

『スミス・羽柴・小野寺法律事務所と自分の外資系損害保険会社のグループ会社で顧問契約がある。日帝工業株式会社の取締役責任追及委員会の委員長を引き受けていただいているが、対象取締役は、①不正に巻き込まれたこと➁会社の利益のために試行錯誤していたこと➂今後の経営の中枢を担う取締役もいるので、よしなにお願いしたい』(スミス・羽柴・小野寺法律事務所長谷川弁護士からのヒアリングによる)

【回答期限】2021年2月21日                以上


 東野は、翌日、配達証明付速達で、佐藤の自宅へ郵送した。

回答期日までに佐藤からは回答がなかったので2月25日に回答の催促メールを送信した。その三日後の夜、両角から電話があった。

「東野さん、いつも夜分に済みません。先ほど佐藤から連絡がありました」

「両角さん、いつでも構いません。えっ、今度は、両角さんに電話がありましたか。説明要請への回答についてでしょうか」

「それに関連していると思います。3月10日付で辞任するそうです」

「佐藤さんが、辞任するというのですか」

「電話の内容をそのままお伝えしますと『色々ありましたが、両角さんとは、監査役時代から、長い間、一緒にやらせていただいたので、直接、御礼を言いたかった』という内容でした。理由を確認したのですが、一身上の都合だそうです」

「また、突然ですね。先日、送付した『説明要求通知書』が起因しているのでしょうか」

「もちろん、そうでしょう。佐藤は次期監査等委員として継続の意思はなく、このまま任期満了で辞めるつもりだったでしょうし……」

「だからです。あと3か月ほどなのに、そんなに強烈な内容でしたでしょうか。『説明要求通知書』は」

「多分、スミス・羽柴・小野寺法律事務所の長谷川氏に電話で話した内容をそのまま、記載して送付したのが効を奏したのでしょう。生々しく、何か録音でもあるような感じで。また、弁護士への脅迫的行為に改めて恐れおののいたのかもしれません。それに彼は、昨年から外資系損保の支社長を務めており、本業に影響を及ぼす可能性のあるゴタゴタに巻き込まれたくないという気持ちもあったのでしょう」

「これまで以上のゴタゴタがまだ、あるのでしょうか……それにしても辞任するとは、思いませんでした」

「上場会社の社外取締役監査等委員が任期中途で辞任するのですから日帝工業が『まだ、問題がある会社』という警鐘にはなりますね。執行サイドには大きな痛手と思います」

「また、我々を悪者としてきますよ『辞任に追い込んだのはお前らだ』という勢いで。結果としてはそうですが」

「現執行サイドにどう捉えられても、結果として、ベトナムでの法令違反行為に関与や不正の隠蔽工作に関与した取締役たち、また、その取締役たちの有事後の対応の幇助的役割を果たした社外取締役監査等委員、全員を上場会社である日帝工業の経営者の立場から排除したわけですから、監査等委員会の職責を見事に全うしたと胸を張りたい気持ちです」

「両角さんの仰る通りですね。しかし、取締役ではなく執行役員でまだ、2名残っています」

「監査等委員の職責は『取締役・取締役会』の監視・監督です。逃げ口実でしょうか」

「いや、もう一つ重要なことは、我々以外の監査等委員が、まだ残存する社内の問題に関して、対処できたかと考えた場合に同様の環境ではやはり対処できなかったでしょう」

「そうですね。できる限りのことをやっているということでしょう」

 佐藤は、両角に連絡したとおり、2021年3月10日付けの辞任届を取締役会に提出して辞任した。翌日にホームページでも辞任通知を適時開示したと同時に、斎藤社長から、監査等委員である東野・両角・茅野宛で、取締役会メンバーをc.c.として、強いクレームのメールが届いた。

東野監査等委員

両角監査等委員

茅野監査等委員

          佐藤元監査等委員の辞任について

 監査等委員会で佐藤氏を辞任に追いやった事象について、取締役会で説明

すること

                      代表取締役社長 斎藤正明

             

 斎藤のメールに対して、東野らは口裏合わせを行い、以下のとおり回答した。


 斎藤社長殿

 お問い合わせの件、佐藤氏本人の辞任通知では、一身上の都合という理由のため、真意は測りきれぬところではございます。しかしながら、佐藤氏の当該有事に関する取締役会決議や監査等委員会での対応には、上場会社の監査等委員の職責として、内部統制システムを無効にしたような疑義ある行動があり、説明を求めておりました。察するにその責任を重く受け止め辞任したものと思われます。

                        監査等委員 東野要郎

                        監査等委員 両角正義

                        監査等委員 茅野 洋


 その後、斎藤からは何も求められず、取締役会でも何の話題にもされなかった。

 2021年3月23日午後1時、日本第一法律事務所の黒戸弁護士から電話があった。

「東野さん、お久しぶりです。ちょっとよろしいでしょうか。緊急性の連絡です」声から真剣さが伺われた。

「ご無沙汰しております。ちょっとお待ちください。場所を変えて連絡します」東野は、六階の執務場所から事務所の外の公園に移動し、黒戸に電話をかけ直した。

「黒戸さん、お待たせしました。緊急とは何でしょうか」

「東野さん、新井泰が、新井企画の株を買収しました」

「えっ。創業家で日帝工業の株を一番持っている次男系の資産運営会社の株式をですか」

「そうです。お解りになると思いますが、新井家の占める割合が25%ほどになり、湊取締役の投資会社であるトラスト・インベスメントと今まで同様、足並みを揃えた議決権は35%を超えます。ちょっとこの件で打ち合わせを行いたいのですが、今日、事務所に来ることは可能でしょうか」

「そうですか。黒戸さんの事務所には、本日であれば6時頃には行けると思います。ご都合いかがでしょうか」

「ハイ、大丈夫です。お待ちしております」

 黒戸からの情報は、午後4時頃、湊から取締役各位にメール連絡が入った。なぜ、湊が取締役各位に通知したのか理由がわからなかった。

黒戸の事務所には10分前に到着した。受付で、黒戸とのアポを伝え、会議室に案内された。暫くして、黒戸と欅坂の二人が、会議室に入ってきた。

「東野さん、ご足労おかけしました。大変なことになりました」

「新井家の執念でしょうか」

「詳細はわかりませんが、入手した情報によると新井泰の資産運用会社である新井ホールディングスが日帝の株式を直接、購入するのではなく、(株)新井興業の株を買収したということです」

「新井興業は、上場会社ではないので市場でのTOBではなく、会社対会社、OnetoOneで契約したということですね。つまり、新井企画の経営権を新井泰に譲渡したということですか」

「そのとおりです」

「つまり、今まで、新井家が保持していた日帝工業の株式、前会長であった新井泰司の資産運用会社である(株)新井企画が約10%、新井泰司個人が約3%、息子で現、日帝の常務執行役員である新井泰の資産運用会社である新井ホールディングスが約2%合計15%保有に(株)新井企画の保有していた約11%とが加算され、保有株数が26%強となるということですか」

「ハイ、付け加えますと、対抗して日帝を正そうとしている明神家は、明神努氏の資産運用会社である(株)明神エンタープライズが7%、父親である明神要氏個人が3%で約10%ほどは変わりません。前回の定時株主総会で、新井泰と椎名を取締役候補として否認できたのは新井興業が、否認票を投じたからです」

「そうだったんですか」

「新井興業の議決権をどう得るか、明神家と新井家のプロキシーファイトは、大変なものでした」黒戸は続けた。

「新井興業は、新井四兄弟の次男で、投資には加担したものの、新井泰造氏、前新井会長の父親に経営才能が無いことを指摘され、経営には参画しておりませんでした。経営の才能を認められたのが、養子にでていた元名誉会長の明神要氏です。彼が新井泰造氏の後、長男の意思を引き継いで、事業拡大させました。新井興業の新井泰造氏への不満は、大きく、その息子や孫である新井泰の不正に強く不満を抱き、新井泰司が、息子泰のために三顧の礼を尽くして、息子泰に有利な議決権行使を依頼しましたが、定時総会の結果は否認されたわけです」

「そのようなプロキシーファイトがあったのですか。株主の動きはわかりませんでした」

「これは創業家内の争いでしたが、一般株主を始めとした、投資家や取引先へのプロキシーファイトも激しかったです」

「明神専務や新井泰の動きで、多少、メディアに出た内容を目にしたり、耳にはしましたが詳細はわかりませんでした」

「東野さんが、株主の動向を周知していないのは当然です。監査等委員の職責に集中し、精一杯だったと思います。コンプライアンスの番人に徹していたわけですから。明神家も監査等委員の決議の外部環境はサポートして、監査等委員の職責に集中してもらうことを願っていました。山本前社長が新井泰と一緒に日帝工業の株式を保有する取引先の経営者を連日のように訪問して、新井泰の取締役選任議案の承認を依頼したそうでが、取引先のトップは、ほとんど前名誉会長に恩があるのか『なぜ、名誉会長を解任した』や『山本、早く責任取れ』等の罵声に近い批難を浴びせたそうです」

「山本前社長は、内部通報等でも所謂『内弁慶』で取引先にも工場にもほとんど出向かず社内営業、創業家への忖度に注力していたとは聞きましたが、大事なときに日頃の行いが、仇となったのかな」

「昨年は、新井泰司や泰に反旗を翻していた、新井興業が、今回新井泰の資産運用会社に自社の株式の売却を決めたということです」

「緊急の相談という話は、このことに関する監査等委員としての今後のリスクについてでしょうか」

「そうです。次期の定時株主総会は、大変厳しいことになるとお伝えして相談させていただき度、来社いただきました」

「新井家の株式保有率が、約26%、意を同じにしているトラスト・インベストメント社が12%あり、合計38%ほどになる。日帝工業の定時株主総会の議決権行使の割合は、どれくらいですか」東野は黒戸に尋ねることに疑義を感じながら聞いてみた。

「毎年、約56%です」黒戸は準備していたように答えた。

「極論ですが、株主提案が何でも議決できる割合を新井泰は、確定させたということですね」

「そうです」

「新井泰は、よほど社長になりたいのでしょう。それとも監査等委員への積年の恨みでしょうか。積年といっても2年ですが」

「両方だと思います『上場会社をトップになって経営したいのに、外部から来たよそ者に邪魔されている』という異常な情念でしょうか」

「黒戸先生、まるで私が標的のようなご意見ですが」

「失礼しました。しかしながら、前任者や内部の監査等委員では、やらない、できない職責を東野さんが躊躇なく全うしていることは事実です」

「上げたり下げたり、褒めたり貶したりですね」

「いえいえ、日帝工業の取締役会が有事に際して、会社法を始め刑法にも関して、コンプライアンスを徹底できない状況の下、監視・監督責任のある東野さん達が、所謂『コンプライアンスの番人』としての責任感と実行力を称賛しております」

「黒戸と同意見で、感服しています」欅坂が頭を下げながら褒めた。

「リップサービスとしてもありがたいお言葉です。新井泰が新井興業の株式取得による今後のリスクは、監査等委員としての継続性のリスクでしょうか」

「そのとおりです。トラスト・インベストメントが新井泰とベクトルを合わせることを前提に40%近い議決権を得たわけですから、東野さんらの再任決議を否認させる行動はするでしょう。これから東野さんらへのネガティブキャンペーン等が激しさを増すと考えます」

「株主提案は行わないでしょうか」東野の問いに欅坂が、黒戸と顔を見合わせて

「それが一番のリスクです。ご存知のとおり、株主提案の期限は、定時株主総会の8週間前ですから、4月までに次期監査等委員の株主提案があると考えます」欅坂が主張した。

「株主提案の監査等委員は、監査等委員会で否認決議はできない……」

「そうです。取締役会の選任議案に対しては監査等委員は、選任候補者に対して意見陳述等ができる……これは、東野さん達が、実際行った権利行使ですが……株主提案については意見陳述等もできません」

「この一か月以内が山場であるが、対応策はない……と」

「そうなんです。そういうリスクが発生したわけですが、東野さん達は『どうされますか』と言うことをお聞きしたかったため、打ち合わせを申し出ました。新井興業の買収の情報だけで、東野さんは、今後の情況をよく理解されています」

「黒戸先生と欅坂先生の『どうされますか』という質問の意図がわかりません」

「今の闘いをどうするかということです」

「黒戸さん、欅坂さん、新井泰の新井興業買収は、コンプライアンス違反なのでしょうか」

「いえ、コンプライアンス違反ではありません。ただ、トラスト・インベストメント社の湊と共謀していれば金商法違反ですが、証券取引監査委員会が、調査するか否かは、疑問ですし、共謀していたとしても証拠等はもう残していないでしょう」

「黒戸先生の『どうされますか』の質問への回答は『次期株主総会の議決まで、監査等委員としての職責を全うします』しかありません。よろしいでしょうか」黒戸と欅坂は、再度、顔を見合わせて安堵感を漂わせて

「我々が望んでいた回答です。ありがとうございます。東野さんへの先ほどの『リップサービス』を取り消さずに済みます」三人で笑った。

「結局、監査等委員の職責に株主の動向への権限は何もありません。ベーシックな関係は株主から委託されて取締役等を監視・監督することですから。日帝工業の株主は、約6500名います。新井泰は議決権行使に大きな力を持つ大株主ですが、一部の株主です。株主は新井家だけではありません。他の株主に中途半端な取り組みで、善管注意義務違反等で訴えられるのはいやですから。最後まで完遂します。その後のことは株主の意向に従わざるを得ません。ただ、次期定時株主総会で監査等委員を継続できなかった場合の不安は二つあります。一つは、前取締役に対する損害賠償請求についてです。自意識過剰ですが、今回の前取締役への損害賠償請求訴訟で、私や両角さんほど他の誰よりも、1円でも多く請求分を回収し、会社と株主に貢献できる監査等委員はいません。もう一つは、……これは、上場会社の監査等委員として非常にリスクがありますが、我々以外の新井家や山本の息の掛かった、監査等委員を選出した……多分、そうするはずです……トラスト・インベストメントの了解の下、新井家や山本への忖度で訴訟を取り下げるような最悪な状況が懸念事項の一つです」

「東野さんのご覚悟には、感服いたします。

ご懸念の2点、1点目の損害賠償の最大限の回収については自意識過剰ではなく、誰もが認めることであり、前取締役と腐った現執行取締役らを除けば、誰もが期待するところでしょう。2点目のご懸念は、新井家の保有株式数が26%強であっても訴訟取り下げの実現には、かなり、ハードルは高いと考えます。一番身近な大株主仲間であるトラスト・インベストメントも訴訟取り下げには、簡単には合意できないと思います。『訴訟取り下げ』という行為がネガティブに株価に影響する可能性が高いからです」

「そうであれば安心ですが、企業全般の常識が通じない日帝工業の取締役会の特別常識がありますから不安は残ります。今までもそうしてきたように好きに開示できるということです。今を持って取締役責任追及委員会の調査報告書を開示しておらず、例えば、自分たちの意に沿う監査等委員を準備できたとして『新監査等委員会が、べトナム不正に関する不正について再度調査し直した結果、損害金との因果関係の証明が困難と報告があり……訴訟に掛かる費用以上の回収は望めないと取締役会で判断しました』等、ちょっと強引ですが、今までの私や両角さんへのいわゆる『中立・公正批判』に基づいた調査関係や取締役責任追及委員会選任ルートに関する批判等を再度持ち出した主張でやる可能性もありそうだという程度ですが。だからと言ってそうなった場合に何もできません。つまり、2の懸念事項は、そうならないように祈るだけです」

「コンプライアンスを貫いた東野さんらの監査等委員を支持している株主も多数おり、多額の損害賠償請求の裁判沙汰にしていますから、そう簡単にはできないでしょう。そうなった場合には、声を上げる株主や投資家がもっと出てくると考えます。容易に日帝工業の『勝手な常識』は通じないと思います」

「そう願いたいものです。とにかく次期定時株主総会までは、コンプライアンスを貫きます」

「東野さん達を会社法を貫く『コンプライアンスの番人』として、他社の、特に上場会社の監査役等、またコンプライアンスに関与している部署、投資家等が注目していることは、認識ください」

「そうなんです。ビジネス法務に関与する法律家もです。何せ、東野さんは、平成26年会社法改正以来『抜かずの宝刀』とされてきた監査等委員会の経営評価機能の発揮である会社法342条の2、第4項に基づく取締役選任議案に対する意見陳述権の行使を初めて行った人ですから歴史に刻まれています」欅坂が誇るべきと言わんばかりに付け加えた。

「会社法342条の2、第4項の行使は、会社としては、恥なんですが。監査等委員会もやむを得ずっていう決議でした」

「ところで、先日、3月10日付で佐藤監査等委員の辞任が開示されました。東野さんたちが、仕組まれたことでしょうか」

「欅坂先生、『仕組まれたこと』とは、ひと聞きの悪い。監査等委員としてのあるべき職責を正そうとしただけです」東野は、佐藤への対応について経緯を説明した。

「いやあ、凄い。これも公表すべきです。東野さんは、結果として、日帝工業のベトナム有事に関与・隠蔽及び支援した取締役らを全員、取締役会から排除したわけですね。監査等委員として称賛されるべきです。監査役・監査等委員のMVPとも言えますよ」

「欅坂先生、お褒めいただくのは嬉しいですが、監査等委員としての『正義』を貫いただけですし、日帝工業の当該取締役らの取締役としての資質の問題です」

「東野さん、『正義を貫く』ことが難しいことなんです」黒戸も改めて称賛するように加えて言った。東野は、厳しい現実を黒戸、欅坂の暖かい支援の言葉に救われながら日本第一法律事務所を後にした。

 その夜、久しぶりに雲井から電話があった。

「東野さん、ご無沙汰しております。日帝工業の正常化のために大変な環境の下、ご尽力いただき感謝しております。コンプライアンス意識に欠けた、いい加減な取締役たちの損害賠償訴訟、誠にありがとうございます」

「雲井さん、お久しぶりです。色々あって、連絡や報告がご無沙汰になってしまっておりました。何かと社内秘にする取締役会ですから皆さんに公開できず、粛々と実行あるのみでやってきました。訴訟については、未だ、裁判の結果が出ていませんので、法曹界に問題解決を委託しただけですから。雲井さんの名誉回復が未だ、実行できず誠に申し訳ありません」

「いえいえ、訴訟まで持ち込むことは、誰でもできることではありません。まして、依然とコンプライアンス意識の低い取締役会の妨害等、ありながら、実現させたことに大きな意義があります。私のことにもお気遣い、いただき恐縮しております。私は、今の状況でも耐えて何かしらやっておりますのでご心配なさらないでください。……既にご存知とは思いますが、新井泰が、新井興業を買収しました。東野さん達が、これからどうされるのかお聞きしたくて、久しぶりにお電話差し上げた次第です」

「雲井さん、確かに衝撃的ニュースでした。でもやれるとこまでやるしかありません。また、我々のやることは今までと変わりません。それが今回の新井泰の新井興業の買収で、次期定時総会後にも我々が継続してできるかどうかです。また、継続できなくて別の監査等委員となった、場合でも今のスキームであるスミス・羽柴・小野寺法律事務所と連携を密にして、損害賠償訴訟で、できるだけ多く損害金の回収に努力すること。現取締役のあからさまな前取締役への忖度経営の監視・監督の継続せねばならない環境の構築、そして次期取締役候補選任の是非および監査等委員の選任請求を粛々と行っていくだけです。私はそう考えています」

「確かにそうですね。日帝工業のM&AやTOBではありませんから、監査等委員の職責外のことですよね。東野さんは、何があってもぶれませんね。『やるべきことをやれるところまでやるしかない』というご意思を確認できて安心しました」

「ハイ、上場会社の監査等委員として有事に対する職責を継続して果たすだけです。実際、我々は、前取締役に対して訴訟提起まで実現して戦場を裁判所まで持ち込みました。後は法に則って裁判所の判断に委ねるだけです。もちろん勝訴のためにがむしゃらに対応はします。ここまでの道程で、90%は達成しました。次期定時株主総会までは、斎藤らの我々に対するネガティブキャンペーンが過熱するでしょうから社外取締役監査等委員の覚悟を見せるだけです」

「実際、社内では『監査等委員に何も情報を渡すな。監査等委員と、しかたなく話をせざるを得ない場合はその内容を記録して報告しろ』等、斎藤社長から部長以上に指示が出て、部下にも徹底させるようにという状況です」

「斎藤にはあきれるばかりです。他の取締役らも見て見ぬ振りをしているのでしょう。株主への貢献、株主は新井家とトラスト・インベストメント社しか認知していないとも考えられる行動です。それにしても新井泰は、思い切った投資をしたものです。お金の力は凄いです」

「新井家の資産内容から察するに今回の、新井興産の株式譲渡に係る費用は、全て借り入れと思われます。泰の父親である新井泰司の資産運用会社、新井企画は、資産運用として、不動産、東十条近辺のビルを買いあさっており、現預金は日帝工業からの株式配当くらいです。泰の方は、自分の企業等に資金を使い、やはり配当収入くらいの現金しかありません」

「そうなんですか。配当だけといってもあの持分から察するに毎年、億単位での収入と思われます」

「新井泰司の資産運用のための資金は、不動産投資しており、不足分は、日帝工業の取引銀行と同じ四井勧業銀行から借り入れています。担保は日帝工業の株式で、配当金も利子支払いに充てられております」

「雲井さんは、新井家の資産事情をよくご存じですね」

「新井泰司が、不動産投資の融資申し込みのため日帝工業の株式を四井勧業銀行に担保として差し入れることは、大株主としての開示報告の義務がありますから」

「今回の新井興業の株式譲渡費用はどれくらいの金額を要したのでしょうか。3月末日譲渡という発表ですから、1月末または、2月末の日帝工業株式会社の株価が基準となると考えますが」

「新井興業も昨年の株主総会までは、新井泰司らに反旗を翻していましたから、その意思を曲げてまでも譲渡に応じた金額であること、1月末の日帝工業の株価終値が、2018円、2月末の株価が、2009円等の状況、これらの株価から市場でTOBで公開買い付けを行う場合のプレミアムを考慮すると@3000円位が上限でしょうか」

「@3000円ですか。新井興業の持ち株数から計算すると概算で100億円……100億円ですか」

「それくらいの金額になると思います。新井興業保有の株式を譲渡と共に、担保にして銀行から、多分、四井勧業銀行から借り入れていると考えます」

「今の業績から、@3000円は難しいと考えますが」

「東野さんもご承知のとおり、今の株価は、個々の企業の業績にも影響はしますが、市場の動向、政府の経済政策に影響を受けることが多いので、日経平均が30000円を超えればあり得る株価でしょう」

「そんなに社長になりたいのでしょうか。新井泰は」

「反対の思考です。泰は自分で企業して会社設立させたり、社長、つまり経営トップとしてしか経験がなく、今の日帝工業のポジションは異常なことなのでしょう」

「経営トップしか経験していないのかあ。そりゃあそうでしょう。しかしながら、今回の日帝工業の不祥事で、特に上場会社のトップのリスク、刑事訴訟や民事の損害賠償請求等目の当たりに経験したでしょうに」

「確かにリスクも経験したと思いますが、会社で発生したリスクについては、大株主でもあるから、大義名分があれば、会社の資金で対応できるというある意味、自分の資産でない『楽さ』も知ったのでしょう。今の日帝工業の総資産を活用できることを考えれば、100億は投資価値があるのかもしれません。また、邪魔者がいなかれば『金力はもっと効果的に即効力を発揮できた』と考えていることでしょう」

「それは申し訳なかったですね。アウトローが邪魔しちゃって」二人で笑った。

「借入したとすれば、返済期限がありますよね」

「銀行も利子収入が業績となりますが、市場に影響する担保ですし、個人への融資ですから勿論リスクを計算していると思います。個人でも投資に関する融資ですから、長くても2年を期限としているでしょう。2年間あれば事業の見直し等を行い、TOBで売却等を視野に入れても充分な期間でしょう」

「いつになっても日帝工業の株価が3000円に届かない場合は?」

「追加担保を求めると思います」

「2023年の2月が、一つの時限となるわけですね。それまでは金利のみの返済ですか」

「そうでしょうね。100億を借りて、例えば金利2.5%として、金利だけで、年2億5千万円、これは、日帝工業の配当金で賄えます。元金を24箇月返済とした場合、毎月4億強の資金は、少なくとも昨年12月には新井家の資産にはありませんでした」雲井は日帝工業の前は、四井勧業信託銀行で臨店、監査関連部門にも属していたので銀行の融資やM&A等に詳しいのはわかるが、新井家の資産内容にも充分な情報を保有していることに東野は驚いた。

「新井家の資産や、資産運用等、一、監査等委員である私の与り知らぬ世界ですが、日帝工業の行く末は、私は明るくないなという思いです」

「そうですね。マネーゲームの中に、ゴーイングコンサーンの施策がありません。東野さんは、任期を全うの職責を果たしていただければそれで充分です」

「雲井さんのおっしゃる通りです。Beyond Controlです。職責遂行に邁進します。色々な情報ありがとうございました」

「とんでもない。いつでも私も相談させていただきますから」と言って電話は終了した。

東野は、新井泰の銀行融資期限までは、日帝工業に係わることも無いと思いながら、何らかの結果は知りたいという気持ちは抑えきれなかった。

 翌日、両角からも新井泰の「新井興業」買収に関しての連絡があった。東野と両角は「監査等委員としてやるべきことをやれるところまでやるしかない」という思いを確認し合うだけであった。

 3月末にスミス・羽柴・小野寺法律事務所のアソシエイトの秋田から訴訟提起の進捗について連絡があった。各被告から答弁書が弁護士経由で届いたという。山本・新井泰司・新井泰・椎名史和は、全面否認、明神努と甲斐俊は、黙認等一部認め、隠蔽工作関係は、否認した内容であった。

「東野さん、これら答弁書に基づいて四月から事実確認等が行われます。どうされますか」秋田が、裁判の対応を確認してきた。

「出来得る限り、原告代表として裁判に出席します」

「わかりました。ただ、被告側は通常、弁護士のみの出席となる予想されますが、ご承知ください」

「構いません」東野は即座に回答した。出席の目的は裁判官の質問等があった場合に会社の対応はその場で申し伝えることで、少しでもスムーズに裁判を進めるためであった。今までの経験から、公判は月に1回程度であり、公判の最後に裁判官と原告及び被告の弁護士の都合を確認して、次回の公判日を決定しているので、自分の予定も公判日を優先にして決めることができる。この日も秋田から次の期日は4月22日(木曜日)と伝えられていた。

 4月に入って斎藤社長らが動き出した。『任意の指名・報酬委員会』として、次期取締役選任候補の指名のために現取締役らの面接を始めた。対象には、茅野を除く次期定時総会で2年で任期満了の東野・両角も含まれていた。指名・報酬委員会の委員は、今宮が委員長で斎藤、茅野の3名であった。東野にも4月7日指定で面接の依頼があり、予定の午後一時に社長室へ入った。斎藤からの

「東野さん、次期社外取締役として継続する意思はありますか」という質問がスタートだった。

「ハイ、継続の意思はあります。定時総会で承認されればの話ですが」茅野が斎藤の質問を抑えるように

「2019年度、2020年度の社外取締役としての実績を説明ください」と聞いてきた。

東野は、準備してきた常勤監査等委員としての活動報告と監査等員会開催が時系列的に記載した、一覧表を3名の委員に配布した。

「2019年度分については、監査等委員会で承認されて取締役会にも報告事項として提出しておりますが、2020年度については、第3四半期までしか監査等委員会で承認されておりません。五月の監査等委員会で報告予定です」常勤監査等委員は、定時監査等委員会……四半期毎の決算承認監査等委員会…において、四半期活動報告を行っている。

「2019年11月19日に明神元名誉会長との打ち合わせた内容について説明ください」

斎藤が活動報告書等は、一瞥のみで質問してきた。

「質問の意図は何でしょうか」

「東野監査等委員は、ベトナム有事に関わっていないということの確認です」

「第三者調査委員会報告書に記載されておりますので、読んでいただければわかります」

「今ここで、証言してください」斎藤は食い下がった。

「斎藤社長『証言』を求めるとは、どういう意図でしょうか。この面接は、次期監査等委員として継続の意思があるか否かの面接だと聞いております。何かの審議委員会とは、お聞きしていませんが」

「斎藤社長、指名・報酬委員会は任意の委員会です。『証言』を求めることは、おかしいです」茅野も斎藤を制した。

「次期監査等委員として選任するのに相応しいか、相応しくないか判断のため『証言』を求めるのに何が悪いのでしょうか」

「敢えてお聞きします。ベトナム有事に関与した前取締役に選任された取締役は、次期取締役候補に相応しいのでしょうか」

「どういう意味ですか」短気な斎藤は、烈火のごとく怒りを覚えて聞き返した。

「11月19日に元名誉会長に部屋に呼ばれた時の話は、第三者調査委員会に証言しております。ここで『証言』を求められることが理解できません。何らかの審議会であるのであれば、斎藤社長が、山本氏か新井元会長に呼ばれたのかわかりませんが、選任候補の話があったときの話をお聞きしたいと思いまして。それによって今までの取締役会の決議や開示に関して内部統制システム上の問題も明確にできるかもしれません」

「この面接は、東野さんの面接であり、私に関することを質問できる立場ではありません。

指名・報酬委員会の委員でもありませんから」

「斎藤社長、会社法342条の2、第4項を参照ください」

「何、342条?」斎藤は理解していなかった。

「監査等委員会の『取締役選任議案に対する意見陳述権』です」茅野が補足した。

「斎藤社長、この面接の趣旨・テーマに戻しましょう。質問の内容が尋問的になっています。東野さんもご理解ください」

「監査等委員として『不適切なこと』がないかを確認しているだけだ」

「それでは、活動報告書等は無意味ですね。

『不適切なこと』は無く、記載されていませんから。適切に職責を果たしていることは関係ないということですね」斎藤は、東野の発言は無視して、『不適切行為』探索に集中した。

「明神家とは連絡を取っていますか」

「無い」東野も斎藤の粗さがしに呆れて退室しようと考えたが、ワンサイドで好き勝手に判断されても嫌なので、質問の意図の確認はせずワンワード回答に徹した。茅野も斎藤の暴走質問にはどうしようも無いという顔で、押し黙っていた。

「なぜ、連絡取っていないのか」

「必要が無い」

「連絡を取る必要があったら、連絡するのか」

「来るもの拒まず」

「監査等委員会での決議は法に則って行っているか」

「法に則って行っている」

「メール承認等で省略したことは無いか」斎藤の趣旨が、何か事象の確認をしているような質問内容となった。

「無い」

「取締役責任追及委員会の委員の紹介は誰か」

「両角氏の紹介の弁護士」

「氏名を報告すること」

「両角氏に確認ください」

「その弁護士にあったことはあるか」

「無い」

「ベトナム有事に対して監査等委員として中立・公平に対応したか」

「中立・公平の意がわからない。法に則って法令違反した者に対して中立・公平な対応はしない。会社の被った損失の賠償及び追及を株主・会社側で徹底して行っている」

「取締役会に不充分な説明にもかかわらず、

監査等委員会で前取締役のみなさんの訴訟に走ったのはなぜか」

「➀前取締役らの訴訟について、取締役会の承諾や承認を必要としない➁取締役会の前取締役らの訴訟に関しての対応は、損害賠償請求の訴訟に否定的な対応だったため」

「取締役会は、前取締役のみなさんの行為と損害についての因果関係が明確とは思えないため監査等委員会に説明を求めている最中だった」

「損害との因果関係については、取締役会と監査等委員会で決議するものではなく、また、できないと判断した。訴訟して裁判所の判断に委ねた」

「日帝工業の社内で、経営の仲間であった前取締役に対して慎重には慎重を重ねて対応すべきと考える」

「その意見は、法令違反に関与した前取締役らには必要が無い意見である。経営の仲間の前にコンプライアンスの徹底が求められる。斎藤社長は、前取締役らは法令違反に関与したと判断しないのか」

「……」斎藤の発言が止まった。

「次期監査等委員の選任議決を一二月に行ったのは何故か」

「勝手に議論を変えているが」

「この場は監査等委員への面接であり、逆質問への回答の義務はない」

「次期監査等委員の選任決議は、任意の指名・報酬委員会の規程にも選任対象権限があり、会社としての正規の選任機関として、先に選任することにより、混乱を避けるためである」

「逆に自分達の都合の良い選任を行い、会社に混乱を引き起こしてしるのではないか」

「今の発言は、そのまま斎藤社長へ返す。この場での今までの斎藤社長の小職に対する質問事項は粗さがし的であり、小職の業績等を認めようともしていない」

「東野監査等委員には、法令違反の疑義があるからだ」

「私の職責に関して、法令違反があると証明できるのか」

「証言がある」

「斎藤社長が信頼できる証言を持って、私の職責に関して法令違反があると判断するのであれば、この時点で、我々の監査報告書を否定することとなる。指名・報酬委員会で次期監査等委員の選任面接等ではなく解任させればよい」

「監査等委員の解任には、株主総会の承認が必要となる」

「臨時株主総会を開催しないのか」

「手間と時間がかかる」

「斎藤社長、今の発言は私の職責に法令違反の疑義があり、確たる証言もあると発言しながら、手間等がかかるから法令違反を野放しとすると捉えられる発言である。もちろん貴殿の法令違反疑義には、私は断固として戦う。そのような中途半端な意思で、人に法令違反疑義をかけるから、コンプライアンスの徹底ができない代表取締役と言われる」

「失礼なことを言うな」また、顔を赤らめて言い放った。

「斎藤社長、東野さんに対する監査等委員としての法令違反疑義は、会社法・金商法に則って裁判となっても法令違反と言える内容ですね。そうでないと、単なる誹謗・中傷となります。東野さんも斎藤社長の挑発的な質問は、無視して監査等委員の職責に関して実績等を述べるだけにしてください」茅野がやむを得ず仲を取り持つように発言した。

「挑発的とは失礼だ。事実を確認しているまでだ」斎藤は、止めなかった。

「斎藤社長、貴方の情報やデータは、2次情報なんです」

「2次情報っていうのは何だ」

「私が言う2次情報と言うのは直接自分が取材とか調査したわけではなく、人からのヒアリング等のみで判断しているということです」

「そんなことはない」

「確固たる証言があるということですが、その証言の裏を確認していますか」

「証言に裏なんか必要ない」

「私がいう『裏』というのは、その証言に対しての裏付け。例えば関連書類、他の人の意見、本人への確認等です。法令違反疑義を宣うイロハです。私は何に関してのことかわかりませんが、そのこと自体が、本人にも確認をしていないという証拠でしょう」

「だからこの面接で、本人に確認を取っている」

「具体的な事象について何も説明をせず『監査等委員会での決議は、法に則って行っているか』という聞き方しかしていません。斎藤社長の質問を思い出して気が付きましたが、監査等委員会の運営について法令違反疑義があると吹き込まれたような質問でした。多分佐藤氏からの情報だと思いますが。ここで忠告しておきます。監査等委員会は、2019年は両角氏、佐藤氏、東野、今年度は、それに茅野氏が加わった4名体制、但し、3月10日で佐藤氏が、任期半ばにも関わらず辞任して三名体制です。私は、常勤監査等委員で議長を務めておりますが、独断で議事進行したことはありませんし、運営内容は、佐藤氏

だけでなく複数の監査等委員がいる訳であり、また、議事録もあります。議事録には、当該監査等委員の出席者は、全員内容の承認印を押印しており、もし万が一、法令違反の議事進行を行ったことがあったとしたら、議事録に承認印を押した全員の責任です。法令違反の運営に確固たる証言を持って、当事者の責任を追及するのであれば、既に辞任されていますが、佐藤氏にも責任はありますが、追及されているのでしょうか」斎藤は何も答えなかった。このような斎藤の“粗さがし”また“不適切発言”の探求のための質問の連続で東野に対する面接は終了した。最初から最後まで、委員長の今宮は何も発言はしないままであった。その日の夜、両角から電話があり、東野の後にあった面接内容について、東野と同様に憤慨させられる内容であったことを報告していた。

 4月12日、投資会社エイシア・ジャパンから取締役に対する株主提案があった。不正の是正、株主ドリブンのため、エイシア・ジャパンの役員を社外取締役と社外取締役監査等委員を各々一名ずつ推薦議案提出してきたことが、取締役会メンバーに通知された。

 4月21日午後1時に取締役会開催のため招集された。議題は、指名・報酬委員会『取締役選任候補者に対する答申調査報告』の報告である。当日、開催時間が午後1時30分からに変更するという連絡が事務局からあった。両角は、午後1時15分前から来社して、東野席の近くのいつもの小会議室に控えていた。1時15分頃、茅野が慌てて、六階の東野の執務デスクに駆け込んできたので東野は、両角の居る小会議室に促した。

「両角さんも居て助かりました」

「どうされたんですか。慌てているようですが」両角が尋ねた。

「斎藤社長に嵌められました」

「聞き捨てならないですね。弁護士の茅野さんが『嵌められた』という表現を使うとは」

「指名・報酬委員会の件です。斎藤社長が答申結果報告書を纏めて本日、取締役会に報告しますが、問題はその内容です。東野さんと両角さんを貶める内容になっています」

「大体、察しは付いていました。茅野さんは、もちろん反対されたのでしょう」

「それが、反対できませんでした」

「どうされたのですか。茅野さんも答申調査報告書を承認したということですか」両角が驚き聞き返した。

「結果的にそうなりました。というか承認させられました」

「どういう意味か理解できませんが」東野も改めて聞き返した。

「ある意味、脅されました。斎藤社長から『茅野さんの監査等委員としての選任ルートはしっている。もし、承認賛成しなければ〔茅野委員は、明神家に関りのある弁護士に、東野や両角が頼み込んで紹介してもらったことため、この答申調査報告書を承認賛成しませんでした〕と公表します』と言われて」

「公表されて何か茅野さんのお仕事に支障でもあるのでしょうか」

「ありますよ。私の事務所は、友人との共同出資の弁護士事務所ですから。あらぬ風説流布等ですぐ吹き飛ぶくらいの規模ですし」

「茅野さん、もし私と両角さんが、答申調査報告書の内容を確認して、多分、当然、反論すべき内容と考えますが、茅野さんも承認されたことについて、今言われた経緯を公表したらどうなりますか」東野の発言に茅野は、眉を顰め

「もっと困ります」

「そうですよね。『人からのヒアリングの風説流布』と『承認した』という事実と比較すると『承認した』事実の方が脅迫的行為の背景があったとは言え、茅野さんの意思表示ですから重いですよね」茅野は何も答えられなかった。両角が付け加えた。

「だから指名・報酬委員会の委員になったときに『利用されないように』と注意喚起したのですが」

「茅野さん、状況はわかりました。取締役会に提出される『答申調査報告書』の内容を確認してから再度、対策を考えましょう」東野、両角と茅野は、取締役会の開催される社長室へ上がっていった。

【取締役会:2021年4月21日】

 「それでは、取締役会を開催します。本日の議題は、指名・報酬委員会から次期取締役選任候補者の『答申調査報告書』を受領しましたので、その説明を委員長である今宮委員長から報告していただきます。今宮さん、よろしくお願いします」

「今宮です。指名・報酬委員会の委員長を務めております。指名委員会としての次期取締役選任案第一弾の答申調査報告書を纏めましたので、ご覧ください」出席者8名に答申調査報告書が配布された。斎藤、今宮、茅野を除く5名の取締役は、配布された答申調査報告書を読み始めた。答申調査報告書の題名は「監査等委員である取締役候補者に係わる答申調査報告書」となっており、30ページの枚数で作成されていた。10分ほどして、

「みなさん、報告書に目を通していただいたでしょうか」斎藤が声をかけた。

「ハイ、読みました」湊が答えた。続いて、山名、真鍋も黙読が終えたことを伝えた。東野は、既に読み終わっていたが、斎藤らの「監査等委員である取締役候補者に係わる答申調査報告書」をどう利用するかについて考えていた。斎藤らは、この答申調査報告書を活用して東野らの監査等委員としての再選また雲井の選任を阻止すべく動くはずである。しかし、10分程度では考えは纏まらなかった。両角は、何回もページを戻したり、進めたりして憤慨していた。斎藤は、取締役会をすすめた。

「それでは、この答申調査報告書を取締役会として承認するか否かの審議を行いたいと思います」

「斎藤社長、ちょっと待って下さい。指名・報酬委員会は、任意の委員会であり、取締役会には報告のみで、報告書に関する審議等行う類のものではありません。また、この調査報告書は、審議できる内容ではありません」茅野が慌てて発言した。

「茅野さんの『審議する内容ではない』という意味は、どういう意味ですか、これは指名・報酬委員会で正式に審議し、決議された報告書ですが。茅野さんも賛同されたじゃないですか。そうですよね。今宮委員長」

「ハイ、関係者に綿密なヒアリングを行い、纏めた調査報告書です」

「ヒアリングだけでの情報では、信憑性に欠け偏った報告書となってしまいます」

「東野さん、両角さんにもヒアリングを実施し、確認しました」

「ヒアリングは行いましたが、ここに記載の指摘事項については全部否定されました」

「本人達に都合の悪いことは、否定するでしょう。それを偏った意見というのはいかがなものでしょうか。本人たちが認めるまで答申調査報告書が纏めることができないということもおかしな意見です。最後まで認めないでしょうから……」斎藤が強く答えた。

「証拠や証憑もなく、本人達がヒアリングで否定しているのであれば、誹謗・中傷の類の報告書となります。それを覆されるのは、繰り返しますが、状況証拠や、証人、証憑を提示せねばなりません。従って、現状の答申調査報告書の内容の審議するのは無謀です」

茅野は、いつもと違って粘って発言した。

「今宮取締役、今回の答申調査報告書は、監査等委員のみですが、なぜ、他の取締役選任についての報告と一緒に報告しないのでしょうか」今まで沈黙して、斎藤と茅野のやり取りを聞いていた、東野が口を開いた。

「特に意味はありません。人数が多いので分けて報告しようと決めただけです」

「今回の取締役会も監査等委員の選任に関する報告を受けるために臨時の開催ですが、何か四月中に開催して、報告しなければならない理由でもあるのでしょうか」続けて両角が確認した。

「特に深い理由はありません。報告書が纏まったので早く報告しようと考えただけです」

「監査等委員の選任に関して先んじてと限定しておりますが、投資会社エイシア・ジャパンの株主提案である監査等委員については、今回の調査報告には含まれておりませんが」

「株主提案については、別途実施します」今宮が苦し紛れに回答した。

「今宮委員長、多分、東野さんも同じ意見と思いますが、この答申調査報告書の内容に事実に反する記載、また、反論があります。証憑等に基づいて意見を纏めたいと考えていますが、我々の反論についてどのように対応していただけるのでしょうか」両角が指名・報酬委員会委員長である今宮に問い質した。今宮は、中々回答しなかった。今宮が、目線を斎藤社長に助けを求めるように向けた際、斎藤があわてて答えた。

「東野さん、東野さんにも両角さんにも既に面接は終了しており、その時に回答やご意見を伺ったはずですので、これ以上、時間はかけられません」

「面接時の内容と違う項目が、多々記載されていますが」

「もちろん、面接だけでなく関係者のご意見も反映させていますので、加筆訂正等あります」

「関係者のヒアリング等だけで、指摘されても単なる誹謗・中傷です。斎藤社長、ヒアリング内容の証憑等はあるのでしょうか」両角も内容に対する不信感を露わにして、質問した。

「もちろんです」

「斎藤社長、私は、その証憑等は確認しておりません」茅野が言った。

「茅野さんから指名・報酬委員会の審議の際に『証憑等確認したい』というご意見はありませんでした。今宮さん、そうでしたよね」

「ハイ、要請はありませんでした」

「それは、今宮さんと斎藤社長が、調査報告書一読後にすぐ『審議に入る』と言って承認審議に入ったからです『この内容であれば、誹謗・中傷にあたる』と忠告したはずです」

「斎藤社長、今宮委員長、ヒアリングであれば、供述書のような証憑また、内容によっては、裏付けとなる法的にも戦える証憑も確認されたのか、お聞きしているのですが」

「この答申調査報告書は『任意の指名・報酬委員会』ですので、法的に戦うことを前提に確認は取っていません」一瞬、室内がどよめいた。

「それでは、我々の反論も確認しないまま、取締役会で審議にかけて、どのように法的裏付けのない答申調査報告書をお使いになるのでしょうか」東野の問いに斎藤は、回答に躊躇していたが、何回も今宮と湊と顔を合わせて同意を求めるように

「本日、取締役会で承認されれば私は適時開示します」それを聞いた真鍋が

「適時開示するのですか」と初めて発言した。「そもそも指名・報酬委員会の設置は、第三者調査委員会の報告書を受けての再発防止策の一環でした。その再発防止策の推進状況は株主の皆様に報告すべきと考えます」

「裏付けのハッキリしない調査報告書の開示は個人への名誉侵害にあたります。まず、裏付けの証憑をみなさんに提示すべきです。また、東野さんらの反論を受け付けて、検証すべきです」茅野も開示することに驚き、即座に反対意見を述べた。

「先ほども述べましたが、関係者のヒアリングを基に調査報告書を作成していますので、問題はないと考えます」

「今まで、監査等委員会から開示依頼しても一切開示しなかった理由と全く正反対の意見です」

「両角さん、無駄です。斎藤社長は、人に要求することと自分のやっていることが、全く反対の人ですから」

「どういう意味ですか。東野さん。えらい失礼なことを発言しています」

「ね、両角さん、今の斎藤社長の発言、お聞きになったでしょう。自分自身で説明してくれてありがとうございます」嘲笑しながら言った。

「どういう意味だと聞いているだろ。答えろ東野」

「言っても理解できないと思いますが『人には厳しく、自分には甘い。自分を律することができない』ということです」

「どこが『自分に甘い』というのだ。言ってみろ」斎藤は切れてしまい、大声を上げた。

「言っても理解できないでしょう」東野が繰り返し、煽った。

「東野……」慌てて、山名が

「斎藤社長、決議しましょう」と割って入った。

「取締役会で内容の事実に疑義のあることについて審議、決議することはおかしいと考えます」

「真鍋さん、内容の審議ではなく『指名・報酬委員会から答申調査報告書を受領した』と事実を審議することは、可能でしょうか」湊が、茅野の反論に対して、同じ弁護士である真鍋に質問した。

「答申調査報告書の『受領した』という審議は、審議となれば、『受領した』に対して『受領していない』の審議になります。内容を審議しない『受領した』ということは、事実があったか、無かったかのことになりますから、単に『答申調査報告書を受領した』という報告事項となります」

「取締役会が『受領した』事実を報告して、その後、その内容について何の審議されなければ、報告書内容をそのまま承認したことになるじゃないですか」茅野が否定した。

「監査等委員会も取締役会で審議せず、前取締役のみなさんを起訴したわけですから、このまま審議してもいいと考えます」湊が再度審議の提案をした。

「監査等委員会の起訴内容については、法的根拠があります」と両角が反論したが、斎藤は両角の意見は無視するように

「それでは、本日、指名・報酬委員会から受領した『監査等委員である取締役候補者に係わる答申調査報告書』について、審議します。内容を承認する方は、挙手してください」斎藤、今宮、湊、山名、真鍋が挙手した。

「反対の方、挙手ください」茅野、東野、両角が挙手した。

「賛成多数で、指名・報酬委員会の『監査等委員である取締役候補者に係わる答申調査報告書』は、取締役会で承認されました」

「議長、今宮さん、斎藤社長、茅野さんは、作成当事者のため利害関係者となり、決議に参加できないと考えます」東野が決議に異議を唱えた。

「東野さんから異議がありましたが、賛成数から私と今宮さん、反対から茅野さんを除いても結果は変わらないので、決議結果はそのままとします」斎藤は言い放った。

「その他に何もなければ、これで取締役会は閉会とします」東野、両角そして茅野は、早々と退室して、六階の小会議室へ向かった。

「東野さん、両角さん、本当に申し訳ありません」真っ先に茅野が謝罪した。

「状況は理解しました。あの斎藤と今宮の策略に飲み込まれてしまいましたね」

「東野さん、湊も絡んでいますよ。既に答申調査報告書の内容は知っているような口ぶりで進行に加担していました」

「多分、我々以外の取締役らは、全員事前に内容を知っていたと思います。その前提で今回の取締役会の進行を考えていたことでしょう」

「東野さん、どうしますか。反論しても受け付けないでしょうね。でも酷い内容の誹謗・中傷です。自分のことについても税理士としての否定された気分です。また、佐藤からのヒアリングのみで書かれています」

「斎藤らが受け付けるかどうかは別として反論書は作成しましょう。例え、開示できなくても何かに使えると思います。被害者として『対応はした』という事実を明確にしておきましょう。黙っていると内容を認めたと吹聴されるかもしれません」

「わかりました。早速取り掛かりましょう」

「東野さん、両角さん、私にできることがあれば、何でもおっしゃってください。今回の失態に一矢報いたいです」

「ありがとうございます。法的なこと等、色々と教えていただくこともあると思います。よろしくお願いします」東野の結び詞で両角と茅野は、各々の事務所に帰っていった。

 翌日、4月22日、斎藤は、前日の取締役会で承認を得た、指名・報酬委員会の答申調査報告書を適時開示した。


各位                  会社名 日帝工業株式会社

                    代表者 代表取締役 斎藤正明

 指名・報酬委員会からの「取締役候補者(監査等委員である取締役候補者)に係わる答申調査報告書」の受領と承認に関するお知らせ

 当社は、2020年12月3日にベトナムにおける不正発生に伴う、再発防止策の一環として任意の指名・報酬委員会を設置しております。当社取締役会は、4月21日に当該指名・報酬委員会から「取締役候補者(監査等委員である取締役候補者)に係わる答申調査報告書」を受領し、その内容を承認いたしましたことをお知らせします。受領、承認した報告書を以下の通り、開示いたします。

                記

取締役会御中               指名・報酬委員会

                          委員長 今宮寿人

                           委員 斎藤正明

                           委員 茅野 洋

 当委員会は、監査等委員会が選任した次期監査等委員取締役候補について、次の通り、答申調査の結果を報告する。

1・監査等委員取締役候補について

1)監査等委員会の次期監査等委員取締役候補と選任した東野要郎氏(以下東野氏)、両角正義氏(以下両角氏)及び雲井修郎氏(以下雲井氏)以上の三名について、不適切と判断した。

2)当委員会は、監査等委員会の選任した3名に代わり、大野敬氏(以下大野氏)、岩尾肇氏(以下岩尾氏)及び縄文南氏(以下縄文氏)以上3名を選任推奨する。

2・東野氏、両角氏、雲井氏の不適切な理由

1)監査等委員会の不法運営

 東野氏と両角氏は、2020年4月21日に開催した監査等委員会で、議案として審議しなかった議案を議事録に記載した。そのことを佐藤監査等委員が指摘した際、電話およびメールにて了解を促し、承認を得て、恰も審議した結果のように議事録を作成した。このような議決は会社法においても容認されておらず違法行為である。

2)中立性・公正性に欠如された調査等

 東野氏と両角氏は、ベトナム会社における贈賄事件に関しての監査等委員会の調査を終え、報告書を作成して2020年2月21日、当時の取締役会メンバーを始め関係者を招集した報告会を行った。その調査の方法について、関係取締役へのヒアリングを2名の取締役しか行わず、報告書を作成した。これは偏った人のみへの状況確認しか行わないまま、中立性・公平性に欠ける調査でありながら、関係した取締役への責任追求を行った。

3)内部通報制度への不適切な対応

 東野氏と両角氏は、2019年11月の社員の内部通報について、中立性・公正性に欠けた対応を行った。その切掛けとなった内部通報とは、山本前社長の経営に対する不満を持つ、一部社員によるいわゆる「社長降し」……この騒動には、明神元名誉会長の介入もあった……を煽動した自分たちの正当性の手段として、山本氏に対する誹謗・中傷ともいえる内容で、内部通報制度を利用したにも関わらず、東野氏と両角氏は、内容のみに注視した調査しか行わず「社長降し」という規律違反(指揮命令系統を無視した行為)の言及は怠った。また、雲井氏は、当時総務部長の職で、内部通報制度の事務局でもあった。総務部長職を解職された後、内部通報の情報を後任に引き継がず、勝手に破棄してしまい重要な社員の通報内容を無駄にしてしまった。この行為は、会社の内部統制システムの重要な一環を担う内部通報制度を無効化する行為である。

4)取締役会決議の無効化

 2020年3月27日の取締役会で、ベトナム贈賄事件の再発防止策の一環である取締役の責任追及として「取締役報酬返上」議案が審議され、決議された。 東野氏、両角氏は、その決議に反対の意思を表明したが、取締役会の決議は、覆されなかったにも関わらず、取締役会で審議された「取締役報酬返上案」には従わず、自ら勝手に策定した報酬返上案に基づき取締役会の報酬返上決議案への対応として返上した。これは、会社法に定める取締役会の機関決定を軽視・無効化するものであり、株主への反逆を意味する行為である。

5)創業家への忖度

 2020年4月20日の取締役会で、明神要元名誉会長(以下明神要氏)の名誉会長職解任議案が上梓され、審議の結果、決議された。これは、明神要氏が、経営への介入権限は一切ない名誉職でありながら、以前から、執行ラインの責任者に営業活動を指示したり、報告を要求していた。ベトナムに於ける贈賄事件に関しても取締役会等の承認も得ず、直接、社員全員に対して「執行サイドの取締役は、全員辞任すべき」等の持論を押し付けて、社内の指揮命令系統に反した行動で、社内の秩序を大いに乱したため、解任決議を行った。 東野氏と両角氏は、日常から明神要氏と親密 (明神要氏に社内情報を漏洩する疑義もあった) にしており、この決議に反対して、社内秩序保全より、創業家への忖度を重視した行動をとった。

6)取締役責任追及委員会の中立性・公正性に欠けた委員の選任

 東野氏と両角氏は、2020年4月21日の監査等委員会で、第三者調査委員会の報告書に基づく取締役らの責任追及のため、第三者による取締役責任追及委員会の委員の選任決議を行った。佐藤監査等委員の報告によると、東野氏は、決議に関して、委員候補を佐藤氏に面接紹介することもなく、決議案を上梓した。佐藤氏は面接を要望したが、両角氏の東野案への同意に基づき決議した。佐藤氏の調査によると選任された委員の方々の所属する法律事務所は、明神要氏と親交の深い弁護士の紹介であったことが判明した。当該委員会の調査対象となった取締役には、明神要氏のご子息の明神努前専務取締役(以下明神努氏)も含まれている。以上のことから、この選任議案は、中立性・公正性に欠けた選任議案であり、5)においても記述したが、明らかに創業家への忖度を意識した選任議案である。

7)独立性の疑義のある社外取締役

 両角氏は、個人で税理士事務所を開設しており、そのクライアントとして、明神努氏の資産運用会社である明神エンタープライズも含まれている。また、日帝工業株式会社の監査役および社外取締役監査等委員を通算15年務めており、コーポレートガバナンス基本方針に定める8年を大幅に経過しており、独立性を要求する社外取締役として不適切と判断する。

8)業務命令違反で解職された雲井氏

 もう一人の選任候補者である雲井修郎氏は、2019年12月25日の取締役会に於いて総務部長を解職された。解職された事由は、直接の上司に対する業務命令違反である。雲井氏は、同年11月20日に非公式に開催された執行役員を中心とする山本前社長に対する不満分子の会合(その会合には、明神要氏、明神努氏も出席していた)に、上司から、出席することを禁じられたにも拘らず、その業務命令に逆らって総務部長として出席した。

その会合では、山本前社長の経営の不適切な行動や言動の情報を収集し、いかにして辞めさせるか。所謂、「社長降し」の算段であった。山本前社長は、会社法に基づいて株主総会で承認された取締役であり、その後の取締役会で、代表取締役社長と選任されている。山本氏を法的な決裁機関等で審議もせずに非公式な会合で上場会社の取締役の処分を決める行為は、会社の基本構造を根本的に揺るがす犯罪行為である。そのような会合に会社の重責を担う総務部長としての職責のある雲井氏が出席をすることは、会社の秩序を乱す一因となるため、雲井氏の上司は、出席を禁じたにも関わらず、雲井氏は、上司の業務命令を無視して出席した。その行為を重要視した上司は、当時、代表取締役であった山本前社長、新井前会長に報告して、12月9日に雲井氏の総務部長職の解職と新たな職務である社長付という緊急人事異動を雲井氏に辞令を通達した。この人事異動は、前述の25日取締役会で追認されている。会社の社則を司る部門である総務部長という職責を解職された雲井氏を社外取締役監査等委員の選任候補とすることは、不適切である。

3・次期取締役監査等委員選任推奨対象者

 当委員会が、1・の2)で、選任推奨対象の適性は以下の通りである。

1)大野 敬氏

 大野氏は、1994年から当社に勤務しており、現在内部監査部の部長職にあります。

長年、管理関係の仕事に従事して、社内の諸規則・内部統制システム・法令関係にも精通しており、適任と判断しました。

・大野氏の略歴(昭和44年5月7日生)

 1994年 当社入社

 2005年 総務部総務課 係長

 2011年 総務部総務課 課長

 2016年 内部監査部  課長

 2019年 内部監査部  部長(現職)

2)岩尾 肇氏

 岩尾氏は、1990年から2011年3月まで当社での勤務経験があり、OEM製品の営業部門の部長職まで務め、製造・品質管

理・販売ビジネスに精通しております。その後、株式会社ビジネスマッチを企業し、代表取締役社長を現任しております。当社での営業経験と長年に渡る現在の経営者の立場で、株主や投資家に対する株式会社の役員として、適正な対応ができる方と判断しました。

・岩尾氏の略歴(昭和40年8月20日生)

 1990年 当社入社

 1997年 OEM事業部 係長

 2004年 OEM事業部 課長

 2010年 OEM事業部 部長

 2011年 株式会社ビジネスマッチング設立 代表取締役(現任)

3)縄文 南氏

 縄文氏は、法律家として長年に渡り企業法務案件に携わり、特に企業法務および会社法に精通しており、『取締役の職責』という著書も出版されております。また、縄文氏および同氏の所属する法律事務所と当社とは、今まで、取引関係等一切なく利害関係もありません。縄文氏は、略歴に記載のとおり社外取締役の実務の経験もあり、当社において、中立・公正な立場で監査等委員の職責を果たし、また、当社の更なるコンプライアンスの徹底にご尽力できる方だと確信をもって推奨します。

・縄文氏の略歴(昭和50年3月11日生)

 2005年 新日本法律事務所入所

 2010年 麹町第一法律事務所入所

 2013年 (株)インサイドアウト社外監査役(現任)

 2015年 (株)メガコンサルタント社外監査役(現任)

 2019年 プレリュード(株)社外取締役(現任)

                                 以上


 指名・報酬委員会の答申調査書は、適時開示後、社内の管理職いわゆる課長以上の職責の約100名の社員に「会社の適時開示情報」として、報告書添付のメールを送信された。


 翌日、総務部から取締役メンバーに緊急確認メールが届いた。

 

取締役各位

         次回定時株主総会日程変更通知の件

 既に取締役の皆様には、通知申しあげている次回「定時取締役会」の日程を次の通り、変更いたします。もし、日程変更にご都合の悪い取締役の方がいましたら、至急連絡願います。

1・日程変更

 変更前:2021年6月25日(金)

 変更後:2021年6月29日(火)

2・変更理由:会場の都合による

                        総務部株主総会事務局


その後、山名を始め、湊、今宮、真鍋から

「定時株主総会の日程変更の件、承知しました」と同様の回答が、瞬く間に返信メールが送信されてきた。両角から電話があった。

「東野さん、反論意見作成しました。送付しますので、内容確認してください」

「早いですね。さすが、両角さん」

「非常に怒り心頭です。事実の確認しないまま、我々の否定、佐藤意見の採用、証憑等の提示もありません。読み直すたびにむかつきますので、早く対抗意見の表明をしたくて作成しました。私がそうですから、東野さんの記載については、頭に来て寝られないのではありませんか」

「そうですね。我々に対する酷いネガティブキャンペーンです。一番、ショックを受けているのは、この中途半端な調査の報告書を東証が開示を承認したことです。会社の開示要求は、何でもOK何でしょうか。株主に対する正しい情報の開示基準に沿った審査は、もう無いのに等しい対応です」

「東野さん、東証もいわゆる役人仕事的なところがあるのではないでしょうか。残念ですが」

「でも非常に重要なことを確認していないと思いますよ。例え、役人仕事的であっても。『答申調査書の内容が真実であれば、会社法的に日帝工業の社外取締役監査等委員の決算時の監査報告書では、決算は認められない』

という問い合わせ等があるべきと考えます」

「確かに、会社の代表取締役が委員となって、はたまた、公認会計士の肩書のある社外取締役が委員長の指名・報酬委員会の答申調査報告書が『当社の監査等委員は不法行為を行っている』と発表している訳ですから。東証が決算に対する対応を求めても、当然ですね」

「東証には『適時開示基準』も定めているわけですから。ガバナンスコードにも『株主への正しい情報開示』を要求しています」

「残念ですが、所詮、お役所仕事的なものなのでしょうかね」

「そうかもしれません。両角さんの反論意見を確認させていただき、雲井さんにも依頼していますので、その状況確認と一番量の多い私への誹謗・中傷への反論を作成して、両角さんに内容確認していただきます。四月中には作成しますので、しばらく我慢ください」

「わかりました。私は、自分のところしか反論意見は作成しておりません。何か私にできることがあれば、申し出てください」

「ありがとうございます。その際は、おねがいします」

「ところで次回の株主総会の日程の変更メールが来ましたね。何か違和感があります」

「そうですね。おかしいです。変更理由を場所の都合としていますが、場所は、前回の株主総会終了後に予約していました」

「山名を始め、取締役の反応の早い事。メール配信から10分以内ですよ。何か企んでいるのではないでしょうか」

「両角さんの勘ぐりの通り、何か仕掛けています」

「よろしいでしょうか。斎藤らの。新井泰の好きにさせて」

「両角さん、株主に対して監査等委員は何の権力もありません。また、執行サイドの取締役の監視・監督もコンプライス違反でない限り、多数決で圧して進められてしまいます。ここは、静観しかありませ」東野は両角を諭すように話した。

「そうですね。わかりました。粛々と監査等委員の職責を果たせるところまで果たしましょう」両角は腹を括ったように答えた。

「よろしくお願いします」

 両角との電話会談後、両角から反論意見案がメールで送付されてきた。東野は一読した後、両角の表現と重ならない留意しながら、反論を纏め始めた。


取締会御中

 指名・報酬委員会(以下委員会)からの「取締役候補者(監査等委員である取締役候補者)に係わる答申調査報告書」に対する意見書

                   社外取締役監査等委員 東野要郎

                              両角正義

 任意の指名・報酬委員会から2021年4月21日の取締役会に提出された「取締役候補者(監査等委員である取締役候補者)に係わる答申調査報告書」(以下答申調査報告書)に関して、以下のとおり、反論意見を述べる。取締役会は、直ちに反論書の内容に基づき、答申調査報告書の内容を再検証し、検証内容を当該反論意見書と共に適時開示することを要求する。

【1・監査等委員としての有事に対する考え及び対応】

 我々、監査等委員である東野、両角は、ベトナム子会社の外国公務員贈賄事件(以下有事)の発生後の監査等委員でない取締役の対応・取締役会のコンプライアンスの無視、内部統制システムを無効化した対応を以下のとおり指摘する。

1・監査等委員でない前取締役の保身行為と現取締役および取締役会の株主の意向を無視した対応

 第三者調査委員会の報告書によると新井元常務は、2019年11月19日、有事の件を林・吉田杉本法律事務所へ相談し指示を仰ぐと共に第三者調査委員会の委員の選任も依頼していた。危機管理規程に基づく有事の対応プロセスは、総務部門管掌であった新井前常務取締役及び上場会社の代表でもある山本前社長は、速やかに監査等委員会へ情報を通知すべきであったが、同年一一月二〇日の臨時取締役会まで、意図的に報告を行わずせず、また、同法律事務所へ相談していたことも会わせて通知しなかった。同法律事務所との有事への対応は、山本・新井泰司・新井泰・椎名のメンバーで秘密裏に行っていた。このことは、監査等委員の有事への対応が、取締役の立場を危うくすると判断し、監査等委員に知らせる前にできる限りの用意周到施策(以下施策)に取り組んだ行為である。また、会社の費用でリーガルアドバイザーを会社の損失最小化ではなく、私的利益の保全のために利用している。また、同時期、執行役員らの山本前社長降し行動や創業家の争い等に恰も監査等委員も加担していることを印象付け監査等委員の対応を制限しようとした。現取締役らは、そのような前取締役らの選任候補者となり、株主総会で承認された。斎藤社長を始めとする現取締役は、前取締役らの選任の意、私的利益の保全を継承しており、監査等委員らの有事に関する前取締役の職責追及行為に種々、反論、抗議や懐疑的意思表示を表し、取締役会決議をも利用して、監査等委員の取締役に対する法的追及の妨害を謀っている。それを証する実例として、任意の指名・報酬委員会(以下委、員会)の委員長である今宮取締役、斎藤社長の行動は次のとおり。

➀2020年7月1日の取締役会においての執行役員選任時に株主総会で取締役再任を否認された、有事の隠蔽に深く関わった新井泰氏、椎名氏を執行役選任候補に推薦し、承認させた。

➁8月4日の取締役会で斎藤社長は、山本前社長との顧問を議案上梓して、今宮氏は賛成し、承認させた。その時の顧問報酬は、月額80万円となっていた。

➂10月6日の監査等委員会で、取締役責任追及委員会の調査報告書を基に、前取締役に対する損害賠償請求の決議及び、損害賠償請求の対象となっている新井泰氏の執行役員、総務部長職の解任、椎名執行役員の経理財務部長の解職の決議を行い、取締役会に通知したが、取締役会の議長である斎藤氏は、今を持って議案に応じず、両名は現職を継続している。「今を持って」と言う意味は、現在、起訴されたにも関わらず「両氏に現職を継続させている」という意味も含んでいる。

➃監査等委員会は、斎藤社長に2020年10月2日に受領した取締役責任追及委員会の調査報告書の適時開示を要請したが今を持って開示を行わない。また、取締役会も株主への情報開示要請に関して、斎藤社長の情報隠蔽行為を承認している。

➄委員会は、監査等委員が創業家の一つである明神家との関りが強く、中立・公正性のある行動をとっていないという指摘を行っている。監査等委員は、有事の隠蔽の主犯格と考える新井泰執行役員、椎名執行役員に責任を取らせ、内部統制システムに基づくけじめを付けなければ、有事の社内的決着はつかない。と考えている。創業家兼大株主だから、その協力者・支援者だから、不正事件を犯し、当社から損害賠償請求を受けて起訴されても執行役員として居続けられることが許されるのであれば、当社社員のコンプライアンスに対する規律は機能せず、上場会社として内部統制システムの根幹を揺るがす行為となる。明神家は、不正を正すことを望み、自らのコンプライアンス違反を認め、監査等委員会の職責遂行に協力することを明言したため、情報提供を受けるなどした。斎藤社長及び取締役会は、明神要元名誉会長の名誉会長職を解職した。新井泰執行役員や椎名執行役員は解任は行わない。この不合理な決議をどう社員や株主・投資家に説明するのか、できるのか。今まで、説明できないから一切説明を行っていない。創業家で社内に残っているのは、新井泰氏だけである。先ず、斎藤社長および取締役会は、会社に損害を与えた創業家である新井泰を排除すべきである。コンプライアンスの徹底ができない新井泰氏に上場会社の経営の権利はない。繰り返して通知する。当社は上場会社であり、創業家の大株主だけが株主ではない。

2・取締役会の正常に機能しない当社での監査等委員の有事に対する職責遂行

 監査等委員として有事への対応で、社員・株主・投資家等へ通知すべき情報と判断し、当時の山本前社長及び現斎藤社長に適時開示を要請したが、彼らが開示しなかった情報は以下のとおりである。

1) 2020年3月19日開示要請:山本氏・椎名氏への監査等委員会の取締

                 役辞任勧告決議

2) 2020年4月21日開示要請:取締役責任追及委員会設置の監査等委員

                 会決議

3)2020年7月26日開示要請:取締役責任追及委員会設置の監査等委員会

                決議の再要請(新体制後)

4) 2020年10月6日開示要請:取締役責任追及委員会の調査報告書の

                開示

5) 2020年10月13日開示要請:取締役責任追及委員会報告書に基づき

                 監査等委員でない前取締役6名への損害

                 賠償請求及び訴訟提起対応決議

6) 2020年10月13日開示要請:9月18日に個人株主にからの提訴請

                 求受領および回答内容

7)2021年2月10日開示統制:2020年12月25日前取締役6名に

                 対する損害賠償請求訴訟に伴う、会社に

                 対して被告の立場となる新井泰氏、椎名

                 史和氏の解職を監査等委員会が取締役会

                 に再要請した事実

【2・委員会答申調査報告書記載事項への反論】

1)監査等委員会の不法運営

 委員会は、東野と両角が『2020年4月21日に開催した監査等委員会で、議案として審議しなかった議案決議を議事録に記載した』ことを監査等委員会の不法運営と指摘している。また、この指摘事項は、佐藤元社外取締役監査等委員の通知を根拠としたものである。監査等委員会の運営は、監査等委員会の規程に基づいて、開催時の三営業日前に監査等委員に通知して開催し、開催後には、東野が議事録案を作成して、各監査等委員に送付して了解を得たら製本し、各監査等委員の承認の証として押印してもらい保管してある。二〇一九年度は、16回、2020年度15回開催しており、議事録も全てある。議事録には、2019年度は、東野、両角、佐藤三名の押印、2020年度は、2021年3月10日までの監査等委員会は、東野、両角、佐藤、茅野の四名の押印、3月10日以降は、東野、両角、茅野三名の押印(佐藤は、2021年3月10日辞任)がある。また、これら議事録は会計監査法人も閲覧しており、これらの議事録を基に事業報告書に記載される監査報告書を作成している。委員会は証憑も確認しないで、佐藤氏からのヒアリング、つまり2次情報のみで、不法運営と指摘している。佐藤氏は、議事録案を受領し、了解し、承認のため議事録全てに押印している。また、もし監査等委員会の運営が不法と指摘するのであれば、今年度の監査報告書を否定すべきである。

2)中立・公正性に欠如された調査等

 委員会は、ベトナム有事の監査等委員会の調査に関して「関係取締役へのヒアリングを一部の取締役のみ実行し、全員は行わないで報告書を作成した」ことを中立・公正性に欠けた調査と指摘している。監査等委員会の調査対象は、当時の監査等委員を除く6名の前取締役、山本氏・新井泰司氏・明神努氏・甲斐俊氏・新井泰氏・椎名史和氏(以下敬称略)である。ヒアリングを行った前取締役は、明神努・甲斐俊の2名で、他4名はヒアリングを行っていない。それには以下の2つの理由がある

➀監査等委員会は、前取締役6名に対し、関与状況の確認のため【ベトナム不正に関する事実確認書】を送付し回答を依頼した。期限までに回答してきたのは、明神努と甲斐のみであり、山本・新井泰司・新井泰・椎名は「質問記載事項に不備がある等云々」と書類での回答を拒否する等、当初から監査等委員会の調査に対して非協力的であり保身を第一に考えた行動を取っていた。また、明神努と甲斐にヒアリングは【ベトナム不正に関する事実確認書】で質問した11項目への回答内容の確認であり、事実確認書を供述書的な証憑とする目的であった。山本らが事実確認書の提出を拒否したことでヒアリングの必要性を失ったため、行わなかった。

➁ベトナム会社田村前社長(以下田村)および企画管理部竹腰前部長から提出された不正に関するメールや音声記録および供述により山本・新井泰司・新井泰・椎名の関与状況は明白に確認できていたため、取締役会等での関与追及を一切認めない山本らのヒアリングは必要性と必然性がなかったためである。

調査結果として、山本らのヒアリングを行わなくても第三者踏査委員会の報告内容と同等、同様内容の遜色のない山本ら取締役の関与状況を報告した。委員会は調査結果について一切言及せずに監査等委員会の調査を「中立・公正性に欠如された調査等」と指摘・開示するのは東野・両角に対する誹謗・中傷意見にすぎない。

3)内部通報制度への不適切な対応について

 委員会は東野と両角が、2019年11月の社員の内部通報について

➀「中立性・公正性に欠けた対応を行った」と指摘している。当時、山本前社長の経営に対する不満を持つ、一部社員による所謂「社長降し」の騒動が起こっており、委員会は監査等委員会の内部通報制度の調査に関して「社長降し騒動に関与した社員は、内部通報制度を悪用しているにも関わらず、騒動に関する調査を一切行わず山本前社長へのハラスメント疑義の内部通報の内容のみに注視した調査しか行わず…中立・公正性に欠けた調査」と指摘しているが、任意の指名報酬委員会の委員、特に斎藤社長は、内部統制システム制度構築義務のある取締役として、取締役のコンプライアンス体制を社員が監視できる内部通報制度の重要な機能および会社が整備・運用すべき義務を理解していない。監査等委員会は、当社の通報制度の通報窓口となっており、通報制度は経営幹部から独立性を有するルートで通報者を保護されなければならない。委員会は、通報制度に基づき通報者を「社長降し」騒動を逆に利用して、通報内容を不正行為と看做している。このこと自体、コンプライアンス体制を無効にする行為である。また、委員会は、

➁「東野、両角は『社長降し』という規律違反(指揮命令系統を無視した行為)の言及は怠った」ことを指摘しているが、このことは、通報制度の通報に係わる取り扱いとは、一切関係がないことである。万がいつ、「社長降し」が規律違反であったとしたら、就業規則、危機管理規程に基づいて審理すべき事項である。監査等委員として社長の経営能力や社員に対する対応へ社員等が異議を申し立てることは、規律違反ではないことは、明確に執行サイドに通知する。

➂当時総務部長であった雲井氏の通報制度への対応について、委員会は「雲井氏は、当時総務部長の職で、内部通報制度の事務局でもあり、総務部長職を解職された後、内部通報の情報を後任に引き継がず、勝手に破棄してしまい重要な社員の通報内容を無駄にしてしまった」と指摘しているが、雲井氏は当時、総務部長を解職された際に「内部通報者の通報情報や内容を通報対象である山本前社長に認識されることは、自分と同じく会社内の職制を剥奪される2次被害者になり得る危険性を考えて処分した」と説明しており、通報者は、通報情報や内容を山本前社長へ開示しないよう要請していた。このことは、通報者を保護すべき通報制度の基本であり、正しい行為であると監査等委員会は判断する。監査等委員会は内部通報者の山本前社長への開示しない要望を雲井氏と同様に通報者からの直接的訴えで認識している。委員会はそのような状況も考慮せず、東野、両角、雲井の対応を誹謗・中傷している。

4)取締役会決議の軽視・無効化

 委員会は、東野と両角が『取締役会議に従わず「取締役会決議の無効化」を謀った』と指摘している。その決議とは、ベトナム贈賄事件の再発防止策の一環である取締役の責任追及として議案提示された「取締役報酬返上」議案である。監査等委員は、2020年2月21日の監査等委員会の調査報告後、関与した取締役会の責任追及(不正への関与の自供と責任の取り方)を繰り返し要請していた。その際に取締役会で提議されたのが、新井泰の「取締役報酬返上」案であった。東野と両角は、以下の理由で反対し、決議無効の抗議文も提出している。

➀前取締役である山本・新井泰司・新井泰・椎名らは、コンプライアンス違反に深く関与していたにも関わらず、関与したことは、一切自供せず、原因究明を怠って「報酬返上」で自らの責任を終結させようとした。

➁新井泰は、コンプライアンス違反に深く関与した取締役の一人であり、その本人が何の裏付けもない自分たちに都合の良い程度の「報酬返上」案を提議して審議、決議させた。

➂取締役連帯責任決議

 ベトナム不正事案はコンプライアンス違反に関与した取締役の責任追及をすべきであり、一切関与していない取締役(監査等委員)は、対象外であるべきである。監査等委員は、不正の認識後も法令や社内規程に基づいた調査や対応を行った。何の落ち度もないにも関わらず「連帯責任」の下、「報酬返上」決議された。不正に関与していない監査等委員にとって所謂、冤罪にあたる。不正の隠蔽時にも山本や椎名が「監査等委員に通知すると大事になる」意の相談し、2019年11月20日の臨時取締役会まで、只管、隠蔽してきた。隠蔽されてきた監査等委員は被害者の立場にあたる。このような不合理な議案を決議すべきでないと反論し、決議に従わなかった。しかしながら東野と両角は、このようなコンプライアンス違反を行う取締役が多数存在する取締役会の一員として株主を始めとするステークホルダーへの責任として自己判断した「報酬返上」は行って会社も受領している。

5)創業家への忖度

 2020年4月20日の取締役会で、明神要元名誉会長(以下明神要氏)の名誉会長職解任議案が上梓された際、東野と両角が解任議案に反対したことを『創業家の忖度』と指摘している。東野と両角の取締役会の個々の決議権に関して、取締役である指名・報酬委員会の委員から指弾を受ける筋合いは無い。取締役会の議案に関しての決議権に圧力をかけることこそ決議の無効化となる。東野と両角が、明神要氏の名誉会長職解任議案に反対した理由は

➀東野が、社外取締役就任後から解任決議の取締役会まで明神要氏が名誉会長の名の下に取締役会に出席して、議案の提示や決議の指示等を行ったことは一切なかった。むしろ山本前社長は、議案決議の際に、「この議案は、明神名誉会長も了承しております」と明神要氏の威光をバックアップとした発言が、複数回あった。

➁明神要氏の社員全員に「執行サイドの取締役は、全員辞任すべき」等メール通知したことに関しては「大株主意見」と受け止めており、会社の秩序を乱す行為とは考えていない。監査等委員会の調査及び第三者調査委員会の調査でも明神要氏は、ベトナム不正事件には関与していなかったと結論づけている。また、自分の考えを社員へ通知することはコンプライアンス違反ではなく内部統制システム上も不備とはならない。寧ろ、会社の秩序を乱したのは、ベトナム不正、コンプライアンス違反に関与、内部統制システムを無効化した山本前社長を始めとする取締役らであり、自ら責任を取り、職を辞すこともしないで「人を裁く」ことはできない。また、監査等委員会は「明確に法令等違反」と証憑等で確認のあった山本・椎名に対して2020年3月19日の監査等委員会で辞任勧告を決議して、取締役会に通知したが、取締役会は取り扱わなかった。委員会は明神要氏の社内通知を「指揮命令系統を無視して秩序を乱す行為」と決議し、山本・椎名のコンプライアンス違反を取り扱わない取締役会の機能自体が無効化されていた。

6)取締役責任追及委員会の中立性・公正性に欠けた委員の選任

 委員会は、監査等委員会の取締役責任追及委員会の委員選任について中立性・公正性に欠けた選任と指摘している。委員となったスミス・羽柴・小野寺法律事務所は、明神努氏からの紹介でお会いした殿崎&かずさ法律事務所の紹介であったが、スミス・羽柴・小野寺法律事務所は、明神家と何の関り(諸案件契約等)は、一切ない。また、佐藤氏が面接を要望した件について、当該監査等委員会の議案は、招集通知と共に通知しており、佐藤氏も両角も選任の機会はあったが、他の対象法律事務所案の意見もなかった。監査等委員会として

①当初、責任追及委員会の調査は、次期株主総会以前に完了させたいタイトな日程であったこと(調査対象取締役の非協力的対応等で実現しなかった)

➁スミス・羽柴・小野寺法律事務所は、四大法律事務所の一つであり、信頼もおけること➂委員となった方々から契約書にも記載があるが「中立・公正に調査を行う」という言質の書類を提出いただいたこと(この書類は取締役会にも提出している)

以上から適切であると判断した。そのことは、取締役責任追及委員会の調査報告書の調査結果が証明しており、前取締役会・現取締役会いずれからも「中立・公正でない調査報告書」と言った内容の指摘は今をもってなく、例えあったとしても、既に周知のとおり、損害賠償請求の上訴を行っており、四月までの公判でも一切争点となっていない。このことは委員会も熟知しているはず。

7)独立性の疑義のある社外取締役

 委員会は両角が社外取締役を継続している期間がコーポレートガバナンス基本方針に定める8年を超過しており、独立性が要求される社外取締役として不適切と指摘している。文献等によると当該方針の8年の意は「社外取締役として馴れ合いを排除して職責を果たせる期間の目安」とされている。社外取締役の職責とは、会社法第399条の13第1項で

➀会社の業務執行の決定(特に「経営の基本方針」等の基本事項の決定や重要な業務執行の決定

➁取締役の職務の執行の監督

➂代表取締役の選定及び解職

と定められている。また、経済産業省の2020年7月20日作成、31日に公表している社外取締役の在り方に関する実務指針(社外取締役ガイドライン)には、第1章に五つの《社外取締役の心得》としてが以下のように記載されている。

《心得1》社外取締役の最も重要な役割は、経営の監督である。その中核は、経営を担う経営陣(特に社長・CEO)に対する評価と、それに基づく指名・再任や報酬の決定を行うことであり、必要な場合には、社長・CEOの交代を主導することも含まれる。

《心得2》社外取締役は、社内のしがらみにとらわれない立場で、中長期的で幅広い多様な視点から、市場や産業構造の変化を踏まえた会社の将来を見据え、会社の持続的成長に向けた経営戦略を考えることを心掛けるべきである。

《心得3》社外取締役は、業務執行から独立した立場から、経営陣(特に社長・CEO)に対して遠慮せずに発言・行動することを心掛けるべきである。

《心得4》社外取締役は、社長・CEOを含む経営陣と、適度な緊張感・距離感を保ちつつ、コミュニケーションを図り、信頼関係を築くことを心掛けるべきである。

《心得5》会社と経営陣・支配株主等との利益相反を監督することは、社外取締役の重要な責務である。

 執行サイドの取締役らに隠蔽されていたベトナムの不正事件に関し、監査等委員として認識後から今日まで、両角氏の社外取締役としての対応は、正に会社法に定められた役割、経済産業省の公表したガイドラインに基づく職責を果たしてきた。企業法務における最も重要である「経営の監視」を社外取締役の責務としてコンプライアンス違反に関与し、当社に多大な損害を与えことを取締役として、自分たちの定めた「報酬返上」のみで保身に逃げた山本を始めとする取締役らを法廷の場に引き摺りださせたのは、その責任ある行動の賜物である。この3月に辞任した佐藤、指名・報酬委員会の今宮委員長、真鍋取締役も社外取締役であるが、その職責を果たしているであろうか。「経営の監視」を行っているとは思えない。今まで監査等委員会として経営に係わる重要な情報の適時開示を斎藤社長に求めても斎藤社長は、一切行わなかったことに何の異議を唱えてこなかったし、今回の東野・両角・坂井に対する答申調査報告書の開示に関しても3名の反論も確認することなく開示を黙認している。今宮・真鍋は1年目の社外取締役であり、両角は15年、どちらが上場会社の社外取締役として株主・投資家や社員に対して職責を果たしているかは、明白である。両角の社外取締役としての職責を果たそうとする意志に委員会の指摘する「8年」は当てはまらない。両角は、明神家と新井家の資産運用会社と税理士契約を締結していたが、2019年11月にベトナム不正事件認識後、両社の2019年の税務申告を終了させた後に税理士契約は解消して社外取締役の責務に没頭したことを通知しておく。

8)業務命令違反で解職された雲井氏

 委員会は雲井氏について2019年12月25日の取締役会に於いて総務部長を解職されたことを事由に監査等委員として不適切と指摘している。委員会は「なぜ解職されたのか」の事由を会社側からしか述べていない。雲井氏を解職したのは、当時、総務部管掌役員だった新井泰であり、新井泰の雲井氏解職案を承認したのは、山本前社長であった。周知の通り、いずれも監査等委員会で取締役善管注意義務違反として損害賠償請求の訴訟対象である。雲井は、会社・取締役会に対して「総務部長職解職に対する不服申し立て」を提出している。委員会は雲井の「不服申し立てについて」も何も言明していない。雲井が新井泰の取締役としてベトナム不正事件に関し「隠蔽」という取締役としてあるまじき不穏な行動に気が付き、取締役の不正行動を正そうと新井泰に直訴した。この雲井の対応時に新井泰は「雲井部長は、何を言っているのか?幹部内の調査中のマル秘情報について、総務部部長が関わることは、越権行為だ」と恫喝して雲井の直訴を避けた。また、委員会は、雲井が山本前社長への不満を持つ執行役員の非公式な会合に上司である新井泰が出席を禁じたにも関らず、雲井が上司の命令に反して出席したことを「業務命令違反」として指摘している。雲井は、無断で出席したのではなく、当時の上司である新井泰に出席することを報告している。出席する理由も

➀総務部長として社員の不満をヒアリングする責務があること

➁明神要氏(大株主)から「社員の話を聞いてほしい」と依頼があったため

と明確に伝えている。雲井とは逆に雲井の上司であった新井泰は、

➀部下からのコンプライアンス違反の指摘と取締役としての有事対応の直訴を「越権行為」と恫喝した。

➁山本前社長に不満を持つ社員を「不満分子」と決めつけ、社員から不満内容をヒアリングの機会も講じなかった。

➂株主の要請を「指揮命令系統違反」や「経営介入」等の理由で受け入れなかった。

当社では、法務関係も総務部の管轄であり、当時総務部長であった雲井の職責である。同時に総務部管掌役員であった新井泰の職責でもある。上場会社の総務部長、総務部管掌役員としてコンプライアンスの徹底、コーポレートガバナンス、内部統制システムの整備会社、内部通報制度の運用会社として有事発生時にどう対応すべきか取締役会、任意の指名・報酬委員会共に理解できないため雲井の不適切を指摘していると断言する。

9)次期取締役監査等委員選任推奨対象者

 委員会は、監査等委員会で次期取締役監査等委員として選任決議した東野・両角・雲井を不適切として、その代替案として【大野敬氏・岩尾肇氏・縄文南氏】を次期取締役監査等委員として推奨している。この3名について我々は意見はしない。しかしながら、現状、監査等委員会の重要課題として、ベトナム不正事件に関する刑事裁判、訴訟代表として前取締役6名の善管注意義務違反による損害賠償請求の民事裁判を訴訟して期日も始まっている。株主・投資家・社員等ステークホルダーへの最善の対応、一円でも多く賠償金として回収できるのは、東野・両角・雲井以外に適正な取締役監査等委員は存在しないことを宣言する。

【3・総論】

 委員会の東野・両角・雲井への不適切とする答申調査報告書は、

1)2次情報のみの意見

2)証憑等のない情報       

であり、その状況で適時開示までしたことは東野・両角・雲井に対する誹謗・中傷である。

                                以上                                


 東野は、土・日曜日に作成して、26日月曜日に両角・茅野に送付し加除訂正、茅野には校正を依頼した。両角・茅野からは、翌日には、訂正版も了解を得たので、4月27日に取締役会メンバーに発信した。   

 4月28日、東野が発信した「答申調査書に対しる反論」については、誰からも何の反応も無く、もとより、開示されることもなかった。日帝工業では、適時開示情報は『社内情報共有』という目的で課長以上に社内インフラで配信されている。〔答申調査報告書〕も適時開示と同時に総務部から社内配信されていたので、そのメールアドレス対象全員に、自分たちの『答申調査報告書に対する反論書』と対象事項に係わる監査等委員会議事録の議事内容を省いた、表紙と監査等委員の自著・承認印のある最終ページを証憑として添付して送信した。少なくとも社内の課長以上の役職者たちには配信したことになる。メールアドレスには取締役会メンバーを加え、返答の無い状況への再要求も行った。

 午後4時になり、総務部からメールが取締役会メンバーに情報共有通知として、発信された。


取締役各位

 4月12日、投資会社であるエイシア・ジャパン様から取締役に対する株主提案がありましたが、別添のとおり、四月二八日付で当該株主提案の取り下げがありました。加えて「監査等委員である取締役選任議案」が株主提案として議案提出されましたことを通知いたします。

                        総務部株主総会事務局

 

                       2021年4月28日

日帝工業株式会社

代表取締役社長 斎藤正明殿

C.C.取締役会御中

 ASIA・JAPAN CO.LTD(以下エイシアという)は、エイシアが四月一二日付で貴社に送付した株主提案を取り下げ、新たに、以下の株主提案を提出いたします。

                 記

 エイシアは、日帝工業株式会社(以下当社という)の総株主の100分の1以上の議決権300個以上の議決権を6か月以上保有する株主として会社法第303条第2項に基づき、2021年6月に開催の予定である貴社の第71回定時株主総会(以下本株主総会という)において下記第1に記載する議題を本株主総会の目的とすることを提案します。また、本議題について下記第2に記載する議案内容、第3に提案理由を提出いたしますので、会社法第305条第1項及び会社法施行規則第93条に基づいて本議案を株主に通知することを請求します。

第1:提案する議題

 議題1:監査等委員である取締役3名の選任の件

第2:議案内容

1)大野 敬氏を監査等委員である取締役として選任する。

2)岩尾 肇氏を監査等委員である取締役として選任する。

3) 縄文 南氏を監査等委員である取締役として選任する。

第3:議案の提案理由

 当社が2021年4月22日に適時開示した当社の指名・報酬委員会(以下当委員会という)の「監査等委員である取締役選任候補者に対する答申調査報告書」では、監査等委員会が選任決議し、取締役会に選任請求した東野氏・両角氏・雲井氏の3名はいずれも不適切と指摘されております。エイシアは、当社が引き起こしたコンプライアンス違反および経営陣と創業家の内紛を早急に一掃するため、完全に独立した中立の存在が必要と考え、当社が再発防止策の一環として立ち上げた、指名・報酬委員会の選任案を全面的に指示してます。よって当該調査報告書で新たに推奨された前述の3名を次期監査等委員である取

締役選任候補として株主提案します。なお、3名の候補者とエイシアは、一切、利害関係はありません。

〔候補者の略歴当〕・・・・・・・・


 候補者の略歴は、任意の指名・報酬委員会の調査答申書に記載の通りの内容であり、最後にエイシア・ジャパンのディレクターのサインで株主提案を締め括っていた。

 東野は総務部からの通知メールで「急な株主総会の日程変更」の真の理由を理解した。

その夜、日本第一法律事務所の黒戸弁護士から電話があった。東野は「答申調査書に対する反論」を取締役会に提出した夜に黒戸にも監査等委員としての対応状況の報告として送付していた。

「東野さん、ご無沙汰しております。『反論書』拝見しました。よくできておりました。法的にも問題ないと考えます」

「こちらこそご無沙汰しております。『反論書』の内容を確認いただきありがとうございます。会社からは、何のアクションもありませんが。その件ではないですよね。黒戸先生のご用件は」

「枕詞です」黒戸は笑いながら話を続けた。

「エイシア・ジャパンが動きましたね」

「仕掛けたのは、会社執行側だと考えます。当初、エイシアは自社の役員を監査等委員として株主提案していましたから」

「多分そうでしょう。任意の指名・報酬委員会の選任案そのままですからね。監査等委員会から承認受けなくても良い選任議案とするためにエイシアと何らかの取引したのでしょう。でも東野さんと新井泰が新井興業の株式買収した時に今後の展開を予測した事象ですよね」

「ハイ、ただ、エイシア・ジャパンが出てくるとは思いませんでした」

「これだけ新井企画の株式を買収したりして必死ですから、あらゆる手段を講じたのでしょう。株式名簿からでも、今までの総会質問状トラスト・インベストメント絡みや。今回は、エイシア・ジャパン側から最初の株主提案があったことを活用したと思いますが」

「日帝工業の株式で考えるとエイシアにそんな大きなメリットがあるとは思いませんが」

「いやいや、これだけコンプライアンス違反等で話題になっていますし、前社長が刑事裁判の被告であり、監査等委員会が民事裁判で前取締役らを善管注意義務違反で起訴に持ち込んでいる会社です。投資家としては何か関与して、名声を高めるこれとない機会と考え、狙っています。ハイエナみたいなものです」

「確かに自分たちの保身のために取締役会を利用する前取締役、それに従服な現経営陣の取締役、その中には弁護士も会計士の資格のある社外取締役らもいますから、話題に事欠かない会社ですよね」

「企業法務的にも会社法や金商法の良き事例となります」

「反面教師的な教材ですね」

「監査等委員会の機能としては、完全版ですよ」

「裁判の判決次第ですが」

「いえいえ、起訴されましたから、監査等委員としては株主の委託した機能・職責である経営者の監視・監督の機能を果たしたと言えます」

「ありがとうございます」東野は素直にお礼を言った。

「東野さん、お電話差し上げたのは、今後の課題についてです。ある意味、限られた時間の中で、何か私共がお手伝いできることはありますでしょうか」

「お気遣いありがとうございます。黒戸先生からのお電話をいただいた機会にちょっと整理してみます」東野は、頭の中で課題を整理し始めた。

「次の定時株主総会までにやるべきことは大きなもので三つあります」自分に確認するように続けた。

「第一は、民事裁判の期日対応があります。次回の三回目期日が、五月二九日にあります。これは、訴訟代理人であるスミス・羽柴・小野寺法律事務所の長谷川先生たちに同席して、原告としての対応をすれば良いわけで、よほど当該期日中に会社として決断しなければならないことや被告側の異常対応が無い限り、問題ないでしょう」

「もし、当日、会社としての決断をせねばならないことが発生したら」

「その後、監査等委員会を開催して事後となりますが追認してもらい、取締役会に報告します」

「正しい対応です」

「第二は、監査報告書の作成です。本当は、取締役会が『任意の指名・報酬委員会の答申調査報告書の内容には、不備があり、監査等委員会は法的に正常であった』等の公的宣言でもない限り、作成したくないのですが。というよりも取締役会が法的に問題があるとした監査等委員会は、監査報告書を作成してはいけないのではないのでしょうか」

「しかしながら東野さん達は、反論書を提出しましたよね。何か反応はありましたか」

「いえ、今日まで何もありません。エイシアに株主提案させるのに忙しかったのかも」

「私は、東野さん達の反論書に取締役会は何も対応しない』のでなく『何も対応ができない』と考えます」東野は、黒戸の言いたいことが予測できた。

「東野さんは、反論書で『不法運営』の指摘に対して『もし、監査等委員会の運営が不法と指摘するのであれば、今年度の監査報告書を否定すべきである』と反論意見を記載していましたよね」

「取締役会は『監査報告書の否定』まではできない・やれないのですね」

「もうお分かりですね。失礼ですが、本当に監査等委員に不正があり、不正を証明できる根拠があれば、臨時株主総会を開催要求して、そこで株主の判断を仰ぐことまでやらないと逆に監査等委員でない取締役らの善管注意義務違反として株主訴訟になりかねません」

「確かにそうですね。私は『反論書』で『不法運営は行っていない』と。つまり『自分たちが法的にも正しい』と宣言しているので逆に『監査報告書』作成の職責を果たすべきとも考えていました。取締役会が何を言おうと監視・監督するのは監査等委員の職責であるため」

「仰るとおりで、法令遵守しているのは監査等委員の方ですから、会社法・金商法に則った職責を泰然自若として務めることです」

「今となっては、任意の指名・報酬委員会の『答申報告書』は、エイシア・ジャパンの株主提案の導火線です。また、だから我々に対する適切意見が誹謗・中傷レベルなのは、核心を突く事実が無い内容を自分たちで証明している稚拙なものですね」

「その通りです。申し訳ありませんが貴社の執行側の取締役のレベルが上場企業の取締役としてあるべきレベルではありません。だから監査等委員の経営監視・監督が重要であり、東野さんらの職責を果たす行動、特にコンプライアンスや内部統制システムの是正についてが重要なんです。本来であれば、他の社外取締役ら職責及びの機能発揮、東証の適時開示内容のチェック機能がもっと問われる『答申調査報告書』の内容です。まだ、まだ、コーポレートガバナンスコードは絵にかいた餅です。東野さん達の事例には」黒戸が嘆くように説明した。

「いつも励ましありがとうございます。現状の中でベストを尽くすしかないですね。監査報告書に戻らせてもらいます。前回の監査報告書には、ベトナム不正も発覚したので『内部統制システムに一部不備があった』と記載していますから、継続性を重んじ、その結果、どうなったかを回答する必要があります」

「どのような内容の回答を考えていますか」

「結果的に監査等委員としては、内部統制システムの構築・運用・整備責任者らを起訴できましたが、会社法の要求する➀〔会社の取締役・使用人が監査等委員会に報告するための体制〕は、未だ『蚊帳の外的扱い』です。まず報告は一切ない。しかしながら監査等委員としての責務遂行のために必要情報は能動的に個別収集していますが。黒戸先生、私は、社内で監視されており、私と話をした社員は、斎藤社長に通知され、斎藤社長に呼び出されて、何を話したのか等報告を強いらされるそうす。それに➁〔法令に適合するための体制:会社の取締役・使用人の職務の執行が法令に適合するための体制〕としては、不正に関与した取締役が、執行役員として不正発生時と変わらぬ会社法務や決算プロセスの重責を担うポジションにいますから、所謂、グレーな状態です。監査等委員会としては、取締役会に幾度も更迭を要請しましたが、受け付けません。これに関しては監査法人が〔経営者の能力、誠実性若しくは倫理観または、これに対する経営者の取組若しくは実践について懸念があるため、経営者が財務諸表に関して虚偽の陳述するリスクがあり、監査を実施できないと判断する〕と宣言してもらいたいのですが、現監査法人も先に述べたとおりの

状態です」

「監査法人の対応は〔日本公認会計士協会監査基準委員会報告書〕ですね。〔経営者の倫理観〕への懸念は、更迭でしか解消できません。監査人は、取締役や社員の更迭は要求できる権限はありませんから〔この体制では、監査を実施することができない。……よって監査契約を解除する〕と強く言える監査法人であれば良いのですが。監査報酬内の責任を選ぶ監査法人が多いのでしょうなあ。東野さんの社内監視体制は、警察なみですね。もしかしたら外出や帰宅するまで尾行がついているかもしれませんね。どうやって認識されたのですか」

「監視があからさまで、企画管理部の課長なんです。企画管理部は、監査等委員席と同フロアで目と鼻の先に机があり、私の所に、人が来ると企画管理課長が席を立ってどこかへ行きます。多分、社長室だと思います。その後、社長が私と話した社員を呼びつけて、何を話していたのかを報告させるという段取りです。電話の時も相手を伺っているようです。総務部員で秘書を担当してくれている女性、営業本部長、海外の駐在員から、通告がありました」

「えっ。その方々は、ある意味、監査等委員の味方ですね。社長から聞かれた時どのように報告しているのでしょうか」

「私は『何も隠すことはない。話した内容をそのまま報告してください』とお願いしました。秘書の方から『今日も呼ばれたので、東野監査等委員から〔ステープラーの針が欲しいと電話があったので、一箱一千針届けました〕と報告しました』と報告した内容の報告がありました」東野が笑いながら話した。

「それから『社長ってそんなに暇なんでしょうか』とも聞かれました」

「社内では、犯罪者扱いですね」

「コンプライアンスの徹底、内部統制システムの整備・運用、コーポレート・ガバナンスコード等が通用しない会社は、居づらいですよ監査等委員として」

「もう少しです。我慢ください。監査報告書に戻りましょうか」

「長々と失礼しました。記載予定は『是正に取り組んでいるものの未完の状況』というような内容にしようかと考えています」

「やさしい表現で、適格な表現と思います」

「第三は、招集通知関連です」

「招集通知ですか。会社側も力を入れて監査等委員への強烈なネガティブキャンペーンを張ってくるでしょう。会社側に絶対的に有利な株主連絡手段ですから。今までの怨念も含めて」

「今までの怨念ですか。絶対的に私怨ですよね。『公怨』という言葉はないでしょが。役職を全うしているだけですが。コンプライアンスの通用しない会社だけに仕方がありません。次期定時株主総会の議案は会社提案として

第1号議案:剰余金処分案

第2号議案:取締役(監査等委員を除く)5名選任の件

第3号議案:取締役(監査等委員)3名選任の件

株主提案として

第4号議案:取締役(監査等委員)3名選任の件

以上と考えます。第2号議案の監査等委員でない取締役の選任の件ですが、斎藤社長を始めとする5名に対して会社法342条の2第4項に準じて意見を述べたいと考えています。もちろん反対意見です。気になっているのは、昨年も反対意見を陳述しました。但し、法令違反への関与という大前提がありました。今回の意見陳述は、法令違反への関与者の会社に対する重責職への登用提案とその承認という事由になります。昨年より、反対陳述事由が弱いかなと懸念しています」

「東野さん、逆に考えてみてはいかがでしょうか。ご周知のとおり、会社側の取締役選任議案に対する監査等委員の意見陳述の必要性は『常識では、取締役等に選任すべきではない』という不適切な選任の場合です。監査等委員の方々が、取締役会の選任議案に反対した場合に、その理由を『株主に通知する職責』と考えれば良いでしょう。反対されるのでしょうか」

「今現在、選任対象も憶測ですが、いずれ任意の指名・報酬委員会の『監査等委員でない取締役選任答申調査報告』等の報告書も提出されて取締役会へ上梓され、承認されると思います。予測メンバーの選任があれば、私は反対しますし、両角さんも同意見と考えます。斎藤社長、今宮氏については、任意の指名・報酬委員会の我々に対する誹謗・中傷答申調査書もあります。真鍋氏については、取締役責任調査委員会設置や当委員会の調査報告書の開示についても反対しましたし、社外取締役としての職責を果たしていないと考えます」

「東野さんが、5名に対する不適切意見は、東野さんらに対する任意の指名・報酬委員会の答申調査報告書以上に常識的であり、妥当な『不適切』意見です。昨年のコンプライアンス違反に関与した取締役の再任議案自体が、非常識であり、異常な選任議案であったため、東野さんらの会社法342条の2第4項に則った『不適切意見』意見陳述が当たり前ですが『監査等委員の正義』のインパクトが強かったということです」

「激励ご意見ありがとうございます。今の日帝工業の社内、特に取締役会では、常識な思考が通用しないので弱気になったり、自分たちが間違っているのかと勘違いしがちになる環境ですので……」

「誰にでも自分たちの『正義』はあります。それが世間に通用するか否かで『正義の正当性』が評価されます」

黒戸との電話は、1時間を優に超えた会話になったが、東野は自分がやるべきことを改めて自信が持てたと同時に明確にできた。翌日、両角から電話があった。内容は「エイシア・ジャパンの株主提案」についてであり、昨夜電話したが、話し中であったため本日になったことを除き、黒戸と同様の内容であった。

東野は、黒戸との会話に基づいて、両角に話をすると両角も同意してくれ、株主総会までの反撃を約束してくれた。

 取締役会を5月21日10時開催と5月26日午後3時に開催する通知が届いた。5月21日は「次期監査等委員でない取締役の選任議案の決議」であり、26日は「次期定時株主総会の議案と招集通知の承認議案」であった。東野は、5月21日の取締役会後に監査等委員会開催の通知を両角と茅野に送付した。議題は①本年度監査報告書承認議案➁次期監査等委員でない取締役選任議案への意見陳述についての議案とした。

【取締役会:2021年5月21日】

 取締役会は定刻10時に開催され、まず、任意の指名・報酬委員会から「次期取締役(監査等委員でない)選任答申調査報告書」が提出され、今宮委員長から報告書の説明があり、議案として上梓し、多数決で決議された。任意の指名・報酬委員会の推奨選任取締役は、東野が、予測していた現取締役5名の再任案であり、勿論、東野、両角、茅野は反対した。

【監査等委員会:同日取締役会後】

 東野、両角、茅野は、取締役会終了後、六階の小会議室で監査等委員会を開催した。議案は2議案で、第一議案である〔第71回定時株主総会事業報告に記載の監査報告書の内容の承認の件〕は、事前に監査報告書案を両名に送付しており、監査報告書自体記載事項も限られるので、両角、茅野は東野作成案に賛成した。で第二議案は、

〔次期監査等委員でない取締役選任議案に関する意見陳述の件〕

1・斎藤正明氏:昨年度の不祥事発生後の会社の代表取締役に立候補して就任したにも関わらず、当社の喫緊の課題であるコンプライアンスの再徹底、内部統制システムの不備の是正・再構築、社内外からの信頼回復に対して、最高責任者であり、主導的な立場にあるにもかかわらず、一部の大株主の意向に準じるような経営しか行わなかった。以下の具体例から取締役として不適切である。

1)昨年の定時株主総会に取締役候補として否認された新井泰氏、椎名史和氏を取締役会に於いて、執行役員として上程した。また、取締役責任調査委員会の調査結果に基づき、監査等委員会が、両名を含む前取締役6名に対して取締役として善管注意義務違反による損害賠償請求訴訟を提訴した後も、新井氏を執行役員総務部長、椎名氏を経理財務部長として起用し続けた。

2)任意の指名報酬委員会の委員であり、同委員会作成の「監査等委員である取締役選任への答申調査書」は、2次情報及び証憑等での裏付けのない事実の羅列で誹謗・中傷的調査報告書にも関わらず、適時開示した。……この適時開示が、エイシア・ジャパン様の株主提案内容の根幹となっている。

3)株主・投資家・社員等ステークホルダーを無視した経営者

 監査等委員会が、要請した次の事項の適時開示を一切、行わず、株主・投資家・社員等のステークホルダーへの情報開示を意図として不充分なものとした。

➀前取締役に対する取締役責任追及調査委委員会の設置

➁個人株主からの株主提訴の事実

➂取締役責任調査委員会の調査報告書

➃前取締役に対する損害賠償請求の提訴後に監査等委員会が新井泰氏の執行役員総務部長、椎名執行役員経理財務部長の解職を要請した事実

➄任意の指名・報酬委員会の「監査等委員である取締役選任への答申調査書」に対する東野・両角監査等委員取締役が作成し、提出した「反論書」

2・山名繁男氏:斎藤氏が、昨年の定時株主総会に取締役候補として否認された新井泰氏、椎名史和氏を取締役会に執行役員として上程議案に賛成したことを始めとする斎藤氏の株主・投資家・社員等のステークホルダーを無視した経営や取締役会決議事項に対して、全て賛同した。コンプライアンスの再徹底、内部統制システムの不備の是正・再構築、社内外からの信頼回復という当社の喫緊の課題に直面する取締役として不適切である。

3・今宮寿人氏:

➀斎藤氏が、昨年の定時株主総会に取締役候補として否認された新井泰氏、椎名史和氏を取締役会に執行役員として上程議案に賛成したことを始めとする斎藤氏の株主・投資家・社員等のステークホルダーを無視した経営や取締役会決議事項に対して、全て賛同した。

➁公認会計士の資格を持ちながら決算プロセスに係わる内部統制システムの責任者として椎名史和氏の経理財務部長の職を容認し続けた。

➂任意の指名報酬委員会作成の「監査等委員である取締役選任への答申調査書」は、2次情報及び証憑等での裏付けのない事実の羅列で誹謗・中傷的調査報告書にも関わらず、同委員会の委員長として斎藤正明氏の適時開示を容認した。

➂社外取締役として前述➀➁の事実に関して社内の柵に関与することなく、社内取締役等を監視・監督・牽制することを怠った。以上の具体的事例からコンプライアンスの再徹底、内部統制システムの不備の是正・再構築、社内外からの信頼回復という当社の喫緊の課題に直面する取締役として不適切である。

4・湊 優一氏:

➀斎藤氏が、昨年の定時株主総会に取締役候補として否認された新井泰氏、椎名史和氏を取締役会に執行役員として上程議案に賛成したことを始めとする斎藤氏の株主・投資家・社員等のステークホルダーを無視した経営や取締役会決議事項に対して、全て賛同した。

➁斎藤氏の「取締役不適切」意見陳述2)で記載した監査等委員会として適時開示を要請した情報について、大株主の立場として取締役に就任しているにも関わらず、他の株主と情報を共有することに否定的で独占していた。コンプライアンスの再徹底、内部統制システムの不備の是正・再構築、社内外からの信頼回復という当社の喫緊の課題に直面する取締役として不適切である。

5・真鍋貴司氏:弁護士の資格を持ち社外取締役の立場でありながら、株式会社では、クライアントともいえる株主等の利益を最優先すべきところ、一部の大株主に忖度をした斎藤氏の偏った経営について、社外取締役として柵にとらわれない重要な職責である他の取締役の監視・監督・牽制機能を発揮しなかった。コンプライアンスの再徹底、内部統制システムの不備の是正・再構築、社内外からの信頼回復という当社の喫緊の課題に直面する取締役として不適切である。 

以上が、東野の素案であり、茅野から

「今宮氏の“公認会計士の資格”や“真鍋氏の弁護士の資格“は、省いても良いと考えます」

「一般的に社外取締役への候補の選任基準として、公認会計士や弁護士の方々の肩書に期待する株主も少なくありません。今宮・真鍋の不適切意見の主たる理由は、社外取締役という職責をはたしていない現状ですから、意見陳述として記載すべきと考えます」両角の反対意見に対して茅野は異議を唱えず、第二議案も満場一致で可決し、取締役会に招集通知記載の要請を行うことを確認して、監査等委員会は閉会した。


【取締役会:2021年5月26日】

 第一議案は「2020年度の事業報告書」の承認の件、第二議案は「第72回定時株主総会招集通知」の件である。事業報告書、特に決算に係わる財務諸表関連について、監査等委員として事前に説明を受け、限定付適正意見もなく決算監査も終了していたので、特に意見を述べることもなく終了した。しかしながら、取締役会での年度決算の内容を、今を持って、会社が提訴している椎名執行役員経理財務部長が説明を行った。倫理感に反すると認識しながらも東野も事業報告書については承認した。第二議案である「招集通知承認」は、どうしようもない内容となっていた。

第1号議案:剰余金処分案の件

 日帝工業は、株主への利益還元を経営課題として、三年前から、連結純資産配当率を3%以上としており、昨年同様一株につき90円配当しており、期末配当は、中間配当分を差し引いた50円としていた。 特に異議もなく全員一致で承認された。

第2号議案:監査等委員でない取締役5名選任の件

 取締役会として、まず、選任経緯として、指名・報酬委員会の設置の経緯から、その中立・公正性を創業家からの独立性を強調して、当委員会が選任した5名の適性を、取締会で承認した概要を記載していた。東野は「指名報酬委員会の位置づけである“任意の”が記載されていない」と指摘したが「東野さんの指摘事項は『選任に係わる内容・取締役会の承認』に大きな影響はない」と斎藤らに却下された。5人の選任事由とスキルマトリックスの後に、<監査等委員会の選任取締役に対する意見陳述>として、先日の監査等委員会

にて作成した意見陳述の内容が、まるで、参考資料のようにフォントも小さく添付されていた。「フォントが小さい」ことを両角が指摘したが、先ほどの東野の指摘と同様、斎藤らに却下された。監査等委員会の意見陳述の後には、

【取締役会の決議】

 当取締役会は、指名・報酬委員会の選任した5名の取締役候補に対する監査等委員会の意見陳述については、以下の理由で、不当な意見陳述と決議しました。

と目立つようにBOLDフォントで印刷されていた。

1・新井氏、椎名氏の執行役員登用については、

➀担当業務に相応しい能力と経験、及び当社が有する人材の中からの最適な人材登用

➁両名は、提訴はされたが、裁判の判決は未だ、出ていない、所謂、推定無罪の立場であることを慎重に検討したこと

2・監査等委員会の開示要請についての非開示の対応については

➀監査等委員会の取締役責任追及委員会の設置過程に中立・公正性に疑義があった。

➁取締役会において、調査報告書の内容に関する質疑の際に監査等委員からの説明が不充分であった等、不確実な情報で開示することでステークホルダーの皆様に対するミスリードのリスクがあったため

3・創業家との関係

監査等委員会である東野氏・両角氏は、創業家の一つである明神家と親密な関係の疑義があり、明神家への忖度と思しき行動が多い。

(この件については、2021年4月22日に適時開示した指名・指名報酬委員会の【取締役候補者(監査等委員である取締役候補者に係わる答申調査報告書】を参照ください)

以上のことから、取締役会は、指名・報酬委員会の選任答申調査報告書を承認して、株主総会に上程することを決議し、加えて監査等委員会の選任候補に関する意見陳述は、不当と決議しました。

 と結論を繰り返して記載していた。

「取締役会において『監査等委員会の取締役選任候補に対する意見陳述は不当』という議案も上梓されておらず、決議もされていません」と茅野が異議を唱えた。すると山名が、待っていたかのように

「議長、緊急動議として『監査等委員会の取締役選任候補に対する意見陳述は、不当である』という議案を提議します」

「今、山名取締役から緊急動議が提議されましたが、承認されますか」斎藤が出席している取締役に確認した。今宮、湊、真鍋が

「異議ありません」と唱和した。

「私も異議ありません」斎藤も賛成した。

「それでは、山名取締役の提議した議案は、承認されましたので、『監査等委員会の取締役選任候補に対する意見陳述は、不当である』を審議します。ご意見のある方いませんか……それでは、決議に入ります。不当意見に賛成の方、挙手願います」

山名、今宮、湊、真鍋、斎藤が賛成した。

「反対の方は、挙手ください」東野、両角、茅野が反対した。

「監査等委員会の意見陳述は『不当』と決議されました。茅野さん、招集通知の表現は、変更しません」斎藤が言い張った。

第3号議案:監査等委員である取締役3名選任の件

 この議案では、監査等委員会が選任して議案上梓要請した、東野、両角、坂井の3名が監査等委員会の選任理由と共に記載されていたが、その後に

【取締役会は、第3号議案に反対します】という表題で、これもBOLDフォントで

 第3号議案は、会社提案となっておりますが、会社法344条の2(監査等委員である取締役の選任に関する議案を株主総会に提出するには、監査等委員会の同意を得なければならない)を根拠として、監査等委員会が独自に選任し、総会の議案提出要請を取締役会に行ったものです。当取締役会としては、指名・報酬委員会の「監査等委員である取締役選任に対する答申調査報告書の内容を承認決議して、監査等委員会の当該第3号議案に反対決議しております。

 指名・報酬委員会の答申調査書の概要は以下のとおりです。

1)東野要郎氏は……

2)両角正義氏は……

3)雲井修郎氏は……

と答申調査報告書とほぼ同様の内容で、記載されていた。

「先ほどの茅野さんと同意見ですが、取締役会で『監査等委員会の監査等委員である取締役選任案』は、取締役会で決議しておりませんし、決議できない機関決定案です」両角が無駄とはわかりながら筋を通すため異議を申し立てた。

「両角さん、取締役会は、指名・報酬委員会の答申調査報告書を承認決議しました」

「斎藤社長、私が指摘しているのは、監査等委員会の選任議案の件です。取締役会で決議する議案ではないため『反対決議』という表現は、虚偽の表現です」

「では、先ほどの『監査等委員会の意見陳述は不当』と同様に今、『反対または賛成』今、の決議をしましょうか」

「決議事項ではないと言っているのですが」

「真鍋さん、会社法では取締役会が、監査等委員会の選任議案に対して『反対または賛成』の決議をすることは、コンプライアンス違反でしょうか」

「監査等委員会の選任議案に対する審議ではなく、取締役会の所謂『意思表示』ということであれば、コンプライアンス違反とはならないと考えます」

「法律の専門家がコンプライアンス違反ではないとおっしゃっています」斎藤が、確認意見と共に目配せで、山名に合図を送った。

「議長、緊急動議として『監査等委員会の監査等委員である取締役選任候補議案』に対して取締役会として『反対か賛成かの意思表示』議案を提議します」

「今、山名取締役から緊急動議が提議されましたが、承認されますか」斎藤が、出席している取締役に確認した。今宮、湊、真鍋が前回同様「異議ありません」と唱和した。

「議長、私は、山名氏の動議提議は、両角氏の意見のとおり、監査等委員会設置会社の機関決定事項への意思表示決議は、無効と判断します」茅野が異議も申し立てた。

「茅野氏の意見と同意見です」東野も発言した。

「私も茅野氏の意見と同意見で無効を申し立てます」両角が続いた。

「それでは、茅野さん、東野さん、両角さんは、この議案に対して、棄権と看做します」

「それは、横暴です」

「民主主義で多数決を重んじることはコンプライアンス違反ではありません。取締役会の意思表示という名目ですから、異議があるのであれば、審議に参加して『反対』でも……いや、東野さん側では『賛成』でしたね」皮肉な笑いを込めて斎藤が説明した。

「審議できないと申し上げています」東野が繰り返したが、斎藤は無視して続けた。

「山名氏の提案議案は『反対か賛成か』ですから審議は必要ないと考えます。決議に入ります。反対の方、挙手願います」斎藤、山名、今宮、湊、真鍋が挙手した。

「満場一致で『監査等委員会の選任議案』に取締役会として『反対の意思』を決議しました」

「監査等委員会が『議案提議は無効』と意思表示したことを招集通知に記載することを要求します」両角が要請した。

「編集責任者と協議します」

「編集責任者とは、誰ですか」

「総務部長です」東野と両角は顔を見合わせた後、東野が

「新井泰氏ですか」と確認した。

「会社として提訴対象者ですよ」

「裁判は、結審しておりません」

「斎藤社長、東野さんは『会社として提訴対象』と忠告しました。あなたは、その会社の代表取締役ですよ」

「訴訟の責任者は監査等委員会の代表となっており、私ではありません」

「それでは、斎藤社長は、代表取締役として会社の被った損害賠償請求訴訟に反対の意思を表明しているのでしょうか」

「あくまでも会社と会社に貢献した社員との間で、訴訟が始まった場合は、結審まで中立であるということです」

「今の斎藤社長の意見も招集通知に記載してください」

「私見であり、公的意見ではありません」

「代表取締役社長としての発言は、全て『公的発言』でしょう」

「編集責任者と検討します」

「編集責任者を更迭してください」

「両角さん、この時期に何を要求しているかわかりますか。更迭して、招集通知の発送が間に合わなかったら両角さん、責任取れますか」

「責任は、編集責任者を更迭しなければならない人物を選任した執行側の責任です。責任を転嫁しないでください。監査等委員会は訴訟と決めたときから、新井氏と椎名氏の解職を要請していました。それに応じない斎藤社長、あなたの責任です」

「私は、新井氏が編集責任者として責任もってやっていただいていると認識しておりますので、更迭の必要はありません。次の議案について審議して下さい」と強行した。

「お困りになると多数決決議でやりたい放題ですね」両角が囁いた。

「両角、何か言ったか」短気な斎藤が感情むき出しに暴言を吐いた。

「両角さんは『倫理観の無い多数決を悪用した、議事の進め方だ』と私に言っただけだ。お前に言ったわけではない」斎藤の声を上回る東野の暴言に取締役会が一時停止したかのような雰囲気になった。

「……第4号議案に移ります……」やっと斎藤が、押し殺したような声で、議事進行を再開させた。

 第4号議案は、株主提案、エイシア・ジャパンの監査等委員である取締役選任の議案であり、エイシア・ジャパンから送付されてきた株主提案の通り、記載されていた。その後には、今回の招集通知の恒例ともいえる取締役会の意見追記が、BOLDフォントで付け加えられていた。

【取締役会は、第4号議案に賛成します】

 当社取締役会は、指名・報酬委員会の関監査等委員である取締役に対する答申調査報告書を承認決議しております。エイシア・ジャパンLTD.様の株主提案である当第4号議案は、指名・報酬委員会の答申調査報告書で検討した現監査等委員会の選任した、東野要郎氏、両角正義氏、雲井修郎氏の不適切であること。大野 敬氏、岩尾 肇氏、縄文 南氏の適切さについて、報告内容を慎重に精査されており、答申調査報告書に則った株主提案内容であります。従って、当取締役会は、全面的に株主提案である第4号議案に賛成いたします。

「エイシア・ジャパンが『……報告内容を慎重に精査されており……と記載されていますが、株主提案書には、そういうことは書かれておりません」両角が、最後まで指摘を続けた。

「エイシア・ジャパン様が、そう言っていました」

「そう言っていたと言いますが、斎藤社長が、直接お聞きしたのですか」

「……私ではありません」斎藤が躊躇するように答えた。

「それでは、誰が確認されたのでしょう」

「担当者です」

「担当者とは、誰ですか」

「新井執行役員総務部長です」

「会社が損害賠償請求の訴訟対象であり、大株主の一人である新井泰ですか」

「訴訟どうこうは、関係ないと思います。新井泰氏です」

「何か裏があるような気がします」

「何も『裏』はありません」斎藤は強調した。

東野は、新井泰がエイシア・ジャパンと接触していたことを両角の追及に斎藤の零した言葉に確信をした。「だからと言って何もできないが、この程度の会社か」納得はしているが、上場会社の株主総会に関する東野が追い求める上場会社や取締役会の正義とは違う現況に嫌悪感を感じざるを得なかった。

 東野らは、何も変えられなかった。株主に対する最後の正式な彼らの上場会社監査等委員としての“正義”の情報発信も偏った取締役会の決議の前では、矛にも楔にもすることはできなかった。

 取締役会は、斎藤らの思惑通りの「招集通知」を承認決議して閉会した。無論、東野、両角、茅野は反対したが。

「東野さん、最後まで、よくがんばりましたね」

「いやいや、両角さんの粘った異議は、意義がありました」

「斎藤社長らは病的です。洗脳されているのではと疑いたくもなります。何があの、ある意味、忠誠心を支えているのでしょう」

いつもの小会議室で、東野、両角、茅野は、取締役会での検討をお互い労いあった。

「茅野さんの疑義に関しては『取締役』という職位と報酬でしょう。斎藤はこの不正騒ぎがなければ、取締役にも社長にも成れることはなかったでしょう」

「会社経営について、知識不足で、ポジションの勢いのみと感じられる時が多々ありました」

「後は、定時株主総会での監査報告だけですか」

「29日に、民事訴訟の第三回期日の立ち合いがあります。これが最後になると思いますが」

「民事結審にどれくらいかかりそうでしょうか。茅野さん」

「何とも言えませんが、刑事裁判も進んでおり、第三者調査委員会の報告書や証拠等も充分にあると察します。早ければ一年以内、被告が粘っても二年は、かからないと思います」

「スミス・羽柴・小野寺法律事務所の先生方にお任せするしかないですね」


 5月29日:15時から、第三回期日が、リモートで始まった。東野は、スミス・羽柴・小野寺法律事務所を来訪し、同法律事務所のF会議室で、長谷川氏、松本氏、白川氏、アソシエイトの朝長氏、秋田氏の訴訟代理人チームRISING・SUNのメンバーの総出に同席して出席した。被告側は、代理弁護人のみで、第三回では、事実確認が、2019年11月20日開催の取締役会までであった。被告側は事実確認の時間を稼ごうとしているが、第三者調査委員会では、被告の取締役らにヒアリングを行い、事実に関してのメールや音声録音等も証拠として提出してあるため、長谷川弁護士らの追及の手は緩めていない。第三回期日終了時、次回の期日が、7月1日に差支えなしを確認して閉会した。

 東野は、6月29日の株主総会の状況を、訴訟代理人チームRISING・SUNに説明し、多分、本日が最後の裁判出席となる旨をお礼と共に伝えた。

「後は、何卒、よろしくお願いします。としか言いようがありません」

「状況はわかりました。我々の役割は、被告側の時間稼ぎを中断させ『早期に裁判所判断に持ち込ませること』としか言いようがありません」長谷川弁護士が東野の言葉を受けて、説明した。

「そのお言葉で充分です」

「東野さん、あなたの『正義』は受け継ぎました」松本が言葉を添えた。

「企業法務の名に懸けて最善を尽くします」白川も共鳴して言った。

「訴訟までの東野さんの頑張り、決して無駄にはしません」と朝長が言うと秋田も

「新聞やネットニュース、テレビはどうかわかりませんが、見逃さないでくださいね」と

東野を喜ばせるように言った。

「みなさん、暖かい言葉ありがとうございます。裁判の結果を楽しみにしております」とみなさんの頼もしい言葉を胸に秘め、再度御礼を伝え、事務所を去った。


【第71回定時株主総会:2021年6月29日】

 開始10分前、取締役全員、事務局の指示に従い、日帝工業株式会社の取締役らは、列を作って登壇した。監査等委員は、株主席から議長席に向かって右隣から東野・両角・茅野の順に定められた監査等委員の席に座った。会場を見渡すと、昨年より、出席した株主の数が倍くらい多い。

「出席者が多いですね。社員株主も多いですね」両角が囁いた。東野も良く見ると社員株主が多く、知った顔も多かった。国内の工場長は全員出席していた。両角もそのことに気づいたらしく

「斎藤は自分の力を示すため、国内工場長らを出席させたのでしょうか」

「監査等委員をスケープゴートとしてですか」東野も両角に答えた。

「会社の先輩の方々も多く来ています」両角は株主総会で、特に役割は無く余裕があるのか会場全体を確認している。

10時になると事務局の合図で、斎藤が席を立ち議長席に付いた。

「株主の皆様、お早うございます」出席の株主も何人かは挨拶をした。

「日帝工業株式会社代表取締役社長の斎藤正明でございます。本日は何かとご多用中のところ、株主の皆様には多数ご出席くださいまして、誠にありがとうございます。当社定款第15条の定めによりまして、私が議長を務めさせていただきますので、よろしくお願いいたします」斎藤が原稿を読み始めた。

「定刻になりましたので、第72回日帝工業株式会社の定時株主総会を開催します。それでは、事務局の方から出席株主数および議決権数について報告ねがいます」

「何か、斎藤は、落ち着きがないですね。いつものふてぶてしさが、感じられません」

「初めての株主総会ですから緊張しているのでしょうか」両角の指摘の通り、少々早口になっていた。事務局から、

1・議決権を有する株主数、

2・その議決権の数、

3・本日出席の株主数(議決権行使によるものも含む)

4・議決権の数  以上が報告された。

事務局の出席株主の報告の短い間に斎藤は、事務局に何か質問事項をメモに記載して、問い質していた。

「ただ今、事務局から報告いただきましたとおり、本総会の定足数の定めのある各議案を審議するために必要な定足数を満たしておりますことをご報告申し上げます。従いましてこの株主総会は法的にも有効であります」社員株主からは、パラパラ賛同の拍手があった。東野は、監査報告の発表準備を始めた。

「本日の株主総会の目的事項は、既に株主の皆様に配布申し上げております『第71回定時株主総会招集ご通知』に記載の通り、4つの議案の採決であります。なお、当株主総会の議事の円滑な進行及び秩序を保ちますため、議事の進行につきましては、議長である私の指示に従っていただきますようお願い申し上げます。また株主様のご質問ならびご発言につきましては、監査等委員会の監査報告、本年度の事業報告、貸借対照表および損益計算書等の説明・報告、決議事項の議案の内容説明が終了した後に、私の指示に従ってなされますようお願いいたします。よろしいでしょうか」議長の進行についての同意を得る発言と同時に株主席から挙手して

「議長、確認したいことがあります」と発言があった。高梨である。昨年の株主総会でも前社長の山本を追い詰めた四井勧業銀行出身で山本の前の社長である。今は、日帝工業を引退・退職した先輩方の友好会である社友会の会長を務めている。会場をよく見れば、高梨の株主席には、昨年と同様に元常務の大森、渡辺、元取締役の吉川が陣取って座っていた。事務局にリーガルアドバイザーとして控えていた林・吉田杉本法律事務所の林谷弁護士が素早く、斎藤にメモを渡した。

「株主様の発言は、先ほど申し上げた通り、株主総会の秩序を保ちますため、後ほどお願いします」

「私が株主総会の秩序を乱しているというのでしょうか。確認の内容も聞かずに言い張るのは失礼でしょう。また、議長の議事進行のやり方が承認される前のタイミングで挙手して、質問しておりますが」高梨の発言と同時に大森らも

「そうだ。会社の秩序を乱しているのは取締役会だろう」

「確認事項の内容を聞いたらどうですか」

「それによって進行内容も変わるかもしれませんよ」と声を上げた。

「株主様のご発言は、全ての事項の報告・説明後にお願いします」

「その段階では、遅い確認事項なんです。議長の回答によっては、法的にも株主総会が成り立たないかもしれない確認事項です」会場が騒めいた。斎藤は焦った。後ろの事務局を振り返り、林谷弁護士と相談している。

「今回も揉めそうですね」両角が囁いた。東野は、自分の監査報告が中断された形で戸惑っていた。すると斎藤が打ち合わせを終え、

「何度も申し上げた通り、株主様の発言は、後ほど纏めてお聞きします。それでは、事業報告ならびに各議案の審議に入ります前に監査等委員から監査報告をしていただきます。東野監査等委員お願いします」斎藤は強引に議事を進め始めた。

「議長、強引しすぎませんか。監査報告に係わる法的な問題ですよ」高梨が挙手しながら発言した。斎藤は無視して

「東野監査等委員、監査報告をお願いします」

「……」東野は黙っていた。

「東野さん、早くお願いします」斎藤が再度、監査報告を要請と同時に事務局からメモを渡された。「監査報告を行ってください」東野は立ち上がり、株主席に向かって一礼してマイクを持った。斎藤は東野方を睨んで見つめていたが、東野が発言する準備をしたことで、監査報告の次の式次第を確認するように議長机の原稿に目を向けた。

「監査等委員会常勤監査等委員の東野です。監査等委員会の監査報告の前に、今、株主様のご発言の確認事項の質問をお聞きしたいと考えます」会場がどよめいて、万来の拍手が起こった。東野は驚いた。斎藤がすかさず、

「東野監査等委員、株主様のご質問・ご発言等は、後ほどお聞きしますから、監査報告を始めてください」場内から、促されたような

「そうだ」「そうだ」「監査報告始めろ」等のヤジが飛んだ。

「議長、株主様は『法的な問題になるかもしれない内容を確認したい』と発言されています。コンプライアンス重視すべき当社の監査等委員会としましては、株主様の確認事項の内容を確認すべきと考えます」また、万来の拍手が引き起った。

「東野監査等委員、それは、東野監査等委員個人のご意見ですよね。『監査等委員会』としてであるなら監査報告を直ちに行ってください」すると両角が立ち上がり、東野からマイクを取って

「監査等委員の両角です。私も東野監査等委員の意見と同意見です」両角は、次はお前だと言わんばかりに茅野にマイクを渡した。茅野は渋々立ち上がり

「監査等委員の茅野です。私も東野監査等委員と同意見です」茅野はマイクを東野に戻した。

「議長、株主様が『後では間に合わない』また、『法的に問題になるかも』とおっしゃっています。後からお聞きするのであれば、今お聞きして何の差し障りがあるのでしょうか」と東野が念を押すと、会場からの拍手と共に

「そうだ。社長はまた、コンプライアンスを無視するのか」とヤジが飛んだ。

斎藤は、事務局、林谷弁護士と打ち合わせを行い、東野監査等委員を凝視しながら

「それでは、例外ではありますが、先ほどの株主様の確認事項の内容を確認したいと思います。但し、議長である私が株主様の確認事項が、後ほどの株主様の質問・発言時間を取っております時でも差し障りがない内容と判断した場合は、中途でも発言を止めていただきます。また、確認事項の内容に全て回答するかしないかも議長である私の判断といたします。株主様の番号とお名前をおっしゃって確認事項をお願いします」斎藤の説明が終わると高梨が挙手しながら立ち上がった。会場の事務局である社員がマイクを渡した。

「株主番号26番の高梨誠です。確認事項は監査等委員会の監査報告書についてです」会場がざわついた。東野も驚いて両角、茅野と顔を合わせた。

「斎藤社長は2021年4月22日に取締役会が承認決議した任意の指名・報酬委員会の〔監査等委員である取締役候補者に係わる答申調査報告書〕を適時開示しました。また、この招集通知にも取締役会で、当該答申調査報告書の内容は『承認された』と記載があります。これは事実でしょうか」

「事実です」斎藤は林谷に確認もせず答えた。

「ご回答ありがとうございます。それでは、株主として現監査等委員会の監査報告書は受け入れられません。よってこの株主総会は成立しないことを宣言します」会場がまた、騒めいた。斎藤が慌てて林谷に相談した。林谷は高梨の発言の内容を確認するように斎藤に指示した。

「高梨様、高梨様に株主総会の無効を決める権限はございませんので宣言等はお止めください。私の回答で、この株主総会がなぜ成り立たないのか、その理由をお聞かせください」

「斎藤社長、法令違反している監査等委員会の監査報告書は、株主として容認できません」

斎藤は高梨が、言っている根拠を理解できず、事務局の方を振り返った。

「まだ、理解されていないようですね。斎藤社長は。やはり、あの答申調査書は別の目的でもあったのでしょうか。もう一度、丁寧に宣言しましょう。斎藤社長、よく聞いてくださいよ。当社の取締役会は、斎藤社長も委員である任意の指名・報酬委員会の〔監査等委員である取締役候補者に係わる答申調査報告書〕で『現監査等委員である東野氏と両角氏の当社監査等委員会の運営には、法令違反行為があり、次期取締役監査等委員の選任候補とし不適切である』と明確に記載しており、それを承認している。つまり、当社監査等委員を除く取締役は、東野社外取締役と両角社外取締役監査等委員は、監査等委員会として

不正行為を働いていることを株主に通知しています。その法令違反の監査等委員会の監査報告書をなぜ、株主が株主総会で『今年度の正当な監査報告』として認めなければならないのか。認められるわけがないでしょう。議長、いや斎藤社長、あなたが作成した答申調査書ですよね。その答申調査報告書に『当監査等委員会は不正な運用がある』とあなたが書いた報告書内容ですよね。これだけ繰り返し言えば、問題がお解りになりましたか。議長、斎藤社長、任意の指名・報酬委員会の斎藤委員」高梨は強く言い張った。

「答申調査報告書を作成したのは、私個人ではなく指名・報酬委員会です」斎藤が答えると

「何を言っているんですか。よく聞いてください。私が言ったのは、斎藤社長『あなた自身が書いたんでしょ』とお聞きしています。任意の指名・報酬委員会の他の委員である今宮委員長や茅野委員には書けません。斎藤社長、任意の指名・報酬委員会のメンバーで報告書の内容を書ける人は、貴方しかいません。それとも別に影で書いた方がいるのでしょうか」斎藤は余計な回答をしてしまったと考え俯いた。その時、事務局がメモを指し出されたので、そのメモを読んだ。

「指名・報酬委員会が、東野氏と両角氏の法令違反行為を指摘したのは、報告書記載の一事例のみであるため、当該監査報告書は問題ないとの判断です」

「法令違反が一事例だから当該監査報告書は問題がないとの発言ですが、そのような取締役会の決議がされているのでしょうか」

「取締役会で、招集通知の承認決議を行っていますので、先ほどの説明の意味を含んだ決議です」

「網羅性の確認は、どのようにされたのでしょうか」

「網羅性?何の必要があるでしょうか」

「斎藤社長、当社は上場会社です。一つの是正すべき事項があったら、他にもあるのではないかと網羅性のチェックをするのは常識ですが。また、その法令違反の一事例の是正処置は、そもそもどのように行ったのでしょうか」斎藤は回答ができず、事務局も回答を準備できなかった。

「では、当事者である東野監査等委員に説明してもらいましょう。東野監査等委員取締役、回答願います」東野はマイクを持ち立ち上がった。

「我々、監査等委員会は一事例たりとも法令違反を行っていませんので、是正することは、何もありません」

「しかしながら開示された〔監査等委員である取締役候補者に係わる答申調査報告書〕には法令違反があったと指摘されております」

「両角氏と私は、4月27日に監査等員として事実との相違、監査等委員会の議事録等の証憑等の確認を行っていない、所謂、2次情報のみで作成された当該答申調査書に対して〔反論書〕を作成し、取締役会に提出して、答申調査報告書と同様に適時開示を要請しましたが、今を持って適時開示されておりません。特に運営が法令違反と指摘された事項については、強く抗議しています」

「斎藤社長、なぜ、東野監査等委員らの作成した〔反論書〕を適時開示されなかったのでしょうか」

「不確かな情報による〔反論書〕の内容であるため株主様等をミスリードする可能性がありました。よって、適時開示には不適切と判断しました」

「東野監査等委員は、取締役会メンバーに提出したと説明されていますが、他の取締役の方々は〔反論書〕の内容を確認して、同様のご意見なのでしょうか。任意の指名・報酬委員会の委員長である今宮取締役、ご意見を伺いたい」事務局は林谷弁護士に相談して、今宮に渋々のようにマイクを渡した。

「今宮です。〔反論書〕の内容は、確認しなければならない記載があり、斎藤社長の説明のとおり、不確かな内容がありました」

「私は、今宮委員長として取締役会に提出した答申調査報告書こそ多々不確かさ、東野氏の異論のとおり、2次情報のみで事象の検証も行っていない記載があり、適時開示に不適切な内容、寧ろ東野監査等委員らの誹謗・中傷レベルの内容と判断しました」高梨は、株主席を見渡しながら続けた。

「我々株主は、監査等委員の方々の〔反論書〕内容は勿論ですが、反論していた事実すら知らされておりません。その〔反論書〕は、取締役会メンバーしか内容は知らされていないのでしょうか」その時、社員株主の一人が動いた。

「私たちは、監査等委員の〔反論書〕の内容を知っています。議長、発言させてください」流山工場の山村工場長である。事務局から素早く、メモが斎藤に渡った。

「株主の皆様、本来、株主様の方々のご意見・ご質問等のご発言は、後ほど一括して、お聞きします。従いまして、株主番号26番の高梨様に限ってのご発言の機会とさせていただきます」

「このままでは、監査等委員の方々に関する事実が歪められて株主等に伝わることになり……既にそうなった事実もあります。失礼ですが、発言された方は、監査等委員の〔反論書〕の内容をご存知なのでしょうか」高梨は、株主席で手を上げて発言を求めた社員株主に聞いた。

「ハイ、我々は、監査等委員の〔反論書〕を読みました」

「済みません、お名前を教えてください」

「山村と申します」

「議長、我々株主は、この会場で、取締役以外で監査等委員の〔反論書〕の内容を知っている山村さんにご意見を伺いたい」

「監査等委員の〔反論書〕は取締役会宛に提出されたものですから取締役会メンバー内でのクローズといたします。よって山村様にご意見を伺う必要はございません」

「斎藤社長、勝手なことを言わないでください。東野氏と両角氏は〔反論書〕の適時開示を求めたと説明されました。貴方たちが決めることではない。それとも我々株主が知ると斎藤社長や取締役メンバーの方々に都合が悪い情報でもあるのでしょうか。前取締役らから引き継いだことは『情報の隠蔽方法』か。株主から知りたい情報を要求されて、経営を委託されている取締役は、拒否する権限は無い。我々株主は取締役会の議事録の閲覧も要求できるのを知っているのか」高梨は社内で後輩を叱るように言った。斎藤は、事務局、林谷弁護士と相談している。良く見渡すと、山村の廻りには、二十人位のグループができていた。斎藤が株主総会の冒頭に落ち着きがなかったのは、山村らの出席

が気になっていたのだろう。

「工場長らの出席は、斎藤の指示ではなかったようですね」東野は隣席の両角に囁いたが、両角は何も返してこなかった。

「それでは、議事を進めます」

「中断させたのは、情報隠蔽の議長自身だろう」社友会の大森がヤジを飛ばした。

「株主の山村様、高梨様の質問事項の回答のみの発言としてください」

「株主番号46番の山村です。私は、社員持ち株会の会員で、事務局長を務めております。社員持ち株会持ち株数は、日帝工業株式会社の株主構成の7番目の位置にあります。この株主総会のために社員持ち株会総会を開き、全体の67%の有志意見を取り纏めた代表として議案への意思表示や質問、発言を行います。つまり株主構成の0.8%の持分の意見と受け止めてください」山村は、自分の立場をステージ上の斎藤を始めとした取締役たちに丁寧に説明した。山村の説明の後、廻りの二十余名の社員が拍手をした。高梨らは静か

に聞いている。山村は説明を続けた。

「我々が、株主として本日の株主総会に出席すべきと考えた切っ掛けは、4月22日に会社が『任意の指名・報酬委員会の〔監査等委員である取締役候補者に係わる答申調査報告書〕を取締役会に提出して、取締役会がその内容を承認した』という事実とその取締役会の意思と答申調査報告書を適時開示したことでした。当社の会社の情報共有の体制として、適時開示された内容は、総務部から社内メールで課長職以上の役職者に送信されます。この目的は適時開示した自分たちの会社の情報は、外部、我々の立場では、お取引先様から問い合わせや質問、ご意見があった場合に、せめて課長以上は内容について『知らない云々』という対応だけは皆無にするためです」山村らが〔答申調査書〕を知った経緯を社内以外の株主に説明した。

「適時開示の後に社員持ち株会の事務局長である私の所に、沢山、問い合わせがありました。それは、取引先から工場では、資材や外注先の大手、営業関係は、顧客であるサッシ関連購入先大手のスリータイガー様や直販のカトーイレブン、樹脂関係の仕入先である滋賀ポリマー様等からそれぞれの担当者に問い合わせが来たからです。これは、斎藤社長や山名取締役も知っているはずです。それぞれの担当から私のところへ相談にきたのは『上司に報告したり、社長に報告したが『適時開示元の総務部が対応する』のみの返事で、実際、総務部は何も対応しておらず、再度、取引先様数十社から『返事もない。日帝工業はおかしくなっているのか』とクレームに変わって行きました」

「取引先様からの問い合わせの主旨の多くは 

➀取締役会が監査等委員会は、法令違反の運営を行っていると宣言している。本当か。

➁もし、事実であれば、臨時株主総会を開催して、監査等委員を罷免するのか

➂監査等委員会が法令違反しているのに損害賠償請求訴訟はどうなるのか。

➃会社の損害賠償請求訴訟対象者が、総務部長、経理財務部長に就任していることは内部統制システム上、問題ないのか

というような内容です。➃については、昨年12月に監査等委員会が、前取締役6名に対して提訴した時から継続してある質問です。取引先様は、品質管理やISO取得会社が行う取引先の妥当性の審査のため、当社の担当者が法務部門から確認するように言われて、問い合わせてきております。斎藤社長、山名取締役はご存知のはずです。しかしながら我々には何の説明も無く、取引先にも回答出来ておりません。我々は、取引先にどのように対応すべきか苦慮していたところ、4月28日、今度は監査等委員の東野氏と両角氏の任意の指名・報酬委員会の答申調査報告書に対しての〔反論書〕が社内開示されました」山村は、社内持株会の代表として説明を間違わないようにメモを見ながら説明した。

「山村さん、今、監査等委員の〔反論書〕が社内開示されたと説明されましたが、どのような状況、理由で社内だけ開示されたのでしょうか」

「発信者は東野監査等委員でした。メールに〔反論書〕と証憑の類が添付されておりました。理由はわかりません」

「東野監査等委員、状況を説明いただけますか」高梨は、山村から質問の相手を東野に切り替えた。

「両角氏と私は、我々の〔反論書〕を任意の指名・報酬委員会の答申調査報告書と同等の扱い、開示に関して要求しました。しかしながら、ご存知のとおり斎藤社長らの妨害があり、株主様や、ステークホルダー様に対しての適時開示はできませんでした。答申調査報告書は、適時開示と同時に社内の部課長以上の役職者にメール配信されておりましたので、せめて社内だけでも真実を知ってもらいたくメール配信しました」

「逆に我々は、監査等委員の〔反論書〕が、任意の指名・報酬委員会の答申調査報告書と同様に適時開示されれば、取引先の方々にも説明し易かったので、適時開示を待っていたのですが、適時開示はされませんでした」

「取引先の方々の対応はどうされたのでしょうか」高梨は、山村の回答に質問した。

「会社として対応してもらえなかったので、我々の判断で、社内の対応の状況説明と共に監査等委員の〔反論書〕をお見せしました」

「取引先様は納得されていたのでしょうか」

「一つ解決しました。監査等委員の方々への疑念です。我々もそうですが、取引先様のほとんどが〔反論書〕の方を所謂、『正』と認識したようです」黙って聞かざるを得ない斎藤の顔が歪んだ。

「一つというとまだ、続きがあるのでしょうか」

「ハイ、取引先様の方々から『①日帝工業はベトナムの不正の再発防止策のため社外取締役を監査等委員以外に二名増員したはずだがその他の社外取締役は、社外取締役としての職責を果たしているのか②佐藤監査等委員が辞任した理由は何か』と突っ込んだ質問になって、もう我々だけの手には負えませんでした」山村は淡々と続けた

「それらの対応として、社員持ち株会有志として取引先様の質問と社内には、一切説明の無かったことへの我々の兼ねてからの疑問を合わせて『ベトナム不正に関するお取引様と社員持ち株会有志からの質問状』を取締役会宛に提出して回答要請をいたしました」

「その質問状に対する回答はどうだったのでしょうか」

「株主としての対応であったので、郵便の配達証明付で斎藤社長宛に送付しましたが、一切回答ありません。二度送付しましたが、二度目は受取拒否で返信されました」

「東野監査等委員、取締役会で社員持ち株会有志からの質問状については、何か討議されたのでしょうか」

「社員持ち株会有志様の質問状については、今、初めて知りました。取締役会への報告もありませんでした」東野は両角に確認するように回答した。両角も頷いていた。

「山名取締役、貴方は常勤取姉役ですが、ご存知せしたか」

「何も聞いておりません」山名も少し驚いたように回答した。

「ということは、斎藤社長、貴方ご自身、独断で無視されたのでしょうか」

「確かに社員持ち株主有志様からレターが届きましたが、以前、社内で大株主宛の『嘆願書』何某の社内騒動の元となる書面事件があったので、開封もせず処分しました」

「封筒の表に赤表示で『ベトナム不正事件に関するお取引様と社員持ち株会有志の質問状在中』と記載して郵送しました」

「気が付きませんでした」斎藤は飄々として答えた。

「会社は、日帝工業社内では、ベトナムの不正に関する状況について2年間、適時開示した情報以外は、一切、社員に説明を行っていませんし、不正に関与した役員や社員に対する社内での処罰についても何の発表を行ってきませんでした。就業規則第12条に表彰・懲罰規程があり、危機管理規程にも有事における報告のプロセス、社内の再発防止徹底等が明確に記載されておりますが、ベトナムの不正については、社内規程に基づいた手続きを取らず、社員には何も報告・説明すらありません」山村は今までのもやもやを訴えた。

「ベトナムに関する不正の社内での情報共有は、第三者調査委員会の調査、報告書、再発防止策の発表、監査等委員会の関与した前取締役の提訴等、明確に報告しております。その法報告内容を良く吟味ください。必要なことは連絡しております」斎藤が反論した。

「議長、山村様の発言内容は、経営者らの株主を始めとする社外だけでなく社内でも不充分な情報開示で『不正への対応が不透明』と申されているのです」高梨は、斎藤の社員に対する高圧的な説明を抑制させるように言った。

「山村様、今の経営陣に対して、株主として正すべきことは多々ありますが、今、この進行中の議論を『監査等委員会の監査報告書の正当性』に絞って議論し、他は議長の言う議案説明後設けている時間にしませんか」

「わかりました。色々、あれやこれやの課題に飛んでしまい申し訳ありません。本日の株主総会がベトナムの不正に関して、ステークホルダーとして、初めて対話できる場となったので……」山村も緊張と興奮を隠せなかった。

「山村様に確認したいのは、監査等委員会の〔反論書〕についてです。我々は、経営陣の隠蔽により、拝見できなかったのでお聞きしたいのですが」

「何でもお聞きください。〔反論書〕もこの通り、持参しました」山村は〔反論書〕を右手で掲げた。

「山村様を代表とする社員持ち株会は、監査等委員の〔反論書〕を検証して、任意の指名・報酬委員会の〔監査等委員である取締役候補者に係わる答申調査報告書〕の内容は株主に対する正しい適時開示内容であったと認識されましたか」

「いえ〔答申調査報告書〕に疑義を持ちました」

「ということは答申調査報告書は『株主への正しい報告ではない』ということでしょうか」

「監査等委員の〔反論書〕にも記載がありますが『2次情報のみで証憑も確認しない誹謗・中傷にすぎない』という表現が的を得た内容と捉えました」

「しかし、答申調査報告書には『法令に反する運営』とまで記載してありました」

「その事例について、添付された監査等委員会議事録を確認すると通告した佐藤元監査等委員も関連議事録に佐藤氏自著のサインと承認印が押印されておりました。また、法令違反の運営と指摘されていた取締役責任調査委員会の契約内容については、前取締役の対応拒否や株主総会等の時期が重なったりして、当初の予定期日までには調査が完了難しいと解った時点で、契約の延長等の審議も必要となり、同様に佐藤氏も監査等委員会の審議に出席して議事録に承認のサイン自著、押印をしていました。また、調査費用の支払いについても契約通りの分割支払条件の各支払時期に東野氏は、両角氏、佐藤氏、茅野氏に支払

い稟議書を回付して承認を得ており、何の問題もないと確信しました。また、我々は、取締役責任追及委員会の調査報告書も検証しましたが、斎藤社長や取締役メンバーの方々がその都度指摘する『調査が中立・公正でない疑義がある』や『損害の因果関係が不明である』また、『明神家への忖度』等の決議や意見は、報告書内には一切ありませんでした。答申調査報告書は事実を証することができない監査等委員への誹謗・中傷のレベルの報告書と判断しました」

「会社としては、取締役責任調査委員会の調査報告書は開示しておりませんが、監査等委員が情報漏洩したのでしょうか」斎藤が監査等委員を情報漏洩と咎めたい一心で山村に確認した。

「裁判所に行き、裁判資料で確認しました。前取締役の善管注意義務による損害賠償請求の訴状も確認しましたが『中立・公正』で『創業家への忖度』も無く監査等委員会が『株主やステークホルダーに代わって提訴』したことを確信しました」

「議長、社員持ち株会有志の山村様は『任意の指名・報酬委員会が答申調査報告書で指摘する法令違反の監査等委員会の運営は確認できなかった』というご意見ですが。取締役会では『法令違反の監査等委員会の運営』を承認されている。我々、株主はどのように判断すれば、よろしいでしょうか」

「見解の相違です」

「承認された取締役会メンバーは5人の4倍ほどの、ここにいる二十余名の社員株主会有志の方々が取締役会の決議を否定しています。また、山村様たちは監査等委員会の議事録等証憑を確認しております。取締役会のメンバーは証憑を確認、監査等委員会の議事録等を確認されたのでしょうか。山名取締役、貴方は、社員持ち株会有志の方々の確認した監査報告書をご覧になりましたか」高梨に振られた山名は、困った顔をして事務局に相談していた。

「山名取締役、貴方たちが『監査等委委員会は法令に違反した運営をしている』と取締役会決議を行い、その後、適時開示して株主に通知している。上場会社としてコンプライアンス上、重要なポイントですよ。ちゃんと答えてください」山名は嫌々、マイクを持ち立ち上がった。

「ご質問の件、答申調査報告書の承認決議時の取締役会に於いては、指名・報酬委員会から監査等委員会の議事録等は提出されておりませんので、拝見しておりません」

「証憑等を確認する機会が無かったと」高梨が追質問した。

「ハイ、ございませんでした」山名の回答後、山村が挙手して

「高梨さん、よろしいでしょうか」

「山村様、何か重要なことでも」

「社内配信された監査等委員の〔反論書〕には監査等委員会の関連監査等委員会の議事録の議事議案がわかる表紙と議決状況のわかる佐藤氏を含めた監査等委員全員のサインと承認印が押印された最終ページの写しが添付されており、メールアドレスには、ccで取締役会メンバーにも配信されておりました」

「山名取締役、貴方は監査等委員の示す『法令違反の運営は行っていない』という証憑が手元にあるにも関わらず、なぜ確認しなかったのでしょうか」

「……取締役会で決議された議案を再検討する必要もないと考えました」開き直ったように答えた。

「不充分な情報で『監査等委員会の運営は、法令違反である』と判断して適時開示したことを認めるのでしょうか」

「私は適時開示しておりません」山名はもう答えたくないと言うようにマイクを事務局に返した。

「議長、社員持ち株会有志の方々のご意見もあり、任意の指名・報酬委員会の監査等委員に対する答申調査報告書に記載の『監査等委員会の運営が法令違反』というご指摘は所謂、『冤罪』となりますが、認められますか」高梨が結論を要求した。

「先ほども申し上げましたが『見解の相違』ですので、認めることもありません」

「監査等委員の皆様、取締役会は『見解の相違』と判断しておりますが」

「今を持って、取締役会の『監査等委員会は法令違反の運営』していたという判断が変わらないのであれば、我々、監査等委員会は監査報告はいたしません。株主の皆様、罷免動議でも解任動議でも提案していただいて結構です。『見解の相違』で済まさせれない」総会会場がどよめいた。

「私が、勿論、社員持ち株株会の有志の方々や他の株主の方々も賛成していただけると思いますが、今の監査等委員会からの要請への株主としての対応は、斎藤社長、貴方の回答次第です。もう一度、質問します。監査等委員会の運営は法令違反があったのでしょうか」斎藤は事務局と協議して

「高梨様の最初の質問時にも回答しましたが、指名・報酬委員会が、東野氏と両角氏の法令違反行為を指摘したのは、報告書記載の一事例のみであり、他の運営状況を法令違反と指摘しておりません」

「斎藤、ふざけないでください。今まで、社員持ち株会有志の山村様と検証してきたのは『答申調査報告書に記載の法令違反事例』の事例についてであり、その事例が『冤罪』と言っているんだよ。私は。事務局も適切な回答を指示するように。当事者は事の重要性が解っていませんから」斎藤は、自分の発言で墓穴を掘ったため、もう事務局の指示を待つしかなかった。事務局内では、林谷が控えにいた同法律事務所の大木弁護士を呼び、打ち合わせを行って、斎藤にメモを渡した。

「答申調査報告書に記載の監査等委員の法令違反の運営意見には、不充分な情報で記載した可能性もあるので再度、検証します」

「再度って、いつ検証するのでしょうか」

「当株主総会終了後に直ちに行います」場内が爆笑して「遅い」「意味不明」等の野次が飛んだ。

「斎藤社長、いい加減な報告書を作成した本人が総会の議長をお務めになるのはもう無理ですかね」

「人のことを『中立・公正でない』と非難する本人が、一番『中立・公正でない』ではないですか」社友会のもう一人の吉川も大森に続いて野次った。

「斎藤社長、なぜ今、間違いを正せないのでしょうか」

「残念ながら指名・報酬委員会が聴取させていただいた『法令違反行為』を申告された佐藤元監査等委員がおりません。申告された方が申告を取り下げない限り『法令違反でなかった』とはできかねます」

「今、佐藤氏にスマホで、連絡して確認したらどうですか」高梨がすかさず問うた。

「ここでは佐藤様の連絡先はわかりかねますので連絡できません」斎藤は追い込まれた。

「監査等委員の方々は、佐藤氏の連絡先はご存知ありませんか」

「ハイ、わかります」両角が返答した。

「斎藤社長、どうします。両角監査等委員に佐藤氏の連絡先をお聞きして連絡してください。監査等委員の法令違反ではないという証憑、監査等委員会の議事録等の写しは、山村様がお持ちですから」

「話すときはスピーカーホンにしろよ」と大森が付け加えた。事務局が斎藤にメモを渡した。

「誠に申し訳ありませんが、ここで10分間の休憩を挟みます」会場がまた、どよめいた。

株主総会で休憩を挟むことなど異例のことであり、日帝工業としても前代未聞のできごとである。

「何のための休憩でしょうか」高梨は、そう簡単に認めなかった。

「予期せぬ進行になりまして、私自身、もう一度、株主総会の進行の見直しを法に準じて行いたく存じます」

「今までで一番正直なご意見を拝聴でき、恐れ入ります。但し、これからのことを前提に今後の進行をお考え下さい。第一に監査等委員会の法令違反の運営についての見解を明確にすること。第二に株主の意見や質問をむやみに無視しないこと。第三にこの会場で打ち合わせはそのステージで行うこと。見えないところで、相談すべきでない人に相談しないように。それから、逃げないでくださいよ。第四に株主に会場内での飲み物を提供ください。このような状況になったのも議長である斎藤社長の責任ですから」斎藤は、事務局の林谷の方へ振り返り、林谷が頷くのを確認して

「わかりました。打ち合わせは、このステージ上で行います。場内整備の社員のみなさん、株主の皆様に飲み物を準備してお渡しください」東野は、時間を確認すると既に一時間を経過していて、そんなに発言しなかった東野さえも喉の渇きを覚えており、ペットボトルを口にした。

 斎藤は、ステージの奥で四人が座れる事務局机で林・吉田杉本法律事務所の大木、林谷両弁護士からレクチャーを受けている様子であった。他の取締役も呼ばれていないためか、整然と自分の席で寡黙を貫いている。両角も今後の展開が読めないのか、東野に話しかけることもなかった。

 斎藤の事務局との打ち合わせは10分とかからなかった。また、中央の議長の席に戻って来て

「大変お待たせしました。それでは、再開させていただきます。監査等委員会の法令違反疑義の運営については、撤回させていただきます」場内では喜びの声ともとれる「おおお~」という声が上がった。

「議長、貴方が結論だせる立場ではないですよね。任意の指名・報酬委員会で承認された報告書に『監査等委員会は法令に違反した運営を行っている』と記載されており、それを取締役会が承認して、貴方は適時開示した。撤回するのであれば、順を追って撤回してください。今宮取締役、貴方が任意の指名・報酬委員会の委員長でしょう。貴方が任意の指名・報酬委員会の委員長として報告した答申調査報告書ですよ」東野や両角が言いたいことを高梨が全て代弁してくれていた。今宮が事務局の方を向くと事務局はマイクを手渡す準備をしており、東野は、会社側の10分間の打ち合わせは、議事を先に進めることを最

優先させた結論だったことと確信した。

「私も斎藤社長のご意見に賛同いたします」

「今宮取締役、貴方は委員長ですから。それも社外取締役の立場ですよ。ハッキリ結論を宣言してください。答申調査報告書に記載された『監査等委員会の運営の違法性』については、撤回するのですね」

「撤回します」

「議長、監査等委員会の運営の違法性を承認した取締役全員に、今までの討議を踏まえた意思を確認してください」斎藤は、事務局にステージの下手の取締役からマイクを渡すように指示した。湊からだった。

「……指名・報酬委員会の答申調査報告書に記載の『監査等委員会の運営の違法性』の承認を撤回します」真鍋に移った。

「指名・報酬委員会の答申調査報告書に記載の『監査等委員会の運営の違法性』の承認を撤回します」山名にマイクが渡され、全く同じ内容を宣言した。高梨は、答申調査報告書を作成した任意の指名・報酬委員会、承認した取締役全員の撤回宣言を確認した後

「さて、やっとというか、ようやく監査等委員でない取締役の皆さんも監査等委員会の運営のコンプライアンスを認めました。株主側としては、監査等委員会の監査報告書をお聞きする準備はできましたが、いかがでしょうか」東野は、両角、茅野の顔を見ると、東野に委ねる二人の頷きを確認することができた。東野はマイクを持ち立ち上がった。

「不満です。謝罪もない。撤回を適時開示しない限り……ですが、我々、社外取締役監査等委員は、この程度の品格の取締役のみなさまに監査等委員という職責を委託されている訳ではなく、株主の皆様に取締役監査等委員を委託され、この程度の品格の取締役のみなさまの監視・監督を担ってきました。ここで、株主の皆様全員のご意見を確認することはできませんが、この株主総会に出席されている株主の皆様が監査等委員会の『コンプライアンスの徹底』を再確認していただけますなら監査報告をさせていただきます」東野の発言が終わり着席するや否や、場内に万来の拍手が起こった。「よく正義を貫いた」「大人の対応だ」「他の取締役も監査等委員の取締役の品格を見習え」という激励の野次と共に、東野が、原稿を手に再度立ち上がると会場も静ま返り、一礼して

「常勤監査等委員の東野要郎でございます。監査等委員会を代表して、私からご報告申し上げます。当監査等委員会は、第71期事業年度における監査等委員である取締役以外の取締役の職務執行全般について、監査を行ってまいりました。監査結果でございますが、お手元の招集通知58ページをごらんください……」東野は、監査等委員としての最後の務めを果たすようにゆっくりと監査報告書の内容を読み始めた。

「第2号議案:『監査等委員である取締役を除く取締役5名選任の件』について、取締役選任候補者である斎藤正明氏、山名繁男氏、今宮寿人氏、湊 優一氏、真鍋貴司氏の5名につきましては、会社法342条の2第4項に基づき、監査等委員会は、招集通知15ページに記載の内容で、取締役選任候補者として『不適切』と意見表明いたしました。……以上報告いたします」報告が終わると東野は、一息ついて再度一礼して着席した。普段、監査報告の際にはない万来の拍手が再度起こった。それを制するように、斎藤が議事を進行させた。

「それでは、2020年4月1日から2021年3月31日までの第71期の事業報告書についてご報告申し上げます。なお、事業報告に関しましては、スクリーンへの投影と音声ナレーションでお伝えします」斎藤の説明が終わるとステージの議長席の後ろ側に天井から大きな稼働スクリーンが降りて来て、事業報告のナレーションが始まった。

「当社、第71期事業報告から2021年3月期の事業の経過およびその成果を中心に当社グループに関する現況も含めてご説明いたします……」ナレーションは約12分間あり、その間、斎藤は、スクリーンに隠れた事務局と打ち合わせを続けていた。

「……以上で、第71期の事業報告、連結計算書類および計算書類の概要、当社グループの現況、取組べき課題等の報告を終わります」ナレーションが終了すると斎藤は、議長席に戻り

「続きまして、第1号議案から第4号議案までの各議案を上程させて頂きますとともに、その内容につきましてあらかじめご説明申し上げます。

第1号議案:剰余金処分案の件

第2号議案:監査等委員でない取締役5名選任の件

第3号議案:監査等委員である取締役3名選任の件

第4号議案は、株主提案、エイシア・ジャパンの監査等委員である取締役選任の議案

以上、4つの議案でございます。なお、株主総会開始時に議事進行方法についてお伝えしてご承認いただきましたとおり、4つの決議事項につきましては、一括して説明させていただき、その後に株主様からのご意見、ご質問等を伺いますので、ご了承ください」株主席側では場では、今まで黙っていた、会社側から出席を要請された社員株主たちが「了解~」や「解りました」等の賛同の声を上げ、議長の執行をやっと助けた。

「第1号議案は、2020年度剰余金処分案の件であります。……」斎藤は、議案の説明を始めた。と言っても招集通知を読み上げるだけであった。「第2号議案は……」「第3号議案は……」「第4号議案は……」と淡々と読み上げた。

「以上で、議案の説明を終わります。それでは、これから株主様のご意見、議案等に関するご質問を受けたいと思います。ご発言に際しまして、ご意見のある株主様は、挙手をお願いします。議長である私が、挙手された株主様の中からご指名させていただきます。ご指名された株主様に事務局が、マイクをお渡ししますので、株主番号・お名前をお伝えいただき、ご発言ください。なお、ご発言に関しましては、明瞭簡潔にお願いします」斎藤は、これから始まる斎藤にとっての修羅場を予測していたのか顔を歪ませながら、ため息をついた後

「それではご発言のある方、挙手願います」最初に挙手したのは、2名で、山村と、もう一人個人株主であろう、後部株主席に座っていた株主であり、斎藤は、山村を避けて、その個人株主を指名した。

「株主番号13番の中村哲也と申します」事務局が株主名簿を確認し始めた。40代の会社員風の男性であった。会社側も高梨らも認識は無いように発言者を見つめていた。

「議長の議案説明をお聞きしましたが、監査等委員の監査報告前に発言された『監査等委員会の法令違反運営の撤回』が一切、反映されていなかった議案説明でした。特に第3号議案についてですが。『撤回発言』は虚偽の撤回だったのでしょうか」東野も矛盾を感じて説明を聞いていたが『その程度のレベル』と無視していた。初めて“このような取締役の運営“接した第三者が疑義を申し出ることが“常識”ということも日帝工業社内の常識に浸食されての無気力さを改めて認識した。

「ご指摘の件、この総会の場での変更でありましたので、変更後の原稿が間に合わず、申し訳ありません」と斎藤は恥じることもなく“日帝工業社内の常識”を一般株主に強いた。

「議長は、原稿がないことと『撤回発言』のどちらが議案に影響を及ぼすか理解されていないのでしょうか」呆れたように中村が続けた。

「第3号議案についての取締役会の意見は『撤回宣言』によって影響はありませんので、ご了承ください」斎藤が言い張った。

「東野監査等委員、貴方の『この程度の品格の取締役』という指摘が証明されました」中村は、あきらめて着席した。

「他にございませんか」山村と高梨が挙手した。斎藤は渋々、山村を指名した。

「株主番号46番山村英俊です。第一の質問です。第2号議案の監査等委員でない取締役選任の件ですが、任意の指名・報酬委員会の選任候補の五人の選任方法を教えてください」

「私を含めた第2号議案で選任された取締役候補者はいずれも再任候補者であり、各々の継続の意思を確認して、初年度の実績から選任候補に値する方々と判断しました」

「再任と言うことですが、昨年の初選任時の選任はどのように選任されたのでしょうか」

「その当時は、指名・報酬委員会は無かったので、前取締役の方々の選任と思います」

「前取締役とは誰ですか。斎藤社長は誰に指名されたのでしょうか」斎藤は戸惑いながら答えた。

「……当時代表取締役であった山本前社長と新井前会長です」

「他の監査等委員でない取締役で、斎藤社長とは違う指名者がいましたら、お教えください」山村の問いにステージ上では、誰も回答しなかった。

「回答がないということは、同じ選任者と受け止めます」一息ついて山村は続けた。

「山本前社長と新井前会長は、同時期に新井泰前常務取締役と椎名前取締役も皆様と同様、次期取締役として、この方々は再任ですが、選任候補としました」

「私たちは、新井泰氏と椎名氏が、山本前社長と新井泰司前会長に選任されたかどうかは存じません」斎藤が答えると、山村は

「東野監査等委員、いかがでした?当時は」

「当時の取締役会で新井泰氏と椎名氏の選任議案を出したのは、代表取締役の二人でした」

「ありがとうございます。昨年の株主総会では、新井泰氏と椎名氏は否認され、今の現取締役5人が新任承認されました」

「斎藤社長を始め、第2号議案に選任されている取締役候補の方々にお聞きします。今回の有事発生における損害回収に対して、どのような対応を行ってきたのでしょうか。対応実績を株主に報告ください」会場がまた、どよめいた。社友会の株主らが「そうだ、明確に報告しろよ」「何をやってきたの。招集通知には記載がないよ」等、野次を入れた。斎藤は事務局の方を向いメモを待った。他の監査等委員でない取締役も顔を見合わせ相談していた。斎藤が事務局からのメモを受取り、マイクに向かった。

「私どもが力を入れたのは、第三者調査委員会の報告書の提言にありました、再発防止策です。海外のグループ会社に『公務員への賄賂』いわゆる贈賄は、コンプライアンス違反であるため、禁止の通知、および指導、また、指名・報酬委員会を設置して取締役選任等の透明性を図りました」

「他の取締役の方々はいかがでしょうか」山村の問いかけに、事務局は今宮にマイクとメモを同時に渡した。

「取締役の今宮です。斎藤社長と同様の対応を行ってきました」今宮は同様にマイクとメモを山名に渡した。山名も同じ回答をして、真鍋に、真鍋から最後に湊に渡して、全員が斎藤と同じ回答をして着席した。

「皆さん、同じ回答ですね。これからは斎藤社長が答えて意義があれば、他の取締役の方々も回答ください。時間の無駄ですから。それから、5人もいながら誰も正確な回答を行っていただけないのは何故でしょうか。私たちが、問い質しているのは『損害の回収』についての対応をお聞きしております。我々、社員持ち株会有志は社員です。我々が、働いて稼いだ会社の貴重なお金が前取締役らの不祥事によって、予測しない支出が発生しております。その回収責任を後任の取締役の方々がどのように取り組まれているのか知りたくて質問しております」

「当社の監査等委員会が前取締役6名に対して損害賠償請求訴訟を提訴しておりますが、訴訟金額について、まだ、結審されておらず、損害と認められておりません」会場がざわついた。

「斎藤社長は、監査等委員会の提訴した3億2000万円は、損害ではないとおっしゃるのでしょうか」

「有事に対して会社が対応した第三者調査委員会の費用等が、前取締役の方々の責任で発生したかどうかの因果関係が難しいと言っているわけです」会場は、代表取締役の発言として受け止められないとまた、騒めきであった。

「必要経費ということでしょうか」

「有事の原因を解明するために必要な経費だったかもしれません」

「異議があります」高梨が挙手した。斎藤は、指名せざるを得なかった。

「いま、斎藤社長は『有事の原因を解明するため』と言いましたが、なぜ第三者である第三者調査委員会を設置しないと解明できなかったのでしょうか。私は、第三者調査委員会を設置しなくても解明できたと考えます」

「それは、私にもわかりません。私は第三者調査委員会の設置にはかかわっておりませんから」

「それでは、第三者調査委員会の設置に係わった東野監査等委員にお聞きしましょう。今回の有事は第三者調査委員会を設置しなければ解明できなかったのでしょうか」東野は指名されてマイクを持って立ち上がった。

「山村様、高梨様のご意見である『当該有事は、第三者調査委員会を設置しなくても原因等の解明ができたのではないか』というご意見に対する答えは『YES:解明できた』と『NO:解決できなかった』の二つです」

「済みません、東野監査等委員、詳しく説明してください」山村が再び発言した。

「YESは、第三者調査委員会の報告書を読むと明確にわかります。前取締役らは、自分たちが行った法令違反の関与を第三者に指摘させているということ。つまり『自分たちが行った法令違反等の隠蔽行為等の有事』を取締役会等で報告すれば、第三者調査委員会の設置は必要なかった。ということです」

「前取締役のみなさんは『自分たちの会社に良かれと思ってやったことが、法令違反とわからなかったから第三者調査委員会を設置した』と言っているわけでしょう」斎藤が庇った。

「法令違反とわからなかったら、隠蔽する必要はないでしょう。有事の場合は、危機管理規程で、監査等委員に報告するプロセスを無視して、恣意的に報告しなかった。また、賄賂支払いの領収証を取得するためにマネーロンダリング的なことを計画した。全て確信犯です。音声録音やメール等の証憑が、多々あり監査等委員会の調査報告でも第三者調査委員会の報告と同じ結果でした。前取締役会が監査等委員会が調査を行って、解明できないのであれば、第三者調査委員会に委ねるという監査等委員の意見を聞き入れていれば、第三者調査委員会の設置は、必要ありませんでした」

「監査等委員会の調査は、前取締役6名の内2名しかインタビューはしなかったじゃないですか」斎藤は庇い続けた。

「ハイ、調査報告書をよく読んでいただいたら明確にわかります。前取締役らの中で、2名以外は、法令違反の関与が音声録音やメール等の証憑で明らかであり、インタビューの必要がありませんでした」やっと斎藤が黙った。

「私どもも第三者調査委員会の報告書は読みましたので、東野監査等委員の説明が良く解りました。NOの場合の説明もお願いできますか」

「私が先ほど言った、NOの意は正しく言うなら『第三者調査委員会を設置しなければ有事の解明ができなかった』ではなく『解決できなかった』というNOです」

「東野さんの仰る『解決できなかった』という意味を教えてください」

「コンプライアンス違反に関与した前取締役らプラス佐藤前監査等委員は、取締役会の決議を決める過半数を牛耳っていたため、社内のみの監査等委員会の調査結果等だけでは、前取締役らの善管注意義務違反による損害賠償訴訟は、今以上に困難だったと想像できます」

「ということは、第三者調査委員会の費用は有事があると必ず発生する必要経費ということでしょうか」

「いえいえ、異常体質の取締役会と品格のない取締役らだったためですから。取締役の品格があり、取締役の職責の正義の意識、つまり株主様への職責全うの意識があれば、『私は法令違反にこういう関与をしました』と所謂、自供または自白して、責任と取って取締役の職責を辞するのが、真面な取締役です。そうすれば、会社に対する損害費用は前山本社長を除く5名に対しては、会計監査法人の網羅性の監査費用および決算関係の修正申告処理費用のみで、億単位の賠償請求には至らなかったと考えます。それを自分たちの行った法令違反の隠蔽工作等の悪事を自分たちの口からは社内外には公表せず、会社の費用を

使って、第三者に調べさせて指摘させた。責任については『役員報酬返上』で禊を終わらせた。コンプライアンスの管理元の総務部や企業会計原則に基づいた会計処理をすべき経理財務部長は今を持って、執行役員として、不正に関与した前取締役が職責を担っている。また、このような内部統制システムの無効化を諮ったり、前取締役らに対する損害賠償請求の回収を一切考えていない、寧ろ、訴訟を不当と考えているのか、監査等委員会の訴訟を妨害する現取締役の方々が、株主総会の議案として、次期監査等委員でない取締役の再任候補となっている。会社法に基づいて、取締役や取締役会を監視・監督する監査等委員会が正そうとしても、一部の大株主と現取締役らが排除に動く。日帝工業株式会社は、そういう社会常識から逸脱した異常な会社です」会場は静まりかえって、議長席の斎藤のフラストレーションによる貧乏ゆすりの音が微かに聞こえた。

「残念ながら、我々は、その異常な会社の社員でもあります。だから会社を少しでも立て直したくて総会に出席しました。社員には、監査等委員の方が説明いただいた情報等は一切通知されていません。社内での取締役会等の当社の異常な状況は、社外のお取引様等には、ご理解いただけず、我々は説明もできないため、多大なる信頼を損っています。斎藤社長の不祥事の対応実績として説明された表面的な再発防止策等ではなく、お取引先様等から『原因を究明して、真面になってきた』という信頼を回復するために『株主総会でしか事実は明らかにできない』と判断して、今、質問させていただいております」山村は嘆きながら訴えた。

「斎藤社長や取締役会は、監査等委員会の損害賠償請求訴訟は、不当だとお考えでしょうか」

「不当とは言っておりません。検証が不充分な訴訟で、中立・公正でない訴訟の疑義があると考えています」

「そこが解りません。監査等委員会は、第三調査者委員会の報告書を基に取締役責任追及委員会を設置して、その報告内容で『前取締役の善管注意義務違反による損害賠償請求ができる』と判断して、訴訟代理人を通じて提訴しました。会社で発生した有事の対応を調べますと一般的な流れで監査等委員会は対応しております。どこに検証不足と中立・公正でない疑義があるのでしょうか」

「……前取締役、……取締役の偏った扱い……」事務局からメモが入った。

「裁判係争中なので……お答えできません」斎藤はメモの通り、回答した。

「斎藤社長、お答えください。貴方の回答は裁判に一切影響しません。影響するような回答はありません。貴方にはできません」東野が発言した。

「会社の訴訟代表者が言っておりますので、回答ください」山村の追及に斎藤は困惑していた。

「……前取締役の善管注意義務違反と損害と称される金額との因果関係です」

「まず、監査等委員会は有事で発生した損害金を抽出して、因果関係は、法律の専門家である四大法律事務所の一つのスミス・小柴小野寺法律事務所に訴訟代理人となっていただき検証されたものを訴訟金額として提起しています。このプロセスに何か誤りはあったのでしょうか。私共は損害賠償請求の世間一般では、普通のプロセスと考えます。もしプロセスに誤りがあったとしたら、我々株主は、監査等委員会に対して株主訴訟等を起こさなければなりません。どこの因果関係の検証が間違っていたのか指摘ください」

「私は法律の専門家ではありませんので、具体的には申し上げられません」

「具体的な事象も指摘できず行為を非難することは、任意の指名・報酬委員会の『答申調査報告書』と同じですね」部下にあたる工場長格の山村から指摘され、憤りを覚えた斎藤は怒りの勢いで

「監査等委員会は、取締役責任調査委員会の委員の選任時に明神元名誉会長の知り合いの弁護士に紹介してもらっています。これは中立・公正の疑義のある選任です」

「斎藤社長、取締役責任調査委員会の調査報告書のどの部分が中立性を欠いて、前取締役らの責任追及に公正性を欠いた事象があるのか、具体的に指摘してください。もし中立性・公正性に欠けた事象で、例えば明神家関係者に優位な訴訟内容であるのであれば、株主訴訟の対応も考えます」山村は両手で取締役責任調査報告書を掲げて聞いた。

「……裁判で係争中なので……控えます」斎藤は弱弱しく答えた。

「具体的な例がないからだろう。いい加減にしろ」社友会の吉川が声を上げると会場内で賛同する何人もの「そうだ。そうだ」の声が響き渡った。山村は斎藤が具体的な事象等は指摘できないのはわかっていたようで

「回答ができないようなので、別の質問にします。昨年の12月に監査等委員会が前取締役の善管注意義務違反による損害賠償請求訴訟を提訴しました。前取締役に対して総額3億2千万円の損害賠償請求額です。実際はもっと請求額はあったが、訴訟で勝訴できる……斎藤社長のお好きな……因果関係が明確な対象に絞ったようですが。その損害賠償請求の対象の前取締役で、訴訟対象である新井泰氏、椎名史和氏が社内で執行役員として総務部長、経理財務部長として継続して在職されているという異常な状態にあります。これは何故でしょうか」

「前取締役のみなさんとの裁判は、まだ結審されておりません。新井泰氏、椎名氏を含めた会社組織の中枢を担う職責を果たしていただいております。異常とは考えていません」

「会社が原告として訴えている被告が、社内で訴訟の主旨となる善管注意義務違反の職責に未だ在職していることを原告である会社が容認しているという状態ですが、よろしいのでしょうか。一般的には非常識の範疇と考えます。また、損失を与えた被告の両氏に高額の給与を払い続けている。社内の裁判情報も取得できる立場にいる。社内外から、馴れ合いの裁判ともみられます」

「何度も説明していますが、裁判は結審していません。両氏の善管注意義務違反は未決です。また、彼らは真摯に責任を担って業務を就業しております。労働してもらった報酬は支払わねばなりません。法律で定められています」斎藤は言い続けた。

「会社の就業規則の懲戒解雇事由

〔(1)故意または過失により業務上重大な失態があり、会社に多大なる損失を発生させたとき〕に該当していますが」

「お二人は、この問題が発生した当時は取締役の職にあり『社員就業規則』の対象とはなりません」

「そういうことではなく、会社として惨害賠償請求訴訟に真剣に対応するのかという疑問です」

「会社の損害かどうかまだ、法的には結論がでていません」

「斎藤社長は、損失と考えていないわけですね」

「損失かどうかは裁判で結審されますので、それまで私見は差し控えます」

「しかしながら、有事に関する支出は今年度の決算で、費用として計上されています。その費用は、前取締役6名の有事への不適切な対応で発生しています。我々、ステークホルダーは、斎藤社長に『その費用を積極的に回収する意思があるのか』をお尋ねしています」

「回収できるかどうか、今の時点では解りかねます。訴訟に関する取締役会としての疑問として、前取締役の善管注意義務違反と損害賠償項目との因果関係等を監査等委員会に説明を求めましたが、充分な説明をいただけないまま監査等委員会として提訴されましたので、訴訟に関して、取締役会としては責任をとれるまで理解をしていないことだけは、報告いたします。また、今回の訴訟の会社代表者は私ではなく監査等委員となっております」

「それでは、訴訟の代表者である東野監査等委員、このような状況で、訴訟は大丈夫なのでしょうか」山村は、のらり、くらり、非常識な回答で質問をかわし続ける斎藤へ楔でも欲しいのか、東野に助け船を求めた。

「斎藤社長の社内の不統一的発言、特に損害賠償請求訴訟に関する消極的な態度で、株主様に一般的上場会社にはない、ご心配をお掛けし申し訳ありません」株主たちは、東野の謝罪の一言に“常識”を伺うことができ安心したように頷いていた。

「株主様の質問に対して回答します。損害賠償訴訟に関しましては、株主様の質問に対する斎藤社長の回答を聞いて既にご理解いただけていると思いますが、社内では解決・是正できないと判断して提訴しました。裁判も三回目の期日まで出席しましたが、今後も進行していくと考えます。例え、この株主総会で種々変化がおきても、訴訟は、勝訴に向け進んでいくでしょう。信頼できる法律事務所が訴訟代理人ですから。但し、提訴した当社が『提訴取り下げをしない限り』という条件があります。このことは、当社にとって珍しく適時開示もされており、株主様に報告しておりますので、株主様の継続的監視が必要です。斎藤社長も何度も『裁判は結審していない』『自分では判断できない』を繰り返して宣言しておりますから、取締役会としても裁判の結審の如何により、判断すべきとも考えているようで、これ以上の異常な行動はしないと思いたいですが。常識的な上場会社では、あり得ないことですが、何せ当社は、非常識上場会社ですので100%の保障は出来かねます」

「わかりました。社内外で監視します。ところで、今の東野監査等委員の説明の中で『勝訴に向けて……』という発言がありました。損害賠償請求訴訟での回収に確信があるのでしょうか」

「勿論です。勝訴が一番良いですが、和解もあるかもしれません」

「斎藤社長は『前取締役6名の善管注意義務違反と損失との因果関係が難しい』と株主に説明を何度もしていますが」

「損害賠償請求訴訟の被告となっている山本、新井泰司、前代表取締役に昨年役員候補に選任された斎藤社長は『訴訟反対派』で、取締役責任調査委員会の調査報告書に関して『ここが不明確だ』『どうしてこう判断できる』と所謂、難癖レベルの質問を行い、何とか訴訟を遅らせるまたは、止めさせようという意図を感じさせる所作が多くありました。監査等委員会に対する妨害行為とも言えるでしょう」

「そんなことは無い、私は、中立・公正に判断……」斎藤が割り込んでくると

「議長は、黙っていろ。株主の山村様が東野監査等委員の意見をお聞きしており、斎藤社長の偏った中立・公正云々は、今は必要ない」高梨が吠えたように斎藤を制した。

「前取締役6名の善管注意義務違反と損失との因果関係は単純です。我々が損害賠償請求対象とした支出の判断は二つです。『➀誰の行為に起因する支出か』と『➁誰のための支出か』ということで判断しました」

「確かにわかり易いです」

「例えば、贈賄の金額約2500万円:この建前は会社のためですが、法律違反行為です。また、2017年の時に内部統制システムを是正してれば、2019年の二度目は起こり得なかった。だから当時から内部統制システム運営責任者である山本前社長に起因する損失。第三者調査委員会の調査費用である2億6000万円:これは、前取締役の山本、新井泰司、新井泰、椎名史和が、自分のやった事実を取締役会で、自供・供述していれば、必要ありませんでした。勿論、裁判ですから、代理訴訟人のご指導で、証憑等の明確なものに絞りましたので、全額ではありませんが、回収できるものと確信しています」

「非常にわかり易い説明です。失礼ですが社内ではこのような説明は……」

「残念ながら第三者調査委員会の報告書、取締役責任調査委員会の調査報告書、加えて訴状を読んでも理解できないレベルの取締役の方々には、取締役会などで、何度も何度も同様な説明を行っております。それでも理解しないレベルの取締役の方々です。例えば、因果関係を説明すると善管注意義務違反ではないのではないか等の質問のループに持っていくのが斎藤社長を始めとする取締役会です」

「斎藤社長、今の東野監査等委員の説明のどこが理解できないのでしょうか」山村が斎藤に質問した。斎藤は事務局や他の取締役の顔を見るばかりで、答えることができなかった。

「そのレベルの取締役です」両角が代わりにポツリと答えた。山村を始めとする社員持ち株会有志のメンバーは総会に出席して、やっと社内でのドタバタの真相である、経営者たちの不祥事に対する新井前会長や山本前社長らに加担するような不誠実な対応を理解した。このような状況では自分たちが、取引先からの問い合わせに対して、充分な対応ができなかったことを知らしめたい気持ちであったが『会社の恥部』を晒すことは、できるはずもなかった。

「ちょっとよろしいでしょうか」社外と思われる男が挙手をした。斎藤は事務局を見たが突然のことであり、誰なのかも情報がなく、斎藤は指名するしかなかった。

「株主番号52番の岡崎芳文です」事務局は株主名簿をチェックしたが、見当たらなかった。

「私は、日帝工業様には、いつもお世話になっております、滋賀ポリマー株式会社法務部部長の岡崎芳文です」場内が騒めき。斎藤の顔色が一瞬にして青ざめた。山村は、岡崎の声がする方を振り返り、思わず立ち上がり、一礼だけはした。滋賀ポリマーの営業部門等の部長や担当とは旧知の仲ともいえる長い取引があって親交もあるが、法務部とは、担当からの会社状況の質問等に関する電話対応しかしたことがなかった。

「当社も上場会社で、私共の法務部門では顧客管理課という課で、内部統制システムの有効性の維持や品質管理および与信等を含めて毎年、お客様の情報を更新させていただいております」岡崎が自己紹介を行って一息ついた。日帝工業は、プラスチック製品の成型の原料である樹脂を滋賀ポリマーから購入しており、樹脂購入量の70%を占める重要取引先である。品質も高く、日本では3大樹脂会社の一つである。斎藤を始め、事務局は何を質問されるのか不安でいっぱいになった。

「通常、我々、法務部門がお取引先様の株主総会には出席したり、質問等を行ったりいたしません。しかしながら御社の場合、不祥事後、第三者調査委員会の報告書のような不祥事の詳細の情報がいただけませんでした。内部統制システム的に言えば、会社としての原因究明については皆無でした。原因究明を明確に行わず、再発防止策について『役員報酬返上』と『任意の指名・報酬委員会の設置』が発表されました。ただ、原因究明の一環として監査等委員会が、前取締役6名の損害賠償請求訴訟を提訴したことを突然、昨年末に開示され知ることとなりました。が会社側の対応が全く分からず、今度は、4月に会社側

から『監査等委員会の運営には法令違反がある』という開示があり、取締役会が監査等委員会を罷免でもするのかと思いながら、この株主総会を迎えております。このような御社の情報発信では、当社は、取引先様としての管理情報を纏められず、年度の顧客管理業務プロセスがクローズできず苦慮しております。営業担当を通じて山村様や法務部門から御社の総務部門等へ取引先管理状況に係わる質問をさせていただきましたが、未だ回答いただいておりません。それであれば、当社は御社の取引関係上の株式保有もありますので、直接、代表の方に回答をいただこうと本日出席した次第です。総会に出席して、山村様も社内では、何も発信されておらず、当社の質問に回答できない状態にあったことが改めてわかりました」岡崎の法務部門が取引先の株主総会に出席した経緯の説明が終わったところで、事務局は斎藤にメモを渡した。

「岡崎様、当社の不手際から貴社のまた、貴部門の業務に支障をきたしてしまい、誠に申し訳ありません。総会終了後、直ちに貴社の取引先に関するお問い合わせにつきましては回答させていただきますので、ご了承ください」何とか、取引先の質問を終わらせようとしたが、岡崎は斎藤の今更の詫びなど無視して続けた。

「とは言っても、株主総会は、株式会社の最高決議機関ですから当社のことだけに時間をとってもらおうと考えておりません。貴社の不祥事への対応についてお聞きしたい。今までの山村様の質問等から敢えて理解すべきと考え方を探すと一つ考えが浮かびました。この考えに納得している訳ではありませんが。それは『それぞれの正義』です。前取締役にも『会社のため』という『正義』があったのでよう。現取締役および取締役会にも何らかの『正義』を掲げて行動されたのでしょう。監査等委員会は明確でした。『コンプライアンス』と『監査等委員会の正義』を貫かれたと理解できました。御社の社内でのそれぞれの『正義』の闘争に社外から異議を申したてる立場ではございません。しかしながら株主の立場としては議決権の行使をしなくてはなりません。本日の議案にあります取締役の方々や監査等委員である取締役の方々の選任議案です。総じて誰の『正義』が正しいのかという決断です。それは被選任となっている皆さんもご理解いただいていると思います。株主はどうやって判断するのか。それは情報の精査によって判断します。では、どうやって情報を入手するか。この株主総会に株主の全員が、出席できるわけではありません。が御社のこの株主総会では、私は、出席しないと解らない情報が多々あり、誤解もしており

ました。そこで、なぜ、御社の株主総会に出席して、株主の質問等で、今まで知らなかった情報を得たのか。つまり株主総会に出席して株主の質問等があって、それに対応する斎藤社長の発言内容で、初めて知り得る情報は何故あるのか考えました。その答えは、斎藤社長、お解りになりますでしょうか」

「私どもは、機会あるごとに株主様にお伝えなければならないことは、お伝えしてきましたが」

「どうやって伝えていただいていたのでしょうか」

「適時開示とかでお伝えしております」

「そうです。斎藤社長、あなたは株主に伝えなければならない情報を正確に適時開示されれきましたか」

「会社として伝えるべき情報は、適時開示して参りました」

「それでは、次の八つの事実について、適時開示されなかった理由をご説明ください。

1) 2020年3月19日開示要請:山本氏・椎名氏への監査等委員会の取締役辞任勧告決議

2) 2020年4月21日開示要請:取締役責任追及委員会設置の監査等委員会決議

3)2020年7月26日開示要請:取締役責任追及委員会設置の監査等委員会決議の再要請(新体制後)

4) 2020年10月6日開示要請:取締役責任追及委員会の調査報告書開示

5) 2020年10月13日開示要請:取締役責任追及委員会報告書に基づき監査等委員でない前取締役6名への損害賠償請求及び訴訟提起対応決議

6) 2020年10月13日開示要請:9月18日に個人株主にからの提訴請求受領および回答内容

7)2021年2月10日開示統制:2020年12月25日前取締役6名に対する損害賠償請求訴訟に伴う、会社に対して被告の立場となる新井泰氏、椎名史和氏の解職を監査等委員会が取締役会に要請した事実

8)2021年4月27日開示要請:任意の指名・報酬委員会の「取締役候補者(監査等委員である取締役候補者)に係わる答申調査報告書」に対する意見書

以上、八件です。よろしくお願いします」斎藤に事務局のメモが渡された。

「八件、お伺いしましたが、数が多いため、後日、書面にて回答させていただきます」

「ダメです。ここでお答えください。貴方は『株主に対して適切な適時開示を行い、情報を伝えた』と発言されましたが、今述べた八件について株主は、その事実を知らされておりません。その理由を説明ください。御社はこの一年、自己株式の買取を継続して行っていました。理由・状況によっては、インサイダー取引の疑義も発生します」

「また、コンプライアンス違反の疑義を隠蔽するのか」

「株主にとって適時開示は会社の報告の姿勢を監視する重要事項だぞ」と社友会の大林と渡辺が応援演説を行った。

「なぜ開示しなかったのか、社員にも説明してください」山村も発言した。場内に会社関係者を除く出席株主の拍手が巻き起こった。

斎藤は、振り向いて事務局と相談している。

想定質問にもなかったのであろう。取引上、持ち合いの株式がスタートである他社株式保有の取引先が、株主総会で質問するということ自体、前代未聞のケースである。

「斎藤社長、お取引先様からの質問です。また、取締役会などで『適時開示は、代表取締役社長:斎藤正明の名前で開示する。よって私が開示内容に納得しなければ適時開示はあり得ない』と宣言されていましたので、事務局に相談する必要も無いと思います。斎藤社長ご自身の考えで真摯にお答えください」両角が発言した。

「岡崎様の説明依頼の件数が多く、整理しておりますのでしばらくお待ちください」

「斎藤社長、八件のリストは、作成して持参してあります。ご使用ください」岡崎のリストを山村が受取り、山村は、場内整理の社員に手渡し事務局に届けるように指示した。岡崎の方が、先を予測して準備してきた総会出席であり、斎藤が太刀打ちできないことは、この時点で明白であった。事務局まで渡った8件のリストが斎藤にも渡された。重要取引先からの株主総会での公開質問である。斎藤は回答せざるを得ない状況に陥った。

「株主の皆様ご承知のとおり、私の取締役就任は2020年6月29日の株主総会でありましたので、それ以前の案件には答えかねます」斎藤は、落ち着いた表情で説明した。

「わかりました。1)と2)は対象外でかまいません」

「3)取締役責任調査委員会の設置の開示再要請ですが、この時、既に監査等委員が、確か株主総会前に東証の兜クラブか何かに『投げ込み』情報を開示していましたので、株主の方々はご承知の情報と判断し、適時開示は控えました」

「監査等委員会はなぜ『投げ込み』をやったのに、再請求されたのでしょうか」

「わかりません」

「斎藤社長、我々は理由を説明しました」両角が訂正した。

「申し訳ありません。記憶にありません」

「両角取締役、なぜ再要請されたのでしょうか」

「ハイ、昨年の株主総会後の取締役会で新体制を審議した際に、斎藤社長が『これまでのゴタゴタは全部水に流して、取締役会メンバーが全員一枚岩になってやっていきましょう』と発言された後の新職制案の執行役員に新井泰、椎名史和を選任して承認されました。これでは『社内の自浄作用である前取締役らの責任追及がうやむやになってしまう』と感じました。その防止策として、会社が正式に認めていない……外部発表もしない……取締役責任追及委員会の設置を改めて適時開示させて、社内外に『当社は、原因究明を継続させていること』を知らしめる目的でした」

「うやむやにする気等、毛頭ありませんでした」その時、東野は「斎藤がはまだ、反論する元気はある」と思った。

「今のご意見で、次の4)は説明できるのでしょうか」

「4)取締役責任追及委員会の『調査報告書』については、内容に疑義があり、それを監査等委員会に質問しましたが、真摯に回答いただけず、不充分な理解では、代表として株主様へ適時開示できないと判断しました」

「斎藤社長は、今日現在も取締役責任追及委員会の『調査報告書』の内容には疑義があるということでしょうか」

「ハイ、内容に疑義があります」

「5)監査等委員会の前取締役6名への損害賠償請求及び訴訟提起対応決議はなぜ、開示いただけなかったのでしょうか」岡崎は、あきれ顔で、先の説明を促した。

「5)については、4)の調査報告書の内容に疑義あるまま、監査等委員会が決議されたことですから疑義の内容が明確にならない限り、決議もお知らせできないと判断しました」

「会社が前取締役を損害賠償請求で訴訟を起こすことへの決議は、大変重要で株主に通知すべきことではないでしょうか」

「訴訟の決議をしたのは、会社ではなく監査等委員会です」東野もここまで、社外に恥を晒すかと品格の無さに再度呆れた。

「損害賠償請求の金額も固まっていませんでしたので、未確定情報は株主様をミスリードしてしまいます」岡崎から質問の無かったので、斎藤は先を急いだ。

「6)個人株主にからの提訴請求につきましてもあくまで、個人株主様からですので個人対応案件と判断しました」

「7)監査等委員会の新井泰氏、椎名史和氏への解職要請につきましては、山村様のご質問の際にもお答えしましたが、損害賠償請求が棄却された場合に両名からの法的対応を鑑み、結審まで、中立性に基づいて、どちらかわからない状態であるため、開示を見送った次第です」岡崎は口を開かなかった。

「最後の8)監査等委員の指名・報酬委員会の答申調査報告書に対する〔反論書〕は、不適切な内容がありましたので、適時開示できませんでした。以上です」

「まず、適時開示は誰の権限でしょうか」

「代表取締役の名前で適時開示しますので、私の権限です」

「適時開示の目的は何ですか」

「株主様に会社の状況または、変化を正しくお伝えすることです」

「会社の状況、変化を正しくということですが『正しく』の判断基準は何ですか」

「東証の『適時開示基準』にお基づいて開示する義務は勿論ですが、私が理解した内容を株主様へお伝えするという意味が『正しくお伝えする』という意味です。何度もご説明しますが、適時開示は、代表取締役の名で開示しますので」

「それでは、逆の言い方をすれば『斎藤社長が理解しない内容は開示しない』ということでしょうか」

「そうです。適時開示すれば、私に説明責任が発生します。開示内容に質問等があれば、回答せねばなりません」

「突然ですが、斎藤社長は決算書を作成したことはありますか。できますか」

「どういう意味でしょうか」社友会の高梨が

「重要取引関係の株主様からの重要質問です。お答えください」斎藤は訳がわからなかった。

「私は経理関係の仕事はやったことはありませんので、決算書の作成経験はありません」

「簿記三級程度の仕訳はできますか」

「大学でも会計学関係は取得しておりません」

「内部統制システムの実施基準のチェック項目、御社では『全社的統制』と言われている項目はいくつあるか、答えられますか」斎藤は、岡崎の質問の意図もわからず、内部統制に関する質問には、答えられなかった。

「斎藤社長の個人への知識レベルの質問で失礼しました」岡崎は非礼を詫びた。

「ただ、ここまで質問せねばならなかったのは、斎藤社長、貴方の適時開示の基準『自分が理解しないことは適時開示しない』という回答の間違いを正すためです」

「私は、何も間違った回答はしていません」

「斎藤社長、貴方は決算書を作成したこともなく、仕訳もできず、なぜ、御社の四半期毎の決算を適時開示できるのですか。全部決算内容を理解していますか。説明できますか」

「内部統製システムの全社的統制、いや全社的統制だけではないでしょう……これは、当社の役員にも言えることですが……業務プロセスや、決算業務プロセス、況や、IT統制を理解せずに内部統制報告書をなぜ、適時開示や公表ができるのでしょうか。貴方は、代表取締役の名前で開示するため『適時開示する事項は、すべて自分が理解した上でないと適時開示しない』とここで明言されました」岡崎は一息ついて

「監査等委員会の開示要請の6件を開示しなかった理由としてです」事務局から斎藤にメモが渡った。

「適時開示の際は、問い合わせ先として決算関係であれば、財務経理責任者、内部統制関係であれば、統括事務局である総務部を併記しています」

「斎藤社長、口先だけの言い訳はもうやめてください。事務局も。次の質問が予測できるでしょう。『監査等委員会の開示要請事項については、問い合わせ先を監査等委員会にすれば良い』という質問になることを。時間の無駄ですから」

「東野監査等委員、貴殿が〔反論書〕に記載されていた取締役会や斎藤社長に適時開示した8件の案件は、東野監査等委員、個人が要請したことでしょうか」岡崎が確認のためか、東野に質問した。

「いえ、全て監査等委員会の決議事項です。必ず決議を行っています。議事録にも記載されております」

「斎藤社長、改めて問います。日帝工業株式会社は、監査等委員会設置会社ですよね」

「……ハイ、そうです」

「監査等委員会の決議事項に反する権限が代表取締役や取締役会にあるのでしょうか」斎藤は回答できなかった。

「監査等委員会設置会社が導入された背景には、上場企業の企業統治の適正化に対する機関投資家からの要望に応えるためという側面があります。また、会社法399条においては『監査等委員会設置会社における監査等委員会の職務の第一番目として、①取締役の職務執行の監査および監査報告の作成』とあります。このような監査等委員会設置の背景、法的職務に則して、御社の監査等委員会は、我々ステークホルダーの負託に応じた、職責として、適時開示も要請されております」

「もう一度斎藤社長に、いや監査等委員でない取締役の皆さんにお聞きします。斎藤社長または取締役会に、監査等委員会で決議された適時開示要請を拒む権限はありますか」ステージ上と会場も静まりかえった。斎藤はもう答える気もない。

「それも斎藤社長や取締役会の皆さんは、有事が発生した後の、監査等委員会が対応すべき自浄作用の状況を株主に伝えようとしたにも関わらず妨害したわけです」

「妨害等など毛頭しておりません」岡崎は斎藤の偏った指摘は、無視した。

「上場会社で有事が発生した場合『①原因は➁誰の責任➂処分は➃再発防止策』を株主、ステークホルダーは早期に求めます」

「斎藤社長、監査等委員を除く前取締役及び現取締役の方々は『①原因は➁誰の責任➂処分は』を株主に通知することなく『➃再発防止策』だけの報告しか行っていません。正確に言えば、前取締役の方々は『➂処分は』については『自作自演の役員報酬返上』だけは行いましたが。済みません。正確に言えば『➀原因は➁誰の責任』については第三者調査委員会の報告書を開示しただけで、社内での責任追及等は行っていません」

「株主が知りたいことを斎藤社長は、自分が理解できないことは適時開示しないという言い訳で、開示しませんでした。株主への報告を怠ったわけです。株主は、斎藤社長が理解したか、または、不適切であると判断したかは関係なく、有事に対する会社の対応の事実を知りたいのです。いいですか。事実を知りたい。委託した経営者の元で社内がどうなっているかを知りたい。ある意味、斎藤社長は、株主への報告すべき事実を隠蔽してきたことが、判明したわけです」

「前取締役らと同様の隠蔽を行ってどうするんだ。善悪の学習が足らない。というか常識がない」社友会の株主が叫んだ。

「日帝工業の内部で起きている事実を知りたいだけですから、斎藤社長が株主に対して具充分な情報や不適切等の判断は、貴方が行うのではなく、株主自身が事実を確認して、判断しますから、斎藤社長、越権行為は止めていただきたい」会場からは「そうだ、そうだ」の合唱となった。

「あと、取締役会メンバーに機関投資家の湊氏がいらっしゃいます。また、創業家の血筋で大株主の新井氏が被告になっているにも関わらず、社内にいる。彼らは、監査等委員会の自浄作用の対応を熟知しながら、我々は、任意の指名・報酬委員会の答申調査報告書のみでの監査等委員会の悪行を知らされています」

「我々、社外の株主は『前取締役らだけでなく、監査等委員会もワルだから』……監査等委員のみなさん、すみません。……と株を売却したとします。湊氏や新井氏は、本来『監査等委員会が浄化作用の基幹として機能している』と監査等委員会の有事の対応を評価して、今後の株価に期待して保持を継続したとします。損害賠償訴訟の賠償請求が結審され、株価が高騰した場合、斎藤社長、貴方が適時開示をしなかったため、我々外部の株主は機会利益を喪失します。責任取れますか。機会損失額や因果関係を証明できれば、インサイダーの疑義も発生するかもしれません。斎藤社長、貴方に全株主が適時開示の事実で、どう判断するか、わかるはずがありません。適時開示は、重要事項の事実のみを株主に知らしめる機会です。貴方のご意見など無用です。そのことから、よく見直してください。貴方が、任意の指名・報酬委員会として作成して適時開示した、監査等委員選任に関する答申調査報告書の内容を。もし、東野氏と両角氏が名誉侵害等の訴訟起こした場合に勝てる内容でしょうか。私は、山村様から両監査等委員の〔反論書〕も併せて読ませていただき、斎藤社長、貴方が適時開示した答申調査報告書は、2次情報等を中心に作成した誹謗・中傷の類の内容と判断しました」

「斎藤社長は、適時開示を自分の都合に合わせた、内容を検閲して、自分たちの都合の悪い情報は、適時開示しないという株主の判断への情報を隠蔽したわけです」斎藤は机上に乗せていた拳を震わせており、額にぬぐう量の汗をかいていた。日帝工業の重要な取引先から三行半を突き付けられたわけであるから、その心情は察するに値する状況ではあった。岡崎が纏めに入った。

「今まで質問させていただいた株主を始めとするステークホルダーに対する有事後の日帝工業の適時開示については、

1)斎藤社長は、社内情報を操作して、株主等に伝えるべく“事実”を隠蔽していた。取締役会も隠蔽を容認していた。

2)株主から経営を委託されている取締役の中で、ベトナムの不祥事発生後、会社法や内部統制システムに基づいて社内組織を浄化させるべく原因究明や責任追及および是正措置を推進させていたのは、社外取締役監査等委員の方々だけである。斎藤社長およびその他の取締役の方々は、原因追及、責任追及を蔑ろにして、是正措置に取り組んでおらず、透明性に欠ける経営の下、寧ろ、監査等委員会の取組を妨害していた。

3)斎藤社長は、自称「中立・公正性」の名の下、一般株主やステークホルダーには、正しい情報・事実を公表せず、特定の大株主へのみ情報提供を行っており、保身に走った経営を行っている

以上が、滋賀ポリマー株式会社法務部部長である岡崎が、重要取引先である日帝工業株式会社様の今年度の取引先審査の経営・管理状況概要に記載して会社に報告する内容であることを通知いたします」岡崎はマイクを事務局に返却して、退場していった。斎藤は、出口に急ぐ岡崎の背中を不安そうに眺めるしかなかった。震えもまだ、止まっていない。会場は、岡崎が退出後にドアを閉じる音まで響き渡る静けさを保っていた。

「斎藤社長、滋賀ポリマーの口座が閉鎖になったら大変なことになりますよ」社友会の高梨が、今後のビジネスへの影響を憂慮して発言した。斎藤は、岡崎との質疑応答に力が尽きた感じで、高梨が、議長の指名なく岡崎からバトンを受取ったように質問を始めたことについて、議長として何もできなかった。

「斎藤社長、貴方は、誰のために取締役、それも代表取締役社長を務めているのでしょうか。貴方を取締役に選任した元上司の山本前社長被告ですか。それとも斎藤社長の保身を支えてくれる新井興業を買収して持ち株比率が25%以上になった新井泰司被告、新井泰被告のためですか。加えて、新井家に呼応してくれる機関投資家で持ち株比率12%トラスト・インベストメント社の湊氏のためでしょうか。もう一つ疑惑の仲間を追加させていただきます。山本前社長、新井家を被告の立場に追いやった、監査等委員会を排除するために株主提案の一翼を担っていただいた機関投資家エイシア・ジャパン社のためですか」

「株主様と従業委員のためです」

「今まで、社員でもある社員持ち株会有志の山村様、重要お取引様であり、株主でもある滋賀ポリマー株式会社の法務部岡崎部長様から斎藤社長のいわゆる情報隠蔽行為を指摘されてまだ、そのような回答ができますか」

「私なりに、開示事案の内容を適切に判断して株主様にお伝えしてきたつもりです。東証の適時開示基準に合致しているかも相談しました」

「東証に相談されたのは、斎藤社長ご自身でしょうか」

「……いえ、総務部です」

「総務部のどなたですか」

「総務部長です」

「執行役員総務部長である、新井泰被告ですか」

「新井総務部長です」会場がまた、どよめいた。

「斎藤社長、貴方は、自分で直接確認はしない……いわゆる人からの聞き取り情報……2次情報のみで判断しています。それも東証に確認したり、開示の可否に深く関わっているのは、コンプライアンス違反を隠蔽工作した張本人であり、会社に多大なる損害を与えた新井泰被告です。真面ではありません」

「新井氏は、重責を全うしていただいております。また、民事裁判は、結審しておりません」

「会社にとって、新井被告は、有害だよ。それもわからないのか。会社の費用が、山本前社長被告や新井被告らのために無駄に支出が継続している。また、有罪でもある」大森が発言した。

「そうなんです。大森様がご指摘の通り、現監査等委員でない取締役の方々の経営、有事に関する適時開示および本日の株主総会での発言等には『株主にとっての利益』と『会社の利益』を第一にした対応が、何もありません」

「この株主総会で、任期満了に伴う、監査等委員である取締役の選任議案に対して、斎藤社長を始め、取締役会は、第3議案の監査等委員会の次期監査等委員の選任議案には、反対して、第4議案である株主提案の監査等委員である取締役候補、大野氏、岩尾氏、縄文氏に賛成しています」

「指名・報酬委員会の『答申調査報告書』の通りです」斎藤が自信を回復させたように回答した。

「それなんです。任意の指名報酬委員会の監査等委員に対する『答申調査報告書』の異常性なんです。斎藤社長ら現取締役の皆さんが昨年の株主総会で、取締役に就任以降、適時開示された株主への通知に会社の見解として前取締役に対する悪行の数々……有事に対する隠蔽行為等をわかりやすく……には、一切触れた通知はありません。岡崎様のご指摘にもあったように、監査等委員会の原因・責任追及等の進行状況の開示要請も拒否しております。むしろ隠蔽している」高梨は、一息ついて

「しかしながら任意の指名・報酬委員会の監査等委員に対する『答申調査報告書』では、東野氏と両角氏の悪行三昧……大変申し訳ありません。わかり易く表現させていただきました……を2次情報のみで記載し、適時開示しています。答申調査報告書の内容には、斎藤氏が取締役になる前の案件が散見されます。佐藤前監査等委員にヒアリングしたと言っても現場にいたような内容を現場にいなかった斎藤社長が作成できるわけがない」

「佐藤前監査等委員が丁寧に詳細を教えてくれたからです」高梨は、斎藤の回答など無視して

「この『答申調査報告書』の内容に酷似した会社としての発表があります」

「それは昨年の『株主総会の招集通知』です。

招集通知で監査等委員会が次期取締役候補に選任されていた、新井泰氏、椎名史和氏に対して『不適切』の意見陳述をした後に記載されていた〔監査等委員会の取締役候補者に対する意見陳述に対する取締役会の意見〕でした。この取締役会の意見も佐藤前監査等委員からのヒアリングを元にしたものでした」会場内に「確かにそうだった」や「手段と内容が高菜さんの言う通り、酷似している」等の囁き合いが広まっていった。

「その時の総務部長は、新井泰被告です」会場から囁きが止まり「おおおっ」や「そうだった」などの納得したような声が聞こえた。

「高梨様、先ほどから前取締役の特定の人物を“被告”呼ばわりするのは、止めていただきたい」斎藤の論点とは違う指摘があった。

「斎藤社長、貴方が嫌でも、会社が損害賠償請求を提訴し、受理されて裁判も始まっているのですから、会社が『原告』であり、前取締役らが『被告』となっています。問題ありますか」

「ここは、株主総会の会場であり、裁判所ではありません。また、裁判を行っているわけではありませんから裁判に関する用語の使用はお止めください」

「いえ、止めません。この株主総会は、ある意味、株主裁判です。これから説明することは『被告』がキーワードの一つですから」斎藤は、高梨の発言を辞めさせる手段を事務局に問い質したが、回答は得られなかった。

「斎藤社長、貴方は会社が『原告』で前取締役らが『被告』ですが、どちらサイドですか。『原告』側ですか『被告』側ですか」

「私は、中立です」

「岡崎氏に指摘されてもまだ、中立と発言できる斎藤社長の人としての品格を疑います」

「会社が原告であれば、株主は、裁判官でもあり、検察官でもあります。これから検察官として作成した、供述調書を読み上げます。

 2019年8月31日にベトナム会社で税務官に対しての贈賄事件から、日帝工業株式会社の経営陣は『被告』が担ってきたことで、上場会社としての日帝工業株式会社の株主に対する非常識な対応が説明できます」株主会場の誰もが高梨の意見に耳を傾けていた。

「斎藤意見によれば、その当時、前取締役らは『被告』ではありませんでしたが『被告』で通させていただきます」社友会の吉川や渡辺が「了解」はたまた、山村ら社員持ち株会有志も「了解しました」と声を上げた。

「結論を言います。『被告』が会社の費用で『被告』の最小限の責任とするための経営を行ってきたということです。そこには上場会社としてのコーポレートガバナンスコードとか内部統制システムの遵守等の職責遂行という意識は一切ありませんでした。取締役という徒党を組んで、そこには、代表取締役、創業家の取締役もいる。『こうすることが会社のため』という旗印の下に」

「しかし、計算違いが3点ありました。一つは社員の行動です。経営者が責任を取らないでスケープゴートとして関係社員のみが辞めさせられるという不安があったためです。もう一つは、監査等委員会の存在です。同年、新たに常勤となった東野監査等委員です。日輪製作所のグループ会社で、監査役等の経験のある東野氏は、いかにも不正を正す姿勢を崩すことのない存在でした。『被告』らが就任3か月位の東野氏の職責遂行意識を判断したのは、ある意味、正しい判断をしていました」

「3点目は、後にリーガルアドバイザーとなった林・吉田杉本法律事務所のアドバイスにより、第三者調査委員会を設置したことでした。『被告』らは、監査等委員会の動きに先立って、知り合いの弁護士経由で委員の選任もできたので『調査費用というお金』で何と自分たちに不利なことを第三者調査委員会の報告内容の力を借りて、最小限にできると考えたのでしょう。ところが、第三者調査委員会の報告書は『被告』らにとって不服の内容となりました。それもそのはずです。第三者調査委員会の弁護士や公認会計士の委員の方々も、例え『被告』らから『よしなに』とでも頼まれても、明らかに法令や企業会計原則等に違反した事実があり、それに関与した取締役が存在する。それも刑事事件に関与していた。となると委員の方々も資格がありますから、法令違反については厳しく書かなくても事実は正確に記載された報告書になりました。社内では、スケープゴートにさせられると予測した社員は、不正の事実に関与していない明神元名誉会長に助けを求めました。明神元名誉会長は『被告』らの隠蔽工作に不安を感じますが、有事の対応経験もないため社外取締役でもあり、自分たちより、経験があり、正義を貫いてもらえる人と判断した東野監査等委員に社員を助けたい一心で相談しました。第三者調査委員会の報告書開示と不正を是正して会社を立て直したいと改心した創業家の一つである明神家の理解を得た東野監査等委員は、東野氏の上場会社の監査等委員として職責を貫く意思に呼応した両角監査等委員と共に原因究明と『被告』らの責任追及に務めます。また、監査等委員会としての調査においても『被告』らの法令違反への関与および隠蔽工作は明らかにしていました。お二人の功績は……これは株主が委託した監査等委員の職責に対する功績です……身内である佐藤前監査等委員の東野、両角、両氏に対する裏切り行為……佐藤氏の『被告』らへの監査等委員会の情報漏洩や決議の遅延工作、はたまた反対決議等……を受けながら職責を貫く、正義を貫くことは大変なことだったことは想像できます。最も妨害工作として壁が高かったのは取締役会決議です。これは想像を絶します。佐藤前監査等委員を加えた『被告』らの最大の武器だったでしょう。しかしながら東野、両角、両氏は監査等委員会設置会社としての監査等委員会のいわゆる法的権力を最大限に発揮して➀取締役責任追及委員会の設置➁山本被告と椎名被告への取締役辞任要請➂次期取締役選任候補となった新井泰被告と椎名被告への取締役としての不適切の意見陳述を行い、株主総会で新井泰被告と椎名被告の取締役選任議案は否認されました。その総会から斎藤社長を始めとする現取締役体制に代わりましたが『被告』のための経営は継続され、現在に至っております。既にご周知の通り、斎藤社長を始め、監査等委員でない取締役らは、山本被告と新井泰被告が取締役候補に選任しており、特に斎藤社長は、山本被告の直属の部下でした。斎藤社長が初めに行った『被告』のための経営は、新井泰被告と椎名被告を執行役員に選任し、取締役会で承認させたことです。それ以降は、山村様や岡崎様のご質問に対する斎藤社長の回答で明らかになった事実の数々で、そこには、我々株主やステークホルダーのための経営意識は何もありません。正に監査等委員会が、第3号議案の監査等委員でない取締役5名の選任議案に対して『不適切の意見陳述』に記載の通りでした。この総会での討議の内容が、全株主に知らしめられないのが非常に残念です。最後に二つ質問させていただきます」

「今回の株主総会の日程を変更させたのは何故でしょうか」斎藤は、高梨が何故、総会の日程変更のことを知っているのか不思議に思った。

「会場の予約の関係です」

「会場は、昨年の株主総会終了後、予約したはずですが」元社長とは言え、昨年の株主総会終了後のことまで知っていることに不信感……社員からの情報漏洩か……を覚えた。

「会場のダブルブッキングが明らかになり、変更せざるをえなくなりました」

「本当でしょうか。元々、2021年6月25日(金)の予定でしたが、

1・2021年4月12日にエイシア・ジャパン社様の株主としての独自の社外取締役と監査等委員の選任議案提出

2・2021年4月21日の取締役会で、任意の指名・報酬委員会の監査等委員会の次期監査等委員に対する答申調査報告書が提出された。

3・2021年4月22日に当該答申調査報告書を適時開示

4・2021年4月23日に株主総会の日程が六月二九日に変更されたことの社内通知

5・2021年4月28日にエイシア・ジャパン社様から株主提案の変更届が着信されました。変更内容は、4月12日に株主提案として提出していた独自の取締役選任の株主提案を取り消して、任意の指名・報酬委員会の答申調査報告書で選任候補とされた、大野氏、岩尾氏、縄文氏を株主提案として提出されました。

以上の情報から推察するに、元々の株主総会の予定日であった6月25日では、エイシア・ジャパンの株主提案変更の提出期限である8週間には、間に合わず、変更後の本日、二九日にすると株主提案の変更議案は、ギリギリ間に合ったという事実です。つまり当初から、エイシア・ジャパン社様に株主提案の変更ありきの日程変更であったのでは、ないかという疑惑です。いかがでしょうか。斎藤社長」

「そういう事実はございません。日程変更は会場のダブルブッキングのためです。またエイシア・ジャパン社様が、株主提案の内容を変更されたのは、自主的なものですし、当社は何ら関与しておりません」斎藤は俯きながら答えた。

「斎藤社長は、エイシア・ジャパン社と打ち合わせを何回行いましたか」

「エイシア・ジャパン社様とは、打ち合わせしたことはございません」

「あやしいぞ。神様仏様に誓って言えるのか」社友会の仲間が野次った。

「斎藤社長、貴方もご存知の通り、私は、山本被告の前に四井勧業銀行から、お取引様である当社に出向して代表取締役社長を務めさせていただきました。銀行時代から当社を担当しておりましたし、四年間も社長を務めると出向先の社内でも人脈はできるもので、退任後も慕っていただける現役の社員の方が多々おります。その社員の方々は、斎藤社長の『被告』のための経営に疑問を抱く社員もおり、また、社友会の会長もしていれば、同様の立場の先輩方に社員の方々は山村様らのように

➀不正について会社は社員に対して何の説明も無い

➁原因究明を行っているのかどうかわからない

➂第三者調査委員会の報告書では、山本前社長や椎名経理財務部長はアウトなのになぜ、責任をとって辞任しないのか

➃こんな会社経営は良くない

➄このままでは、取引先にも説明できない。

➅会社はつぶれるかも

といった会社を危惧する情報は、否が応でも耳に入ってきます。直接の相談もあります。貴方の『被告』に忖度した経営で、この株主総会の日程変更することに対して社内でも不信感を持った社員が、どれだけいるかもご存知ないでしょうし、気にも留めてないでしょう。斎藤社長の説明された『会場のダブルブッキングのため』を確認しましょうか。既に会場の音声を通じて会場関係者が首を傾げているかもしれません。4月12日以降に斎藤社長が、エイシア・ジャパン社様と何回打ち合わせの会合を行ったか、誰が同席したか等調査しましょうか。会食記録を調べるのも面白いかもしれません。それでも株主提案の変更を恰も偶然の流れだと主張されますか」斎藤は、回答に苦慮して事務局に指示を仰いだ。事務局からは沈黙を指示するメモがわたされた。

「そうそう、斎藤社長はご存知でしょうか、関係筋の噂によるとエイシア・ジャパン社様は、打ち合わせを行う際は、必ず、音声録音を行っているそうです。さすが機関投資家ですね。全て金銭に関わることが多いでしょうから」斎藤は突然、顔を上げて、高梨を真っすぐに凝視して、本当かどうか確かめるような驚愕の顔を見せた。高梨はアイロニックな笑顔を返した。この質問には、高梨も斎藤が回答できない事を読んでおり、期待もしていなかった。

「最後の質問です。斎藤社長、貴方にとって有事発生時の『上場会社である日帝工業株式会社の取締役としての正義』とは何ですか」斎藤は回答しなかった。

「回答できないのが『回答』と受け止めます。折角ですから、東野監査等委員に同じ質問をして終わりとします。東野社外取締役監査等委員、貴方の『上場会社である日帝工業株式会社の取締役としての正義』とは何ですか」

東野はマイクを取って立ち上がり、

「上場会社の監査等委員として、コンプライアンスに基づき、監査等委員の職責である取締役の監視・監督、原因追及、責任追及、株主を始めとするステークホルダーの方々への報告の完遂です」会場から万来の拍手が起こった。

「東野氏を始めとする監査等委員の皆さん、ありがとうございました」

「斎藤社長、マリオネット社長だから『正義』も語れないんですよ」高梨が東野への御礼と斎藤への結詞を言って着席するのと同時に、再び拍手が巻き起こった。拍手が鳴り終わった後、事務局から斎藤にメモが渡された。

「他に、株主さまからの質問、ご意見はございませんか」斎藤は、誰も挙手しないことを確認して、「それでは、議案の審議に入ります」と元気を取り戻した声で言った。

議案は、第3議案を除いて、可決承認された。

「以上をもちまして、本日の目的事項は全て終了しましたので、本総会を閉会させていただきます。本日は、長い時間ありがとうございました」斎藤は「やっと終わった」という安堵の思いをあからさま顔に出して、閉会を宣言した。檀上の取締役は、立ち上がり、一同で、株主席に一礼した後、入場とは逆の順で、下手から列に連なって退場し始めた。東野の後ろにいた両角から

「東野さん、株主席を見てください」と指示があり、東野が会場の方を振り返ると山村を始めとする社員持ち株会有志の会が、高梨ら社友会の先輩方と共に総勢30名ほどが、立ち上がり、選任議案を否認された、東野と両角に向かって、一礼しながら見送っていた。

 東野と両角は、どの取締役よりも一早く控室に戻り、手荷物をもって、株主総会会場を出た。すると出待ちしていた、記者クラブへの投げ込みの時にお世話になった、朝毎新聞の堀尾記者が東野に声をかけてきた。

「東野さん、お疲れさまでした。貫きましたね」

「その節は、お世話になりました。慰労のお言葉ありがとうございます。まだ、裁判の結果が出ていませんので結果は何とも」

「監査等委員としてやるべきことはやりましたよね。……今日は、そんな気分でもないでしょうから、落ち着きましたら、話をお聞かせ下さい」

「ハイ、わかりました」

「お見事」堀尾は、決め台詞と共に、東野と両角が、とにかく、日帝工業の関係の場所から脱出したい気持ちを察してか、直ぐ解放してくれ、見送った。二人は、足早に王子駅へ向い、京浜東北線に乗車し、両角が、指定した上野公園のテラスハウスレストランを目指した。時刻は既に16時に近くなっていた。

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