第15話 二回目の夢

 食事をいただいたあと、案内された客室ですぐ眠った。

 二日ぶりの睡眠と寝る時間が遅かったのもあって、起きた頃には日が真上にあった。


 ヴィルは訓練場へ行ったらしく邸宅にはいなかったが、起きたら帰ろうとする私の行動を読んでくれたのか、馬車を手配してくれていた。

 王宮へ戻ったら、引き続きデビュタントの準備をしなければいけない。


 帰る前に、執務室にいるローレンス卿に挨拶をして帰ろうと廊下を歩いていたら、見知った顔とすれ違った。


 「久しぶりだね、ノア」


 彼は振り向いて、私の顔を見て「ああ」と味気ない反応をした。


 「久しぶりといっても、離れてから二週間しか経っていませんが」

 「そのあいだに何か見つかった?」


 私は彼が持っている本を指した。

 見るからに難しそうな医術書が数冊あった。


 「王宮から借りてきた資料をすべて読みましたが、何もありませんでした」


 やっぱり、と心の中で思った。

 少しは期待していたけれど、何だか見つかりそうな気がしない。


 奇病といえば、治療法を知っていた養父に手がかりがありそうだが、養父が残した医術に関するものは私が持っている医術書だけで、あとの細々とした雑貨は親族が引き取っていた。


 医院は継ぐ人がおらず取り壊されたので、奇病に関する情報があったとしても今は残っていないだろう。


 「ですので、コンジュアへ行こうと思います」

 「……コンジュアへ? どうやって?」


 淡々と言うノアに、私は眉を寄せた。


 デスティントからコンジュアへ行くには、国王の許可がいる。

 一般人が簡単に国境をまたぐことができるほど、両国の関係はまだ安定してない。


 「コンジュアへ留学させていただくよう、陛下にお願い申し上げました」

 「許可が下りたの?」

 「はい」

 「留学って、いつから?」

 「来年の春です」


 そういえば、ヴィルからノアがコンジュアへ行きたがっているという話を聞いた。

 本当に実行するとは思っていなかった。


 「行動が早いね」

 「……再発しないとも限らないでしょう」


 彼の考え方は、私と似ている。

 こういう慎重なところに、私は親近感に似た安心を感じた。


 「花で治る病なんて、デスティントでは聞いたことがありません。それに、コンジュアの黒い花をいくら調べてみても、あれには治療効果は何もないんです。

 デスティントの医学知識では理解しえない作用があるのかもしれないので、とりあえずコンジュアへ行って、あの花がどんな作用を持っているのか調べてみます」


 「そうね、コンジュアでは有名な花なのかもしれないし」


 花茶があるくらいだから、きっと何かわかるはずだ。

 希望が見えてきて、私はうれしくなった。


 「私も同行していい?」


 そう言うと、ノアは露骨にいやそうな顔をした。


 「王妃の傍を離れていいんですか」

 「来年の春でしょう? それまでには、私よりもしっかりした人がオフィーリア様の傍についていると思う」


 それに、ヴィルがオフィーリア様の後ろ盾になってくれると言った。


 来年の春――半年後のことなんて分からないけれど、何とかなるようにする、というヴィルの気概が移ったように私は前向きに考えた。


 「治療法は私の養父が解明したけれど、私が解明したことになってる。それだと腑に落ちないから、せめて原因は自分で解明したいの」

 「そうですか。なら、日が近づいたら連絡します」

 「ありがとう」


 彼は童顔でヴィルより線が細いけれど、これでも二十の私よりひとつ年上だった。

 要領がいいので、とんとん拍子に物事を運んでいってくれる。だから私は彼と話すとき、気が楽だった。


 話し終わると、ノアはすぐに背を向けて行ってしまった。

 私は執務室へ行ったあと、王宮に戻った。



***



 その日、王宮に帰った夜にまた夢を見た。


 ヴィルが死ぬ夢だ。

 今回で二回目だった。

 どうして、この夢を見るのだろう。これは予知夢なのだろうか。


 屋敷のベッドで横たわるヴィルと、それを見て呆然としている私。前回と違う点は、傍にアンリ殿下やイーサン先生を含めた医師たちがいることだった。


 アンリ殿下はヴィルの手を取って、顔を伏せている。

 振り向いて、鋭い目つきで私を睨んだ。


 「お前を信頼してヴィルを任せたんだぞ」


 アンリ殿下は悲しみと怒りを抑えた声で言った。


 「お前が治せると言うから任せたのに、結果がこれか? お前が名乗り出なければ、最初からコンジュアの医師を呼んでいたのに」


 その言葉で、この夢では私が奇病を治せずヴィルが死んだのだと分かった。


 夢の中にいる私は茫然と視線を床に落として、座り込んでいる。

 アンリ殿下は声を荒げた。


 「暗殺が目的でヴィルに近づいたのか? これは王妃に指示されたことなのか?」

 「違います」


 私は初めて口を開いた。

 アンリ殿下はますます激昂した。


 「なら奇病の原因はなんだ? 言ってみろ」


 黙り込んだ私に、アンリ殿下は畳みかける。


 「王妃がコンジュアの病をヴィルにかけたんだろう? お前はあの花を使ってヴィルを殺したんだ!」


 その花、というのは黒い花だと思われる。


 アンリ殿下の怒声に対する恐怖のせいか、ヴィルの死に対する衝撃のせいか、私の手を震えていた。

 アンリ殿下が腰に下げた剣を抜きながら近づいてきた。


 剣を振り上げる前にノアが隣から私の肩を引いた。


 「彼女は潔白です。コンジュアから取り寄せた花を調薬しているのは私ですので、毒が含まれていれば気付きます」

 「ならどうしてヴィルは死んだんだ?」


 すると、部屋の扉が開いて見知らぬ人たちが入ってきた。

 服装からして異国の、おそらくコンジュアの人だった。


 アンリ殿下が彼らを見た、その隙にノアは私の手を引いて部屋を抜け出した。そのまま走って階段を下り、屋敷から出る。


 外に出て、屋敷を振り返った私をノアが制した。


 「王太子は正気を失っていますから、何を言っても無駄です。今は逃げましょう」

 「どこへ」


 私はうつろに訊ねた。


 「コンジュアへ行きます」


 ノアは私の手を掴んで促したけれど、私は自主的に歩こうとしなかった。


 「奇病の原因を解明して、あなたの潔白を証明しないと」

 「ヴィルは死んだのに」

 「王妃は生きています」


 私は途方に暮れた顔を上げた。


 「原因が分かれば、王妃に非があるかどうか分かります。王妃のためにも、今はコンジュアへ行きましょう」


 ノアの熱心な言葉に、私は頷いた。



 夢はそこで終わった。

 この夢が何を示しているのか、このときの私には分からなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

祝福のフィナーレ 華江 @kae-00

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ