第14話 覚悟

 私は苦笑しながら「その自信はどこからくるの」と訊ねた。


 「僕は今まで気概だけで生きてきたけど、命の危機に晒されたことはないんだ。今こうやって生きているんだから、それが自信の根拠になるだろう?」

 「奇病にかかったことを忘れた?」

 「先生が治してくれた」

 「……困った人だね」


 私は笑ってみせたつもりだった。

 それでも笑いきれなくて、不安そうにしていたのかもしれない。


 ヴィルは悩ましげな顔をして、諭すように声をやわらげた。


 「王妃のことが心配なら、僕が王妃の後ろ盾になろう」


 私は驚いて息を詰めた。


 「どうして」

 「デスティントの王妃なのだから、お支えするのは当然だろう。それに、この前王宮でお会いしたとき、初めてお会いしたときよりもずいぶん立派に成長されたと思ったんだ」


 ヴィルがオフィーリア様と初めてお会いしたのは、一昨年の秋だ。


 コンジュアからデスティントへ護送して、オフィーリア様が馬車を下りられるときにヴィルが手を貸したのだと聞いていた。


 「僕は今のモーガン夫人より、オフィーリア王妃が国を統べる者としてふさわしいと思う。加えて、先生がお仕えしている方だ。きっとデスティントにとって良い王妃になられる」

 「……ありがとう」


 彼の言葉に、張り詰めていたものが緩んだ。


 今まで、ずっとひとりでオフィーリア様の傍にいる気がしていた。

 世界において自分とオフィーリア様だけが信じ合える存在で、周りは敵になり得る人ばかりだと常に警戒していた。

 それらから彼女を守らなくてはいけない、という責任感を常に持っていた。


 それが少し心細くて、苦痛だと思うこともあった。

 ヴィルが本当にオフィーリア様の味方になってくれるのなら、これ以上心強いことはない。


 彼には何事もすべてうまくいく、という自信がある。

 あとは、私がそれを信じるかどうかの問題だった。


 「先生のことは僕が守るから、先生は僕を守ってくれ」

 「私に、君が守れるかな」

 「病を治してくれただろう」

 「あれは運がよかっただけだと言ったでしょう。ただの偶然に過ぎないんだよ」

 「でも、結果は結果だ」


 ヴィルは少し呆れたような、寂しそうな顔をした。

 私が否定ばかりするからだろう。


 あんまり悲観的でいたら、いつか彼に愛想を尽かされるかもしれない。


 「……わかったよ。君を信じる」


 一種の賭けに身を投じるようなものだ。

 けれど、彼が覚悟しているなら、私も腹を括らなければいけないと思えた。


 「君を守るために努力する」


 信じるばかりではない。

 私も行動しなければいけない。


 あの不吉な夢が実現しないためにも、奇病の原因を解明しなくてはいけない。


 もっとも、夢の中でのヴィルの死因はわからないが、それでも奇病の原因が明らかになれば、晩餐会でモーガン夫人がオフィーリア様に言ったことが出まかせだと証明できる。


 ヴィルは暖炉の前の椅子に座って、自分の膝の上に私を乗せた。

 私は彼の穏やかな目を見下ろした。


 「どうして私を好きになってくれたの?」

 「どうして、と訊かれて言葉にできるものではないが……懐かしい気がしたんだ」


 そう言って私の手のひらに頬を擦りあてた。

 懐かしいというのは、年上の私を、生まれたときに亡くした母親と重ねているのだろうか。特に悪い気はしない。


 理由はそれだけのようだったけれど、私はそれで満足した。


 彼がくれる視線のやさしさと声のトーンやひとつひとつの仕草から、私を好いてくれているということは充分に感じられた。


 「万が一失敗したら、私が死んでも、ヴィルはオフィーリア様を守ってね」


 ヴィルは戸惑いの色を浮かべた。


 「失敗なんて、しない」

 「万が一の話だよ。約束してくれないと、君とはいられない」


 ヴィルは渋々頷いた。


 「……約束はするが、そんな事態にはさせないよ」

 「うん、君を信じている」


 オフィーリア様に危害が及ばないという保証があれば、他に恐れるものはない。そうすれば私は安心して、死ぬ覚悟で彼を愛することができる。



***



 部屋の扉がノックされた。

 デレクだ、という名乗りを聞いてヴィルは慌ててベッドに伏せり、私が応対に出るように促した。


 扉を開けると、深刻そうな面持ちのローレンス卿がひとりで立っていた。


 「リリ先生、王都から遥々ご足労いただいてありがとうございます。それで、ヴィルは」

 「ああ……」


 彼もヴィルの仮病に騙されているらしい。

 私は言い淀んで、薬を処方して寝かせたので大丈夫だとごまかした。


 ローレンス卿は深い息をついて、額をおさえながら「よかった」と声を絞り出した。

 息子を心配する父親を騙したことに、心が痛んだ。


 ローレンス卿は仏頂面の内側に感激を表して、私の手を握って何度も感謝の言葉を述べた。

 彼が去ったのを確認して、扉を閉めた。


 「私は君のために虚偽罪を犯したよ」


 皮肉を込めて言うと、ヴィルは悪びれない様子で「安心してくれ、イーサンとノアも共犯だ」と言った。


 「ノアも巻き込んだの?」


 さすがに医師と薬師は騙せないと考えたのだろう。


 「僕が体調を崩したと聞いて真っ先に飛んでくるのは彼だからな。事情を話しておかないと、面倒なことになる」

 「ノアは、今ここにいるの?」

 「自室にこもって奇病のことを調べているよ。昨日、王宮の図書館から本をたくさん借りてきたようだから、それを読み切るまでは出てこないだろう」

 「そう」

 「気になるのか?」

 「少しね」


 奇病の原因を明かそうと決めたので、ノアに何かわかったことはあるか訊ねたい。


 屋敷にいるあいだは、ふたりで書庫にこもり、夜なべして熱心に調べた。

 あんなに探しても手がかりが得られないのだから、屋敷を離れて今日までの二週間で彼が何かを発見できた可能性は低いけれど、何かしらの情報がもらえたらと思っていた。


 「それより、君はあまりローレンス卿に負担をかけないようにするべきだよ。とても心配されていたから」

 「ああ、もうしない」


 ヴィルはばつが悪そうに頷いた。

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