第13話 気持ち

 ヴィルは何から話そうか迷いながらも、少しずつ言葉にした。


 「僕は奇病で倒れたとき、これから死ぬんだと本気で思っていた。そのときに、もっと父上に孝行してやればよかったとか、ローレンスのために少しでも多く功績を残しておきたかったとか、後悔したことがたくさんある。


 だけど、先生のおかげでこうして回復した。

 僕は職業柄、死に近い。死ぬ機会はいくらでもある。そのときに後悔しないためにも、人生において何かを諦めるようなことはしたくないんだ。その中でも僕が一番諦めたくないのは、先生なんだよ」


 彼は私の顎を掴んで、私の目の中を覗き込んだ。

 私の気持ちを熱心に探ろうとしているようだった。


 「今まで家のために生きていたが、奇病にかかったことで先生と出会ってから、初めて家のためではなく、自分のために人を好きになった。それを、世間が許さないからと言って諦めたくない。気持ちが通じ合っているなら、尚更そうだ」


 私と出会う前、屋敷で彼が考えていたこと。

 私と出会ってから、彼が考えていたこと。


 ヴィルの心中は想像することしかできないけれど、彼の言葉の端々に含まれる熱意から、その気持ちが痛切に伝わった。


 保守的な思考が揺さぶられていくのを感じて、私は目を逸らした。

 彼の気持ちから目を逸らしたのではない。自分の気持ちの揺れを自覚するのに躊躇いがあった。


 「だから王女との婚約を解消してもらえるように、頼んでみるよ」

 「……本気なの?」


 耳を疑った。

 どうしても、いやな想像しか浮かばない。


 「僕は本気だ」

 「王家から、どんな報いを受けるか……」


 私は不明瞭な未来に対する不安と恐怖でいっぱいになった。


 当事者であっても、ヴィルは辺境伯の子息という地位があるから多めに見てくれるだろうけれど、ローレンス家の名誉は確実に損なわれる。


 平民の私は処刑されるか、よくて王宮を追放される。


 ここまでは法に沿った処罰だ。

 ロゼッタ王女はまだしも、アンリ殿下はこれだけで満足するとは思えない。


 想像もつかないような、得体の知れない何かが待ち構えているような気がする。


 それに、私がいなくなればオフィーリア様はデスティントでひとりになってしまう。

 周りはモーガン夫人を支持する貴族ばかりだ。後ろ盾のないオフィーリア様は、どうやって生きていくのだろう。


 今あるもの、すべてが崩れていく予感しかない。


 「私は、君もオフィーリア様も失うのが怖いよ」


 ヴィルは私の肩を掴んで、目を合わせた。


 「先生に好きだと言ったのは、何もかも捨てて駆け落ちしようという意味ではない。先生は、すべてを手放してまで僕と共にいる勇気はないと言ったが、僕だってすべてを手放すつもりはないんだ。

 先生も王妃も、ローレンスの名誉もすべて守る。その覚悟の上で先生を好きだと言ったんだ」


 「どうやって守るっていうの?」

 「アンリに直接かけ合ってみるよ。僕の他にも、位の高い男ならいる。他のパートナーを推薦してみるんだ」

 「それで通る可能性は低いと思う。そもそも、王太子殿下は取り合ってくださるのかな」

 「話くらいは聞いてくれるだろう」

 「殿下は、妹と親友のどちらを選ぶと思う?」


 アンリ殿下からすれば、妹の婚約か、親友の望みかという選択を迫られることになる。


 ヴィルは愉快そうに「妹だろうな」と正直に答えた。

 もしかしたらヴィルがアンリ殿下に殺されるかもしれない、と危惧していた私は、彼が楽天的であるのを見て少し安心した。


 「アンリにとって王女は大切な妹だ。だから、僕が先生を好きである以上、他の人を好いている男と結婚させたりしないはずだ。もしアンリが許してくれない場合は、他の方法を試そう」

 「他の方法って?」

 「僕が王女に嫌われるよう努める。それでもだめなら、身体を欠陥品にすればいい。これなら、さすがに結婚のメリットがなくなるからな」


 平然と言い放つヴィルに、私は青ざめた。


 「君……自分の跡継ぎはどうするの?」

 「養子を迎えたらいい。ほら、方法はいくらでもあるだろう?」

 「正当な方法ではない。……それに、私にそこまでする価値はないよ」

 「価値だとか言わないでくれ」


 ヴィルは寂しそうな顔をした。


 「どうして先生はそんなに自分を卑下するんだ?」

 「私のせいで、君の人生を壊したくないんだよ。私がいなければ、何の問題もなくロゼッタ王女と結ばれていたはずでしょう。そのほうが、ローレンス家にとってもいいことなのに」

 「僕にとってはよくない」

 「私と出会っていなければ、君にはロゼッタ王女しかいなかった」

 「もう先生と出会ったのに、どうしろって言うんだ」


 これ以上、仮定の話をしても仕様がないので言葉を切った。


 「何度も訊くようだけれど、王太子殿下を敵に回す覚悟はあるの?」

 「ああ。覚悟はあるが、敵対するようなことにはならない」

 「どうして」

 「僕は親友を信じているからね。きっと、理解してくれる。反対はするだろうけど、喧嘩には至らないさ」


 「陛下に目をつけられたら?」

 「陛下を説得すればいい」


 ヴィルは私の髪をやさしく撫でた。


 「大丈夫、先生が考えているような悲惨な事態にはならないよ」


 彼の答えはいい加減に聞こえるけれど、口ぶりは堂々としていて自信に満ちあふれていた。

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