仮初めなんかじゃない

そう、前の会社を辞めた僕はレンタルファミリーの社員となったのだ。

正確には、レンタルファミリーの仕事をしたくて辞めた。

僕の人生を救ってくれた仮初めの家族。

契約による仮初めの幸せかも知れない。

でも、その時間は間違いなく心に何かを残す。

それは僕みたいに、思いを成仏させ次に進める力になるかも知れない。

サヤを失ってから色々考えた後、僕も誰かにとってそんな存在になりたいと思った。

サヤみたいな。

レンタルファミリーも丁度、サヤをはじめ数名が退職したようで、そんな状況も味方しアッサリと雇ってもらえた。


「ゴメンね、疲れてるのに」

「全然大丈夫です。で、どんなお客様なんです」

僕はショルダーバッグを降ろして言った。

サヤみたいに演技経験の無い僕は、情報を完璧に消化し求められる人物を作り上げる事を徹底していたのだ。

なので、今夜というのはキツいが仕方ない。

我が社も相変わらず人手が足りない。

「はい、この人。今回はこの人の『お父さん』を演じて欲しいの」

「了解しました。では拝見します」

そう言って情報のリストを見た僕は・・・呆然とした。

「社長・・・これ」

社長は苦笑いを浮かべた。

「この業界も競争厳しいからね。来る者拒まず、なの」


夕方になり、僕は目的のアパートに着いた。

ドアの前に立つと早鐘のように鳴る心臓を落ち着かせるために大きく深呼吸をする。

3回ほど行うとようやく落ち着いた。

よし、行くか。

僕の役はは気の弱い優柔不断なお父さん。

チャイムを鳴らすと、パタパタと足音が聞こえてドアが開いた。

そして、彼女・・・冬原早耶香は僕を見てニヤッと笑うと言った。

「あ、やっと帰ってきた。お帰り、パパ」

僕はやや引きつった笑顔を浮かべると言った。

「ただいま、早耶香。悪いな、仕事が遅くなった」

「どういたしまして。マカロン買ってきたの。春風堂の。一緒に食べよ」

「お、サンキュ。丁度甘い物が食べたかったんだ」

「ふふっ、やっぱりパパと私って好みが似てるよね」

サヤはそう言うと中に入っていく。

僕も後に続くと、サヤが突然振り向いてニヤニヤしながら言った。

「60点。娘にあんな引きつった笑顔する父親はいないよ。元先輩からのアドバイス」

「君・・・なんで」


「元職場の事は気になるでしょ。何となくサイト見たらあなたの顔があって・・・天地がひっくり返るかと思うほどビックリして思わず依頼しちゃった」

「いや・・・しかし」

「いいでしょ、別に。私、今事務機器メーカーでOLやってるの。空いた時間に演劇も続けてるよ。あの劇団はやめてもっと小さな…市民劇団みたいな所で、役者件演出家で。最初は役者だけだったんだけど、小さい所だから演出家を受けてくれる人がいなくて、成り行きでね。団員も趣味でやってるような人達ばかりだけど、そういう人達に演技のアドバイスしたり、みんなが一生懸命作ろうとしている作品を一緒に作ったり。ホント、ぜんぶが手作り感満載だけど、なんかこっちの方が向いてる気がする。久々に演劇って楽しいんだな…って思った」

「そうか・・・それ聞けて凄く嬉しい。やっぱり君は演劇を辞めるべきじゃない。君の才能は人を幸せにする」

「…また、そんな事」

 サヤは横を向いてポツリと呟いた。

「でも、僕は嬉しいよ。ありがとう、依頼してくれて」

「そうなんだ。てっきり怒ってるかと思った」

「いや、ビックリしたけど嬉しかった。僕がこの仕事をしようと思ったのは、君のように人に幸せだと思ってもらえる時間を提供したいと思ったからなんだ。今度は僕が。あの時の君のように」

サヤは黙って僕の顔を見ている。

「君の見せてくれたみーちゃんのお陰で、僕はようやく前に踏み出せた。だから・・・また会えて嬉しい」

「そっか。江口さんエラいね。私は・・・まだダメ」

「そうか?でも、君だって新しい仕事もしてるじゃないか」

「そうじゃなくて、あなたに・・・」

サヤはそう言うと僕の顔をじっと見た。

そして、何か言いたげに困ったような、表情をしていたが、すぐに軽く首を振った。

「ホントに鈍感さん…やっぱりいい!なら良かった。これから定期的に家族になってもらうからよろしくね」

「ああ、まかせろ。こう見えてお客様からは評判いいんだ」

「へえ、じゃあとくと見せてもらおうかな。ね、パパ」

サヤの言葉に僕は笑顔で頷いた。

「じゃあマカロン食べようか。たまにはパパがお茶入れるよ」

「お、珍しい。あ!ねえねえ聞いてよ、今日会社でさ・・・」


【終わり】

 

 

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みーちゃんと僕 京野 薫 @kkyono

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