ささやかな光

 私の突然の我が儘にも神谷さんはニコニコと頷いてくれたので、お言葉に甘えて二人で店の裏の海辺に向かった。


「こんな遅くにご免なさい」


「いいですよ。今日はお疲れ様でしたね、本当に。全然付き合いますよ」


 二人で懐中電灯を照らしながら歩いたが、夜空に星が広がっていたせいか思ったよりも明るかった。


「星ってこんなに明るかったんだ。でも、星はこんなに綺麗なのに、夜の海って凄く怖い……」


「そうですね。朝や昼の海って優しく暖かいけど、夜になると理解できない存在のような、言葉に出来ない怖さがありますよね。人が立ち入ってはいけない。そんな気にさせられます」


 確かにそうだ。


 光を吸い込むような暗い海面。

その下にはどんな世界が広がっているんだろう。

自分の想像に身震いしてしまった私は、気分を変えるように星を再び見上げた。

やっぱり綺麗だ……


「星っていいですよね。一個一個はささやかな光だけど、それらがあるからこんなに美しい。それぞれの星は大きさも違うし、輝き方も違う。もっと言うと地球との距離の違いで、目に入るまでの時間も違う。でも、こんなに美しい。そして星は何も考えない。ただそこにあるだけ」


 神谷さんは静かにそう言うと空を見上げた。


 そうだ。星は一つだけ見るとささやかな光でしかない。

でも、ささやかだから美しいし、星はただ自分の出来ることをしているだけ。


 そう思うと、漆黒しっこくの海のもたらす黒も光とは異なる美しさを持っているように感じる。

これからどうなるのか分からない。


 でも、私はこの場所が好きになってきている。

静かな時間が流れるこの海辺とあのお店が。


 正しいかどうかは考えなくていい。

私はここに居たい。

それでいいんだ。


「私と神谷さんのお店。頑張ってやっていこうね」


 そう言うと神谷さんは嬉しそうに私の顔を見た。


「もちろんです! 一緒に楽しく、ね」


あの夜から半年が過ぎた。


 あれからクリニックには正式に辞表を出し、諸々もろもろの手続きを終えると共に引っ越しも済ませた。

終わってしまえば拍子抜けするくらいアッサリした物だった。


 それからは神谷さんから料理を教えてもらうと共に、お店のお手伝いも正式に行うようになった。


 やってみると、神谷さんとお店のゆったりした時間の流れのせいもあってか(お客の少なさもだが……)余裕のある中で色々と覚えることが出来、スムーズにお店の一連の業務を身につけることが出来た。


 それからは、新メニューを考えたり宣伝を考えたりする事にも楽しみを見いだすようになり、それと共に少しづつお客さんも増えてきた。


 それでも、夕方には店も空いていたため、いつも神谷さんと色んな話をした。

彼に正直、異性としての魅力を感じることもあるが、何故か恋愛感情に至らない。

何というかそういう物を超越している様に感じる。


 それにまずはこの新しい人生を楽しみたい。

そして、1人の時間が出来たときは、ジャスミンティーを飲んだ後海辺を歩いたり、お店の二階の部屋から海をノンビリと眺めている。


 世界はこんなにも静かで美しかったんだ。

私はかすかに聞こえる波の音を聞きながらそっと目を閉じた。

今度、神谷さんに声かけて駅前の映画館にでも行ってみようか。

 

 一緒に見たい映画がある。

一緒に沢山世界を広げたい。

世界は変えられるのだから。

そして……いつか、私も神谷さんに出逢った頃の自分を笑って振り返れるようになる。


 きっと……必ず。


【終わり】

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潮風とサンドイッチ 京野 薫 @kkyono

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