エッグサンドとジャスミンティー

 悟が店を出て30分は座って居ただろうか。


 私はゆっくりと席を立つと、お店を出て外観をじっくりと眺めた。

 もうここに来ることは無いだろう。


 それから駐車場に行き、車に乗り込んだ。

 終わった。

 悲しいはずなのに、妙な開放感もある。


 さて、帰ろうか。

 時計を見るともう21時だ。

 戻る頃には神谷さんも寝ているだろう。


 私にしては驚くほどの速度を出して車を走らせるたせいか、予想より20分ほど早く帰ってきた。

 すると、驚いたことにお店の灯りが付いている。


 え? 起きて……る。


 驚いて車を降り、お店に入るとやはり神谷さんは寝ていなかった。

 キッチンでまた何かのサンドイッチを作っている。


「あ、お帰りなさい。疲れたでしょ? 夜食用意したけど良かったら」


 そう言って隣に置いてあったサンドイッチを取り、テーブルに置いてくれた。

 それは初めてあった時と同じシンプルなエッグサンドだった。

 そして、続けて出してくれたのはこれもあのときと同じジャスミンティー。


 私は「有り難う」と言い席に着くと食べ始めた。


 その間も彼は何も言わない。

 隣のテーブルに座って、別の紅茶を飲んでいる。

 それから20分ほど無言の静かな時間が流れた。


「何も……聞かないの?」


「あなたは大人です。言うべきと思ったら言ってくれるし、必要ないと思えば言わない。それは正しいですから」


 その言葉を聞いたとき、まるで我が家に帰ってきたようなホッとする気持ちを感じた。

 こんな事を……言って欲しかった。


「別れようって言われた。いいよ、って答えて……終わった」


「そうですか」


「彼、もっと人生を突っ走りたいんだって。だから相手の人にもそれに合わせて欲しいって。私、言われちゃった。今のお店の生活をいつ卒業するんだ、って」


 その言葉を聞いた神谷さんは軽く吹き出した。


「あ、すいません。凄いこと言いますね。卒業か……バッサリ切り捨てられちゃいましたね。僕らのお店」


「凄く悲しかった。でも、同じくらいホッとした。私、今のこのお店や海辺の生活が好きだから。神谷さんさえ許してくれるならここでこれからも過ごしたい。だから、彼とは生きられない」


「その彼氏さんの考えも夏木さんの考えもどっちも正しいと思います。って言うか、人の人生観に正しいも間違いもないので。自分が納得できているか。それだけですから」


「その納得で、誰かに迷惑をかけちゃっても?」


「いいと思います。その分はいつか何らかの形で返せば……いや、返せなくてもいいかもしれない。誰だって誰かに迷惑をかけて生きてる。自分が誰かに迷惑をかけて今の人生をつかんだ。それさえ忘れなければ。それを自分が受ける当然の権利だ、って思わなければいいと思います」


「もちろん思わない。でも……私は人に何と思われても今の生活を続けたい」


「有り難うございます。じゃあ夏木さんにとってここでの生活が『納得できる生活』なんです」


 納得か……

 人がどう思っても自分が幸せならそれは幸せと言うこと。

 このお店に来て、神谷さんに出会ってそれが分かった気がする。

 そして、自分の幸せにもっと自分勝手になっていいんだ、って事も。


「神谷さん……私、また海を見てみたい」


 気がつくとそんな事を言っていた。

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