エピローグ

第34話「昔々、あるところに」

 

「……と、言うわけで。私はこうして、兎男爵として祭り上げられ、その後もいろんなトラブルが……」


「……すぅ……すぅ……」


「シーア? 寝てしまったのか……」



 小さな孫の頭を撫でて、毛布をかけ直してあげる。

 結構長々と話してしまったらしい。伸びをすると、関節がぽきぽきと鳴った。


 今夜は彼と、私だけの空間……角兎専用の部屋から出て、ため息を漏らす。



『…………あ~……かったりぃぃ……!』



 固い話し方、疲れるよぉぉ!

 何が「お孫さんに恥ずかしくない話し方を身に着けよう」だよ! 自分で優しいお爺ちゃん演じてる自分にさぶイボ案件だよ! 



「あ、カク~。お孫さん寝たの?」



 廊下の向こうから歩いてくるのは、俺の主。

 テルム坊っちゃんである。

 そう、ここはアッセンバッハ家。俺ってば、まだなんとかココで厄介になれている。



『お~、ってか……そのお孫さんやめない? 俺が年取ったみたいじゃん』


「え、お爺さんじゃんカク」


「あれからまだ3年だろー!?」



 そう、まだ3年、まだ3年なのだ。

 ナディアが子供を生んで、その子供が孫を生むまでの期間が、わずかに3年! 兎だからね! 悪魔とのハーフで倍率ドンってか! やかましいわ!

 俺、そんなに年取ってませんしぃ!?



「あはは……でも、お孫さんなのは事実じゃない? アーキンちゃんの所の角兎と、カクの子供の息子さんってわけで。いや~跡取りできて良かったじゃん」


『いや、そもそも兎に跡取りいらねぇしね?』


「いやいや~。シーア・フォン・アッセンバッハ。いい名前じゃないのさ? 息子さんはクロード家に婿養子に行っちゃったし、ナディアさんは今月クロード家にお泊りだし。なんとかカクが教育していかないとね~」


『だ~か~ら~!』




 ……あれから。3年。


 角兎は貴族の間で、結構なブームになっている。

 忠義に厚く、頭も悪くない。一つの仕事だけを覚えさせたら完璧にこなせるくらいには有能な種として、傍らに置く者が増えているのだ。

 まぁ、蜜の実を作れる程度には器用だしな。


 俺の元いた群れも、今ではホーンブルグでお手伝いをしているくらいには人里に馴染んでいる。

 スケを中心に、大きくなったチビ共がもふもふ隊なんてのを結成して、畑仕事やら市場のマスコットやらやってるそうだ。


 あと……この3年で、ホーンブルグは米の収穫量が増えに増え、この国の食糧事情を担う一角にまで成長した。

 とはいえ、町の規模がでかくなったとかじゃなくて、その技術を他国に伝えるという教師的な意味での成長だ。


 今でも、ここは片田舎の活気ある町。そういう点は変わらない。


 どのギルドものんびり元気にやってるし、ギルネコは未だにカウンターで寝てるし。

 くま子は成長して、今では冒険者ギルドの最高戦力だ。


 ……あぁ。チビっ子が商人ギルドで手伝い始めたのはビビったな。

 食文化を開拓するという名目なんだから、納得だが。

 なんであれで太らないんだ? 腹も胸も太らんとか、あいつ呪われてんじゃねぇ?


 ……まぁ、いいか。


 3年たったが、坊っちゃんはまだ13歳の未成年。成人は14歳だ。

 当然、領地を運営しているのは、表向きはおっさんである。

 しかし、実情は坊っちゃんが領土の舵を切っていると言っても過言ではない。


 俺から漏れたアイディアを確実に形にし、世界に発信している。ここ3年で余計に凛々しくなったそのルックス故に、商品を見に来た他領の貴族様方を魅了してやまないというのは納得だ。

 というか、今ではそれを目当てに来ている婦人もいるという。

 ……まぁ、坊っちゃんの趣味は地味めなメガネ系女子ですし? 浮いた話はないんだがね~。


 しかし、坊っちゃんは優秀になったねぇ……。




「ところでカク? たまごプリンの売れ行きが良すぎて養鶏場が悲鳴上げてるんだけど」


『だから言っただろうが……あれ広めたら多分反乱が起きるって。増やすしかねぇわな、村。牧畜専門の』


「だよねぇ……そこに派遣する角兎の育成よろしくねっ」


『ちょっ、オマぁ!?』



 やっぱダメだ。優秀になった分、俺にまで仕事を押し付けるようになったのがいただけねぇ!

 そりゃあ俺だって、一応は貴族の苗字もらったんだ。多少の仕事は受けようって気になってるが、残業なんてする気は毛頭ない。


 肩書が変わったって、本質はそうそう変わらない。俺は俺のまま。

 ぐうたらを愛し昼寝を尊ぶ角兎のカクさんなのだ。


『新人の冒険者なり盗賊ギルドの若いのなりに押し付けて、育成させりゃあ良いだろう!?』


「ダメだよ、ナディアさんが言ってたからね。カクが教育した方が、子供から突飛なアイディアが出るようになってもっと町が豊かになるってさ~」



 ぬぉぉ……ナディアめ、余計な事を!

 だが、この3年で奴の恐ろしさは痛感している。悪魔としての契約を守りつつ、ギリギリ俺の幸せが破綻しないラインの仕事を斡旋してくるんだ。

 俺がボイコットしようもんなら、そりゃあ濃厚な甘い蜜月をプレゼントしてくるもんだから、もうこっちとしても堪ったもんじゃない。えぇえぇ、幸せですよ!? ですけどね!?



『い~や! 俺は絶対! 働かないぞ!』


「だ~め! 君に絶対! 働いてもらう!」


『んだこらぁ!』


「なに、やるの?」


『ジョトだこら。吐いた唾飲むなよオォン?』



 顔を突き合わせ、鼻と鼻がくっつく距離で睨み合う。

 互いに威嚇し合う事、数秒。



「……ふふ」


「……フスッ」



 一瞬の会話の切れ目。

 そこにつけ込み、夜の帳がおりてくる。

 なんだか馬鹿らしくなり、2人同時に視線を外して、伸びをした。

 まぁ、前よりも結構忙しくなっちまったが……。



『報酬は3日ぐうたら権』


「はいはい、よろしくね」



 なんだかんだで悪くはない。

 悪魔だけど女房もいるし、子宝にも恵まれた。

 食うにも困らんし(チビっ子との取りあい以外)、ぐうたらできる時間もある。



「ねぇ、カク?」


『んぁ?』



 坊っちゃんの方を向き、目と目を合わせる。

 背、高くなったなぁ。

 久々に頭、登ってみたいとも思う。



「今、幸せ?」



 ふとした問い。

 漠然とした、何とも言えない、小さな質問。

 思わず吹き出してしまいそうになる。

 だから、俺も漠然と返す事にした。



『……ぶわぁ~か』



 一瞬後、二人でケラケラ笑いあった。


 世は並べて事も無しってね。


 まぁ、これで良いんじゃね?

 及第点じゃね? 俺の今生。

 もしこの世が紙に書かれた物語で、お話を締めるとしたら、この辺りだろ。



『まだまだ。もっとこの土地豊かにして、隠居して本当にぐうたらするんだ。頼むぜ、兄弟』


「あはは! うん、よろしくね。兄弟」



 種族は違えど、魂の兄弟と笑みを交わし、拳と拳を重ね合う。

 これから先、どんな事があったって、こいつとだったら何とかなるだろ。




 つう訳で……これにておしまい! 俺の転生物語!


 はいオシマイ。ばいばい、また会う日まで。


 またの機会をご贔屓に~ってな!







―――――――――――――――――――――――――


 どもども、べべでございます。

 この度は、兎でも貴族に飼われたいを読んでいただきありがとうございました。


 僕が初めてまともに書いてみた転生物の作品で、愛着のある物語。

 少しでも皆さんに楽しんでいただけたなら、望外の喜びに存じます。


 またいつか、どこかの物語でお会いできましたらば、多少の贔屓をして頂ければ幸いです(こら)。

 ではでは、これにて筆をおかせていただきます。

 ご愛読、ありがとうございました。

                        べべ

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兎でも貴族に飼われたい べべ @bebe001

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