第33話「兎男爵」

 

 ぬおぉ……痛い。

 全身がくまなく痛い。


 意識を失う前よりはマシな感じだが……もう、こんな状況を認識してしまったからには、寝ていられるはずもない。



「フシャアっ!」



 とりあえず、起き抜けに「痛いわぁ!」と叫んでみる。

 それでマシになるんならいくらでも叫ぶんだが、まぁいわゆる八つ当たりだ。



『……お~お~、派手に巻かれてんなぁ』



 俺の体は、包帯でミイラみたいになって寝かされていた。

 見慣れた一室。寝慣れたベッド。

 アッセンバッハ家、坊っちゃんの部屋。窓の外は未だ暗く、あれからどんだけ寝てたかはわからねぇ。


 だが、どうやら俺は、本当に命を拾えたようである。

 うぅん……格好悪い。助けるとかいって囮になった挙げ句、結果あの様とは。

 俺の恥ずかしエピソードに刻まれちまうのは確定事項だな。



「……グルル」



 ふと、俺の横から唸り声がした。

 見ると、最後に坊っちゃんの横にいた幻狼が2匹、床に伏せている。

 その耳がピクリと動くと、奴らは顔を持ち上げる。

 俺と視線が合い、納得したように頷くと……その体が、薄い光に包まれた。



「……ホホ、お目覚めになられましたか。吉報ですな」


「私は旦那様方にご報告してきます」


「よろしくお願いしますよ、ファビュラス」



 一瞬後にそこにいたのは、この一年ですっかり見慣れた、我が家の執事だった。

 まぁ、執事兼、おっさんの契約獣だな。



『コンステッド氏。俺ぁどんだけ寝てた?』


「ハ、ほぼ1日ですな。料理長様に回復魔法を使ってもらったのですが、カク様……というか、角兎自体の生命力が低いため、全快には至らず……今の今まで、ぐっすりと」


『そっか……どうりで腹が減る訳だ』



 回復魔法って言っても、ようは体の回復力に働きかけて治りを早めるものらしいからな。

 HPが低い奴にかけても、そりゃあ治りは遅いってもんだ。それでも充分助けられたが。



「ホホ、お夜食ならば作っていただけるかと存じますな」


『是非とも作って欲しい所なんだが、さっきイケメンが報告するって言ってたからなぁ』



 多分、もうすぐ……おぉ、早いなぁ。

 もう来やがった。



「カク!! 起きたんだね!!」



 バンっ! とドアを開け放つ、1人の少年。

 俺の素敵なヒーロー様のご登場だわ。



『よぉ坊っちゃん。心配かけたか?』


「心配したよぉ~! 良かったよぉ~!」


『うん、悪い悪い。すまんかった。だから抱きつこうとしないでくれるか? マジで今死ぬからなそれしたら!?』



 坊っちゃんもまた、足に包帯を巻いているが、普通に歩いている。

 外傷はそれしかなさそうだ。料理長に回復してもらったんだな。

 ……ん? いや、一箇所あるな、外傷。



『坊っちゃん? 頭なんか怪我してんのか?』


「あ~、これ、ね?」



 坊っちゃんの頭には、氷布が押し当てられている。

 コブでもできているのか知らんが、痛みよりも恥ずかしさが勝ってる表情だ。



「えへへ……お父様に、全力でげんこつされました」


『…………』


「ここ、すっごいタンコブできてるの。ほら」



 布が外され、頭を下げ見せてくる。

 漫画みたいなタンコブだった。

 こんなん、ズルいわ。



『……プッ。ぶわはははははは! ザ、ザマァー! ひぃー! 傷に響くぅぅ!』



 坊っちゃんの顔見て、緊張が溶けちまったのか……こんなネタで、爆笑が止められん。

 坊っちゃんもまた、嬉しそうに笑っていた。

 うん、安心したわ。



「ふふ……カク」


『ひぃ、ひぃ……ゲホッ、ん……あん? なんだよ』


「ただいま」


『……あぁ、おかえり』



 坊っちゃんが拳を突き出す。

 俺も、その拳を前足で殴る。



『こっちこそ、ただいま』


「うん、おかえり」



 これでようやく、帰ってこれた。

 そう、実感できた。






    ◆    ◆    ◆





 

 結局、蓋を開けてみれば俺の助けなんていらんかったな。


 俺が囮になったあの日、スケに起こされた坊っちゃんを助けたのは、他ならぬコンステッド氏だった。

 コンステッド氏は、町で坊っちゃんの手がかりを追っていた所でナディアに探し当てられ、坊っちゃんと俺が森に入っていると聞いたようだ。


 夜の森となると、何があるかわからない。変身解除して狼に戻ったコンステッド氏は、一度屋敷に戻り、回復魔法を使える料理長とマッチョメンの契約獣であるもう1匹の幻狼、つまりはイケメンを連れて森に向かったのだという。


 んで、坊っちゃんの側にいたスケが事情をコンステッド氏に説明……変身することで人語を解せるコンステッド氏が、坊っちゃんに俺のことを通報。

 結果、坊っちゃんは俺を助けにUターン、と。


 俺、めっちゃ足引っ張ってますやーん。


 ナディアやギルネコ、くま子が来てくれなかったら、どんな被害が出ていたかわからんぞ……。

 結局、町の3組織に借りを作った形になるし……もう散々だなぁ。



「なぁにを言うか角兎よ。広大な森の中で人を探すという一点を成し遂げたのは、お前が情報を引き出したからではないか」


「そうそう、おかげでアーキンちゃんも見つかったし、誰も犠牲が出なかったのは君のおかげだよ。カクくん」



 俺の愚痴を坊っちゃんが通訳してしまい、おっさんとマッチョメンが言葉をかけてくる。

 俺が目覚めたという通知は既に全員に行き渡り、夜分遅くではあるがこうして屋敷の人間が勢揃いしていた。

 場所は食堂だ。後で、料理長が簡単な夜食を持ってきてくれるとのことである。


 ……確かに、メガネも無事だったのはまぁ、良かった。

 ミト達に保護されていたメガネは、もふもふに包まれて毛玉になった状態で発見されたらしい。角兎が身を護る時に団子になる事があるが、それだろうな。



「あ、あの、その……本当に、ご迷惑をおかけして……! す、すみませんでしたぁ!」


「……フスゥ」


「あはは、気にしてないってさ」



 マッチョメンとメガネは、帰郷の日にちを伸ばしてまで、俺の覚醒を待っていたそうだ。

 机にデコ打ち付けそうな勢いで頭下げられてるし、まぁ怒るに怒れないよなぁ。無事で何よりって気持ちのがでかい。



「だいたい、デブ兎が無茶しすぎなのよ! 心配させないでよねっ!」


「本当に……心臓が一瞬止まったわ」



 お、おう、すまん。まさか、チビッ子とお母ちゃんにそんな事言われるとは思わなかった。

 なんだ、俺って心配されるような立場になってたんだな。

 お母ちゃんは未だに俺に対して結構無関心だし、てっきりまだ認めてないものと思ってましたよ?



「まぁ、何にせよ目覚めて一安心だ! 娘の不始末は後で正式な謝罪と詫びを入れよう。まずはこうして、子供の顔を見れた事に喜び、そいつらを守った契約獣に感謝をしようではないか!」



 軽口と共に大笑いするマッチョメン。

 しかし、俺は坊っちゃんから聞いている。全員が無事に帰ったのを確認してすぐ、地面に頭を擦り付けて謝罪していたのは、このマッチョメンだと言うことを。

 一々筋が通ってて、コイツら嫌い。俺が1人でひねくれてるみたいになるんだもん。



『……ってか、俺は坊っちゃん達を守れてねぇんだってば』


『いやいや、何言ってるの。カクがいなかったら危なかったって何度も言ってるでしょ?』


『俺はしょんべん漏らして逃げてただけだしなぁ……』


『も~』



 ……まぁ、救われた気分にはなるけどな。



「うん、そうだねぇ」



 ふと、そこでおっさんが立ち上がる。

 俺と坊っちゃんの前まで歩み寄り、静かに見つめてきた。



「改めて、ありがとう。カクくん」


「フ、フス?」


「君のおかげで、テルムとアーキンちゃんは助かったと言っても良い。本当に感謝しているよ」


「ワシからも礼を言う。頑張ったな、角兎」



 お、お、おう。

 なんだよなんだよ。くすぐってぇじゃねぇか。



「……これなら、カクくんを認めないわけにはいかないねぇ。ネア?」


「ぅ……わ、わかっていますっ。息子の恩人なのだから、これからはぐうたらしててもあんまり愚痴りませんっ」



 あ、やっぱりそういう目で見てたんですねお母ちゃん。

 まぁ、結果オーライということで。



「……と、いうわけでだ。テルム」


「はいっ」


「今ここで誓えるかな?」



 おっさんが声をかけると、坊っちゃんは笑みを深くし、大きく頷く。

 俺を頭から机の上に置き、おっさんの横に移動した。

 俺と視線を合わせ、この国でいう、敬礼のポーズを取る。



「カク。これからも、僕の契約獣でいてくれるかな?」


『おぅ、まぁ。坊っちゃんさえよければ?』



 なんだ、俺ってもしかして、クビ寸前まで話が出てたりしたのかな。

 今回の功績で、その心配が無くなるって事か? だったら大歓迎だ。

 俺は結局泣いてただけなんだが、色々丸く収まるなら受け入れて……



「うん……では、カク! 君には我が半身として、「カク・フォン・アッセンバッハ」の名を与える!」



 ……は?



「今後は、正式に我々の家族だ。末永く息子をお願いね、カクくん」



 え、え、つまりどういう事?



「フス? ……フス?」


「カク様。つまり旦那様方は、カク様をテルム様の義兄弟として、正式に貴族に迎え入れようとしているのでございます」



 は、はぁぁ? なんだそれ、意味わからん。

 正気かお前ら!?

 なんでアッセンバッハ家に契約獣を組み込んだし!?



「ふあっはっはっは!! 破天荒な親子よなぁ。人ならざる者、それも契約獣を家系に迎えるなど、前代未聞よ。それが角兎ならば尚更奇特!」


「ふふ、前から相談してたんだよねぇ。カクくんが他の貴族に舐められない理由付け」


「ねー、お父様」



 いやいやいや、ないから。

 俺は貴族のペットでいいから。

 そんな話題性いらないから!



「ふぅむ、ではワシが流す噂も変えねばならんなぁ」


「ほう、どうするんだい?」


「その身を挺して主を守り、ついには半身となった忠義の契約獣……これでどうだ」


「完璧だねぇ」



 や、やめてぇ! それやめてぇ!?

 俺の株を上げないで! 底辺でいさせて!?

 ほら見なさいよ、お母ちゃんの呆れ顔! あ、首を振らないで。諦めないで反論してぇぇ!?



『ふふふ、まさか正式に貴族になるとはねぇ。これは女房のアタシや、子どもたちにも箔が付くってもんさね』


『にゃっはっは、こりゃあギルドに報告せにゃあならんのう?』


『ってぇ、お前らはどこから湧いて出やがったぁ!? 止めてっ、世間に知らしめないでぇ!?』



 いかん、これはいかん!?

 包囲網が、俺をぐうたらから遠ざける包囲網が出来上がっていく!?

 違うんだ、俺の理想はそうじゃないんだ。

 金もいらねぇ、出世もいらねぇ、家名もいらねぇ。ただぐうたらして過ごしていたいだけなんだ!



「お待たせしました皆様! 腕によりをかけてお夜食を作って参りましたよぉ!」



 料理長、良い所に!

 いつものマシンガントークで、この場をうやむやにしておくれ!



「ついでに、裏口で心配そうにしていた皆さんもお連れいたしました!」



 料理長?



『あ、兄貴ぃぃぃ! やっぱり兄貴はすげぇや、お貴族様だぁ! ミトちゃん、俺にゃあ兄貴が輝いて見えるよぉ……!』


『ふふ、アンタはやっぱり、あの群れで収まる男じゃなかったんだねぇ』


『カクくんすごいよー! くま子もご主人様にご報告するー!』



 料理長ぅぅぅぅぅ!?


 なぜだ、どうしてこうなった?

 俺の、俺のぐうたら、もふもふスローライフが……!

 お貴族様の内政スローライフに変わっていくぅぅぅ……!



「…………」



 え、何ですか給仕の姉ちゃん。そんな、俺をジッと見て……。



「……兎……男爵……」



 キエェェェェァァァァァシャベッタァァァァァァ!?



「え~、それでは皆さん。僕の親友、カク・フォン・アッセンバッハの新しい門出に乾杯しましょう! 乾杯~!」


「「『乾杯~!』」」


「フシャアアアアアアア!?」



 やぁぁぁめぇぇぇてぇぇぇぇ!?




 俺の魂の叫びは、人々の歓談にかき消されていく。

 同時に、腹の音にも遮られる。

 こんなに訳わかんない状況でも、悲しいかなお腹は空くもので。


 結局、俺は泣き寝入りしながら、大きなおにぎりにかぶりつくしかなかったのであった。

 

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