その後

平は成る時代の彼

 平成18年──2006年の夏。ある県にある内科と小児科を専門とする医院があった。もう夕方には医院は締まり、診察は終える。近くにある薬局だけがまだ営業をしており、処方箋を貰う客が僅かだがいる。

 診察室では、背伸びをしている男性がいた。髪を三つ編みで結んでいる二十代後半に差し掛かりそうな男性。眼鏡を外して深呼吸をした。今日の診察が終わったからだ。 

 佐久山啄木。ちゃんと医師免許を持つ医師である。椅子から立ち上がって片付けをして、別室で着替える。

 服を脱いだとき、胸元に揺れる十字架のネックレスが照明に当たって主張する。

 もう四百年以上の古物であるはずが、現役として使えるのは彼が夏の椿の髪飾りに同じような術をかけたからだ。着替えて、髪を結び直して、夏椿の髪飾りをつける。白衣を畳んでバッグにしまい、スニーカーを履き直した。

 携帯を出して開く。折り畳み式の携帯もう少しした未来ではガラケーと言うだろう。その携帯で時間を見て、折り畳んでバッグにしまう。戸締まり確認をし鍵閉めて、啄木は仕事場から去っていく。

 歩いて近くの駅に向かう。山の中と形容してもいいほどの場所に医院はある。桜花の有する医院であり交代をしながら、彼は仕事をしていた。

 啄木は空を見上げ、三等星までの星を確認する。あとの星はビルや町の明かりで見えなくなるのだ。


「……あの人、何処かで人として生まれているのかなぁ……」


 フッと呟いて彼は夏椿の髪飾りを触る。

 彼は二つの形見を身に付けている。一つは母親。もう一つは人に恋をし啄木が恋をした木霊の彼女。もう百年も名前を口にしていない。口に出してみようと唇を動かすが彼はやめた。呼んでも空しいだけである。代わりに彼は足を止めて呟く。


「俺、医者になって人を助けますが、人に対して何かを思いはしません。……でも、弱り果てるよりも強く生きてくれた方が好ましいです」


 と言い、彼は思い出す。ある人に言わなくてはならないことがあるのだ。


「本当はもっと早く言うべきだったんですが」

 

 微笑みを浮かべて、空に向かって放つ。


「ありがとう。あなたに会えて本当に良かった。……俺は俺なりに今をやって来ます。だから、また何処かで会えますよね?」


 届かない言葉で返事はない。それでも何処かで嬉しそうに笑ってくれる気がした。空を見上げるのをやめて、止めた足を啄木は動かす。会えるかもしれない期待と明日の仕事へのやる気。その二つを抱きながら、駅へと歩いて行った。



誰ヵ之半妖物語

ある彼の夏椿との記憶 (完)


彼の続きは

こちら

https://kakuyomu.jp/works/16816927863016384276

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誰ヵ之半妖物語 ある彼の夏椿との記憶 アワイン @HanYoMe09

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