1873年──明治6年。ある島にて。キリスト教徒は迫害を受けたが、解放をされる。何人かが出牢したが、何人かが牢屋の中での飢え死に病で亡くなる。キリスト教の禁止の高札を取られても、ある村の二十一人のキリスト教徒の迫害は止まらなかった。落ち着くのはもう少し時間がたってからだと思われる。

 1874年──明治7年。ある日のこと。昼間、長崎県のある地域の小さな木造の病院の大部屋の病室にて。

 十字架のネックレスをぶら下げて、聖書を朗読する女性の姿がある。近くの椅子座った子供達が、その女性の朗読を聞いている。彼女たちは母親と子であり、キリスト教の迫害の傷をこの病院で癒していた。この部屋にいる病人はキリスト教徒であり、迫害を受けた傷を癒しているものである。戸が開くと、患者は顔を向ける。部屋に白衣を着た人物が入ってきた。


「こんにちは。診察の時間ですよ」


 灰色に近い長かった黒髪を少し切って結び、眼鏡をかけた二十代前半の男性。啄木である。子供たちは気付いて、嬉しそうに挨拶をした。


「あっ、佐久山先生! こんにちは!」

「おっ、こんにちは。勉強熱心だな」


 手をふって、啄木は笑う。他の患者に一人ずつ彼は愛想よく挨拶をした。

 この病院は組織が運営しているものだ。西洋医術や東洋の医術を取り扱っており、地域の人には好評である。だが、人はあまり来ることはない。理由としては、この病院を出た瞬間に病院であったことを忘れるからだ。そのため、評判は人並みに落ち着いている。

 現在、啄木は医師になっている。彼は一から医術を学び直して、迫害で傷を負った人々を受け入れていた。

 まず、近くの人から診察をする。舌、目、聴診器を当てて心音の確認。まだ明治の初期は医療の道具は未来のように充実していない。だが、彼は彼なりに正確に診断を下し、患者を癒そうとしていた。

 一人目の診察が終えたら、また一人。傷がある人は傷に薬を塗って包帯を巻き直す。体調が悪い人はそれに見あった処方箋を出すなど。最後の母親と子供たちの番となり、近くに来て啄木は笑みを作る。


「体調はいかがですか?」

「大丈夫です。先生のおかげで傷も大分よくなりました」


 母親は嬉しそうに微笑み、彼は心配そうに聞く。


「もう少ししたら退院はできそうですが……当てはありますか?

なければ、知り合いの神父か修道女シスターに話を通しますよ」

「先生、ありがとうございます。大丈夫です。浦上村で……私達を受け入れてくれる話を聞きましたから……」

「なら、よかった」


 彼は胸を撫で下ろす。ある酷い拷問を受けた女性が浦上村にいる話を聞いた。村にて奉仕活動をしている話を聞いた為、話をすれば受け入れてくれるだろう。

 子供の母親は尋ねる。


「……あの、前にも仰ってましたが、キリスト教徒ではないのですよね。何故、私達を助けてくださるのですか?

しかも、ここに入って来たときはお金はとらないと……何故快くしてくださるのですか?」


 患者達は気になっただろう。全員が啄木に向く。ここに入院してくるキリスト教徒は同じように尋ねてくる。彼は手慣れて訳を打ち明けた。


「俺の母親がキリスト教徒でしたので。もう随分昔に亡くなってますが……」

「……失礼ながらお聞きしますが……その先生のお母様は私達と同じ仕打ちを受けて……?」

「似たような仕打ちを受けて衰弱死しました。ただ皆さんと決定的に違うのは、俺の母が同じキリスト教徒に迫害されたと言う点です」


 母親も、子供たちも、話を聞いていた患者も驚いていた。当時では聞かない同じ宗派のからの迫害。彼らも予想外であっただろう。今の彼らにとっては辛いだろうが、啄木にとっては真実であり話さなくてはならなかった。


「俺が異質で周りから良くない目で見られてました。……母親は俺を守る為に死んだんです。同じ教徒の人も助けれくれましたが、同じ教徒の人からも迫害を受けました。神に助けを求めても、助けてくれませんでした。……正直いってキリスト教は好きでない。だから、教徒ではないのです。けど、助けてくれたのは同じ教徒なのでなんとも言えない。それでも、俺が皆さんを助けるのは、やっぱり母さんと同じ目に遭ってほしくないからなんでしょう」


 己が人でない部分を除いて、真実の部分だけ話す。嘘だと思う話だろうが、彼にとって虚構ではない。啄木は頭を下げる。


「こんな話をして、本当に申し訳ありません。けど、真実なんです」


 頭を下げて謝罪をする彼に、彼女達は言葉も言えなくなる。子供の一人が啄木に聞く。


「……先生。神様は先生のお母さんを助けてくれなかったの?

何で助けてくれなかったの?」


 啄木は子供の目線に合わせて、彼なりの答えを教える。


「たぶんな、神様は疲れちゃったんだよ。人が変わらないから、人が酷いことをするから疲れて見放したんだろう。俺も酷いことをしてきてるから、きっと見放されたんだろうなぁ」

「そんなことないよ! だって、先生は今皆の為にいいことをしているんだもん」


 純粋な言葉に啄木は困ったように笑う。実際に人を殺している。人を助けているのに、裏で人を殺している己に啄木は嘲笑したくなる。


「……実は皆の為じゃないんだよ。俺はね、会いたい人がいるから、自分の為にやっているだけ。皆の為はついでになっちゃうんだ。それに、寿命を伸ばすのは医療として当たり前ようなものだしな」


 はっきりと言うと、子供は小さく呟いて否定をし続けている。

 彼は皆の為ではなく、ある人に会いたいが為に医師になったのだ。あの人の微笑みをいつか向けてほしく、人を大切に思える人になりたく。子供たちに「ごめんな」と謝り、彼は母親と子供たちの診察をし終える。


「あの」


 母親から声がかかり、顔を向ける。


「……貴方がどう思っても、私達を助けてくれたことを感謝いたします」

「気になさらないでください。皆さん、気を悪くしてすみません。では、お大事に」


 彼らに謝ってから病室を出て、部屋から離れる。ゆっくりと歩みながら、診察室に戻ろうとする廊下で人とすれ違う。


「矛盾してるよなぁ。たくぼっくん」


 彼は歩みを止めて、顔を向けた。


「……なんでここにいるんだよ。茂吉」


 洋装姿で帽子を被った男性がいた。顔を深く被って口元しか見せない。彼は啄木の質問に答える。


「そりゃ、上司の命令で。そろそろ医者交代の時期だからちょうどいいね♪」

「……仕事か?」


 帽子の彼は頷いて笑みを深くする。


「どうやら、海外にある支部の存在が教会の上層部にばれたらしいよ。記憶の消去、邪魔する人の殲滅の支援してこいだってさ。ここに来ているらしいよ。全く、死神さんの魂の導きのお手伝いしているだけなのに、文句つけないでほしいよね」

「……邪魔する人間側、ほぼ死んでないか?」

「向こうと自国の方もほぼ鏖殺されて三途直送だね!」


 軽く答える彼に啄木は頭を抱えた。

 組織の全員が優秀なので仕事は早い。この先の状況を考えて、芳しくない人間だけを殺したのだろう。巻き込まれて傷付いた相手側も治療するため、啄木のような医術を持つ半妖と傷を癒す力を持つ半妖に招集がかかることもある。邪魔する人間が消えたと言うことは、片方の記憶消去の方だけを手伝えと言うことなのだろう。組織に関する記憶を消して、外国に帰すのだ。

 頭を押さえるのをやめて息を吐く。


「わかった。記憶の消去を手伝う」

「あっ、怪我人もいるから治療もよろしく。監禁してるとはいえ、丁重に扱えよ☆」

「巻き込んだのかよっ! ……はぁ、わかった」


 呆れて彼は頷いた。帽子の彼は病室の方を一瞥して、笑みを消す。


「ホント、矛盾してるよね。人を殺しているのに人を助ける。自分は自分の為にしているのに、行動結果は皆の為になってる。本当にお前は何をしたいの?」


 先程の話の核心まで突っ込まれて、啄木は苦笑して自分の口で答える。


「人になったあの人に会いたいんだ。次は、転生した彼女を死なせないようにしたい」


 彼は上司からまゆみが人に転生する話を聞いた。いつになるのかはわからない。それでも、彼は生まれ変わった彼女に会いたい。啄木はまゆみに見て貰いたかった。一人の人の子ではなく男として。それは叶わなかった。この先も叶わない。 

 医師じゃなくても良かっただろう。彼女の願いとはいえ、助けられるはずの命を助けられなかった。願いに沿って彼女を看取った故に、命を生かす医師となった。

 今でも、彼女の願いと看取った最後は傷となっている。


「ホント、惚れると男って厄介だよなぁ」


 啄木は言い、帽子の彼はあきれた笑みを浮かべる。


「……そうだね。恋する乙女もあれだけど、恋する男も厄介だ」


 啄木は背を向けて手を降る。


「連絡ありがと、茂吉。俺はこっちの業務に戻るな」

「どうも。ここにいるキリスト教徒さん達に安住の地があることを願うよ」


 帽子の彼は背を向けて、出入り口に向かう。

 彼らが退院をすれば、この病院に関する記憶は消える。啄木に話したことも消えてしまうが、彼自身構わなかった。

 余計なことは覚えてない方がいいからだ。 

 ──診察室に戻り、彼は椅子に座る。机にある書類に向かってペンをとる。書こうとしたが、積み上がった医学書に目を向けた。

 夏椿の髪飾り。約百年以上前にまゆみにもらったもの。彼自身の力を込めて顕現させており、小休憩を取るときは時折見つめている。

 それを手にしようとしたが、フッと手を止めた。黙ってそれを見たあと、彼は微笑みを浮かべる。書類に向き合って、啄木はインクをつけてペンの先を進めていった。

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