第18話 飛竜2
——お前は正しくあれ(be all right)
竜狩りの現場に変化があった。“狩人狩り”の二つ名を持つ飛竜のうわさが飛び交っていた。狩人たちは焚き火を囲み、熱っぽくこの飛竜についてのうわさを交換した。
狩人狩りは厳冬でも猛暑でも平気で行動する、珍しい性格の竜だった。この飛竜は必ず自分の縄張りに体をこすりつけ、竜鱗を残したから、その行動範囲が拡大していることはすぐにわかった。糞の状態から見ても、若く強い飛竜であることは明らかだった。
そしてついに、村落に被害が発生した。家畜の大型草食竜が飛竜に捕食される事件が起きた。続いて、野生の大型草食竜の群れが虐殺されるという事件があった。歯型も、散らばった竜鱗も、すべて同じだった。狩人狩りの仕業であることは、誰の眼にも明らかだった。
この飛竜は止めねば大災害を招く。ギルドはこの飛竜の討伐に莫大な賞金を懸けた。
しかし、狩人狩りに手を出す狩人は皆無だった。ただ一人、カイルだけがこの飛竜狩りに名乗りを上げた。
カイルは不満だった。周囲の同僚に大声で叫んだ。
「なぜ、飛竜狩りを恐れるのだ。己の命に固執して、何が狩人だ」
カイルは首を横に振った。仲間たちにさらに大喝を発した。
「狩人狩りの悪しき所業を見ろ。その被害の大きさを思え。国家の銃や砲では不十分だ。奴を止められるのは、竜狩りに熟練したオレたちだけだ」
カイルがそのように檄を飛ばしても、周囲の同僚たちは石像のように動かなかった。無理もない、とカイルも内心では理解していた。相手は飛竜なのだ。尻込みするのも当然のことだった。
その飛竜の暴虐は、明らかに規模が拡大し始めていた。人間は恐れるに足らない存在であることを学習したように、市場や草食竜の竜舎を襲い始めた。市場の屋根が裂け、竜舎の柵が引きちぎられていた。誰の眼にも、それが“災厄”であることは明らかだった。
カイルはギルドの自動車両を無断で運転し、手当たり次第に富豪たちの家を巡った。巨大な正面玄関を前にして、自分に投資しないかと呼びかけた。結果は決して芳しいものではなかった。
そのようなカイルに目を輝かせるのは、狩人の経験を持たない若者たちや少年たちだけだった。カイルは周囲に集まってくる少年たちに向かって、自分の本心を明かした。
「竜人たちが機関銃なるものを開発している。重さは三十キログラム程度だ。自動車両に搭載できない重さじゃない」
カイルはそう言って、少年たちを見渡した。
「オレたちには舗装された道路がある。機関銃があり、自動車両がある。これらを組み合わせて使う。オレは機関銃を用いて、飛竜狩りに挑むつもりだ」
それは、賭けに近い言葉だった。カイル自身、その危うさを誰よりもわかっていた。カイルは鍛えられた両腕に力を込めた。
「オレだけでは無理だ。運転手も、機関銃も、弾薬も。何もかもが足りないんだ」
カイルは悔しさでため息を零し、宙を睨みつけた。
「これはもう、個人の決断ではどうにもならない。富豪たちを動かす、何かが必要なんだ」
それがカイルの言葉だった。強烈な自己暗示にかかったカイルの言葉には魅力があった。機関銃。自動車。カイルの言葉は、若者たちの間に熱病のように広まった。
緊急を知らせる報告が次々とギルドに舞い込み、貼り紙が重ねられた。竜狩りたちの誰もが、苦しい決断を迫られていた。
竜狩りを諦め、命大事を取るか。
それとも、新しい戦術論を組み立てて飛竜に挑むか。
カイルはこの状況を、強い関心をもって眺めた。
緊迫した状況の中、ついに、富豪たちにも動きがあった。ある土曜日の正午に、ギルドに大量の資金が投じられたという
ある工房からは鋼を打つ音が響き、ある工房では弾薬に用いるアセトンを発酵させる精霊たちが甘い匂いを滲ませる。
妖精(化学薬品)を捕集する工房では、ニトラ・アシド(硝酸)の名を持つ妖精が、ガラス瓶に詰められ、白い息を吐いていた。
国家軍による武器の強制徴収も開始された。結果として、重機関銃三門、自動車両六台、弾丸一八〇〇発がギルドに集中した。
それが、竜狩りたちに与えられた島の全戦力そのものだった。
運命に押し流されるように、飛竜との決戦が決定された。竜狩りギルドの書記官たちが全員決起を叫んだが、招集に応じた者はわずかだった。カイルを含め、名乗りを上げた戦士は、わずか十名だけだった。
飛竜との決戦と言っても、実態はただの罠猟に過ぎなかった。狩人狩りの襲撃地点に近接した村落に、草食竜たちが集められ、放牧された。そして、
カイルは木陰に隠れ、重機関銃の操法を書いた教本を眺めていた。しばらくは、銃を撫でるだけの無為な時間が流れた。
五日間、何も起こらなかった。
交代で眠り、交代で見張り、ただ霧と風だけが動いた。
ある夜、戦士がカイルを揺すって起こした。あたりは真っ暗だった。五時間の間、何も起きず、夜明けがやってきた。光は細い筋のようになって、霧の間からこぼれてきた。そのとき、鈍い風切り音が聞こえた。
その飛竜は、異常なほど柔らかく着地した。異様な着地のその瞬間、カイルは重い風圧をまともに受け、体勢を崩した。それから飛竜は、一瞬押し潰れるような姿勢を取り、太い翼腕と後ろ趾を用いて、地面に直立していた。
——こいつが、狩人狩りだ。
カイルは直感的にそれを悟った。カイルは狩人狩りから離れた場所にいたが、それでも全身を視界に収めることができないほど、狩人狩りは巨大だった。その姿は、広げた翼膜の影の奥に沈んでいた。翼膜を形成する前腕と上腕は、巨木のように太く、異様に長い。カイルは、その奥にある狩人狩りの横顔を確認していた。
人の頭部ほどの大きな眼球。
ひし形の眼窩。
硬い鱗に覆われた頭部。
突き出した嘴。
頭部を飾る、いくつもの鶏冠。
カイルは狩人狩りを凝視していたが、狩人狩りはカイルを見ていなかった。
飛竜の視線の先には、逃げ惑う十数頭の草食竜がいた。
狩人狩りは、瞬間、硬い連続音を響かせた。
咆撃の連続だった。草食竜たちが一瞬遅れて
草食竜たちは声を上げなかった。どの草食竜も、咆撃に押し潰されたような格好で倒れ、ある竜は足から血を流し、別の竜はわき腹に大きな血の穴が二つ開いていた。尾が吹き飛び、あばらの下の肉の塊が吹き飛んでいた。ある竜が起き上がろうとし、それから砂袋のように倒れた。口から、ごぼごぼと血の泡を吹き出していた。
むっとする肉の匂いがした。そして、緑の深い匂いがした。空気は湿っていて、冷たかった。
カイルはその有様を眺めながら、重機関銃に取り付いた。そこには、すでに7.7×56mmの実弾が装填されていた。胃の中に、酢のような感覚があった。恐怖があった。撃つ、と思う前に、カイルは引き金を引いていた。それに続いて、他の者たちも機関銃を撃発させた。空気が千切れる音が連続した。その銃撃は、飛竜を貫通し、狩人狩りの背後の建物ごと砕いた。
狩人狩りの腕が裂け、その翼膜が裂け、頭部を守る鶏冠が砕けていた。後ろ趾の肉がえぐれていた。肉体のあらゆる場所を、弾丸が削り砕いていた。狩人狩りが悲鳴を上げた。
——お前は正しくあれ。
「はい。マスター。」
弾丸が尽きたその瞬間、カイルはたった一人で狩人狩りへと突撃した。狂気がカイルの肉体を押し出し、カイルは吸い込まれるように、狩人狩りと激突していた。
カイルは魔剣を無我夢中で振るい、狩人狩りの頭蓋を叩き斬った。それにもかかわらず、狩人狩りはカイルを砕かんと嘴を突き立て、牙の噛み合う、すさまじい音を響かせた。
カイルは跳躍して、狩人狩りの後ろ趾に取り付いた。
狩人狩りは幾度も後ろ趾を用いて地面を砕き、カイルは剣を叩きつけて、狩人狩りの足首を砕いた。
カイルは魔剣で後ろ趾を叩き、翼根を斬り、背後へ回り込んだ。
狩人狩りが、大樹に等しい尾を、唸りを上げて振るった。
空気が裂け、地面が震えた。カイルは地面に身を伏せて、死の一撃を避け、そして再び、狩人狩りの頭部に肉薄していた。
カイルは跳躍し、再び魔剣を頭蓋に沈めた。狩人狩りが、悲鳴に近い絶叫を上げた。
カイルにできたことは、それだけだった。カイルは最後の気力を振り絞って、狩人狩りから離れた。狩人狩りは全身から出血し、怒り狂い、尾を振り回して絶叫していた。
もう武器はなかった。カイルは、もう気力を使い果たしていた。
瞬間、それまで息を潜めていた戦士たちが、叫び声とともに走り出した。ある戦士は、狩人狩りの
戦士の一人が、魔槍を用いて狩人狩りを貫いた。
別の戦士が、魔槌を用いて狩人狩りを砕いた。
最後の一人が、魔剣の刃を狩人狩りに沈めた。
そうして、ついに狩人狩りは断末魔の叫びを上げた。
天を睨みつけ、音を立てて、地面に倒れた。
逆鱗を探す作業は困難を極めた。結局、頭部を切断し、四肢を切断することで部分ごとに逆鱗を検索する方法がとられた。
逆鱗は脊椎の尾部に近い部分に露出していた。魔剣をナイフのように用いて逆鱗を回収する。それが決着だった。
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